2010/10/10  23:01

御嶽神社祭礼  身辺些事
昨日の短歌大会は雨に祟られた。しかし大会は江東区東陽町のホテル。筆者が生活していた昭和50年代と大分違うのは、都バスのコース。東京駅から昔は都電のコースだった「錦糸町行」のバスに乗ったら昔と違うコースの錦糸町行き途中で降りて結局タクシーを使う羽目になった次第。大結社ではないので150人の出詠。出席者60名の丁寧な講評があった。筆者はもっぱらデジカメ撮影係。まずまずの画質が得られた。これが60人全員の集合写真だとなかなかうまく撮れない。筆者の出詠歌は、

 通夜振る舞ひ設へられたる立食のバイキングありエビチリをとる

得点は2点、ブービー賞に近かった。だが選者のひとりが「亡くなった人を良く思っていなかった」と読みとってくれたのは、さすが50年以上のキャリアを持つ歌人(90歳)だと思った。さすがとしか言いようがない。

戦争未亡人の筆者の母親と義理の父の仲介役、結びつけた義理の叔母の死である。88歳だった。3人の子持ちの義父、1人の子持ちの母親。困った同士の再婚だった。戦後は、この手合いが多かったように思う。そのキューピットだった義理の叔母はそれだけの人だった。成人した筆者は、口を利いたこともない。子供時代、生活に困窮しても知らないそぶりだった。おとなしい母親は一度だけ、その叔母に対して愚痴をこぼした。苦労した分だけ命を縮めたのか、母は76歳で平成06年に亡くなっている。

筆者は、平素だれでも遠慮する通夜のあとの振る舞いの料理をたらふく食べた。母親の分までと思い、寿司もデザートもエビチリもたらふく食べた。

本日、町内は「御嶽神社」末社の祭礼だった。筆者の家の前は、実の従姉の家である。招待を受けて御馳走が山盛りだったが、歯痛でやわらかいものしか食べられなかった。ここのところの歯痛は多分祟り!だと思う。

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