2015/1/31  21:55

靖国神社参拝  身辺世相
4年半程前、小生のHPの「インパール作戦」を読んでくれたマクドナルド・昭子さんから感想を頂いた。今年になってから、昨年の「靖国神社参拝」の報告を、豊富な資料と共に頂いた。添付は昨年の10月20日の産経新聞の記事。

昭子氏はイギリス人と結婚されてロンドン在住。昭子氏の活動は、これから筆者のブログ・ホームページの記事で逐次紹介する。インパール作戦における日本・イギリス両国の捕虜虐待に関しての和解である。昭子氏は学者のような所謂「自虐史観」でへりくだったりはしない。今日的価値観ですべてを処理して平気なのではなく捕虜虐待は“お互いさま”の面も大であるとしっかり生きた英語で主張する。ポイントはズームアウトした世界の近代・現代史観であろう。その場を収めようとする日本人の特有の謝罪を終始、疑問視しておられる。

昭和19年(1944)03月の「インパール作戦」は日本の戦争を語る上で、最も拙劣な作戦で今も語り継がれている。この戦争に駆り出されたのが7万人の兵士で6万人が死んだ。殆どが餓死・病死。作戦を指揮した牟田口廉也陸軍中将は、のうのうと昭和41年まで生きた。

「インパール作戦」は「湘南の暇人ブログ」「戦争の昭和史」記述した。
 インパール作戦01 馬鹿の4乗
 私解 戦争の昭和史6 帝国陸海軍は何をしたのか─インパール作戦

南方軍→ビルマ方面軍→第15軍→
第三一師団(烈)師団長 佐藤幸徳陸軍中将(陸軍士官学校25期)

当時は有り得なかった“抗命”(上官に抗うこと)で戦線撤退。本来なら軍事裁判で死罪だ。佐藤中将が戦後書き残したのが「馬鹿の4乗」である。「大本営・南方軍・ビルマ方面軍・第15軍」のこと。この撤退作戦で少なからず最前線の兵士の命が救われた。生き残った従軍医師・浦山泰二氏(92歳)が帰国して昭和26年(1951)誕生したのが昭子氏。

数々の資料を頂いたので、これから頁を作成したい。綺麗ごとばかりの外務省、英文学者は、英会話は堪能でも生きた英語力が無く発信力が無いらしい。つまり戦争の贖罪意識がいわゆる自虐史観となって自省史観の邪魔をする。太平洋・大東亜戦争が正しいとは言わないが、筆者が命名する「謙譲史観」はいけない。取りあえずは「靖国神社参拝」は、他国がとやかく言う筋合いは無い。中国・韓国のイチャモンはプロパガンダ、靖国神社とは東京裁判のA級戦犯の墓所とは、両国のわざとらしい歪曲。

画像はマクドナルド・昭子氏に支えられ靖国神社に詣でる英国元兵士。ロイ・ウェランド氏(92歳)。インパール作戦に従軍した敵国兵士だ。

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2015/1/29  22:36

葉室麟  読書
結論として01月09日、幼子と同様「水疱瘡」に罹患、唇の周囲から始まって全身オデキだらけ。2週間経過してオデキのかさぶたが取れ始めた頃に月末の短歌の文字入力の仕事、これも漸く昨日終了。文字データをメールで転送。担当の画像カットも5枚、「東京の坂」第2弾を転送。原稿は明日朝、レターパックを出す。

以前から少なからず注目していた時代小説作家、葉室麟の小説、文庫本7冊を購入してきた。本日ざっと読んだのが『銀漢の賦』、これはNHK木曜時代劇「風の峠」の原作。直木賞受賞作の『蜩ノ記』は、昨年、役所広治主演、小泉尭史監督で映画化されている。『銀漢の賦』はざっと一時間で読んだが、この作家はなかなかのものだ。

時代小説は、死して20年、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平の“御三家”は越えられないものと思っていたが、数多選ばれて消えてゆく直木賞作家だが浅田次郎とともに確実に存在感を増してゆくに違いない。藤沢周平は、出身地山形県鶴岡の庄内藩を「海坂藩」として書いた。葉室は九州の小藩が舞台だ。文章は上品であり、漢詩の素養があり、和歌にも精通しているらしい。解説の国文学者が褒めている。文庫で20冊弱が刊行されている。葉室は、昭和26年生、60代前半、これからもっと売れてゆくに違いない。

筆者は11月から翌年05月までは、ホットカーペットをONして読書三昧がいちばんの贅沢。楽しみが増えた。鉛の活字時代の8ポイント43字が解消されて9ポイント38字が現在の文庫の主流で眼に優しい。

