2012/10/31  17:59

『老いの才覚』  読書
昨日、作家・曽野綾子氏の『老いの才覚』を一気に読んだ。筆者がこの本を購入したのが昨年、奥付は2011年04月22刷だった。初版はおおまかな推測だが一万部とすると以後は、版を重ねると、この著者であれば数万部の印刷が見込まれ80〜100万部になるのだろう。筆者の読書の好みが時代小説と昭和史に偏っているので曽野綾子氏の作家生活は知らないが、氏の著作では最も売れたであろう。この作家は、亭主は三浦朱門、夫婦ともに文化功労者であるらしい。50歳の息子は学者である。

筆者の短歌会の友人には読書家が多いので、この本はもうとっくに読破しているらしい。初版は2010年、一昨年だから随分読まれているし、“老いの指針”としてうってつけであるとも云えよう。分厚い本ではないし、手に取りやすい新書だからほぼ一日で読み終わる。並行して読んでいた『日本人の集団心理』入谷敏男(新潮選書)は戦前の政治・軍事体制に巻き込まれた日本人の心理を分析・解説した著書だから少々難解である。戦争を余儀なくされた日本人の国民性に深く切り込んでいるのでこれはこれで好著だと思うが、これは昭和61年の初版であって、その後再版されたのかどうかは解らない。新潮選書にももう案内はない。

ここで『老いの才覚』の要点を羅列するまでもないが、曽野氏はキリスト教信者でもあるらしいが「靖国神社」にも詣でて頑ななキリスト教の伝道者でもない。自身はアフリカを多く訪問。いちいちその指摘は的を射ている。ご主人の三浦朱門氏の面白い使い分けがあったので、ここだけは紹介したい。高齢者の形容だが「思わず膝を叩く」こと請け合いである。因みにこの夫婦は昭和06年生まれだから81歳。自分自身は、自身でもう初期でないことは自覚している。

◇初期高齢者◇中期高齢者◇後期高齢者◇晩期高齢者◇終期高齢者◇末期高齢者

以下は曽野氏の至言。勝手に忖度・斟酌引用させていただいた。

一生の問に、ともかく雨露を凌ぐ家に住んで、毎日食べるものがあった、という生活をできたのなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。
もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さからも守られ、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日おいしい食事とり、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。
もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だった、と言えます。

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2012/10/26  19:32

呉越同舟  政治
昨日、石原慎太郎東京都知事が辞任、再び国政に復帰することを明言した。御年80歳である。昭和50年代、幸か不幸かマルクス主義者の美濃部亮吉なる都知事が人気で、これに挑戦し敗れた。筆者は、その頃からの一貫したファンである。ただし政治的にであって文学者・石原慎太郎はよく読んでいないので判らない。石原が嫌う小沢一郎も筆者は評価するが、両者、とくに石原は小沢を嫌っている。自民党時代、田中派の継承者・小沢にいろいろ邪魔されたのが、生理的に合わないからであろう。

その辞任会見を聞くと大阪の風雲児・橋下徹と “霞ヶ関中央官庁支配”と云う日本の閉塞感の元凶を打破することで一致しているらしい。地方の首長はいずれも同感だろう。これは「みんなの党」の渡辺喜美にも共通している。ただしこの人の「アジェンダ」は頂けない。どうして政策課題ではいけないのか。この人は石原・橋下とは一線を画したいと考えているようだ。石原慎太郎も横文字が好きだが「アジェンダ」は重ねて言うが安っぽい言葉だ!

 自民党総裁 安倍晋三
 みんなの党 渡辺喜美
 東京都知事 石原慎太郎
 日本維新の会 橋下徹
 国民の生活が第一 小沢一郎
 民主党 長妻昭

それぞれが一致しているのは「霞ヶ関官庁」の縦割り支配を打破すること。少々の主張の相違は棚上げにして「地方主権」のもと大同団結することが国民には望ましいのではないか。「道州制」がいちばん現実味がある。霞ヶ関官僚が最も嫌う体制変更である。国家戦略としての「福島原発収束・原子力問題」「エネルギー問題」「食料問題」に相違は無いはず。誰が考えても民主党政権は“風前のともしび”で衆議院選挙は遠のいたのは間違いがない。民主党議員はもう少し首が繋がったのでホッとしているが国民には不幸なこと。この日本の現状に尖閣諸島を乗っ取るつもりの中国は大喜びだろう。この国はエネルギーに関しては確信犯である。

