2015/2/28  18:22

北見和夫02  身辺些事
なにごとも初体験は戸惑うもの。古希すぎて、貧しい生活!ゆえにクレジットカードは持っていない。海外旅行をするでなく、高額商品を買うでなく、高速道はETCの通過もしない。したがって通販の「アマゾン」でも代金引換、「古本屋」での購入の振込以外に支払方法を知らなかった。

先日、京都市に居住される○○さんから昭和35年前後に演歌歌手で少なからずヒット曲のあった“北見和夫”の問い合わせがあった。美男美声でコロムビアの神戸一郎、キングレコードは北見和夫だった。京都市の○○さんは、筆者も及ばないファンだった。40曲ものレコードのエクセルの一覧表をメール添付で貰い享けた。筆者の知るのは10曲程度だった。○○さんの所持しない2曲のレコードに問合わせがあった。2曲をCDにコピー、ジャケットのコピーも所望する由。何だか嬉しい作業が舞い込み、逆に恐縮もする。いちばん好きだった「浅草の屋根の下」はジャケットを紛失している。このコピーと数枚のダビングをお願いすることにした。なにしろ当時は中卒後、住込み工員だったからレコードを鳴らす機器とてない。よくぞ北見和夫のレコードを廃棄しなかった過去に驚く。

手持ちのアナログプレーヤーは30年前も前の代物、針も磨滅。アマゾンでTEACのCD(アナログ付)プレーヤー購入を決意。交換針、レコードクリーナー同時注文で77000円、最後のオーディオ機器注文になるのかも。これが代引き・振込み何れも不可。ローソンで初めてアマゾンの“ギフト券”を購入した。2万円×4枚、計8万円。直ちにカードのギフト番号を入力、注文を完了、二日後に届く。インターネット時代の買い物がまた増えそうな気がする。

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2015/2/27  20:40

二二六事件  昭和史
昨日は2月26日、79年前、二・二六事件が勃発、陸軍若手将校が画策したテロ・クーデターだった。だが3日間で鎮圧された。もう今のメディアは多くを取り上げない。産経新聞が、このとき惨殺された齊藤実(さいとうまこと)総理大臣、NHKは昨晩「歴史ヒストリア」でこのとき“九死に一生”を得た鈴木貫太郎を取り上げていた。齋藤は第30代・内閣総理大臣、昭和7年(1932)五・一五事件が発生、犬養毅総理暗殺の後、2年間総理大臣として政治を収拾、安静化した。二・二六事件は、ここでは割愛。齋藤は「水沢3偉人」。今の奥州市水沢出身で、他の二人は、江戸後期の学者・思想家の高野長英、関東大震災復興に力を注いだ後藤新平

齋藤は捏造された「帝人事件」で総理を追われた。特筆されるべきは二・二六事件の際、齋藤は昭和天皇の内大臣だったこと。30代半ばの天皇は激怒した。幼少時から育ててくれた鈴木夫妻が襲われ、信頼していた内大臣は虐殺された。直ちに鎮圧を命じた。当時、昭和恐慌で疲弊していた農村が出身であれ、陸軍若手将校は手段を間違えた。五・一五事件の首謀者・海軍軍人への甘い判決に陸軍若手将校の動機となったのか? 陸軍上層部にそそのかされたのが真相らしく松本清張の『昭和史発掘』に詳しい。

事件の前夜、斎藤は駐在アメリカ大使、ジョセフ・グルーの招きでアメリカ大使公邸に居た。夕食後、邸内でアメリカ映画を鑑賞、当初は中座して別荘に行く予定だったらしい。気心知れたグルーの歓待で最後まで映画を観て仕舞い、別荘行きは翌日にした。これが徒になった。予定通り東京を後にしていたら、事件を逃れられた。同時に射殺された大蔵大臣・高橋是清(元総理)と共に外国人との交友が広く、過去4年間も駐米公使館付武官を勤めていて特にアメリカ人との交際が深くグルーとは親友だった。斎藤の英語力は歴代総理の中でも相当と評価される。要人との会話も通訳は無、高橋是清も親英米派だった。

