2010/1/30  23:49

国策捜査  政治
筆者は、生来の天の邪鬼だが、政治評論家ではないので詳しいことは解らないが、最近の「小沢一郎政治資金虚偽記載問題」はどうも理解できない。今まで多くの自民党議員の虚偽記載も修正申告で済んでいたのに、政権交代直前に、公設第一秘書が逮捕され、今国会開会直前には、元秘書の衆議院議員逮捕である。東京地検特捜部はよほど民主党幹事長・小沢一郎が嫌いらしい。

日本列島くまなく正邪を見分ける監視カメラが存在するわけではないから、検察庁は不正をキャッチしたら、そこから証拠を精査して立件することになる。鳩山総理、小沢幹事長の政治資金問題はどこからのいわゆる「タレこみ」で捜査が始まったのだろう。筆者の天の邪鬼のツノがぴくぴく動くのは、そのパフォーマンスである。マスコミに事前に知らせなくてもそっと強制捜査をすればいい。西松事件のときは寒くもないのに第一線の検事はカーキ色の目立つコートに皮の手袋で颯爽とTVに映っていた。

細かい叙述は省くが、これは明らかに「国策捜査」だと思う。理由は3つ。いずれも政権交代のマニフェスト及びそれに準ずることである。以下を法務局は阻止しようとしていると思われても仕方が無い。

@公務員制度改革
A警察庁・検察庁の取り調べ可視化
B検事総長就任の内閣・国会の同意

三権の長、総理大臣は国民の代表・衆議院議員の多数決、衆議院議長も同じ、最高裁判所長官は内閣の同意と天皇の承認が必要。ところが政治家もゼネコンも震えあがるという東京地検特捜部の長、「検事総長」は学歴と試験と閨閥と主流派という秩序がものを云う。いわゆる法務省・法務局(赤レンガで出来ている)の「赤レンガ組」である。彼らは第一線の取り調べは行わない。正義感溢れる検事は地方大学の出身である。

国策捜査を暴露したのは「鈴木宗男事件」に連座した外務省の佐藤優氏。一年間も刑務所暮らしだったので、読書三昧だったのか、元々素質があったのか、今では「大宅壮一ノンフィクション賞」受賞するほどの本読みの達人である。外交官はきれいごとでは職務を全うできない。日本の外務省は今も戦前も情報・諜報に疎い。役立たずの省庁の一つと言って間違いはないだろう。

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2010/1/28  20:56

新潮文庫  読書
筆者は、ここ3年ほど繰り返し昭和史・太平洋戦争の本を読んでいるが、別に面白くて読んでいるわけではない。自分がこの世に誕生したころ、なぜ国民こぞってああした戦争に熱中していたのか、真実を知りたいからである。「私は最初から戦争には反対だった」などというのは戦後の今、云える多分に弁明であると思う。言いかえれば、そういう風に意識構造を誘導されたのは、その素地としての国民性があったと言える。むろん責任が重いのは軍部・政治家・メディアに決まっている。

筆者は本来は時代小説、歴史小説のファンである。司馬遼太郎はあまりに著作が多いので全部はないが、池波正太郎・藤沢周平の文庫本は全部そろっていて殆んど読破している。司馬・池波・藤沢は新潮文庫・文春文庫・講談社文庫におおむね分かれている。司馬の「街道を行く」は朝日文庫。中公文庫もある。中公は紙のしおりさえ付いていない。講談社文庫は本の上部も裁断するから寸詰まりになっている。

文庫本は月刊誌などのA5版の半分のA6判。新潮文庫だけはいまだにスピン(紐のしおり)仕様は嬉しい。本は1ページづつ印刷するわけではない。A3の用紙を8ページづつ裏表印刷すれば16頁になる。これが1折で、10折なら畳んで裁断して160ページの文庫本になる。筆者はこの新潮文庫の保守的な姿勢をこよなく愛する。ついでに云えば奥付も昭和・平成である。筆者の単純な頭脳には西暦の暦がインプットされていないので大いに讃えたい。

添付は藤沢周平のエッセイ。「六部」とは巡礼・修行僧のこと!

