2010/4/30  21:23

京都・奈良の旅画像  旅行
関西の旅の翌日、26から29日までは、所属短歌会の雑誌作成のための「文字入力」で4日間を費やした。10年前には二日で済むところ、今は自宅での作業だから、TVを見たり寝転んだり、気になる昭和史の本を読んだり無駄が入る。何よりも加齢からくる眼のしょぼしょぼ感が最近目立つ。

やっと昨晩メールで文字を送り終了。15年前なら鉛の活字が数十キロに及んだ。最近の書籍は印刷のデジタル化で鮮やかで美しく仕事が早くなった。だが昔を知る筆者には書籍に手作りのぬくもり感が無くなったのは事実。

早速、今朝から先日の旅行の画像処理に追われているし、画像掲示板への返信も書きこんだ。返信が遅くなったのは申し訳ない。「京都・奈良の旅」は、初日は「伏見稲荷」「醍醐寺」「宇治平等院」。二日目は「明日香路散策」「橿原神宮」「平城京」。初日のスタート出遅れで「万福寺」を省いた。

宿泊の「京都国際ホテル」は、3年連続。しかしすぐ横の「二条城」は、まだ入城していないし「西本願寺」「東本願寺」は、まだ拝観していない。ホテルの地下の寿司処「しっといやす」は閉店していた。栄枯盛衰、淋しい限りである。

画像はホテルの結婚式の一風景。平安朝の貴族に扮した花嫁・花婿が乗る昔は牛車か。撮影はムービーを選択していてもろくも失敗。

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2010/4/28  20:52

人身事故  旅行
04月24・25日(土・日)3年続きで年一回の京都・奈良への旅をした。とは言ってもまだ勤務している仲間も居るので一泊二日である。50歳くらいから年数回、パック旅・バス旅・個人の旅と出かけているが、出発の時間に遅れ、列車や飛行機に乗り遅れることは無かった。

ところが今回初めて出発の08時40分発の「のぞみ」に乗れなかった。筆者の住む平塚から東京駅まではバス・JRで90分、十分余裕を見て06時30分、バスに乗ったから08時には東海道新幹線のホーム一番のりの筈である。ところが二駅目の「辻堂」で電車はストップ。横浜・戸塚間で人身事故とのこと。アナウンスは「負傷者を救出しているのでしばらくお待ちください」と言う。つまりは「飛び込み自殺」であろう。東京へ着いたのは09時近くになっていた。普段めったに使わないが、こういうときこそ携帯電話が役にたった。

人間は必ず死ぬ。必ずお迎えがやってくるのである。自殺するなど人類に対する冒涜である。後始末するJRの職員の身にもなって考えるべきである。100歩譲っても鉄道自殺はおすすめできない。死ぬ瞬間は多分「痛い」と思うからである。30分遅れて「のぞみ」に振り替えが効いた。30分スケジュールを圧縮したからこそ「宇治平等院」で和服の関西美人に邂逅できたのかも知れない。だとしたら朝の自殺者に謹んで哀悼の意を捧げたいと思う。

添付は「近鉄・橿原神宮駅」前の花水木。

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2010/4/26  13:45

平成22年京都・奈良  旅行
24・25日、3年続けて京都・奈良の旅を楽しんできた。初日は、08時40分発「のぞみ」だったが、筆者の東京へ向かう東海道線は「戸塚」近辺で人身事故、30分あとの「のぞみ」の変更が効いた。詳述は次回。

初日は「伏見稲荷」「醍醐寺」「宇治平等院」。二日目は「明日香路散策」「橿原神宮」「平城京」。時間が足りなくて平城京の「大極殿」は、建造物まで辿り着けなかった。それだけ広大だということ。急ぎ足で戻りタクシーで近鉄奈良まで行き、特急で京都へ到着。

詳しくは頁に興すが、今日から4日間は月末の短歌雑誌の文字入力の仕事。

添付の画像は「宇治平等院」で撮影した和服の美女ふたり。「湘南の暇人」の名刺を渡してきたので見ただろうか。お望みがあれば他に2枚プリントして送ります。メールで住所・お名前をお知らせください。金品を請求したり、まとわりつく「へんなオジサン」ではないのでご安心を。ただし小生のブログはときどき見てください。昭和史や政治的発言は評判がいいのです!? 画像をクリックすれば大きくなります。

