2009/12/30  19:14

交換レンズ購入  カメラ
昨日、昼ごろ漸く文字入力が終了。直ちに「エクスパック」の発送、編集室へ文字データをメール送信。これが何秒もかからない。何度も書くことになるが、A5判96ページの本ならば鉛の活字であれば重さは100キロぐらいは十分に達していたに違いない。鉛は重いが溶けやすい。平成以前では殆んど活版印刷だった。それが今では考えもしなかったコンピュータの発達でいいのか悪いのか、年賀状でさえ個人で印刷できるようになった。

昨日午後は、年賀状の制作。読み散らかした本の整理。番組録画の整理に追われた。一昨日録画したアンコールの司馬遼太郎「昭和への道1」を見た。

今日は朝から年賀状の宛名印刷、夕方郵便ポストへ。午後は注文していたキャノンの交換レンズ「タムロン」を購入してきた。発売時は6万円もしたそうだが、ずいぶん値段が下がるものだ。26800円だった。右側がカビの生えたタムロン。

明日は友人と元旦の「豊川稲荷」を参拝に行く。平塚発07.30分の新宿ライナーに乗る。目覚まし時計と携帯アラームをセットしたので起きられると思う。

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2009/12/26  21:33

ホットカーペット  身辺些事
4年前、定年後一年の後、知人からアルバイトの紹介があった。昔は結婚式場だったが、高齢化社会からか一転して「葬祭場」になった。そこの駐車場の誘導員である。

丁度7月の後半で猛暑到来、自律神経失調症が重なったのか、7回目の出勤の08月02日、帰宅後、猛烈に気分が良くない。シャワーを浴びたあと下着一枚で畳にごろり、そのまま夕刻から21時まで動けなくなった。天井の木目をしげしげみたのはこの時。5時間ののち漸く蘇生した。思えば夏になると最近よく言われる「熱中症」だった。

帰宅前、猛烈にのどが渇いて500mmℓのカルピスを飲み干していた。これが功を奏したらしい。葬祭場のアルバイトが熱中症で棺桶に直行ではシャレにもならない。

爾来、7月後半から2カ月はどうも調子が悪い。寒くなると「ホットカーペット」の上にごろり、主に近代史と時代小説を並べ、好きなときに本を読み、TV、TV録画を見、「暖」は小にして寝てしまう。今の季節は天国である。どうも筆者の祖先は北方系らしい。尚「ルーツ」なる言葉は筆者は認めない。祖先ではなぜいけないのか。

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2009/12/24  22:20

昭和万葉集  昭和史
2年後は平成23年だが、2年後の秋は、その頃TVはアナログが無くなって地上波もデジタルになる。画像が鮮明になるので、女優や歌手は皺の多い人はタイヘンだ。

昭和だと無意味かも知れないが86年、つまり日米開戦から70年経過したことになる。またこのころ筆者の生命保険が満期となって小額だが返金がある。これを期して筆者は人生、最初にして最後の『私の昭和史』(仮題)などというエッセイ集を作る。つまり自分で著して自分で製版して、下手でも人物カットなどにも挑戦中…。

昭和55年、講談社から刊行された昭和万葉集がある。20巻。編集顧問に土屋文明、土岐善麿(ときぜんまろ)、選者には木俣修、佐藤佐太郎ら9名。昭和元年から半世紀にわたる激動の時代の短歌の一大アンソロジー。昭和55年・1980年に「菊地寛賞」受賞。

筆者の友人は本の虫でこれを所持しておられる。3冊借りたがあまり手を広げられないので昭和16年〜20年までの第六巻を読んでいる。

私の戦争論」第1章を推敲中で何首か取り上げたい。戦争とはどんなものか、この一冊だけで愕然とする内容の歌集である。のどかな今の時代からこれを批判することは容易い。

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2009/12/22  20:34

交換レンズ  カメラ
昔から「カメラ」が好きだったが、技術もなくそれほどマニアでもなかった。行きつく先はニコン、キャノンの高級一眼レフになる。筆者は何事も中途半端だが、鮮やかな画像だけは欲しい。

