2009/7/31  20:11

文藝春秋増刊くりま  昭和史
「三十余年給与振り込まれし銀行へけふは光熱費を振り込みに行く」

この短歌は、一昨年筆者の所属する短歌大会で評価された筆者の作品である。毎月・晦日には光熱費・国保・HP費など数万円を預け入れに行く。年金が振り込まれる銀行は別の地元の信金だからである。駅ビルで3,000円買い物をすると駐車料金は無料である。今日の買い物は養命酒・蒸気のアイマスク・雑誌である。

雑誌は添付の「文春増刊くりま」、元「文藝春秋」編集長の作家「半藤一利の見た昭和」。昭和史では保阪正康氏と双璧である。A4版150頁の本。半藤一利氏は昭和20年03月10日、東京大空襲で九死に一生を得る。詳しい内容は省くが阿鼻叫喚とはこのことだろう。

この本の圧巻は後半の半藤一利鑑定の「昭和人物列伝」。良い軍人、悪い軍人、良い政治家、悪い政治家、自分の関係した司馬遼太郎・松本清張、阿部定、李香蘭と多士済々である。半藤一利氏は東大文学部卒、奥さんは夏目漱石の孫とウィキペディアに紹介されている。今晩一気に読むことになり、寝るのは遅くなりそうである。

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2009/7/29  21:33

暑中見舞  身辺些事
筆者のブログへお越し下さる方、暑中お見舞い申し上げます。

昨晩、28日夜半、月末の仕事が終了。エクスパックにて原稿・印刷物を送る。編集室にはデータを電子メールで送る。便利な時代になった。50歳くらいまでは鉛の活字の印刷だった。鉛は溶けやすいが重い。100ページの本なら原版は100kgをゆうに超えるだろう。

仕事終了につきウォーキングも再開。本日は5800歩。グラジオラス・芙蓉などが咲いていた。

明日中には「湘南の暇人旅行記」に平成14年の「京都・奈良の旅U」を載せる。当時初日は京都・東福寺の紅葉を愛でた。東福寺の庭では数十万はするであろうカメラをごつい三脚に設置、紅葉に焦点を合わせ、後は日差しを待つという「光り待ち」の状態の男性が居た。この「光り待ち」という言葉をそのまま歌集の題名にしたのがつい最近公務員を退職した歌友だった。五十路(当時は四十路!)の女性である。

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2009/7/25  20:30

「そりゃあんまりだ」  政治
一昨日はNHKの週に一度の「15分番組」を紹介したが、これがいわゆる「オタク」なる人々のこだわりなのか。いろいろ何かに集中する人が居るものだ。

筆者は小説もTVも時代劇が好きでNHKのTV時代劇は、藤沢周平の「蝉しぐれ」をはじめかなりの番組を、日本史の特集番組などと共に録画してあって、今後楽しむことにしている。昔はVHS・8ミリテープ、今はDVDである。しかし地上デジタル・BSデジタルはデジタルからデジタルへダビングが出来ない。NHK時代劇は最近土曜日の30分間で物足りない。早く45分番組に戻してほしいものだ。木・金・土曜日の夜8時台はつまらない。

だが昨日24日の金曜日は2度目だと言うが切実な世相を訴える番組あった。「そりゃあんまりだ」という番組。雇用・医療・介護・格差などの世相を取り上げるらしい。昨日は「介護」の問題。「介護保険制度」が創設されてから今年で10年目だと云う。深刻な問題の一つが、働き盛りの男たちが仕事を辞めて介護する「介護離職」が急増しているらしい。介護を理由に仕事を辞めたり、転職したりする人は全国で、年間10万人に達するという。中には介護に行き詰まり、孤立して、自殺に追い込まれるケースもあるとの由。一言で言えば政治の貧困、小泉改革の失敗だろう。痴呆となった妻の背で泣いている熟年男性には言葉もない。惜しむらくはNHK、少し突っ込みが足りない。