不幸中の幸いは敗戦決定内閣の鈴木貫太郎が生き残ったこと。鈴木も暗殺されていたら陸軍軍人の思惑通り、「本土決戦」になりもっと悲惨になり、北海道もソ連の手で二分されていた筈。

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2015/2/22  21:56

靖国神社再訪  身辺些事
英国ロンドン在住で、日本の対英戦争行為の名誉回復、汚名返上に頑張っておられるマクドナルド昭子氏、何とかお手伝いできないものか、と靖国神社へ赴いた。10年ぶりくらいの再訪になる。とにかく都心の一等地に広大な面積なので東京駅からタクシーで出来るだけ拝殿に近いところまで行った。

靖国神社偕行文庫には多くの寄贈された著書がある。昭和19年03月〜07月に挙行された「インパール作戦」での戦争最前線の兵士の肉声を拾うことだった。だがこれは難問、扉を開いたら一本の樹木ではなく広大な森があったと云ったところ。薦められて第15軍の31師団の58連隊の3冊を閲覧、3冊が許容範囲。3時間の閲覧では目的は果たせなかった。

目的を持つと悪く言えば靖国神社は伏魔殿のような感じだった。担当者は表情こそ変えないが途方に暮れた感じだった。それだけ私家版の連隊史などが多いと推察。予め軍人、連隊を特定しないと無理だ。昭子氏の言う「箱に入った手紙類」は、各人の門外不出のものと推察、表に出ない気がした。

例えば東條英機の側近だった佐藤賢了(陸軍少将)の遺族(元明治大学教授)などは膨大な資料を抱えているのに未公開、東條の腰巾着と言われていた。牟田口廉也も河辺正三も同じだ。

筆者の理解では陸軍の編成からある程度、昭子氏の目的、日本兵の突撃精神を推察できる。師団=20000人、連隊=3000人、大隊は500人、中隊は100人、小隊は30人、分隊が10人。この小隊が基本だ。運命共同体、疑似家族、親せき、村の人間関係そのものだ。中支からインド北部のインパールまでは、1000キロの行軍。その果てに理由はどうあれ惨殺されれば相手が英軍でなくても猛烈な敵愾心・復讐心が涌く。還る故郷のあやふやな兵士の素朴な心理だ。ここに焦点を当てて連隊史を探索しないと目的は果たせない。

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2015/2/18  21:36

国産機・三菱MRJ  身辺世相
大手化学会社に勤務する知友「なりひら」さんにお願いしたが、今回後発での筆者の記述は三菱重工の国産ジェット機“MRJ”。50年くらい前のプロペラ機「YS-11」は知られているが、安全性の問題で生産は終了していた。今回の久し振りの国産機は小型ジェット機、正式名称は「三菱リージョナルジェット」。初飛行は今年春、就航は二年後らしい。

ひとこと言えばやはり工業立国、日本の類いまれな技術があればこそ早や数百機の受注があると言う。自動車王国日本のレベルの高い「燃費効率」であるのは容易に推察できる。深い考察ではないが、海洋国家日本は造船技術が発展して世界を席巻していた。今中国・韓国が台頭しているが全体としてその二国は技術は無くて物真似は上手い。中国は人件費で日本の技術料をカバー、韓国は一点豪華主義で日本を凌駕する事実が欲しいからである。

大陸国家だからこそアメリカは飛行機大国、大型旅客機は殆どがボーイング。アメリカの各州への移動は小型機だが、ボーイングの戦略には小型機の開発と生産には興味が無いだろう。小型機はカナダ、ブラジルのメーカーが知られている。三菱の旅客機への挑戦と自衛隊機「F-2」(添付画像)は次回。

『日本軍の小失敗の研究』三野正洋著(光人社NF文庫)に面白く驚愕の事実が記されている。何と戦前「ゼロ戦」は飛行機製作現場から飛行場までは、牛車が運んでいた由。ホンモノの牛が運搬した。名古屋市内の三菱工場から各務原(かがみはら)飛行場まで、曲がりくねった砂利道48q。機体を二分割し、牛車で24時間かけて運搬。運搬中に牛が暴れないことが主な理由。