5年前、退職金でキャノンのデジタル一眼レフを購入したが、当時はそれが24万円、これよりもっと機能が増して今は半値である。純正の標準レンズ、200ミリのズームレンズも所持しているが撮影先での交換が面倒で、もっぱら「タムロン」のズームを使用していた。

添付の右上がそのレンズ。いつ気がついたかこのレンズの奥に黄色のカビのようなものが付着していた。修理代は24000円、新品は26800円だと言う。この年の暮に来て、不景気に関係なくボーナスたっぷりの公務員とは違う。痛い出費である。この画像を映したオリンパスのSP550UZも2年前、長谷寺の池に落として高額な修理代だった。このカメラも購入してまだ2年だが「池ポチャ」が原因か、スイッチボタンがおかしくなっている。

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2009/12/18  21:13

地震速報  身辺些事
昨夜23時45分、そろそろ就寝するべく思い、ホットカーペットの上で、ごろごろ飽きもせず「昭和史」の本を読み耽っていたら、めまいがするような揺れが来た。やはり脳だか心臓だかに梗塞がきたな!と思ったら、何と地震だった。

TVは消していたが、すぐ点けた。民放はCMが煩わしいので殆んど見ない。2分後に地震速報が出た。伊豆半島付近は震度5弱という。NHKは自社の案内以外、CMは無いから情報は丁寧だが、同じことを繰り返し放送する。暇人としては何回言うか、勘定していたら5分間に10回繰り返した。そこでTVを消した。湘南方面も震度2くらいはあったらしい。

何時の日か「東海大地震」がやってくると言う。はるか地球深くの地層はずれているかららしい。筆者の生きているうちにやってきそうな気がして「水」「米」「卓上ガス」「缶詰」「電池」トイレ用に「風呂の水」等は、用意してある。水は2リットルのペットボトルに40本保存、ときどき入れ替えている。

いざという時は無い人に高く売りつけて生活の足しにしたい?!

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2009/12/12  17:53

母の命日2  身辺些事
筆者の実父は戦病死である。昭和20年11月だから戦後の死である。肺結核とマラリアでは助からない。翌年、遺骨だか石ころだかが入った白木の箱が届いたという。

むろん葬式はしたらしい。今は成田市だが昔は千葉県香取郡下総町の小さな寺に埋葬したと聞いていた。昭和52年義父が存命のとき一度訪ねた。石碑も塔婆もないただの荒れ草の生えている地面だけだった。

母が嘆くのは無理はない。戦後は生活費を得るのに働きづめで墓参など考えられなかったに相違ない。筆者は母と実父の墓の話は避けていたが「私が死んだら分骨しておくれ」と聞き及んでいたので、母の死後、分骨しておいた。13回忌を過ぎてから、小額でも退職金が消滅しないうちに公園墓地に小さな墓を購入した。昭和18年半年しか暮さなかった父母は、あの世で邂逅できたのか、どうか…。この墓地は自分が入るためのものでもある。

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2009/12/10  19:48

母の命日  身辺些事
明日12月11日は母の命日である。今日墓参してきた。

平成06年12月10・11日は土・日で会社の同僚から箱根?あたりで忘年会をどうかと、打診されていた。筆者は完ぺきな下戸につき、付き合いを計算に入れてもその気ならず、丁重にお断りしておいた。これが母の死に目に間に合ったことになる。

前日10日、頭痛がすると午後07時ころ床に就いたようだ。翌日いつもの日曜日のように午前07時30分に階下へ行くと母は上半身が布団からはみ出て動けなかった。「頭が痛いだよお」と一言。隣家の従姉を呼んで救急車も呼んだ。この日午後08時14分に母は死んだ。「蜘蛛膜下出血」だった。思えば祖母も昭和27年60歳のとき「脳内出血」だった。

母親は自分の死を全く予期しなかったようだ。死後5日ほどして母、自らが頼んでおいた通信販売の品物が届いた。「ウォーキングシューズ」と「衣桁」だった。50歳だった筆者はこれを見て声を出して泣いた。おそまつなことである。しかし男は「母親が死んだときと財布を落としたときは泣いてよい」と聞いたことがある??

