2014/9/11  19:46

ネガティブ論02 集団的自衛権  身辺世相
平成24年12月に発足した第二次安倍晋三政権は、それまでの政権が半ば無視してきたことを精力的に打ち出している。その一つが「集団的自衛権」。今までは日本の個別的自衛権は許容範囲だったが集団的自衛権は認められない、が内閣法制局の見解。アメリカとの安全保障条約があって日本という国が武力攻撃を受けたなら米軍の応援を受ける。むろん自衛隊が主体、だが米軍が攻撃を受けたなら共同軍事作戦なのに「他国との武力紛争を禁じる」日本国憲法9条の関係で日本は手出しは出来ない、がこれまでの見解。

9条を死守して武力行使はしない、は憲法上正しい。だが“友人”に危機を守って貰ってその友人の危機に“知らんぷり”は、どう考えても合点がいかない。どうも日本国憲法を「平和憲法」と定義する人にはもう「武力行使NO」が犯せない尺度となるようだ。だから具体的に日本の防衛を考えると憲法の一つの主旨なのにここから脱却できない気がする。さらに「集団的自衛権」を“解釈改憲”と内閣が提案したから憲法改悪論の論者は危機感を感じたのだろう。危機感は本来の防衛ではなく約束事に過ぎない?憲法を重視することになる。これは精神論に留まって現実的ではない。現実論になると平和愛好者は「日本を攻めてくる国はない」との鳥越俊太郎理論になる。

日本を「性奴隷」の国とした国連報告の元の元が社民党代議士の福島瑞穂の活躍だった。慰安婦問題は捏造がばれて既に目を瞑っている。彼女は集団的自衛権を「オッサンのファンタジー」などとツマラナイ形容詞を付与しているが、自分は「オバサンのヒステリー」などと揶揄されている。安倍晋三総理はベストではないが、就任2年にならないのに中国・韓国を除く49か国を訪問、もしかしたらこれが最も評価できる集団的自衛権の発動ではないのか。

十分に議論した段階での反対はそれは意見、その前段階での「集団的自衛権」反対は、如何なものか。解釈改憲はいけないが、憲法を改正してから「集団的自衛権」を論議すべきとの真っ当な意見も多い。筆者は武力発動などする自衛権は基本的には反対だ。だがそれも中国・ロシア・北朝鮮など“変な国”が日本の近隣になければの話である。

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