郵政民営化、特別会計、特殊法人、公務員改革とみな行き詰っている。それぞれがみないわゆる「霞が関」という官僚政治が原因。

吾らが麻生太郎さんはまた「舌禍」だ。「高齢者は働くことしか才能がない、遊びを知らない」そうだ。高齢者を誉めたつもりだとしたら救い難い。

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2009/7/23  20:02

熱中時間  身辺些事
毎週水曜日、22時45分から15分間「熱中時間」なるNHKの番組がある。4年前ほど開始当時は有名人の熱中するものを取り上げていたようである。

今は亡き俳優・峰岸徹のトライアスロン、俳優・滝田栄の仏像彫刻、俳優・平泉成のケーナ(竹製縦笛)造りなど。今は有名人の垣根は無くなったらしい。

時速200キロ以上の新幹線がトンネルを出た瞬間を写す人、昔からの石橋を探す人、配達される牛乳箱を専門に撮影する人、温泉の鉱脈を探しあて俄か露天風呂を作って入る人、様々である。

昨日は、信じられない人物が紹介された。どこまで打ち合わせがあるのか司会者の薬丸裕英も怪訝に思う内容だった。毎日、降雨でない限り富士山の頂上へ登頂しているのだという人物、一部始終が撮影されていたから嘘ではない証拠。

登山者は69歳の神奈川県秦野市に住む男性。自宅を朝早く車で出発。富士山5合目に駐車、そこから登山スタイルで頂上を目指す。NHKの撮影クルーが4班に別れて5合目から頂上まで配置された。間違いなく登頂・下山が4時間半で終了。NHKの登山経験者の若い撮影隊が付いて行けない健脚ぶりである。当日午後には物足りないと箱根の金時山へ1時間半で登山下山。富士山登頂は550回を超えるらしい。

世の中には想定外の人物がいる。言葉もない。毎日、富士山登頂は事実だった。筆者はJR平塚駅の階段一往復で息があがる。

添付は散歩道。

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2009/7/21  19:34

衆議院解散  政治
日本国の総理大臣・麻生太郎さんはようやく衆議院を解散した。総理大臣は国会議員の投票で選ばれる三権分立の一環。したがって自分の政治姿勢を国民に問う「伝家の宝刀」でもある。しかし今度の衆議院選挙では麻生さんはお引き取り願いたいものだ。筆者は単なる天の邪鬼ではなく、自民党の陰でやりたい放題の権力を行使するいわゆる「霞が関」が問題だと思うからである。高級官僚とて定年になったら庶民と同じくハローワークで職を求めればいい。それをどういう特権か、特殊法人を渡り歩いて数年間で「億」の退職金をせしめて恥じることはない。

筆者は切実に、どの政党が政権を執ろうと「特殊法人」と「国の出先機関」を無くしてほしいと思う。小泉改革で日本の「医療」と「福祉」はズタズタになった。殊に介護現場の収入が酷い。介護士の資格をもつ20代・30代の若者の給料が月額20万円というていたらく。よくこんな実情をほおってきたものだと思う。今インターネットで調べたら、
国家公務員の平均年収は628万円(2005年度、以下同じ)、
地方公務員の平均年収は、国家公務員よりも多く707万円、都道府県別では
愛知県は825万円、
東京都は822万円、
神奈川県818万円と続く。
一方民間サラリーマンの平均年収が436万円と約半分。
公務員全体は介護現場の若者の3倍の収入である。公務員の給与・ボーナス・退職金を10%カットするだけで介護現場に回せばいい。
警察官・消防署員・看護師などの病院関係者は高額でもいいと思う。でも学校給食員が619万円、清掃職員が796万円には首を傾げる。これらは民間に委託すればいいことである。介護士は準公務員にすべきと思う。消費税UPなどは最後の最後の手段である。

