2020/1/5  21:28

啄木子孫その後  昭和史
7年前の平成25年頃、石川和幸氏からメールがあって何度かやり取りしたことがある。この経緯を「冬雷・H25(2013)・7月号」にエッセイとして投稿した。そこでの系譜では誤まりは無かったが、筆者のブログでの記述に誤まりがあって石川氏本人からこの1月3日に書き込みがあったので修正する。

ブログは「2018/6/21・啄木子孫03」。石川和幸氏は系譜では、あの石川啄木の曽孫になる。啄木の長女・京子の子が「玲児」、京子が24歳で亡くなったので婿の石川正雄は再婚。そこで生まれたのが靖児、その子が和幸氏で玲児の息子とは従兄弟になる。記述した筆者本人が、和幸氏を正雄の子と記して誤記。祖父・孫の関係だった。和幸氏の父・靖児も昨年84歳で亡くなられた。こう書いても解りづらいと思うので訂正した系譜を記述する。

石川啄木─1912年(明治45年)04月13日、小石川区にて肺結核のため死去。享年26。
◇同年06月14日、妻・節子が啄木亡き後、次女・房江を出産。
◇妻・節子─1913年(大正02年)、05月05日、肺結核で死去。
◇長男・真一─明治43年(1910)、生後24日で死去。啄木存命中。
◇二女房江─昭和05年(1930)12月19日に19歳で死去。
長女・京子─懐妊中に急性肺炎を起こし、二児を残して24歳で死去。

◇石川晴子(姉) 母・石川京子、父・石川正雄
石川玲児(弟) 母・石川京子、父・石川正雄
 (1998年06月30日に69歳で亡くなられた)
◇玲児の長男は真一(早逝した啄木の長男の名を命名) 母・好子
◇玲児の長女は晶子(与謝野晶子の名を命名) 母・好子

石川和幸 父・石川正雄が再婚して靖児が生まれる。その子が和幸。
 玲児と靖児は兄弟。真一と和幸は父方の従兄弟。

添付は当時、引用した「太陽・昭和55年発行」だから40年前になる。したがって啄木の孫の玲児氏は、その当時、祖父の2倍生きたと吐露されているのは納得。筆者と同じく印刷業だったのには惹かれた。今生きておられれば90歳台だ。短歌が取り持つ縁で、曽孫・晶子の中学の教師だった人物のエッセイ(コピー)を「りとむ短歌会」から頂いたことがある。次回これを紹介したい。

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