2008/12/30  19:50

道祖神  散歩道
地元の隣町の大磯町に道祖神の祭り「サイト払い」がある。「左義長」とも言う。円錐形に積み上げた藁や松葉、各家のだるまなどを積み上げて燃やす。大磯町の浜辺の場合、国の重要無形民俗文化財である。どんなものかは大磯市のHPがある。

http://www.town.oiso.kanagawa.jp/kankou/matsuri/sagichyou/sagichyou.html

自宅近辺の集落でも昔から道祖神の祭り「どんど焼き」がある。ドンド焼きで焼いた団子を食べると「風邪を引かない」などと良く言われたものである。散歩道に道祖神があった。手前左側は地蔵菩薩、右側は形から小型の宝筺印塔(ほうきょういんとう)、背後の舟形のものが、摩滅しているが道祖神だと思う。

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2008/12/28  21:10

もし・たら・れば  身辺些事
歴史とギャンブルに、「若しあの時こうした決断があったなら」「若しあのとき、あの競馬の勝ち馬投票券を買っていたなら」はご法度である。事後なら何とでも言える。

二日前に「ビートたけし」主演で「日米開戦と東條英機」というドキュメンタリーとドラマの放送があった。ポイント・オブ・ノーリターン、引き返す近代史の起点がいくらでもあった。今の平和主義者には考えたくもない話だが、むしろ軍人の方が理性的でアメリカと戦って勝ち目はない考えていたふしがある。東條英機なる軍人総理などは全く弁解の余地はないが、昭和16年秋、日米開戦を煽ったのは軍部よりは、徳富蘇峰など言論人、朝日新聞などのマスコミ、一般国民の大勢だった。東條家には三千通もの「アメリカ怨嗟」の手紙が残されている。つまり世論は近衛文麿・東條英機を“弱腰”とののしったのである。

今日は中央競馬・最終のビックイベント「有馬記念」だった。因みに有馬記念とは戦前の第一次近衛文麿内閣の農林大臣だった中央競馬産みの親「有馬頼寧」を記念したレース。日本の競馬、最高峰のレースである。一着賞金は1億8000万円。騎手は5l、1000万円弱を受け取る。

この10年、四回ほど的中、このレースと「皐月賞」に限って損はしていない。悲しいかな、東京・横浜まで場外馬券売場に行く気力がない。ダイワスカーレットなる牝馬は二着以下がない。2着に来た馬が全くの無印だった。2年続けて予想だけは的中。切歯扼腕とはこのこと。

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2008/12/26  20:41

今日の散歩道  散歩道
私の短歌の友人で、鳥をトリ損ねた友人がいる。庭のえさ箱にみかんなど置いてカメラを持って待ったが来なかった由。

来ないからといって怒っても鳥のほうにも都合があるだろう。野鳥を撮影するなら自分から出掛けねばなかなかキャッチ出来るものでもない。

300ミリのズームレンズを装填、寒風の中、川原に沿って歩いてキャッチしたのが今日の収穫。ただし花の名前と同じで野鳥の名がよく判らない。セキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイといろいろある。

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2008/12/24  20:55

万葉の旅  日本史
短歌結社の友人が、日本全国「万葉の旅」に出掛けるようだ。

わが書斎?に眠っていたのがこの本。奥付をみると2003年11月。本のカバー用紙は奈良市内の書店だった。そういえば平成15年秋、中年同士奈良・京都を旅したことがあった。5年前である。その後「万葉の旅 中・下」が発売されているが、新書でなく単行本扱いで一般の書店にはない。「平凡社ライブラリー」で1冊1200円もしたが取り寄せた。

関西以西はなかなか難しいが東国なら行けないことはない。と言ってもわずかだ。筑波山・市川真間くらいである。

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2008/12/22  19:54

今日の散歩道  散歩道
毎日、平均7000歩以上の速歩を心がけているが、今日は通院もあり、わずかな仕事もあり、ウォーキングは中止。昨日は9000歩だった。

いつも通院は夕方、ウォーキングのあとで血圧も高め、脈拍も早かったので今日は午前中、ウォーキングの前に血液検査の結果を尋ねた。やはり運動の前は値が低いことがわかった。血液検査のコレステロールも正常の範囲。むろん服薬が効いている。
先週 135・103・106
今週 115・73・86

昨日の夕方の空、自衛隊の戦闘機か?