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2012/10/19  20:39

昭和37年  身辺些事
『ブログ』とは個人的な体験や日記の意味合いもあるのでプライベイト公開も許されたい。熱心に?読んでくれる人も居るからである。

それぞれの人生に必ずや節目と捉える時代があるような気がする。それが筆者には「7」のつく元号。同じ昭和19年生まれの歌手・舟木一夫は、テレビ番組で何かの出来事を訊かれて「ごめん、僕は西暦が判らない、昭和で言う」と吐露したことがある。言われてみれば納得だ。西暦で云えば即座に四ケタの数字を云えばいい。だが良いのか悪いのか、「昭和」が時間認識として染みついているのは事実で困ったことでもあるのか。今年は、今の元号なら平成24年・昭和ならば87年、2012年である。個人的な時代認識は仕方のないこととして昭和37年は、前半が17歳、後半が18歳になる。一昨日食べたものは忘れても節目の時代は記憶の底にある。

昭和37年・1962 三河島列車事故
昭和47年・1972 田中角栄総理大臣誕生
昭和57年・1982 平塚市に自宅新築
平成04年・1992・昭和67年 太地喜和子・嵯峨美智子死
平成14年・2002・昭和77年 ノーベル賞二人
平成24年・2012・昭和87年 自律神経の不定愁訴

昭和37年
私生活では、定時制高校を中退を余儀なくされた。一番の原因は、高校自体が墨田区横川橋から葛飾区水元に転居したことにある。今でも葛飾区なのに「本所工業高校」がある。「本所」は“鬼平犯科帳”にも出てくる現在の墨田区の地名である。行政の都合は生徒には寛大ではない。かゆいところに手は届かない。九州弁の担任教師も“中退”ばかりを勧めていた。筆者は「休学」を申し出たが母親が何と承諾してしまった。この教師は多分?いい死に方はしなかっただろう。この年「東京瓦斯」のアルバイトのあと、12月に住み込みの印刷会社の従業員になった。そのあと印刷会社も転々とすることになる。だが印刷会社の製版の仕事を一生続けるであろう、予感はあった。そのエポック?が昭和37年である。この年の社会を賑わした出来事は、むろんインターネットの検索、講談社発行の『日録20世紀・1967年』を参考にしたが、いろいろ記憶が掘り起こされた。

◇0408 吉永小百合「キューポラのある街」
◇0503 常磐線・三河島駅で列車事故
◇0729 植木等「ニッポン無責任時代」
◇0805 マリリン・モンロー謎の死
◇0812 堀江謙一ボートで世界一周
◇1010 ファイティング原田、ボクシング世界フライ級チャンピオン
◇1014 アメリカ・ソ連、キューバ危機勃発
◇1219 首都高速、京橋─芝浦間開通

今でもサユリストだがこの女優は、昭和20年02月生まれだから学年は筆者と同じである。その映画はしっかりと録画してある。弟役の市川好夫が若死にしている。吉永小百合も筆者と同じ文部省の“大検”で高卒の資格を得た。ただしこの女優は頭脳優秀である。早稲田大学の二部だが西洋史学科に入学、次席で卒業している。

常磐線・三河島駅で列車事故には表現が適切かどうか判らないが、諸行無常を感じさせる記憶がある。東京瓦斯のアルバイトの同僚で違う高校だが、同じく定時制高校の友人が亡くなった。定時制でも修学旅行があって、その友人は積立した修学旅行の代金惜しさに旅行を辞退した。だが運命の悪戯で「京都・奈良行き」を断ったばかりに「三河島事故」に遭遇、それも転覆した列車を脱出したところに列車が突っ込み轢死、言葉もない。この時の総理大臣と同じ「池田」姓だった。生きて居ればすでに孫も誕生していただろう。

この年から「植木等」などクレージーキャッツが台頭。高度経済成長時代を揶揄する番組・映画で日本中を席巻した。筆者は「谷啓」のファンだった。植木等も谷啓ももう居ない。マリリン・モンローは36歳で死亡。今では「ケネディ・アメリカ大統領兄弟」などの関係、アメリカ・マフィアの犯罪などとが取り沙汰されている。むろん真相は謎。

短歌会の先輩は「洋服の仕立て屋」、筆者は「印刷会社」の住み込み従業員だった。米屋の住み込みで“コメ”の配達店員だった少年が、この年ボクシングの世界フライ級チャンピオンになった。原田政彦で昭和18年生まれ、19歳だった。ボクサー・力士は短命だが、この元チャンピオンは健在、現在、日本ボクシング界の重鎮である。

