2014/7/28  22:10

スマホ断念  パソコン
この一週間、月末の仕事遂行で昨日やっと終わった。いつもならここでやっと一息で、標榜する、“暇人”に戻るが、今回はそうもいかない。パソコンの仕事をまたも安請け合いした。「安請け合い」は金額の多寡ではなく、謂わば「軽々しく引き受けた」こと。05月中旬に引き受けて、まだ終わらないのが「昭和35年頃のタンザニア部族の調査研究」紀行。モノクロ画像133枚の取り込みで難儀した。パソコンのワードの製版でも75ページある。これは今、鋭意訂正してインクジェット紙に印刷する。たった3冊の製本だがこれも交渉次第。

引き受けて始めたのが、同人で85歳歌人の短歌文庫出版のお手伝い。20年間の歌誌の点検、文字抽出は240冊だ。よく点検すれば昨年入院されたらしいので早く始めて早く安心させたい。

今や世の中、スマートフォンの時代で単なる携帯電話では時代遅れ。だが筆者の小生はこれを断念した。というのは定年の平成16年より始めたのが「ホームページビルダー」での「戦争の昭和史」。これは個人の問題でライフワークだから「自己満足」に過ぎないと云われても削除できない。

HPは、ソフトバンクで毎月7500円、電話はNTTで5500円、ドコモが基本料金だったが3800円、これが3倍増になった。簡単にスマホに移行できないのが液晶ディスクトップの仕事。これは仕事上、必要。HPの「戦争の昭和史」はページ温存のシステムからして削除できない。無料のブログも接続している。

「花子とアン」で有名になったが「柳原白蓮」のことなど、HPでもブログでもとうに取り上げている。画像は墨田区江東橋付近からのもの。

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2014/7/21  16:17

ねぎし三平堂  身辺些事
先日、東京都台東区根岸の「子規庵」を訪問した。短歌・俳句をたしなむ者には、ある種「聖地」でもある。子規庵は町中の仕舞屋(しもたや)である。財団法人で説明役はボランティアらしい。正岡子規は晩年、脊椎カリエスで足腰が立たなかった。小庭の植物で四季を愛でていた。以下は元気な頃の歌か。

 隣にも豆腐の煮ゆる音すなり根岸の里の五月雨の頃

台東区根岸には、「豆腐料理店・笹の雪」「羽二重団子」(子規の句碑もある)が有名。同じく根岸には、昭和の爆笑王・林家三平の「ねぎし三平堂」もある。早逝した三平の奥さん海老名香葉子が仕切っている。この奥さんは東京大空襲で家族の殆どを亡くしている。奇跡の人でもある。

明日22日は、5年目の免許更新で今回から加わった「高齢者講習」、たくさんのビデオを見せられ、実地運転もあるらしい。

本日月末の仕事の原稿が到着。今週末までブログお休みします。

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2014/7/19  22:21

いい話  身辺些事
06月10日「デジタル時代」で拙宅のオーディオ装置を整理してくれた電気量販店の店員の話を記述した。これははっきり言って“いい話”である。神奈川県に展開する電器量販店「ノ○マ」の安藤さん(筆者に子供があれば息子ほどの年齢)が、Audio製品、録画機を整理してくれ、機器の裏側で繋がっている大量のコードを整理してくれた。あまつさえ不用品の機器を処分すると持っていってくれた。今では電気製品を廃棄するにも費用が嵩む。ここまでは親切な電器店店員さんの話。

添付画像の一番下の黄色の機器はAudioのアンプ。アンプは、アンプリファイヤーのことで増幅回路のこと。つまりCDやレコードの音源をスピーカーへ電流を増幅して渡すオーディオの心臓部分。とくに「アキュフェーズ」はアンプの専門メーカー。電気製品は流れ作業で完成されるところを、このメーカーでは部品組み立ては一人の職人が責任をもって作る。だから単なるアンプでも「E」シリーズなど最も安価な製品でも30万円はする。筆者の実感では購入して25年間、何の故障もなかった。今年になって右側への音源が不通になって予備のアンプ「山水」(サンスイ、今年サンスイ電気は倒産した)に替えた。