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2010/1/24  19:55

湘南の天の邪鬼  政治
昨日、民主党幹事長の小沢一郎氏が「東京地検特捜部」に参考人聴取されてマスコミは張り切っている。筆者の購入する「産経新聞」も白抜きの見出しである。そして決まって新聞は渋面の写真を掲載するのも常套手段。

事実はどうなのか解らないが、証拠書類を押収している東京地検が怪しいと思うのなら、やはり小沢さんは土地やカネで汚いに違いない。普段から民間の小企業と公務員の賃金格差などに大いに疑問を感じている筆者だが、どうも億単位のお金になると、悲しいかな貧乏人には想像力が及ばない。

鳩山由紀夫総理が、母親から何億円ものカネを知らないうちに貰っていたなど到底信じられないが、それを追及する自民党にその資格はない筈である。昭和30年代前半、もめていた自由党と民主党を保守合同させ、「自由民主党」結成に、多額の政治資金を出したのがブリジストンタイヤの創業者・石橋正二郎である。鳩山総理の母親はその娘で多額の資産を引き継いでいて、とにかくお金持ちなのである。

小沢一郎土地資金問題は、政治資金虚偽記載で修正申告すれば済む話で、贈収賄事件ではない。筆者はとにかく天の邪鬼なので法務省・法務局、通称「赤レンガ組」というエリートには拒否反応がある。東大法学部・国家公務員上級職・司法試験という、いわゆる三冠王といわれるエリート官僚には特別な支配能力が存在しているらしい。司法関係のエリートはほとんどが閨閥でつながっている筈である。これと同じ構図が戦前のエリート軍人だった。

我が家では白梅が芽吹いた。

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2010/1/20  10:43

「みちのくドライブ」完了  旅行
平成16年秋の「みちのくドライブひとり旅」の7泊8日、10ヵ所の掲載が終わりました。カーナビも持たず、高速道のSAで寝泊まりするのを基本によく出かけたものだと思う。

思えば翌17年の夏は「熱中症」で倒れ、18年は「坂東33観音霊場」をほぼ踏破、19年後半は自律神経失調症で体重が8キロも落ちた。

今は「私の戦争論」のために「昭和万葉集」などを読んでごろごろしている。「暇人旅行記ブログ」はこの後、平成17年の旅行4回を作成を予定しているが、来月以降までお休みです。サムネイルをクリックすれば画像は大きくなります。

本物は撮影不可ですが、パンフレットより「中尊寺の内部」です。2年後には世界遺産に登録される由。

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2010/1/18  13:12

石川啄木記念館  旅行
実質、5年前の平成16年10月にドライブで「みちのく」を訪れた。いちばんの目的は盛岡の「石川啄木記念館」と藤沢周平・海坂藩(うなさかはん)の舞台・鶴岡だった。

普段の行いが悪いのだろう、残念ながら啄木が多数詠んだ「岩手山」は雲を被っていた。また盛岡の町は道路が入り組んでいて目的の場所へなかなかたどりつけなかった。また訪問しても同じだろう。画像はパンフレットからの記念館内部。

宝徳寺境内の歌碑

 ふるさとの寺の畔のひばの木のいただきに来て啼きし閑古鳥

盛岡城跡・岩手公園歌碑

 不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五のこころ

いわて銀河鉄道・渋民駅前の歌碑

 なつかしき故郷にかへる思ひあり久し振りにて汽車に乗りしに

本日、同時に「旅行記ブログ」・「みちのく紀行8」に「啄木記念館」を掲載しました。サムネイルをクリックすれば画像が大きくなります。

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2010/1/16  17:50

みちのくの旅・田沢湖  旅行
「暇人旅行記ブログ」は、みちのくを連載中。明日は秋田県田沢湖。田沢湖畔には斎藤茂吉の歌碑があった。このブログで彫られている歌を紹介。

白き山 田沢湖」 昭和22年06月18日

 行々子むらがりて住む小(お)谷をも吾等は過ぎて湖(うみ)へ近づく
  行々子(ぎょうぎょうし・葦切(よしきり)という名の野鳥)
 白濱のなぎさを踏めば亡き友のもはらごころの蘇へり来る
 うつせみは願をもてばあはれなりけり田澤の湖に伝説ひとつ
 とどろきて水湧きいでし時といふひとり来たりてをとめ龍となる
 われもまた現身なれば悲しかり山にたたふるこの湖に来て
 おほどかに春は逝かむと田澤湖の大森山ゆ蝉のこゑする
 山々は細部没してけふ一日梅雨の降らぬ田澤湖に居り
 田澤潮にわれは来たりて午の飯(いひ)はみたりしかばこのふと蕨
 健やかに君いまさばこたびも三たびもわれを導きけむか
 常なしと吾もおもへど見てゐたり田澤の水のきはまれるころ
 年をいて苦しかりとも相ともに仙巌峠も越えにけむもの

「田沢湖」の画像は「旅行記ブログ」へ移動。

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2010/1/14  20:54

兵隊万葉集  昭和史
友人より「兵隊万葉集」という本を借りた。版型は新書である。したがって「昭和万葉集」などより歌の数は少ない。友人は本の虫であり、古典にも精通しているから多分「万葉集」につられて買ったに違いない。筆者は万葉集も読まずに、知らずに拙い短歌を披歴して「へたくそ」だと評価されている。