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2010/4/22  21:32

沈む船は何処へ  政治
沈む船からネズミが逃げ出すように、自民党の大臣まで経験した有力議員が離党して新党を立ち上げている。無所属の平沼赳夫氏が代表になった「たちあがれ日本」は石原慎太郎氏命名だそうだが、やはりこの方は基本的には文学者だと思う。

「みんなの党」の渡辺喜美氏が「立ち枯れ日本」などとわざと間違えて言って、この方も役者だなあ、と思う。しかし渡辺氏は「行政改革担当大臣」を経験して、行政改革は自民党ではだめだと考えて逸早く離党したので覚悟は立派だと思う。

「みんなの党」「たちあがれ日本」「日本創新党」「新党改革」。一応合格点は「みんなの党」か。共通することは民主党・鳩山由紀夫内閣の支持率急落でも、その分、自民党に支持が行かないことにある。

「新生党」以来の永年の盟友、福島の渡部恒三氏や神奈川県の藤井裕久氏を自分に逆らうからと云って袖にした小沢一郎・民主党幹事長は、自民党のゴタゴタで高笑いだろう。筆者は15年前から必ず小沢一郎氏は覇権を執ると思っていたが、事実その通りになったが、それは多分に敵失である。

永年の盟友を切って捨てる小沢一郎氏の政治手法は、今度はそれが自分の首を絞めることになると思う。

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2010/4/20  17:01

更新84  パソコン
平成16年、七夕祭りのころHPを立ち上げて頁更新が84回目となった。随分長く更新しているが、画像が多いとその分、ODNの費用が嵩む。最近はCMが入るにしても無料のブログが勃興してきて有難いことだ。

このブログは「teacup」、旅日記は「seesaa」のブログ、seesaaは最初の設定がかなり難解だったが何とか平成16年までの旅を作成。平成17・18・19・20年と画像の整理をしつつ頑張りたい。近所に「花菜ガーデン」が開園したので、花の画像が一気に増えた。画像が20枚であると、もう2MBである。これもブログにすべく考慮中。ヤフー・ビッグローブ・ブログ人・グーと多彩である。

筆者のteacupのブログは、コメントを書き込むことができ、メールで表示を訊いてくる。ところが「拍手」のコメントは筆者という管理者だけしか読むことができない。これに最近気がついて全部を読んだ。有難いことである。しかし半数の人は内容で誰だか解るが、残りの半数は大体解るが判定はできない。解るのは大阪の方、宝塚の方、東京中央区の方、埼玉県蕨市の方である。

この「拍手」のコメントは、ブログ画面に表示されないので出来れば誰か判るようにイニシャルをお願いしたい。非常に励みになるからである。

添付はミヤマシキミ。

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2010/4/18  20:10

山本五十六  昭和史
今から67年前の昭和18年4月18日、当時の帝国海軍の連合艦隊司令長官・山本五十六(やまもといそろく)海軍大将は、攻撃されるのを半ば承知しながら、ラバウル基地を飛び立ち、米軍機に撃墜され戦死した。

開戦半年後の「ミッドウェイ海戦」で日本海軍は壊滅的惨敗だった。海軍も陸軍もお互いに「知らぬそぶり」だった。山本は早く終戦に導くための自殺行為だったと云っていい。日本軍の敗戦必死を予感していたのは始まる前からのこと。暗号は解読されていたのも知っていたのではないか。この山本の戦死さえ1カ月は伏せられた。さらに山本の死を知悉する軍人は最前線へ送られて戦死した。秘密を守るためである。太平洋戦争とは始まる前から都合の悪いことを隠すことばかりだ。

その4年前の昭和14年、平沼騏一郎内閣では、海軍省の大臣・米内光政(よないみつまさ)海軍大将、次官・山本五十六海軍中将、軍務局長・井上成美(いのうえしげよし)海軍少将のトリオは日米戦争に繋がる日独伊軍事同盟など絶対反対という立場だった。最後までこのトリオは「親ドイツ」反対、「反米・日米開戦」に反対した。

しかし山本五十六のような当時の少数意見は、軍部にも、右翼にも、世間にも、マスコミにも徹底的に「弱腰」として疎まれたのである。

ハワイ真珠湾を攻撃されたアメリカには戦前でさえカラー写真が残っている。こんな大国となぜ戦争をしたのだろう。

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2010/4/14  21:32

私解・戦争の昭和史  昭和史
今、筆者の「無明庵」の「私の戦争論」は、全面的に書き直している。井上ひさしのような作家が言うと「浅学非才」は謙遜で通るが、筆者などは文字通り紛うかたなき「浅学非才」で、昭和史の書を漁るとつぎつぎに、筆者にとっての新事実が出てくる。