この年、正月に川崎東映で映画を観た。東映のスターの何人かが挨拶に来ていた。梅宮辰夫・久保菜穂子・大村文武など。インドネシア舞踊を披露したのが志村妙子、18歳、お姫様女優である。後に文学座で修業、看板女優になった太地喜和子だった。太地喜和子は平成04年、「水死」という非業の死を遂げる。泥酔状態だったというのが事実。

添付は「三河島事故」。『日録20世紀・1962』より拝借。

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2012/10/13  20:44

末期的政権  政治
ここのところ又、自分自身のブログなのに記述・投稿が滞っている。記述したいことはいろいろあるものの天邪鬼であっても客観性は尊重されるべきで出鱈目は書けない。腹案・下書きがあって何れ記述するが調査中はおおむね次の通り。これは年内を目処にしている。

◇悪役俳優・遠藤太津朗「京都殺人案内」
◇沖縄普天間基地問題
◇「オスプレイ」は危険なのか
◇尖閣諸島問題
◇ベクレルとシーベルト
◇セシウムと放射能汚染
◇福島原発国会事故調査委員会その後
◇東京電力・霞ヶ関経産省
◇小泉政権と竹中平蔵
◇大阪都と道州制
◇金メダル・小原日登美
◇経験的「福耳」
◇首都圏直下地震と自衛隊
◇両論並立と玉虫色
◇昭和16年「日米開戦」の真犯人
◇芝公園「日活アパート」と大川橋蔵

民主党、三回目の改造・野田佳彦内閣は、松原仁拉致問題担当大臣も交代で北朝鮮も戸惑っているだろう。筆者は田中真紀子が文科省大臣で、この人の舌禍で多分野田政権総辞職だろうと思っていた。ところが同じ田中でも旧・民社党の横浜選挙区常連の「田中慶秋」が発端となるとは思わなかった。旧・民社党は野田佳彦支持なので文科省大臣はつい先日まで滋賀選挙区の川端達夫、今回北海道選挙区の小平忠正も入閣している。

明日は年に一度の短歌大会につき今日はここまで。

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2012/10/6  20:51

哀悼・大滝秀治  映画TV
一週間前に「讃・高倉健」を、その関わり方を筆者の少年時代から記述した。が、その三日後『あなたへ』で共演した昭和の名優・大滝秀治(おおたきひでじ)が亡くなった。昨年まで映画・TV・CMと活躍していたので亡くなるまで現役だったと云っていい。特に舞台は昨年まで出演していたらしい。「昭和」と括ると過去の俳優になってしまうのでいささか失礼になる。

今、思い返してみると最初に、その出演を知ったのは昭和38年封切りの『天国と地獄』(黒澤明監督)である。映画にのめり込んだのも黒澤明にのめり込んだのも、この映画からだから三船敏郎ほかワンシーンの俳優までよく覚えている。大滝秀治は加藤武と共に、仲代達矢扮する警察側に質問する新聞記者の役だった。大滝秀治は、大正14年生まれだから年齢は昭和の元号と同じ87歳。したがって当時の年齢は38歳ということになる。終戦後「劇団民藝」に参加したころは、その悪相?と悪声?で主宰者の宇野重吉や滝沢修から演劇に向いていないとさんざんこきおろされたらしい。

ここで大滝秀治なる演劇・俳優の偉業を繰り返さないが、筆者には高倉健との共演映画はもちろんだが、「男はつらいよ」シリーズ、伊丹十三作品、黒澤明作品、NHK大河ドラマとキリがないくらいである。またコメディアン・関根勤の物真似でも、こよなく愛され、TVCMでもつい最近まで「やずや」の繰り返すフレーズは耳に残っている。高倉健・津川雅彦・西田敏行、脚本家・倉本聡などその存在感を讃える発言は、インターネットの記事が満載である.

『あなたへ』のNHKのメイキングで、高倉健が涙を流した大滝のセリフが
ひさしぶりにきれいな海ばみた
だった。「仏様の風情と声だった」のかもムベなるかなである。漁船が一旦海へ出たならどうなるかは、最近の海難事故でも納得できる。とくに長崎県・平戸が漁業の島、江戸時代キリスト教受難の島だったからでもある。メイキングでは高倉健が、こういうすごい俳優には負けたくないと讃辞を惜しまなかった。高倉健が大滝秀治の87歳現役を目標にしているのかが判ると云うものである。

合掌。

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