2010/9/15  23:18

哀悼・谷啓  身辺世相
クレージーキャッツの谷啓が亡くなった。哀惜の念にたえない。

昭和07年(1932)生まれだから筆者と同じく申年、ひとまわり上の世代だった。今、ウィキペディアで知ったのだが、妻はペギー葉山の元マネージャー。知的障害者の弟の面倒を終生、みていただけで人柄が偲ばれる。「ガチョーン」は好きな麻雀から出た言葉だと言う。

筆者は昭和47年に閉鎖される前のジャズ喫茶「銀座ACB(あしべ)」でクレージーキャッツののショーを観に行ったことがある。アイスコーヒーが500円だったから、今なら5000円くらいか。結婚前の妹二人と母親を連れて再度観にいったことがある。

谷啓を知る人は誰も悪くは言わないし後輩への面倒見も良かったらしい。筆者はNHK・教育TVの『美の壺』のファンだったから谷啓のナビゲーターの番組を40本ほど録画してある。通常25分の番組だったが時に、倍の50分番組で奈良・京都・沖縄・信濃路など内容は多彩でひょうひょうとした台詞まわしで筆者はこよなく愛した。昨年03月末で草刈正雄に交代したので、あまり面白くないので見ていなかった。

思えばその頃から体調不良であったらしい。足腰が衰え、最近は認知症?で徘徊もあったらしい。年上の犬塚弘、桜井センリも嘆いているのは当然だろう。谷啓は戦後の昭和を明るくしたコメデイアンの一人であろう。トロンボーンの名手であったことは誰もが認めている。

今日はこれから『信濃路』を観てから寝ることにする。

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