単純に道路を整備する、三菱工場の隣接地に飛行場を作る発想は日本の軍部には無かった。これではアメリカには勝てない。ゼロ戦の性能以前の問題。

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2015/2/16  21:49

隅田川の橋  身辺世相
今年に入り、ブログでの“政治家の悪口”の因果応報かは、ともかく幼子と同様、一カ月「水疱瘡」で顔面、頭部はオデキだらけ。一か月鈍痛と逡巡、やる気の無さに終始した。

昨日、短歌の例会で東京・江東区豊洲行きだった。合同歌集の表紙に使うので隅田川に架かる新大橋を撮影した。本年最初のデジカメ撮影。本年生誕100年とかで創立者の師匠は江東区森下町在住だった。創立は昭和37年。

昭和47年までは、JR錦糸町駅から隅田川を永代橋で渡る東京駅行と清洲橋を渡る日本橋・水天宮行があった。これは深川森下町を通る。従って創立者も知る「新大橋」を横長に撮影するのが歌集の表紙にいいと思った。だが昨日の例会前に撮影したが、最近架け替えたらしくまことに風情の無い橋だった。

隅田川に架かる橋は戦前から12カ所あって諳んじていたが、昭和38年に渋滞を解消するのに永代橋と勝鬨橋の間に「佃大橋」が増設された。以後5橋が増えて今は18か所。調べると戦前から使用されている清洲橋・永代橋・勝鬨橋は国の重要文化財だった。表紙には色を塗り替えて今も健在の「清洲橋」をもう一度撮影に行くつもり。添付は新大橋と清洲橋。新大橋は“山の吊橋”のようで絵にはならない気がする。永代橋・勝鬨橋も歴史と風情を感じる。永代橋は筆者のぶろぐ「テリトリー東京」で紹介した。

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2015/2/13  20:48

活動理念と信条  身辺世相
マクドナルド・昭子さんから頂いた資料の紹介は今回で終了です。イギリスで、日本の物理的戦争最前線から「日本兵の玉砕精神」心理を導き出すドキュメンター映画制作に昭子氏は今、深く関わっておられる。それもこれもとりあえず謝罪するような例えば日本の外務省のような態度と違う生きた言語能力を持つからこそである。靖国神社偕行文庫で「インパール作戦」の史料を発掘するお手伝いを筆者が請け負うことになった。いずれ紹介する。

活動理念と信条について>
日本の近代史と近代戦争について知る事の大切さを掲示し、日本と日本の国際企業、及び日本を代表する文化人を筆頭に、学術団体・大学・教育部門、産業、経済、すべての分野で、日本がグローバル競争で打ち勝つ為の強化促進についての提案をする。
理念
日本の独立した権威、権利、国家の品位・品格を維持し、日本古来からの道徳と価値を世界に顕彰し、世界平和と繁栄に貢献する
<五つの活動原理>
◆日本の国の正しい姿を世界に理解してもらう為の啓蒙活動
◆世界で影響力発揮、日本人や日本の国を指導的立場に向上させる 啓発活動。(大国の影響力で国際法、グローバルスタンダードが決定され、日本が発言、関与し なければ、不利な状況を作られてしまう)
◆日本の汚名返上、名誉回復する推進活動。(先の大戦によって、敗戦国であった日本が全面的に“非難”を受け、日本が“有罪”であるという東京裁判史観による前提的概念から発想する、先入観や誤解を払拭し、日本の品格、品位の格下げで戦後70年間心理的ハンディをもたらされ続けている現状改善が必要となる)
◆人材育成活動。 日本人は世界で誤解され続けており、なかなか他国の人々となじまない国民性を自覚しながらも、自国が経済的にも文化的にも発展しているが為、恵まれた環境に甘んじ、意識転換の必要性を疎んじていた。又その対処に拱いていた為、更に戦後70年間誤解を増長し続け甚大な認識ギャップを生み出している。世界の間違った通念により、経済活動を含む様々な国際舞台で不利な状況をもたらされている。 日本人の弱点である内向的な国民性に変化をもたらし、世界で理解してもらえるような姿勢と行動・言動で発信し、世界に尊敬される立派な一員となりえる力をつける人材育成を必要とする。
◆技術指導。日本人の弱点を克服するための言語の強化、国際語である英語力とコミュニケーション力を強化し、世界へ向けての言論の力を増強させていく改革を目的とした 技術指導を実施する。[影響力=経済力、政治力、資源力、軍力、人口総数力、文化力、技術力、語学力、情報操作力、インタネット管理、教育力、指導力, コミュニケーション力]
背景
これまで日本はアジアで唯一の経済発展国であったことから、戦争の脅威という危機感はなく、しかもアメリカが積極的に軍事、国際政治に介入することによって東アジアの安定がある程度保たれてきた。日本は三権分立の安定した民主主義の下、現状の法体系と治安が徹底しており、平和ボケしていた日本人社会は、国際関係を維持するだけでその平和と経済の安定を享受してきた。しかし、情勢は刻々と変化し、日本以上の軍事と経済大国が出現し、国際政治力を利用して恣意的、故意的に理不尽な外圧による戦争の脅威が増してきている。そして少子化を避けられない日本の将来を見据えると、外国人の流入が盛んになり、多国語が日本中に蔓延し異文化環境に変貌していく社会になって行くであろうと推測するのは容易いと考察する。
主張と根拠
私は英国で生存競争に打ち勝ってきた長年のビジネス体験から日本人は変わらなければならないと考えています。 何故なら、日本人全体が大きな意識転換をして行かなければグローバル競争・国際政治闘争・経済戦争に負け、世界の文化意識の変化に取り残され、日本がどこかの国の属国となり、自国の利益と権利の保障や安定と平和、日本独自の価値を守る事が出来なくなるという重要な危機感を抱いているからです。