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2008/12/20  22:54

あっとスライス  身辺些事
先日、畳1帖のホットカーペットが十年経ち、あまり温かくなくなったので買い換えた。「シャープ」という会社は何でも造っている。吉永小百合宣伝のハイビジョン「アクオス」だけではない。

電器店で扱っていない?ので、久し振りに通販で買い物をした。「あっとスライス」なる野菜・果物のスライス器具。6980円だが送料やらが加わって8000円。早速試してみた。「大根おろし」や「キャベツのスライス」は成る程と思う出来映え。ただし器具のセットや取り外し・後始末を考えれば、料理する人間の包丁の腕だけで十分。TVの宣伝はいいところしか映さない。これは台所用品のイワタニという会社。購入した以上、当分の夕餉には「シラスおろし」が並ぶ。

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2008/12/18  21:56

水神  散歩道
ウォーキングは東西南北のコースを大体決めてある。その逆周りもあって計8コースになる。自分の生まれた地域で、直径数キロの円周の範囲でも足を踏み入れたことのないところさえあって意外な発見がある。一昨日の北側のコースでは、かなり大きな神社があった。明らかに昔で言う村の鎮守様である。

今日は自分の生まれた集落の「お宮さん」の近く、小径の角に「水神」の石碑があった。稲作農耕の暮しに水は最も貴重であり、“我田引水”が最もいけないということになる。水神は「山の神」「田の神」と共に稲作農耕民族の象徴で日本の「村の倫理と論理」を端的に示す。

今日の歩数は7588歩。

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2008/12/16  19:18

墓参とカリン  身辺些事
12月11日は、母の命日なので墓参してきた。遺言で分骨してあったので退職金が無くならいうちに墓苑の小区画を買った。

ここの墓苑は春は桜・辛夷、冬は椿・山茶花など庭木が豊かである。5日前の命日に墓参したらカリンがたっぷり実をつけていた。カリン酒を作りたいので2個ばかり分けてもらおうと思う。墓苑の管理人は熟年だが美人。何度も行くと怪しまれそうで逡巡する。下戸だが果実酒だけは食事前に飲む。

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2008/12/14  23:01

有楽町  昭和史
今日は第2日曜日で毎月一回の歌会。会場は江東区豊洲、地下鉄有楽町線である。帰路、地上に出たところは「JR有楽町駅」の南側。画像は国際交通会館のクリスマスツリー。

私が中学入学で上京した折、昭和32年、フランク永井の「有楽町で逢いましょう」が大ヒットした。その有楽町駅北側の「有楽町そごう」も疾うに閉店。「ビックカメラ」というカメラ・電器の総合店で、夜8時というのに大賑わい。三十万円のニコンのカメラのカタログだけ貰って来た。そのフランク永井という名歌手も今年10月に亡くなった。

昭和の歌手・俳優も徐々に消えて行く。「園まり」という歌手のショーを見に行った「日劇」の存在も大分過去のことになった。

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2008/12/12  22:59

日米開戦と東條英機  昭和史
12月24日にTBS系列で大型ドラマがある。4時間半の番組である。「あの戦争は何だったのか・日米開戦と東條英機」。主演はビートたけし。現時点で平和を言うことほど容易いものはない。当時、無謀な日米戦争などにどうして突入したのかが、どういう風に描かれているのか、興味津々である。

東條英機 総理大臣  ビートたけし
昭和天皇 野村 萬斉
徳富蘇峰 西田 敏行
東郷茂徳 外務大臣 橋爪  功
近衛文麿 前総理大臣 山口祐一郎
木戸幸一 内大臣 風間 杜夫

脚本は池端俊策、原作は、私の尊敬する昭和史(特に陸軍)の第一人者、保阪正康氏の「あの戦争は何だったのか」(新潮新書)がベースになっている。昭和史に興味があっても無くても殆ど知られていない石井秋穂(いしいあきほ)という良識的軍人官僚が描かれる。陸軍省軍務局軍務課高級課員(俳優は阿部寛)だ。戦後は故郷の下関でひたすら蟄居した人物である。

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