「私の戦争論」は思想界の巨人と言われる吉本隆明が文庫本で「軍国少年」だったことを対談形式で赤裸々に語っている。筆者の場合、肉親の戦死が多いので定年後、ボケないうちに解決しておくべき命題と自分に課してはいるが遅々として進まない。

私解・戦争の昭和史」と題名を変えて、内容は変わらない。結論は簡単である。日本は世界を相手に戦争をするような帝国ではなかったことにある。

井上ひさしの「難しいことは易しく、易しいことは深く、深いことは愉快に、愉快なことは真面目に」は「眼からウロコ」である。

「太平洋戦争」とは日米だけに眼が行くが日中戦争及び日英対立がその源だったことは明らかである。

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2010/4/12  22:48

哀悼・井上ひさし  読書
作家・井上ひさし氏が亡くなった。この作家の本を読んだことは無かったが、一冊書庫?に隠れていた。昭和62年の発行である。

先日亡くなった藤田まこと・立松和平、この井上ひさしも名だたるヘビースモーカー、おそらく覚悟の上だろう。肺がんで75歳の死。残念なことである。

戯曲の完成が遅く、かなり関係者を嘆かせたらしいが、完成度は抜群だったらしい。日本芸術院会員で文化功労者。黙っていてもそのうち文化勲章は間違いがなかったと思う。政治的には日本共産党の支持者で、軍事力否定論者で昭和天皇の戦争責任にも触れていたらしい。しかし今上天皇の園遊会にも出席したこともあるらしい。

ともあれ数々の文学賞を受賞して、その言語・文体は、軽妙で感覚鋭いものだったのは間違いない。

むずかしいことはやさしく、やさしいことはふかく、ふかいことはゆかいに、ゆかいなことはまじめに書くこと

は至言である。

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2010/4/10  23:26

貴方の素晴らしい歌  身辺些事
明日は、第2日曜で歌会。江東区豊洲まで行く。毎月の歌稿は15日が締め切り。明日持参したいところだが、歌材を列挙しただけで歌にならない。もとより深い短歌の研究と経験があるわけではないから毎月10〜13日は生みの苦しみとなる。

同じ短歌会の友人は若いころから文学全般にひたっているから何カ月も先まで歌作には困らないらしい。いくつか分けてもらいたい?ところ。

ところで二日前のNHKニュースでも報じていたが、○○堂なるところから「あなたの素晴らしい短歌を・素晴らしい俳句を新聞に載せませんか」という誘いの電話がかかってくるという。筆者のところにも5回ほど電話があったが断った。住所・電話を明らかにした合同歌集(これは本代のみ)があったので、これを見て電話をかけて来るらしい。掲載料は24万円。24万円貰えるならともかく、なぜそんな高額料金を払わなければならないのか。24万円あれば立派な文庫本の歌集ができる。

 「貴方の歌新聞に載せます」といふ電話ありて弱弱しく応ふ「臥せてをります」

画像は我が家の紫木蓮。

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2010/4/8  23:05

日本国憲法15条2項  身辺世相
今日、神奈川県庁に神奈川県警の捜索が入って、税金をネコババした職員は逮捕されたらしい。文具業者に水増し請求をさせて、それをプールし図書カードなどにして換金して自分の小遣いにしていたという。だがそれも二人や三人は逮捕されても、どうもそれだけではない気がする。少額の高級幹部は訓告や戒告で免れたのではないか…。

だいいち捜索に入った「神奈川県警」そのものが11億円もの金銭をくすねていると聞く。まな板のコイが自分で包丁を握って自分をさばくわけはない。どうもマスコミも神奈川県民もおとなしいし、筆者のように天の邪鬼で余禄のない年金生活者には抗するすべもない。

日本国憲法「第15条2項」には、

「すべて公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」

という条項がある。憲法というとやたら第9条が叫ばれるが、これほど守られていない憲法もない。公務員制度そのものが何か疲弊している気がする。翻れば官尊民卑は戦前も戦後もたいして変わらない。これを是正しようとする政治家は、法律を知悉している官僚にはお手上げである。

添付は花菜ガーデンのマグノリア・木蓮。

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