2015年 1月吉日 マクドナルド昭子

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2015/2/12  20:31

日本人の心情03  身辺世相
海外で暮らす一日本人としての信条03 マクドナルド昭子

英米国はオーストラリア、カナダを含め対戦国であったがために、日本の隣国はこれを政治的・経済的にもありとあらゆる場所や人的コネクションで利用し、日本をターゲットにバッシングを行なってる。この現象は英国内の大学の講義・講演においても行われているのを幾度となく目撃している。日本人の意識転換をして行かなければ、少子化が進む日本の国は弱体になり、日本人が、世界のグローバル化に対応できず、異文化環境の世渡りが上手い欺瞞で狡猾な人間が、権力者に取って代わることになる。

海外に暮らす多くの日本人の中で、日本を思う愛国精神の豊富な人間は多く存在すると推測している。でもそれは世界の中のマイノリティーに過ぎない。日本国内の日本人が意識転換をし、内政ばかりでなく世界の情勢を俯瞰しながら日本の国益の為にも世界の舞台で、日本の意思を発表し世界の平和と繁栄に貢献すべきと考える。その為には多くの指導者を世界に輩出しなければならないのではないのか。

この協会に参加し指導的な立場で様々なプロジェクトを立ち上げそれを実施するたびに、日英、時には欧州・印度・ビルマ・アメリカ・中近東までにもウェッブサイトによってそれらの情報が広まり、日本側の立場を改めて知った人々が増えている。

現在私が執筆した英文のエッセイもウェッブサイトに記載したお陰で、印度からは絶賛のメッセージを頂き、英国側からは賛同、反論と様々な反響が得られている。当然戦勝国からは反論もでるのは当たり前で、やっと互角にこのような議論を堂々とできるようになった時期が来たのだという感触を持っている。しかしながら日本人が外国語である英語を使用して各方面で議論ができ、それがたとえ一人(一介の個人)であろうとも堂々と意思表示をしていく事が出来ていなければ、多勢に無勢で困難が立ちはだかっている。 要は日本人の大半が世界で通用するコミュニケーションのスキルを向上・強化させる事が必要であると考え、これが大変に重要であろうと感じている。

