2009/8/6  21:57

古関裕而  昭和史
1909年・明治42年08月11日に生まれたのが作曲家・古関裕而である。あと5日で生誕100年である。古関裕而は平成元年80歳で死去している。死去したとき政府から「国民栄誉賞」の内示があったが遺族は拒否したらしい。筆者の勝手な解釈だが多くの軍歌があったからかもしれない。しかし一作曲家に戦争責任などある筈も無い。国民栄誉賞を受賞した古賀政男の歌にしても服部良一の「青い山脈」にしても回顧的な歌番組でしか聴かない。

ところが古関裕而の名曲「六甲おろし」は阪神タイガースが試合に勝てば球場全体で合唱される。筆者は歌謡曲の世界では古賀政男に匹敵する大作曲家だと思っている。福島市名誉市民の第一号で「古関裕而記念館」があり、ホームページでも案内されている。生誕100年を記念してJR福島駅前にピアノを弾く古関裕而の記念碑がもうすぐ完成するらしい。

 所属したコロムビアファミリークラブから発売されたCD全集を購入して今日届いた。多くの曲は戦前・戦後の名曲だがモノラル録音であるのが惜しい。誰もが古関裕而の名曲中の名曲と認めるのが『長崎の鐘』である。被爆した医師・永井隆の随筆をもとにして作られた歌。長崎原爆被爆者・多くの戦没者への意味もあって大ヒットした。

筆者の好きな古関裕而作品ベスト10.
1936・昭和11年「大阪タイガースの歌・六甲颪」作詞・佐藤惣之助 中野忠晴
1940・昭和15年「暁に祈る」作詞・野村俊夫 伊藤久男
1943・昭和18年「若鷲の歌・予科練の歌」作詞・西條八十 霧島昇
1947・昭和22年「夢淡き東京」作詞・サトーハチロー 藤山一郎
1947・昭和22年「とんがり帽子・鐘の鳴る丘」作詞・菊田一夫 川田正子
1948・昭和23年「フランチェスカの鐘」作詞・菊田一夫 双葉あき子
1949・昭和24年「長崎の鐘」作詞・サトーハチロー 藤山一郎
1952・昭和27年「黒百合の歌」作詞・菊田一夫 織井茂子
1953・昭和28年「君の名は」作詞・菊田一夫 織井茂子
1964・昭和39年「オリンピック・マーチ」演奏・陸上自衛隊中央音楽隊

添付はカタログ

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2009/8/4  21:57

刺客・くノ一  政治
庶民の厚生年金・国民年金の運用失敗で大損をしたニュースが今、ヤフーに出ていたが確認しようとしたら記事が消えていた。100兆円を超える原資なので少しぐらいは損をしても、つまみ食いをしても…が厚労省のお役人の発想だろう。

それにしては自分たちの公務員の「共済年金」はどうしてつまみ食いをしないのか、共済年金をちょっと調べたら「委託運用」とあった。委託運用とはどうも株式など、安定性のないものには手をださず、ひたすら国内の債券に投資しているらしい。銀行・生保・国債などであるのか。この辺は勉強不足だが儲からなくても損はしないようにしているらしい。

今日は特殊法人について書こうと思ったがイマイチ資料不足だ。行政改革をして特殊法人などへ国庫の金が流れる事態を真摯に追求しようとした自民党の代議士がいる。行政改革大臣だった渡辺喜美は「霞が関」の逆鱗に触れたのか、自民党離党を余儀なくされた。今は無所属である。民主党が政権についたらこの人をまた行革大臣に据えたらいい。官僚出身ではない党人派の若者!だからである。

郵政選挙の大勝を夢見ているのか、渡辺喜美への自民党からの刺客は何と元法務大臣だった森山真弓だ。80歳を超えた「くノ一」刺客に渡辺喜美は痛くもかゆくもないだろう。森山さんには悪いが真夏の選挙運動だけでもうヘロヘロだろう。

くノ一”は「女」の字を三つに分けたもの。女忍者のこと。

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2009/8/2  20:12

マニフェスト  身辺世相
マニフェストなる言葉がいつ頃から言われるようになったかはわからないが、今や単なる選挙公約よりは具体的な数字や工程表を掲げた政権公約になっているらしい。2年前の参議院選挙では民主党がこれを掲げて第1党になった。今度の衆議院選挙では民主党の政権奪取が確実らしい。マスコミがもてはやしているわけではなく、株式市況も織り込み済みで、何より官僚天国を謳歌している「霞が関」という省庁の人事異動などが盛んでもある。

自民・民主のマニフェストの比較が昨日の新聞に掲載されているので筆者も興味津津で見比べた。ここで詳細を述べても仕方ないが、やはり自民党には各業界や霞が関とのしがらみがあってそこから脱却できない。4年前の郵政選挙には国民はすっかり騙された。民営化がどうのこうのでなく筆者は完全に小泉構造改革は誤りだと思う。それまでの国家の大幅な借金を減らすことが第一義となってそれが医療・福祉にしわ寄せが真っ先に来た。

筆者の乏しい知識だが医療・福祉の現場に予算を投入するのは決して無駄だとは思わない。むしろ手厚く予算を割くべきだと思う。江戸時代ならいざ知らず今や両親の介護・伴侶の介護で職場を辞めたり、預貯金を使い果たしたり、まことに余裕がない世相である。介護の現場にエネルギーを投与すれば家族に明らかに余裕ができる。余裕は消費に向かう。消費は経済を活性化させる。経済の活性化は税収につながる。医療・福祉を充実させるのは内需拡大だと思うのだが…。

医療・介護の予算を緊縮するのは北風と太陽の比喩だろう。与党はそれが解っているので敵をののしるのに終始している。沈む船から逃げ出す与党議員が増えることを予言する。

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