その故障して廃棄処分にした「E405」がネットオークションで売れたと連絡があった。そんなことは、店員の不労所得で黙っていればいいものを、と宣告したが、その安藤氏は生真面目一方で「それは出来ない」との由。近頃こんないい話は無い。かえって5年前に購入したNECのビスタがもう故障で動かない。NECは見習うべき。いわゆるレア(貴重な製品?)もので故障していても10万円で引き取られたらしい。修理されて20万円くらいで売られるのか。説明書もリモコン付属も良かったかも。その10万円で冷蔵庫を買い替えることに。売る店員は真面目、買う筆者も真面目が取り柄の人生? この記事を読む者には鼻白むツマラナイ結末かも?

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2014/7/18  22:00

子規庵  散歩道
昨年は07月10日に猛暑がやってきた。今年も違わず11日に猛暑が来た。完全に梅雨明けなら多分、熱帯夜が日常となる。昨年はその夏を超えられないと思い、慌てて「短歌文庫」など製作したりした。その経緯は省いて、眩暈がするような猛暑の来ないのを見越して東京都台東区の「子規庵」に行って来た。子規庵の庭を撮影して移動、墨田区石原町にある中学時代の友人の喫茶店でアイスコーヒーを飲み、同行の友人とはJR錦糸町駅で別れた。

子規とは近代短歌・俳句の元祖・正岡子規のこと。1902年9月19日(満34歳)東京市下谷区上根岸にて死去。明治時代の巨人・石川啄木も滝廉太郎も肺結核で短命だった。子規は、俳句、短歌、小説、評論、随筆など多方面に亘る創作活動で、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした。この正岡子規の34年の生涯の詳説もここでは割愛。

1897年(明治30年)に俳句雑誌『ホトトギス』を創刊。短歌では「歌よみに与ふる書」で万葉集を高く評価。根岸短歌会を主催して短歌を革新。根岸短歌会は後に伊藤左千夫・長塚節により短歌結社『アララギ』へと発展する。病いに臥して『病牀六尺』を書く。以降は辞世の句、豆腐料理店の句碑は直筆。

 糸瓜(へちま)咲て痰のつまりし仏かな
 痰一斗糸瓜の水も間にあはず
 をとゝひのへちまの水も取らざりき

 水無月や根岸涼しき篠の雪
 蕣(あさがお)に朝商ひす篠の雪

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2014/7/15  22:33

道祖神02  散歩道
前回、上野弁天島のリンガ像(男根)を紹介したが、これは実際それほど珍しくはない。神奈川県、山梨県、長野県などは「金精型道祖神」と言い、あからさまな男根の道祖神があって、昔々子宝に恵まれない夫婦には大切な神様だった。男根の石像の先にはしめ縄なども張られた。殊に長野、山梨、神奈川県に多いのは“双体道祖神”だ。それが何故なのかは今、何冊もの石仏・道祖神関係の著書をひもといている。

ひとつ云えることは道祖神が“双体”であること。これは筆者が幼いときから馴染んでいた。「相生坂」なる短歌文庫の書名は当初は「道祖神のある町」だった。これのあとがきには経緯を記した。

≪当初、歌集名を「道祖神のある町」としたが、平塚市をとくに象徴するほどの存在でもなく、どうも漠然とした感じもする。だが私の住む神奈川県平塚市西北部には、この道祖神が多い。“どうそじん”“どうそしん”どちらでもよく神奈川県西部から山梨・長野県に広く分布する。稲作農耕の守り神、あるいは道しるべ、更には“この世とあの世”の境目の意味もあるらしい。用意した画像は捨てがたく、ページの境目のカットに使った。≫
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/sekibutuhiratuka.html