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2015/1/21  21:36

「永遠の0」  読書
ようやく評判の『永遠の0』を読み終えた。作者は今、売れっ子の百田尚樹。姉弟の祖父にあたる人物の特攻兵士の謎と実態を明かしていく物語。

文庫本で600頁、38字×17行だから原稿用紙1000枚に達するだろう。正直に告白すれば読みだして挫折が3回、漸く前半と後半を読了、完全な中抜き読書。作者は放送作家出身だから人物設定と物語性は抜群だ。多分北方謙三と同じで、直木賞を受賞しないが実力作家の存在。

900円の文庫本が500万部売れれば、45億円、印税は10%にしても著者は億万長者、ここ10年、高額納税者の発表が為されないから判らないが、多分、故人の司馬遼太郎、松本清張の収入を遥かに上回っている筈。

これだけ売れれば妬み、嫉みも多い。左右両極からの怨嗟?の声が聞こえる。ウィキペディアでその批判を要約。≪宮崎駿は「嘘八百を書いた架空戦記を基にして、零戦の物語をつくろうとしてるんです。神話の捏造をまだ続けようとしている。『零戦で誇りを持とう』とかね。それが僕は頭にきてたんです。子供の頃からずーっと!」「相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。≫
百田尚樹は≪『永遠の0』は、文学好きからはラノベ(軽文学)とバカにされ、軍事オタクからはパクリと言われ、右翼からは軍の上層部批判を怒られ、左翼からは戦争賛美と非難され、宮崎駿監督からは捏造となじられ、自虐思想の人達からは、作者がネトウヨ認定される。まさに全方向から集中砲火≫と告白。宮崎駿のアニメ『風たちぬ』を、あれこそ嘘ばっかりとケチョンケチョン。

『永遠の0』は、読書家として名高い今は亡き児玉清が絶賛した。それが文庫でのベストセラーの理由にもなっている。単なる読書好きよりは、些か昭和史・太平洋戦争に詳しければ神風特攻隊の如何わしさを知っているから特攻を賛美しないし、肯定できるわけもない。筆者の感想は、これは物語だと言うこと。

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2015/1/16  20:42

インテリの難病  身辺些事
01月09日、唇の周囲に3つの赤いブツブツが発生。二日後にはあれよあれよという間に頭部から下半身まで数えきれない「赤いオデキ」状態に至り、ときに痛みを伴う鈍痛。紹介された皮膚科クリニックの診断では「急性痘瘡状苔癬状粃糠疹」。とにかく全身オデキだらけ。畏友の元・看護士は小生を「湘南の田村正和」と称したくらいなのに、その面影は無い。

やはり筆者は“湘南の評論家”と云われる高度で深い知識と鋭い舌鋒なので病名もかなり難病!でこの先、思いやられた。祝日明けのクリニックは赤ん坊を抱えた若い主婦で混雑、2時間待たされた。やはりインテリには、病気も複雑なのだ!

今日、診断した医師から連絡があった。血液検査に問題はなく、単なる「水疱瘡」の判断。なぬ!?とういうことは70歳にして生まれたばかりの赤ん坊と同じ水疱瘡なのか!むむ!小生のインテリ度は、一気に陥落なのか!?

腰痛・胃痛・下痢はまだ治らない。腹部には動脈瘤があるのはMRIで判っている。こちらの方が問題。トイレを済まして早く寝よ!!

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2015/1/11  18:32

体調不良  身辺些事
昔の総理大臣の悪口を言っていたら体調不良になった。
しばらく投稿を控えます。帯状疱疹らしく頭部、顔面はおできだらけ。こんな時、明日もクリニックは休診。因果応報、自業自得。
食事は牛乳とバナナ。
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2015/1/7  22:06

軽くてパア  昭和史
旧臘12月08日「私的解釈 戦争の昭和史(番外編『昭和天皇独白録』にみる日米開戦の責任者たち)を記述した。そこで≪我が国では、いつの世も「総理大臣は軽くてパアがいい」の典型≫と昭和16年「日米開戦」時の総理大臣・東條英機を揶揄した。極東国際軍事裁判で絞首刑に処せられたとは言え、一国の総理大臣に失礼!ではないかと、そうした書き込みを期待したのだが、皆無だった。総理大臣の尊厳を否定するほどの資格もないが「軽くてパアがいい」はまだいい方で、もっと直截に「バカ」と指摘した人物がいる。

アメリカの32代大統領はフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト(1882─1945、1933・昭和08─1945、3期連続)。同年から11年間、国務長官に就任していたのがコーデル・ハル(1871─1955)。この国務長官は、国際連合確立に尽力があったとかで1945年、ノーベル平和賞を受賞している。

