2021/1/16  23:38

哀悼・半藤一利氏  昭和史
1月13日、ノンフィクション作家・半藤一利氏が亡くなった。90歳、昭和05・1930年生。老衰が死因だが、男性としては天寿だ。東京・墨田区向島生。東京大学文学部出身、文藝春秋に一貫して勤務、定年後独立して作家専業。この人物を世間に知らしめたのは『日本のいちばん長い日』。終戦の昭和20年8月15日を追ったもの。この本が著されたのは昭和38年。

半藤氏は、当時現役ばりばりの文藝春秋の社員だった。太平洋戦争の関係者の多くが存命している時の30数人の座談会の記録を基にした。30代の一出版社の社員の発想がユニークで秀逸。当時は無名の一社員だから大宅壮一監修と銘打って発行された。昭和40年には阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣役を三船敏郎が演じて話題になった。

筆者の私のブログで検索すると姓名だけで半藤一利氏は58回、保阪正康氏は60回を数える。その保阪氏は81歳、次いで昭和史で有名な秦郁彦は88歳。半藤・秦氏は東京大学在学中に知り合ったらしい。蛇足だが、半藤氏夫人は夏目漱石の孫。

定年間際に短歌会の例会で編集委員のA氏に「もう読んだからあげるよ」と貰ったのが保阪正康著『昭和史七つの謎』。これは2003年発行の文庫だから単行本は、それより前になる。ここで昭和史の第一人者の保阪氏を知った。別の友人にはこれも文庫で半藤一利著『日本史が楽しい』を紹介された。更に『昭和史が面白い』もある。ざっくりとした分け方では保阪氏は陸軍、半藤氏は海軍に詳しい。殊に『昭和史が面白い』は鼎談集で軍人・文化人・芸能人と共に語る内容で文句なく面白かった。先頃亡くなった「なかにし礼」と藤原正彦の母・藤原ていとの三者で「満洲引揚げ」の項目は体験者だけに、その内容は秀逸。

半藤氏は「えらそうなことを言って太平洋戦争も知らないくせに」と言われたことが過去にあって、その関りを赤裸々に後に告白した。“東京大空襲”で墨田区の中川に落ち、少年の半藤氏は、どこの誰だか判らない大人に首根っこ掴まれ引き上げられ、九死に一生を得ている。また茨城県では米軍の機銃掃射も経験している。以下の文庫本はいわば座右の書。

◇『昭和史七つの謎』保阪正康 講談社文庫 2003年
◇『昭和史が面白い』半藤一利 文春文庫 2000年

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