 幼き日盆砂掘りし農道に道祖神は残る舗装されても 平成9年
 県境の月夜野橋を過ぎくれば道祖神馬頭観音畑中に見ゆ 平成12年

ざっくり言ってつい最近まで「村で生まれ稲作農耕の「村落共同体」の中で過ごし一生村から出ないで人生を終える」人々も決して少なくなかった。ゆりかごから墓場まで村長(むらおさ)を軸に相互扶助は暗黙の了解だった。だからこそ一生一度の「お伊勢参り」があり“代参”があり“土産”があった。司馬遼太郎の言う「若衆宿」は地方では今でも現存する。村落共同体の儀式である。

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2014/7/11  22:31

道祖神01  散歩道
先日訪れた台東区上野には博物館、美術館、動物園など見どころは一杯。公園口からほど近い所に「正岡子規記念球場」もある。むろん西郷隆盛銅像は超有名。不忍池の中央にあるのが弁天島。この小島は徳川幕府開設以前からあると言うが、ことの経緯は省くとして弁財天が祀られている。

この弁天島の一角に祀られているのが「リンガ像」、リンガとは所謂“男根”でこれは特に珍しくはない。鉄柵に囲まれて解らないが、向こう側から見ればこれは「髭地蔵」の容になっているらしい。つまり「男根」側から見れば道祖神、向こう側から見れば石仏で、云えることは神仏混交であること。道祖神、地蔵菩薩、弁財天と当てる視点でどのようにも追及できる。大きく云えば江戸庶民の子孫繁栄、健康祈願、家内安全だろう。

弁財天は七福神の一人で“紅一点”でもある。筆者が理解するのは、悟りを開いた如来を護る守護神の存在の天部、有名なのが四天王、帝釈天など。不動明王、愛染明王など明王も如来の守り神。いずれもインドのヒンドゥー教から来ているように思う。

男根に視点を当てれば長野県安曇野の道祖神はもっとも知られる。更にリアルな女陰すらあって驚くにはあたらない。昔、20代後半、京都郊外の岩船寺付近の野仏に感動してから石仏、道祖神関連の単行本は、今調べたら山のようにあった。道祖神は長野、山梨、神奈川県に多い。石仏は日本列島隅々に行き渡る。石仏は大分県国東半島が有名。以下は国東で詠んだ歌。

 遠き世の名も無き民を思ひみる野の花 野の神 野の仏達 平成10年

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2014/7/6  23:12

スズメとおじさん  身辺些事
昨日は、中学のときの同級生の絵を見に行った。美○子ちゃんは天性の才能なのか、修練なのか、かなりの腕前の画家。主婦の単なる手慰みではない。縦150p、横100pくらいの油絵、「甲州・王仁塚の桜」。誰の絵だか解らないが「潮騒」という縦長のいい絵もあった。短歌で云えば“写実風”で油絵でも日本画と言えるのか。

小生は国立博物館の「台湾故旧博物院」の宝物も見たかったが、ミニ同窓会で12人の出席、「東京都美術館」で彼女の所属する○○会の絵画展見学に専念した。折悪しく降雨だった。10数年前、この美術館で、唐招提寺の「鑑真和上像」を見たことがある。押すな押すなの大盛況だった。

昨年の今頃、猛暑到来、慌てて所属短歌会で発表したものを短歌文庫にまとめた。それが機縁で空白の3年間だった墨田区錦糸中学の同級生と再会した。今日は再会後3度目の集会だった。

観覧会のあとの食事は不忍池池畔の「東天紅」、不忍池を眼下にしているので景観は抜群、蓮田と弁天島のコントラスト抜群。アルコールは飲めないのでコーラを二杯、中華料理の安いコースだったが歓談に花が咲いた。上野不忍池周辺はデジカメ撮影の宝庫、西岸から弁天島を通り東岸へ出た。途中でカステラを右手に見事に雀を餌付けしているオジサンを見た。オジサンも年金生活なのだろうか、恰好のモデルでユーチューブでも腕の部分が公開。