しかし「へたくそ」と言われて一切弁解しないのが筆者の悪いところでいいところでもある。短歌の勉強は一切したことがないからである。

近い将来をめざして本を作ろうと思うのだが製版の知識は何とかなるにしても内容が「お涙頂戴」では全くつまらない。メインは「私の戦争論」である。友人に「昭和万葉集」6巻目とともに借りたのがこの「兵隊万葉集」。筆者は当然「太平洋・大東亜戦争」の観点からこれを読む。鉛筆でチェックを入れるので、この新書は注文、今日購入してきた。

筆者の長々とした「戦争論」より冒頭の一首だけで戦争の何たるかがわかる。

 支那兵の死に浮く水を汲み上げてせつなけれども呑まねばならず

午前中、ホットカーペットの上でうとうとしていたら「宮中歌会始め」が生中継されていた。歌を読みあげるのは講師(こうじ)と言うのか、近衛文麿の曾孫・忠大(ただひろ)。なぜか「そのまんま東」さんも参列していた。

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2010/1/12  22:14

山寺  旅行
「みちのくドライブひとり旅」、明日は山寺です。九百余段、今ではとても登れない。こんにゃくを売る中ほどの茶店も駄目だろう。文字説明は長くなるので、このブログに山寺を詠んだ歌と俳句を掲載します。画像の右岩肌の中央付近の赤い屋根が「芭蕉記念館」。

海山 胤平
 立谷川夕霧はれて月山の幻の影もみなぎる瀬にの白波
生田 蝶介
 秋風の吹き過ぎるとき我肩を打ちて落ちたる松毬一つ
斎藤 茂吉
 みちのくの仏の山のこごしこごし岩峰に立ちて汗ふきにけり
土岐 善磨
 松風のおととしきけば頂上なり秋暑きいはほのほてりの中に
香取 季真
 千年へし立石寺のいはむろは今も大師のいますところかも
結城哀草果
 関北霊屈といわ額をかかげ古ゆ宝珠山立石寺は虫燈たたき
阿部 静枝
 因縁にものみ絡め死後の相かたどる山寺信なし上る

 閑さや岩にしみ入る蝉の声    松尾 芭蕉
 山寺の鐘に呼び出す時鳥     坂部 壺中
 牛洗ふ人にとけなし夏の川    大町 桂月
 吾と普ぶ峰雲を松山に見る    大須賀乙一
 いてふの根床几斜めに茶屋涼し  高浜 虚子
 我もまた銀杏の下に涼しくて   高浜 年尾
 目の前の満山の青真つ二つ    加藤 楸邨
 西山晴れ山寺のみは梅雨の雲   水原秋桜子
 目の前の岩に雲たつ涼しさよ   名和三幹竹

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2010/1/10  23:33

みちのくドライブ  旅行
今日は第二日曜日、所属結社の例会の歌会。江東区豊洲へ出かけた。大体片道2時間の見当なのだが、今日はバスの便が悪く12時を過ぎて出ても到着は午後3時だった。30代前半、江東区深川に住んでいた頃が懐かしい。

明日より5年前の「みちのくドライブ一人旅」を「旅ブログ」で開始しようと思う。八日間で10ヵ所をを訪れた。今日の画像は「斎藤茂吉記念館」前庭の歌碑。

 あしびきの山こがらしの行く寒さ鴉のこゑはいよよ遠しも

歌は大正04年、祖母の死を歌ったものらしい。

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2010/1/8  22:59

更新82  パソコン
大晦日から元旦にかけてのバスツアーの旅は、思いのほかくたびれたようだ。「豊川稲荷」と袋井市の「遠州三山」。微妙な傾斜の石段は厄年のときに骨折した右ひざが微妙に堪える。全力疾走はとうに叶わない。

2・3日の「箱根駅伝」も見にゆく気力はなかった。若さはうらやましい。東洋大学2年生の若者は昨年に引き続いて4分の差をものともせず、最長距離23キロを箱根の坂で一気に逆転、全く声も出ない。

伏見稲荷を筆頭とする日本三大稲荷を解明にするのに時間がかかった。豊川稲荷が実際は寺院だと言う。この解明と画像処理に二日、頼まれもしないのに2月号の校正も時間がかかり、無い才能を絞って次号の歌を苦吟中。

旅ブログに載せるべく5年前の「みちのく一人旅」の画像10ヵ所×8枚=80枚が完成。しかし悲しいかな、平泉・毛越寺(もうつうじ)の1枚の画像の寺院が解らない。多分本堂だと思うが?! 今月中にみちのく10ヵ所を随時掲載。

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