2012/3/22  23:00

困ったこと10 スカイツリー  身辺世相
墨田区押上に「スカイツリー」が完成していよいよ05月22日に開業。今日は、個人の受付が開始されたらしい。最初から“押すな、押すな”の混雑なら筆者はずっとあとでいいと思っていた。筆者には「赤レンガの東京駅」完成のほうが待ち遠しい。スカイツリーの団体見学受付は、もう始まっていて既に30万人を超えていると聞いていた。しかし如何に団体とは云え30万人とは、物見遊山の団体も貪欲で、日本全国ずいぶんと張り切っていると思っていた。何しろ東京都は1000万人の人間が狭い地域にひしめいている。それにしてもの人数である。だが今日その謎が解けた。

筆者は昨年、短歌の御婦人の友人、昔からの歴史の仲間と計4人、「クラブツーリズム」のパック旅で11月22・23日の二日間、琵琶湖畔「湖東三山・永源寺紅葉の旅」へ出掛けた。この旅は、結果的に雨の予報が外れ、最高の紅葉狩りとなったのは、まだ頁に保存してある。これまでにもパック旅は、ほとんど電話での申し込みだったが、このときはインターネットの『クラブツーリズム』で予約した。以後クラブツーリズムからは、二日に一度の割合でメールにてお知らせが来る。むろん毎月、分厚いパンフレットのご案内も同様。

クラブツーリズムの今日のメール案内で驚いた。『東京スカイツリー入場ツアー・バス旅』が設定され、関東各地からのバス旅が一斉に受付が始まったらしい。つまり観光会社が事前に何万人単位で申し込んでいたのだろうと思う。これなら個人で申し込むよりは余程早い。それにしても商魂たくましいと思う。「JTB」も「阪急」も「読売旅行」も同様だろう。旅行社の団体申込が30万人の原因だった。内容の順序は判らないが、東京スカイツリー・浅草・台場・東京ゲートブリッジ見学・ホテルニューオオタニの豪華ランチ等で、スカイツリー入場券込みで1日のバス旅は16800円。これが高いか安いか。

筆者が中学入学時、昭和32年上京。以後、多期間過ごしたのが墨田区押上&業平、戦後12年目の時代で汚い街だった。運河の流れは臭く、小さな町工場の稼働で音は煩く、風呂は無く、トイレは共同で6畳一間だけの民間アパートがひしめいていた。昭和20年03月のアメリカの大空襲で最も酷い被害だったのが、墨田区・江東区。漸く敗戦から町が復興し始めた時だった。押上・業平など筆者の記憶では灰色で、貧しい人々が暮らす街だった。あれから50年、時は流れて随分押上・業平が脚光を浴びて、昔を知る筆者は面映ゆいばかりだ。東武日光線の浅草から隅田川の鉄橋をゆるゆる超えた最初の駅『業平橋』が「とうきょうスカイツリー駅」に変更になった。東武電鉄は徹底的に、この近代タワーで儲ける腹積もりらしい。むろんそれだけの多大な投資をしているからである。何はともあれ結構なことでもある。でも「業平橋」の名をも変えるのは困ったことだと思う。過去を消し去るような按配だからである。

 脚光を浴びてスカイツリー建つ業平橋吾には苦き記憶ありけり
 住吉町横川錦糸町業平橋十代に二年毎転居したりき
 鉄片を打ち抜くプレス機の連続音耳に残れり業平の街


クリックすると元のサイズで表示します
5


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