2010/8/10  22:48

原爆忌02  昭和史
広島も長崎も原爆忌のセレモニーに、今年は広島に米国大使、双方に英仏の大使が出席した。65年目にしてやっと、というのが現地の感想だろう。昨年のプラハでの米国オバマ大統領が核削減を言いだしたからであろう。ただ言っただけで「ノーベル平和賞」なのだから筆者にはほとんど形容しがたいと云うのがホンネ。

現在、広島・長崎の原爆の何百倍もの性能の核兵器を米国・ロシアの2国で世界の90パーセントを保有しているという。天の邪鬼の筆者には人類のためにならないから、ではなく核兵器を製造・保有・管理に厖大な費用・予算が掛かるので削減を言いだしたのではないかと思う。ハイテクの向上で核兵器は低コストで開発可能となれば、北朝鮮やイランが開発をやめることはないだろう。悪いことに今度は何だかミャンマーの軍事政権も感心を示しているやに思う。

吉永小百合は筆者と同時期の昭和20年生まれ、今年まさに65歳である。この人気ナンバーワンの女優が20年間、原爆詩の朗読を続けていると言う。その趣旨にいささかもケチをつける気はないが、何だか日本人の情感に訴えているだけのようにも天の邪鬼には思えてならない。

筆者が訴えたいのは「戦争」とは運命や情緒や感情ではないと言いたい。戦争は科学・物理・数字の世界である。終戦だけに限定すれば、ポツダム宣言は1945年07月26日に出されたが、原爆投下の大統領命令は07月23日に出ているのである。06月22日は沖縄が玉砕、05月22日は空襲で宮城にも飛び火、05月06日はドイツが無条件降伏している。敗戦を受け入れるチャンスはいくらでもあったはず。最後まで「鬼畜米英」の感情論が支配したのだろう。

「聖戦完遂」「一億玉砕」を声高に叫んだのは、陸軍中枢将校と朝日・毎日新聞のメディアである。このことは間違いがない。復刻版に残っている。

夏に相応しいヘメロカリス。夕日の輝き。

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2010/8/8  22:41

原爆忌  昭和史
明日は08月09日、長崎の原爆忌。アメリカ・オバマ大統領の「核縮小発言」以来、原爆忌も単なるセレモニーでは無くなってきたのはいいことである。05月にヒロシマの原爆碑に、筆者はイチャモンを付けた「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」という文言。今では多くの人が指摘するように、主語がない。

「安らかに眠って下さい過ちは繰り返しませぬから人類は」と云えばこれは立派な?短歌にもなる。そのとき、

@原爆を落とした国 → アメリカ合衆国
A原爆投下を命令した人 → アメリ第33代大統領ハリー・トルーマン
B原爆(リトルボーイ)を投下した人 → ポール・ティベッツ陸軍大佐
とも書いた。

広島・長崎に原爆が落とされて犠牲になったのは、既成事実だがアメリカの当初の投下候補地は京都・新潟・広島・小倉・長崎だったという。とくに京都は百万都市で三方を山に囲まれて、絶好の実験地と考えられていたらしい。それが証拠に、奈良は解らないが、京都は通常の無差別爆撃さえ受けていない。千数百年の文化が残る京都は絶対、原爆は落としてはならないと頑張ったのは知日派の駐日米国大使だったジョセフ・グルー。陸軍長官だったヘンリー・スティムソンである。ここを破壊したら日本は立ち上がれなくなると頑張ったという。

詳しくは添付の本に詳説されている。講談社学術文庫。著者は五百旗頭真(いおきべ・まこと)当時は神戸大学教授。この書は絶版になっていないと思う。まだ手に入る筈である。続きは二日後。

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2010/8/6  20:43

学童疎開  昭和史
本日、横浜市栄区本郷台の「あーすぷらざ」で学童疎開の講演を聞いてきた。講師は、元・ABC朝日放送アナウンサーだった、上田博章氏。学童疎開の話を90分飽きさせずに興味深い内容だった。

五年ほど前、インターネットサーフィンで「短歌」と入力。過程は省くが文京区播磨坂の「ナガタニ」さんのHPを発見、この方のリンク欄から、横浜のHARUKOさん、そこから成田のヒロチャン、小布施のみかんちゃんなどと知り合い、前年、善光寺の御開帳で信州での「オフ会」に出席。「みかんちゃん」にお会いした。面倒見のいい貫禄?のある美女!だった。