墓地にはカリンの木があって10個ほど頂いてきた。昨年漬けたカリン酒が飲みごろである。ただし下戸につき果実酒でも養命酒でもすぐに食事を摂らないと顔が真っ赤になってめまいがする。

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2009/12/6  21:55

信州ドライブの旅  旅行
今から5年前定年退職時のひと月前に愛車の「軽」に乗ってドライブへ出かけた。給料は安いが真面目だったので30日以上「有給休暇」がたまっていた。それを消化すべく6月中旬の退職だったが、4月後半には出勤することは無くなっていた。

05月21日から24日まで車で寝泊まりしながら4日間、風呂は中央道の「諏訪SA」「三日目は信州上田の「別所温泉」に入った。「石湯」は「真田太平記」に出てくる「真田幸村」が負傷した身体を養生したところ。悲しいかなタオルは持っていたが石鹸も持ち込みだった。

添付は「塩田平」という長野県上田市の田園風景。鯉の養殖も盛ん。

このドライブ旅は、もはや前期高齢者なので意欲がわかないが、行くとしたら観音霊場めぐりの本家「西国三十三観音霊場」が待っている。しかしこの霊場は筆者がもっとも苦手とする石段の急峻な何か所かがあるらしい。

だが5年前はまだ元気だった。この05月の「信州ドライブ」のあと10月には「みちのく一人旅」としゃれこんで7泊8日のドライブだった。ブログに載せるべくまた画像の処理を始めなくてはならない。10か所を訪ねた。

大内宿・会津・山寺・茂吉記念館・鶴岡・角館・田沢湖・啄木記念館・遠野・中尊寺である。乞うご期待。

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2009/12/4  22:33

自転車の乗り方  身辺些事
筆者はどっぷりと年金生活者になったのでHPの容量も半分にして、生活費を切り詰めている。だがあり余る財産もあると、それはそれで大変だ。今度の首相は、政治資金として贈収賄でもなく自分のお金と母親のお金を使っても問題になるらしい。

東京地検特捜部も立派な「行政府」の一員、どこで決着をつけるか多分悩んでいるに違いない。自分の懐具合をタッチしなくてもいい身分なのは少々うらやましい。

本来ならイコール総理大臣の自民党総裁・谷垣さんは「虚偽記載問題」で鬼の首をとったように、いきりたっているがこれも変だ。自転車に乗って颯爽とした姿をTV画面で見たが、何時の間に落っこちて左目を怪我したらしい。野党に下って向こう4年は多分衆議院議員選挙はない。先ずは政府を攻めるよりは「自転車の乗り方」から、きちんと、きちっと、きっちりと始めるべきだ。来年の参議院議員選挙でも多分負ける。今から自民党の分裂が十分予期できる。

明日中に「平成16年・京都御所の旅」を「暇人旅行記ブログ」に投稿します。

画像はパンフレットから「天皇即位の高御座」。

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2009/12/2  21:59

友愛精神  身辺些事
筆者の短歌の悪友「なでしこ」さんは稀なる才能のある歌人だ。もうすでに二冊の歌集と文庫エッセイまで出版している。激務の看護師を退職して無職でも多忙さをのたまわっておられる。

まことにあっぱれな「生きの有り様」で尊敬に値すると言って過言ではない。しかし人間にはよいところだけではない。欠点はもう五十路を超えたというのに、食い意地が張っていてこれは多分生涯治らないだろう。友人よりたくさんの頂き物をしておきながらお返しを本当に考えているのか。庭に生っているみかんをお返しする間もなくつまんでいるらしい。

「毎日せんたくものを干しては一個つまみ、布団を干しては一個つまみ、花をみては一個、猫と遊んでは一個」ではお返しする間もないだろう。

筆者は時の首相と同じく友愛精神に満ち満ちているので例会に大量の柚子とカリンを持っていくことにする。添付のユズは収穫した一部で今年は豊作である。昨年は梅もユズも生りが悪かったが今年は肥料を撒いておいたのがよかったのかも。ユズはスーパーでは1個180円もする。来年は生活の足しにJAに出荷しようと思う。

友愛精神は首相には負けないが、何よりも劣るのは、虚偽記載するほどの金銭がないのが決定的に違う。息子に黙って金銭を出す原資のない筆者の母親は15年前に黄泉の国に旅立った。黄泉の国では「バカ息子が」と嘆いているに違いない。

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