2012/3/18  19:43

困ったこと09 日の丸・君が代  身辺世相
最近、この季節になると新聞を賑わすのが卒業式の「日の丸掲揚」「君が代斉唱」に起立しない教員が居て問題になる。必ず持ち出されるのが憲法19条の「思想・良心の自由」、21条の「表現の自由」などになる。そうして裁判の結果“不当判決”の垂れ幕を持って駆け付けて報道陣に見せるパターンである。

ここで筆者の真っ当な?主義・主張を吐露すると、これは全くナンセンスな問題だ。第一インターネットで検索したところ、この問題は多数記録されているが、みな肝腎なことを忘れている。それは≪日本で展開されている国旗・国歌に関する論争は、民主主義・社会主義といった国家の枠組みや思想・信条を超え、日本以外の国で確認されておらず、世界的に、事実上、日本固有の論争となっている≫(ウィキペディア参照)ということである。これは何を意味しているのか、当事者ですら無意識に“コップのなかの嵐”を戦っているにすぎないし、肝腎なことは“見て見ぬふり”だからである。

彼らの主義・主張は「君が代・日の丸と共に皇民化教育による“現人神”によって血塗られた歴史がある」が、おおよその理論。だがこれも全くナンセンスである。本当のことを云えば、そういう歴史を辿ったのは事実だが、太平洋・大東亜戦争の実態は、朝日新聞・毎日新聞・NHKなどのメディアに洗脳された国民と、米英を敵視し且つ米英の世界戦略を見抜けなかった政治家・軍人の存在があったからである。昭和天皇に戦争の第一義的責任を押し付けるのは、当時の憲法を戦後の後付けで安易に否定することで甚だ卑怯である。日の丸掲揚・君が代斉唱に非起立の教員が、筆者に言わせればいったいどこまで、戦争の実態を把握しているのか、極東国際軍事裁判のA級・B級・C級の違いが解かるのか、行政の陸軍省・海軍省と大本営の陸・海軍部の違いが解かるのか。真の戦争犯罪者を探究したことがあるのか、訊いてみたいものだ。筆者に言わせれば「日の丸掲揚・君が代斉唱に非起立の教員」は反体制を気取るだけの小賢しい人物でしかない。

先頃、国会の参議院予算委員会で日教組の問題が指摘された。「沖縄県民の平均所得は年間200万円、教員は600〜700万円の収入があり且つ、残業の補修はPTAの会費からアルバイト代を貰っている」事実が白日のもとに晒された。これは沖縄だけに限らないだろう。反体制を気取る前に、自らの姿勢を糺したらどうかと思う。筆者のように従業員10数人の小企業を定年退職した境遇では、教員は「エリート階層」でしかなく、体制にどっぷり浸って高給を得ている立場の教員は、“非正規労働”の厳しい現実などとんと解からないらしい。笑わせてはいけない、と言いたい。

筆者の私見では、憲法で重要なのは「15条2項」で「公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」ということである。それが強制であれ、非強制であれ「日の丸掲揚・君が代斉唱」は単なる儀式でしかない。学校現場だけを特別視するのは、教育の問題などではない、というのが筆者の見解。愚かな教師が意識しているのか、いないのかは解からないが、重要なことを指摘したい。それは日本が単一国家であることである。

一民族・日本民族(アイヌの問題があるが小数点以下)
一言語・日本語(各地の方言があるが、北から南まで標準語で通じる)
一文化・日本文化(生活様式は、稲作農耕民族と島国特有のムラ社会の倫理・論理が優先)

大国アメリカ・ロシア・中国・カナダなどは、多民族・多言語・多文化で構成され、国旗・国歌に忠誠を誓わないと国家として成立しない。日本は国旗・国歌がなくても、建国以来もう十分に統一された国家なのだと思う。日の丸掲揚・君が代斉唱に非起立の教員は、こんな簡単なことがなぜ解からないのか…。最後に筆者の所属する短歌会で長年カナダで暮らす御婦人がいる。よい歌を詠まれる人である。

 わが隣人オランダデンマークウクライナ祖国違へど皆カナダ人

添付は昨年の金目川堤の桜

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