ナガタニさんの掲示板で「靖国神社」のことで、いろいろ交流の始ったのが大阪の「上田博章」氏。「上田博章@昭和8年com」というHPを持っておられる。上田氏の父親は諜報将校だった陸軍少将。上田氏の父親が、戦前の「学童疎開の政策立案者」。学童疎開にも「集団疎開」「縁故疎開」「強制疎開」とさまざまあるようだ。疎開して命が助かったなら、それでいいのではないか、と単純に思うが、上田氏の場合、縁故疎開のたらいまわしで、先々で強烈な苛めでよくぞ生き残ったもの、というほどすさまじいものだったと言う。

名刺交換をしたが、名前の上の肩書は「隠居」だった。ユーモアのある方である。もう一度上田氏の「疎開絵日記・学童疎開」を読み直したい。

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2010/8/4  23:32

無作為・不作為  身辺世相
足立区の111歳の老人の死から、急激に100歳以上の方の捜索・確認が始まっている。

杉並区の場合、長女は二男の処へ行った、とそれだけである。二男は数十年前に、母親は出て行ったと関係ない素振り。どうも困った姉弟だが、113歳の老女は、今どこかで一人で悠々自適でもあるまい。問題は都の公務員だった老女の亭主は、昭和35年に死亡、爾来延々と月10数万の年金が振り込まれているらしい。50年間ともなれば数千万円である。貰う方はいいが、払う方もかなりいい加減だと思うのは筆者だけか。

筆者も母親が倒れる前に「姨捨山」にでも置いて来たら、未だに国民年金、多分、義父の軍人恩給?数万円が延々、16年間貰えたはずである。こういう考えだから、なかなか宝くじが当たらないのも当然である。

4日前に行政の「無作為」と書いて「不作為」と書き直した。辞書で調べると無作為は何もしないで放っておくこと。不作為は意図的に知らないそぶりとある。何か起きないと動かない行政の無作為・不作為は今更指摘するまでもない。無作為・不作為は今も昔も変わらない。都会において多分に隣組の互助会的共同体のよき慣習は廃れて久しい。

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2010/8/2  23:26

スイス事故  身辺世相
このブログで御厚誼いただいている関西在住の方の体験談である。その方と奥さんは「南ドイツ」に旅をされた。

<家内が、最終宿泊地のホテルにバスが到着した時に、二階建てバスのステップに近い座席で、添乗員が「ホテルに着きました」とアナウンスしたので、網棚の荷物を取ろうとした時、急にバスが2bほど動き、家内はよろけて階段の下まで転がり落ちたのです。 救急車で病院に搬送されましたが、幸い腰部の強打で済みました。でもほとんど歩けなくなって、最終日のノイシュヴァン・シュタイン城の観光はキャンセル。ドイツ人の運転手は「sorry」の一言も言わず、「完全に停車していないのに、勝手に立ちあがった女性が悪く、自分には一切責任がない」と。帰国後、旅行社(ANA)に強く抗議し、ANAは「申し訳ない」と。でも、ドイツのバス会社は最後まで責任を認めず、最終的にANAは、そのバス会社との契約を打ち切ったそうです。>

全日空の判断は正しい。実は筆者もドイツとイタリアは行ってみたいと思っていたが、ドイツは辞めることにした。何だか戦前の「日独伊三国同盟」を想起するが、この時も日本はドイツに裏切られている

ゲルマン民族に限らず、キリスト教・イスラム教など宗教の固い教義に裏打ちされた個人主義は世界の人民に行きわたっている。すぐ「スミマセン」という日本人とは価値観・道徳感が違う。契約・法律が優先する諸外国の人間は容易に自分の罪など認めない。日本人でも大企業の人間が事故を起こした場合、シラを切る場合が少なくない。これは企業論理だが、欧州・中東などは、国が地続きで何世紀も殺戮と戦争の歴史がある。そこに暮らす人々は自国の歴史に記憶と覚悟があるから、契約や法律が優先するのだろう。

スイスの世界でいちばん遅い特急の「氷河急行」の事故も運転手は自分の責任を当初は胡麻化した。調査の結果、運転手のミスと決着がついたが、筆者には、何よりもスイスという国の方針が優先されたように思う。多額の外貨を毎年持ってきてくれる日本人に警戒されることを避けたように思う。

今、昭和47年、28歳のとき購入した「日本人とユダヤ人」を30数年ぶりに読み返している。著者はユダヤ人だが、のち山本七平氏と判明している。日本人の常識が世界の非常識であることを丁寧に著述している。だが日本人を非難しているのではないので、念の為。自分の推敲している「戦争の昭和史」に役に立ちそうである。

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