回顧録では、その指摘は辛辣≪彼(東條英機)は典型的な日本の軍人で、小さい、単純な、一本気の男だった。彼は片意地で我意が強く、バカで勤勉で馬力があった。外務大臣・東郷茂徳は典型的な外務官僚で、外交技術は優秀だが、視野がせまく広い展望は無かった≫(『ハル回顧録』P176中公文庫)この回顧録は戦後、長官時代を回顧して書かれたのだと思うし、約する前の「一本気」などの原文は、どうなのかとも思う。この書に書かれた実態は衝撃的。日米開戦の最初の日本の一発は全部、暗号解読されて判っていて如何にアメリカ中枢部が日本自体に悟られないように苦心したことが綴られている。日本の攻撃目標が真珠湾だったのを知っていたかどうかである。連合艦隊の移動をアメリカ軍部が知らなかった?とは多分に嘘である。

ハルが指摘したように「バカで勤勉」なのは東條だけではなく陸海軍軍人はみなそうだった。政治家は拱手傍観、面従腹背で多くは暗殺されるのを恐れていたことになる。

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2015/1/5  21:49

今年も昭和史  昭和史
筆者のHP「無明庵」に昨年12月08日編集「私的解釈 戦争の昭和史(番外編『昭和天皇独白録』にみる日米開戦の責任者たち)を記述した。その案内のメールに感想が寄せられた。冒頭に云えばこれは間違ってはいない。

≪確かに、米国は日本の勝てる国ではなかったのに戦争に突き進めて行った人たちの責任を取り上げるのは解ります。40年ぐらい前、私は米国人の英語の先生(この人の知識の豊富に驚きました)が、真実は「米国が日本に戦争を仕向けた」と授業で言いたのを聞いて“窮鼠猫を噛み”に行かざるを得なかった状況に追い込まれました。欧米の列強がアジアに侵略していて利権を確保していたのに対し、日本が苦しい戦争で得た、得ようとしていた利権を殆ど拒否されたので国民も納得できなかったのではないでしょうか。その世界情勢をメディアが一番解っていて戦争を後押しし、戦争しないでは国民も収まらなかったと思います。天皇陛下は戦争を望んではいなかったのは事実でしょうが、先に述べた米国の先生が、米国が日本に戦争を仕向けたと話した時、色々の国から来た生徒たちはブーイングでした。貴下が指摘する日本の当局者はもっと早く戦争を終結に導くべきだったと思います。やはり戦争をしないことが一番です。然し防衛の軍隊を持たない国の在り様は現実的とは考えにくいですが…≫

この歌友は同世代、十分に日米開戦の真実を知悉しておられる。筆者の論考!は意図的に日本の軍人・政治家に焦点を当てたので戦争の当事国、いわゆる連合国には触れていない。国益のため諜報の限りを尽くして日米開戦を誘導したのは、英国・チャーチル、中国・蒋介石、ソ連・スターリンであるのは否定できない。米国ルーズヴェルトも日本の最初一撃を待っていたのが今では証拠が揃っている。ルーズヴェルトの父親は中国大陸のアヘン貿易で財を成していた。

下記の著者は昭和15年当時の総理大臣・米内(よない)光政の秘書官だった実松譲、日露戦争後の対日「オレンジプラン」の情報戦で既に日本は負けていた。戦争の端緒は、日本では虚しい精神論が勝る。以下次号。

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2015/1/1  18:48

謹賀新年  身辺些事
このブログにお越しになる皆様、新年おめでとうございます。
本年も相変わらず湘南方面より「天邪鬼論」を展開したいと思います。

定年後多くの昭和史、太平洋戦争の著書を乱読して来たが、筆者の私は、これは嘘だと思っていた朝日新聞の“従軍慰安婦”問題が捏造だったのを認めて、ひとつの決着をみた。報道ステーションの司会者などは、強制は無かったが“強制性”はあった、などとまだ言っている。所詮は喋りのプロで、近代史の知識は希薄。往生際が悪いのは、朝日新聞系列。本当に強制されたのは慰安婦などではなく行きたくもない戦争に否応なく駆り出された一般市民の男性だ。どうしてここに言及しないのか不思議に思う。310万人も戦死、病死した。

このブログでは精神論、理想論、建前論は、いつも空しいと思うので相も変わらず否定したい。正邪を問わず物理論、現実論、本音論で終始したい。

現在の安倍首相の「アベノミクス」は、聊か疑問だが、中国を取り囲むような遠大な外交戦略は支持する。中国の太平洋進出戦略は、必ず阻止する決意は日本人なら誰も共有すべき。でも日本が軍事力を増大しなくても、中国・韓国は自国経済がそろそろ崩壊するらしいので、その辺の備えの方が重大かも。

あまり記憶に無いが湘南方面は元旦なのに降雪だった。2時間でも近辺は吹雪状態。明日の「箱根駅伝」では往路の箱根の坂は過酷かも。腰を痛めているので湘南道路まで見学に行くのは今年も中止、ТV観戦で済ませたい。

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