この期に及んで相も変わらず憲法9条がどうのこうのと言っている一部政党がある。日本で一番守られていない憲法は第15条2項であると筆者は思う。

日本国憲法15条2項
『すべて公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない』

添付は散歩道。

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2009/7/19  21:48

大相撲  身辺世相
筆者の小学生時代の大相撲は栃錦・若乃花、少年時代は柏戸・大鵬時代だった。昭和40年代は輪島・北の湖が活躍した。

平成時代はご存じ若・貴兄弟の活躍だ。殊に貴乃花は30歳で引退しており、右膝の怪我さえなければ40回は優勝したと云われる。平成13年の武蔵丸との優勝決定戦は「鬼の形相」として語り草である。総理大臣になりたての小泉首相は「よく頑張った、感激した」と土俵上で叫んだ。

最近の相撲は面白くない。横綱二人がモンゴル人、大関二人も外国人だ。今日は未来のホープ稀勢の里が朝青龍を破った。この力士に期待するのは多くの相撲ファンとて同様だろう。貴乃花さえ無事なら朝青龍など23回も優勝するわけがない。

先月6月、筆者と誕生日が一日違いの「高見山」が定年で退職した。

筆者の今の応援力士は「大関・魁皇」だ。11月には幕内在位97場所。来年5月には前人未到の幕内在位100場所を迎える。魁皇は昭和47年生まれ、37歳、貴乃花・曙と同期だ。8勝7敗でいいからあと5場所頑張って欲しい。

添付は散歩道の半夏生。魁皇に白を贈る。

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2009/7/13  22:01

泣いてたまるか  昭和史
一昨日の「記念樹」には思ってもみない賛同の<拍手>を4つも頂いた。ということは昭和40年代初頭の「木下恵介アワー」を記憶している人もいたに違いない。昭和41年のNHK大河ドラマは尾上菊之助、藤純子で「源義経」、同時間帯とは忘れていたが、TBSでは渥美清の「泣いてたまるか」があった。渥美清が「男はつらいよ」で売れっ子になるのは昭和44年以降である。当初はフジテレビの番組だった。

このドラマはモノクロのTVドラマだがレンタルもなく市販もされなかった。5年前くらいと思うが月2度の割合で54話、27巻が書店で売り出された。CSの日本映画チャンネルでも放送されないので購入した。1回が1,800円くらいだから5万円弱である。

主演の渥美清、共演者も多くが既に物故者である。だが今も活躍している俳優も多い。若き日の西田敏行・石橋蓮司・佐藤オリエ・前田吟・藤田弓子などなど…。

渥美清自らが歌う「泣いてたまるか」は名曲だ。この曲も、今も90歳代で健在の木下忠司の作曲。忠司は「ただし」ではなく「ちゅうじ」。筆者は「記念樹」「泣いてたまるか」が名曲だと思うが、最も知られている曲は「喜びも悲しみも幾年月」。しかし時代劇ドラマとして最もつまらないとも思う「水戸黄門」のテーマ曲も木下作品とはあまり知られていない。「人生楽ありゃ、苦もあるさ〜♪」

TBSはなかなか商売上手。平成13年に亡くなった「古今亭志ん朝」の貴重な演目のDVDも先頃購入した。

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2009/7/11  9:53

木下恵介アワー・記念樹  昭和史
昭和41年と言えば筆者が21〜22歳のころで、住込工員を脱して漸く四畳半のアパートの一室に落ち着いた年だった。06月にはビートルズが来日公演して大騒ぎ。03月には2日続けて飛行機の墜落。この年だけで4回も墜落事故があった特異な記憶がある。

TVはモノクロが主流。NHKの大河ドラマは「源義経」、同じ日曜日の午後08時台は渥美清の「泣いてたまるか」、火曜日は「木下恵介アワー」があった。「泣いてたまるか」は別の機会にすることにして「木下恵介アワー」は30分のドラマだった気がする。インターネットで検索したらこの番組の一部始終を記したHPがあって驚きである。

その何作目かに「記念樹」という番組があった。そのHPによれば昭和41年04月〜昭和42年02月にTBS系で全46話、一話完結で放送された。製作は木下恵介プロダクション。原作・脚本は木下恵介・山田太一。主題歌は小坂一也の歌う「記念樹」だった。作詞・作曲は木下恵介の実弟木下忠司。木下忠司は「喜びも悲しみも幾歳月」が最も有名。

