2019/9/22  21:35

1944年生  昭和史
前回ユーチューブで見て記述したアメリカのSL4014(ビックボーイ)は1944年生れで75歳、筆者と同齢。アメリカ大陸横断150年記念に合わせて多分、人間と同じく治療・整備された。当時のアメリカの物理・科学の凄さを思う。

当時、アメリカは戦争当事国・日本に落とすべく原子爆弾の核爆発と核融合の二つを急ピッチで研究していた。ニューメキシコ州での実験も成功したらしい。あとは人間の居住地域に投下、その威力試すばかりだった。1945年07月末、日本はポツダム宣言を受け入れ、事実上敗戦に同意していた。

08月01日前後で終戦ならば原子爆弾を落とせない。そこで天皇制存続を曖昧にして好戦的な日本の陸軍軍人の意欲・発言に沿った形にして敗戦受け入れを鈍らせた。鈴木貫太郎首相・米内光政海軍大臣・東郷茂徳外相は即座に敗戦、阿南惟幾陸軍大臣・梅津美次郎参謀総長(陸軍)・豊田副武軍令部長(海軍)は反対した。最後は仕方なく鈴木総理が昭和天皇に決裁を仰いだ。高級軍人は組織崩壊を憂え、我を通すだけで国民はどうでもいい、バカばかりだ。

昭和14年、総理大臣さえ経験した海軍大将・米内光政は、原子爆弾(当時は新型爆弾としか日本の知識はない)投下で、これでとにかく終戦の契機になると思ったのか、天佑(神の加護)と言った。帝国海軍の敵は、終始帝国陸軍だった。最後まで抵抗して日本を焦土にした。

 原爆を落とされしことも天佑と言ひしは総理経験者の軍人

月末の仕事の原稿が到着。暫時ブログは休みます。
添付は疾駆する4014のスクプリト画像。筆者も見習いたい。

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