2013/10/3  15:38

日米開戦への道06-3  昭和史
日米開戦への道06-3 東條英機03

東條の二つ目の誤りは東京裁判でのこと。ウエッブ裁判長(オーストラリア)の質問に東條は「臣民が陛下のご意思に背いて何かなすことなど考えられぬことであります。いわんや日本の政府高官においてをや!」と証言して裁判官、検事たちを驚かせた。“出来レース”を演出するキーナン首席検事は慌てた。日米戦争の公的な許諾は、あくまで昭和天皇。キーナンは、人を通して東條に、後日訂正するように指示した。正直ゆえに東條も「天皇は戦争に反対だった」と慌てて弁明した。

つまり連合国に君臨するマッカーサーの意向で“昭和天皇訴追”はあってならなかった。日米戦争開始の張本人「参謀本部」「軍令部」の大本営を(天皇が頂点)を裁けずに戦争の事務方の「陸軍省」からキーナン検事は、生贄を出す方針だった。馬鹿正直な東條はシナリオを理解しているのに思わず喋ってしまった。東京裁判の関係者全員が本音を隠したタテマエを知っている筈。東條が改めて否定して一件落着した。その証拠に陸軍中将でありながら軍務官僚の武藤章が絞首刑になった。

東條をはじめとする軍務官僚は「墨で書かれた半紙一枚の事務処理」において優秀だった。戦争最前線の実情は書きようがない。正確な情報は無いし、あっても隠した。清廉潔白な指導者など役に立たないのはいつの時代も同じ。

最前列左は梅津美治郎参謀総長(終戦時)、右は荒木貞夫陸軍大将、梅津の後ろが東條。右縁は佐藤賢了軍務課長。後ろ左は木戸幸一内大臣。

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