物語は横浜の養護施設の保母・池貝先生(馬渕晴子)が中心。教え子たちとの15年の絆を描いたもの。その年から15年前なら昭和26年、多分戦災孤児が教え子だろう。主人公が結婚するとき植えた一本の桜の木を中心に堅く結ばれた絆があった。その後亭主を交通事故で亡くした主人公の保母と青少年に成長した子供たちが再会して、それぞれのその後にお互いに悩むという心温まるもの。教え子には若き日の田村正和・仲宗根美樹・石立鉄男・小坂一也・関口宏・原田芳雄などが出演。

この番組の冒頭の「桜の苗が大きく育つころ〜♪」のテーマ曲は忘れられない。平成09年に亡くなったが小坂一也の哀愁を帯びた高音で独特な震え声で歌う「記念樹」の歌は忘れられるものではない。今でも口ずさめるがオーバーに言えばそれから40数年レコードを探し求めた。インターネットとは便利なもの。小坂一也ではないが藍川由美というソプラノ歌手が自ら足踏みオルガンを弾きながら歌うCDを購入した。歌詞は6番まである。昨晩は43年ぶりにこの曲を5回続けて聴いた。因みに1番は次の通り。

 桜の苗が大きく育つ頃
 僕らはみんな大人になるんだ
 あいつとこいつ あなたと私
 真っ赤な頬っぺはしているが

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2009/7/9  21:42

介護保険  身辺些事
筆者は昭和19年生まれ、今年65歳になり果てた。

誕生日を前に市から「介護保険被保険者証」が届いた。法律上、立派な前期高齢者となった。ということは介護保険の支払いもそろそろ始まるのか、と安易に考えていたら早速、支払通知も届いた。つまり国民健保のほかに、またも支払いが増えることと相成った。両方でひと月2万円弱となる。個人的な「入院保険」「介護保険」もプラスするなら4万円ということになる。これに毎月の光熱費、各種税金、車検、車の保険など均して足すと月10万円となる。

互助会なる積立、HPの容量半減で浮いた金もパアである。多分私の寝言は「お代官様、お願えだ、取り立ては勘弁してくだせえ」と言っているに相違ない。

日本は民主主義国家というのは多分に嘘である。「霞が関」という目に見えない独裁者がいる。政権が代わっても同じなのか。地方分権が進めば、無駄な地方自治体の出先機関が無くなるかも知れない。さすれば所得のない新米高齢者への住民税も半減するかも知れないのである。

添付は平塚七夕祭「星舞」を待つ風景。

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2009/7/7  22:26

高野山・比叡山  日本史
「湘南の暇人 旅行記」がなんとか軌道に乗った。8年前の平成13年真夏・8月後半に「高野山・比叡山」の寺宝見学のツアー旅に行った。この頃からデジカメ撮影も本格的になったような気がする。

本年6月15日に比叡山トップの「座主」が高野山に招かれた。両本山開闢以来1200年にして初めてだったと言う。

「両宗派のトップ交流をめぐっては、天台宗を伝えた最澄と、真言宗を伝えた空海の交流をめぐる逸話が有名らしい。2人はともに中国(唐)で仏教を学んだ留学仲間で、帰国後も交流を続けていた。しかし、晩年には教えや修行をめぐる考え違いから確執が生まれ、絶縁状態になった経緯がある。天台宗務庁によると、天台座主の高野山参拝は、過去に私的にはあったようだが、公式訪問は約1200年間、一貫して確認されていない。歴代の天台座主の公式動向を記録した「天台座主記」にも記載がないという。今回の訪問は、天台宗の半田孝淳座主と、高野山真言宗の松長有慶(ゆうけい)座主の交流がきっかけとなった」(以上産経新聞)

昨今の筆者の体調なら真夏の旅行は多分ノーサンキューである。添付は高野山根本大塔。

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