2010/8/8  22:41

原爆忌  昭和史
明日は08月09日、長崎の原爆忌。アメリカ・オバマ大統領の「核縮小発言」以来、原爆忌も単なるセレモニーでは無くなってきたのはいいことである。05月にヒロシマの原爆碑に、筆者はイチャモンを付けた「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」という文言。今では多くの人が指摘するように、主語がない。

「安らかに眠って下さい過ちは繰り返しませぬから人類は」と云えばこれは立派な?短歌にもなる。そのとき、

@原爆を落とした国 → アメリカ合衆国
A原爆投下を命令した人 → アメリ第33代大統領ハリー・トルーマン
B原爆(リトルボーイ)を投下した人 → ポール・ティベッツ陸軍大佐
とも書いた。

広島・長崎に原爆が落とされて犠牲になったのは、既成事実だがアメリカの当初の投下候補地は京都・新潟・広島・小倉・長崎だったという。とくに京都は百万都市で三方を山に囲まれて、絶好の実験地と考えられていたらしい。それが証拠に、奈良は解らないが、京都は通常の無差別爆撃さえ受けていない。千数百年の文化が残る京都は絶対、原爆は落としてはならないと頑張ったのは知日派の駐日米国大使だったジョセフ・グルー。陸軍長官だったヘンリー・スティムソンである。ここを破壊したら日本は立ち上がれなくなると頑張ったという。

詳しくは添付の本に詳説されている。講談社学術文庫。著者は五百旗頭真(いおきべ・まこと)当時は神戸大学教授。この書は絶版になっていないと思う。まだ手に入る筈である。続きは二日後。

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