何れ「横山大観記念館」、正岡子規の「子規庵」は訪れてみたい。

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2014/7/4  22:36

野菊の墓  読書
「野菊の墓」は伊藤左千夫の処女小説。岩波文庫に所蔵されているから読み継がれている。今は懐かしき活版の印刷。昭和26年発行で51刷。つまり60年経ても数十万部は売れている。早速読み始めたが短編と云えど活字の大きさは8ポイントで眼に優しくはない。純愛物語だが回想風タッチ。戦後の三島由紀夫の「潮騒」などに影響を与えたかも知れない。長塚節の「土」と同様、夏目漱石に評価された。長塚節を克明に著わした藤沢周平の「白き瓶」には左千夫との交流も描かれている。

伊藤左千夫は、年長だが正岡子規の短歌の弟子、子規は近代俳句・短歌の先駆者。伊藤左千夫は短歌会「アララギ」の創始者で歌人齋藤茂吉、土屋文明の師匠にあたる。明治時代末期、本所茅場町(墨田区江東橋)で左千夫は牛舎を営んだ。左千夫の歌碑はJR錦糸町駅前バスロータリーにある。

 よき日には庭にゆさぶり雨の日は家とよもして児等が遊ぶも
           ゆさぶる=騒ぐ とよもす=ゆるがす
「野菊の墓」は「野菊のごとき君なりき」の題名で時代ごとに映画になった。ここは三島の「潮騒」、川端康成の「踊子」と似ている。青春映画の三部作の赴き。前記の舞台は今の千葉県松戸市。「矢切の渡し」は、「男はつらいよ」の舞台葛飾・柴又の向こう側。伊藤左千夫の文章力は、手練れの作家の文章にはほど遠いと思う。純愛・悲恋のはかなさ読む者に伝わる。あくまで夏目漱石にその可能性を認められたからだろう。

3年前惜しまれ亡くなった“本読みの達人”児玉清推薦50冊にもある。藤沢・司馬・池波や山本周五郎などと共にである。児玉清は多分に読んで詰まらない純文学は避けている。ノーベル文学賞の大江健三郎はお呼びでない。

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2014/7/3  22:19

ガーデンバリア  身辺些事
書店に無い書で欲しいものを注文すると最近は早くなったが一週間前後の日時を要する。今は通販の「アマゾン」へ注文すると本・DVD・家電製品まで大体二日間で届く。オリンパスのデジカメ・映画のDVD・昭和史の文庫本までずいぶんとお世話になっている。古書・映画のDVD以外はおおむねヤマト便の代引きで手に入る。東京駅前「八重洲口ブックセンター」まで行かないと手に入らなかった新書・文庫の類いで尚、近代史・昭和史ならばなおさらのこと。今回は以下の本と日用品。

◇新潮45 7月号 特集「朝鮮総連」
◇日本に生まれてまあよかった 平川祐弘 新潮新書
野菊の墓 伊藤左千夫 岩波文庫
◇猫撃退装置(猫センサー)ベストバイ社

「新潮45」は保守派で硬派の月刊誌、昭和の活字の時代から毎月ではないが購入している。平川祐広氏は比較文化史家で東大名誉教授、この人の本は初めてだが“まあよかった”が気になって購入した。保守派の学者らしい。猫センサーは、長らく単1乾電池4本使用の「ガーデンバリア」なる製品を使っていたが10年も使えば毀れる。今度は単3乾電池4本使用。愛猫家の友人が多いが、自分の身をも持て余す昨今、ペットまで面倒は見きれない。反ニャンワンではないが、野良猫は好きではない。拙宅の広大な?芝生の上に脱糞する。これがかなり臭う。野良猫の往来を阻止するためのセンサー。

「野菊の墓」は一日遅れたが歌人・伊藤左千夫の処女小説。伊藤左千夫はご存知正岡子規の弟子、齋藤茂吉、土屋文明の師匠にあたる。明治時代末期、本所茅場町(墨田区江東橋)で左千夫は牛舎を営んでいた。左千夫の歌碑はJR錦糸町駅前バスロータリーにある。

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