2013/1/10  9:30

プリントゴッコ  印刷
つい最近まで年賀状を印刷するのに「プリントゴッコ」なる印刷機があって一世を風靡した。印刷機なのだが「器」が相応しい。筆者は昭和40年頃から40年間、印刷会社に勤務したので鉛の活字による「活版印刷」「タイプ印刷」は知っている。現在は殆どがコンピュータによる製版でオフセット印刷である。だから年賀状など葉書専用の「プリントゴッコ」は詳しく知らない。もっぱら賀状・暑中見舞専門だから四人家族なら十分に楽しめたであろう。だがこの印刷器も平成24年にすべてが終了した。一時代が終わったことになる。(以下プリントゴッコ、謄写版(とうしゃばん)印刷、ワードプロセッサは、ネット上の主にウィキペディアなどの記事を参照引用)。

「プリントゴッコ」は、理想科学工業が1977年(昭和52年)から製造・発売していた家庭用小型印刷器。 平成20年06月末に本体の販売終了、事業全体が平成24年12月で完全に終了。この印刷の原理は、インクが原稿フィルムの細かい穴から染み出る「孔版印刷」である。だが少ない枚数でも安価に自由な印刷ができ、主に葉書大だけだが幅広く用いられた。何より高い支持を得たのは誰でもカラフルな印刷ができることらしい。最盛期には年賀状印刷の定番となり、年末になるとTVCMが盛んで文具店や家電量販店に山積みにされるほどの人気商品になった。

謄写版(とうしゃばん)印刷は、ガリ版(がりばん)とも云うが、この普及の経緯は省くとして筆者の小学生・中学生時代は、アマチュアの印刷物は殆どこの印刷方式だった。原理は、ロウ紙と云う特殊な原紙を専用のヤスリ板の上に載せ、鉄筆で書く。その部分は油質の塗料が削れ細かい孔が開く。この作業が「ガリを切る」などと称する。そのあとシルクスクリーンの網のある器具に原紙を取付け、ローラーで転がして原紙の「透かし」部分だけインクが通過して用紙に印刷される仕組み。この印刷方法は、筆者の世代では経験済み。今でも芸術家などが使用。非常に簡易な印刷装置だから持ち運ぶこともでき、何より原紙とインクさえあれば電気などがなくても印刷可能なのが特徴。このため戦後世代は教育現場で多用された。その手軽さから小部数の出版にも多く活用、1950〜1980年代には演劇や映画・テレビ番組の台本、楽譜、文芸同人誌など一時代が築かれた。日本や中国で多く使われた理由は、文字の数が数千・数万種類あったことによるのは容易に推察できる。現在では電気がない地域のアフリカやアジアの教育現場などで多く使われているのは納得。

一昨年亡くなったが名ナレーターとして名高い俳優・佐藤慶は、このガリ版で下積み時代の生計を支えたと云う。後年、山形市の山形謄写印刷資料館に愛用のガリ版用具並びに製作した印刷物が寄贈された。仲代達矢・宇津井健が同期である。ここには出版専門家の「田中栞」さんも訪問している。

ワードプロセッサは、コンピュータで文章を入力、編集、印刷できるシステムで、筆者などは未だに文字入力だけは「シャープ書院」を愛用。ただしもう印字ヘッドが故障、印刷はできない。だがMS・DOS変換が利用可能で“文字データ”を抽出することが出来る。したがって筆者は今でもフロッピーディスクを保存、パソコンへ取り入れるアダプタが活躍。このワープロの歴史は割愛する。昭和53年・1978年、東芝が初の日本語ワードプロセッサ発表した時の値段は630万円だった。ワープロの歴史は短い、パソコンの急激な発達でその歴史は20年くらいだった。だが、ワープロ専用機を支持する熱心な人も多く、50歳代以上の年代には慣れ親しんだ専用機への愛着、電源を入れるだけですぐ使用可能、パソコンのような色々な操作が不要な事が理由として挙げられる。このため2010年現在、ワープロの製造・修理サポートが終了後は、修理専門の業者が既存で残った製品の部品から使えるものを選び出して修理、販売している。

「プリントゴッコ」は葉書専門だったからその歴史は仕方ない。だが「謄写版」は今も愛好家が居て使われている。「ワープロ」も同様、ネットでは販売・修理も盛ん。以上の三つ印刷方式は、印刷会社に関係なく個人が自由にできるものだったが栄枯盛衰を感じさせる。ついでに云えばパソコンで高度の解像力で写真の印刷・あらゆる印刷物が製作可能なのが今では現実。個人の写真屋・印刷会社が廃れるわけである。平塚駅ビルに残っていた写真現像、データ持込みのカメラ店も廃業になった。むろんフィルムカメラさえ探すこともできない。したがって個人的印刷業はむろんのこと経営が成り立たないのは言うまでもない。そのうちNHK総合テレビの「ゆうどきネット」で“あれまだある”のコーナーで紹介されるかも…。

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