2021/3/8  15:21

畏友 追悼18 木更津行  身辺些事
重複するが、このブログは畏友との再会後のメールの遣り取りだが2020年から2014年へ遡っている。19は、小生の短歌誌カット画像の取材で平成26年07月27日に鶯谷の「子規庵」(近代俳句・短歌の創始者・正岡子規終焉の地)訪問の経緯。畏友との厚誼が始まったのが2014年・平成26年、明けてすぐ翁、二人で浅草をメインに、級友が営む墨田区石原の喫茶店訪問。そこから直ぐのスカイツリーを撮影した。

この時の畏友のメール(2015・12・21)は、昔の職場の同窓会の経緯。このメールに添付画像はなく、今回は小泉千樫の生家のある南房総市見学のあと畏友のアパートを訪問したときのもの。畏友の描いた油絵を添付する。畏友は知識欲旺盛、これから古文書読解の崩し字を学習したいと言っていた。小生と逆、スマホに詳しいが、パソコンの画像加工は出来ず、画像の保存を伝授。あとは昔話に終始した。

さて昨日は、新企画OB会。またまた幹事。滅多に参加しなかった。もと上司、最後は役員まで上り詰めた。彼に対する怨みやら何やらで大変な状況になった。こっちは、感謝すらあった人ゆえ、まあまあ昔の話は…流してなんて言っても 口から泡を吹かんばかりだったり、怒りで入れ歯を飛ばし、文句を言われてた当事者をはじめ、全員で床に這いつくばり入れ歯探し。たまたま当方持参のLEDライトで発見。さすが幹事だとの称賛の嵐。入れ歯は3メーター先の通路がわに落ちていた。よくもまあそんなに遠くへ飛ばしたものだと皆んなで大笑いし、揉めごとは収まった。とにかく70過ぎの爺いやババアの集まりとはそんなもんだ。

1か月前、同じ店、同じ時間帶、同じ幹事でやった錦糸中学校クラス会。やはり70爺いやババアだったが、全く違う。広告代理店勤務、出た大学は、早稲田法学部、中央法学部、明治商学部、東京学芸大学教育学部…その差が理屈ぽく、とにかく疲れた一日だった。新年の木更津来訪は2月半ば辺りがいいな。それでは、又。

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