2015年 一月吉日

添付は昭子氏の薦めでアマゾンで購入した3冊目。

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2015/2/11  22:27

日本人の心情02  身辺世相
海外で暮らす一日本人としての信条─02 マクドナルド昭子

パナソニックやシャープにおいても、日本側経営陣は製品販売(敵陣突破)と国内製造(内向き思考)だけしか視野にないように思う。国際市場(外国の戦場)の有様を理解しない、現地を把握せず、現場・物流・流通・バックアップ・情報・人事・顧客・競争相手などの実情をまったく考慮せず、海外市場でも徐々に取り残され、販売部門、工場閉鎖・撤退などに繋がった。両社は丁度私自身が、退職して起業した2008年、創業以来の大赤字を出し、企業の衰退へと堕ち込んだ。それが起こる事を危惧し予感した私は、全同僚の営業マン達のバックアップと、元の上司の支えもあり、英国本社社長に会社の体質改善と組織改革案を提出した。 時すでに遅く。日本の本社、経営本部は何も理解していなかった。インパール作戦の悲惨さと比較すると肉体的な苦痛が伴うものではないが、大企業組織の弱点が克明に現れ、旧日本軍の組織の体質、然も父が体験した、インパール作戦と重複する事態を、私自身が実体験した。

<英語力の必要性>
現在は反日活動を繰り広げる中国の物量(高人口と経済力による政治影響力、英語を自由自在にこなすコミュニケーションとグローバルネットワーク)そして韓国の告げ口外交、間違った情報を故意に喧伝する情報戦略。この十数年間、日本のイメージと名誉を侵害し日本を追い詰めている状況にある。

私がビルマ作戦協会の活動に携わったきっかけは多く、その一つには何とかして日本人の意識改革を行う事はできないか?の一点にあり、戦争和解の一つの方法として“相互理解に基づく互角対等の和解”を根ざしている。これは通常日本人が他国の受け入れやすい、自虐的で卑屈性が伴う“謝罪”外交の手段による和解解決とは相違する運動になる。この手段を堂々として取るには、それなりの姿勢、歴史的見識、相手を説得させる言語表現力と強い人格がなければならない。しかも論理に長け、愛嬌と冗談が言える余裕のある人物が強みになると思う。

日本の関わった戦争史に対して多くの日本人や日本の国に対しての世界の一般社会の認識とはかけ離れた根本的な誤解を払拭し日本の名誉回復をしていかなければ、いつの時代でも他国から足をすくわれる。もし日本人の意識改革が行なわれなければ日本は益々、世界での弱肉強食の競争に打ち勝てず、国の安定と繁栄を維持できない。意識改革を行なわなければ当然日本のグローバル化を克服する事もできないと考えている。この10数年隣国二カ国は、日本に対して戦争を引き合いに出し日本を未だに野蛮な国として反日活動を展開し、日本を批判攻撃の対象とし、日本を落としこめようとする運動が世界中で展開しているように思う。

画像は日露戦争を仲介したアメリカ大統領セオドア・ルーズヴェルトの政略

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2015/2/10  17:38

日本人の心情01  身辺世相
海外で暮らす一日本人としての信条─抜粋 マクドナルド昭子

日本を離れて在英25年、その間世界は大きな変動を繰り返して来た。イギリスから日本を見る場合に地球が狭くなり、インターネット革命により情報が同時に伝わる世界になった。その中で日本一国が取り残されて行くような気持ちにされている事が多く在英経験を元に日本に関連する事項や海外に赴任される邦人に対しての考えが世界の動向とかけ離れた位置にある事を否が応でも認識させらる。私が立ち上げた日本人のための“英語仕事塾”(企業内研修)も「ビルマ作戦協会」の活動も一本の柱として一貫した思想と根本的理念があり、共通した理念の下で活動原理を明確化し目的達成の為に日本のグローバル化運動を実施している。戦争史を理解する上で、なぜ「インパール作戦」を取り上げているのか? の背景の説明は後半に記述した。

<日本の戦争史観と明治維新からの日本近代史と世界の時代背景を知って置く重要性>
私は日本国内で20代の始めから日英米と多国籍企業との国際舞台で仕事をしてきた体験から、日本の大企業組織の欠陥が、丁度戦時中の旧日本軍の組織体制や体質に酷似した現象がある事に気づいた。それは戦争史を研究するほどその類似性に驚かされる。

日本軍の行動形態を見るとその大きな心理現象が浮き彫りになり“東京裁判の不当さ”に気付き、戦後日本人は戦争史について蓋をしてきた事で、一般の日本人は何も知らない、その為に他国からの言論攻撃に何も反論できない状態が続いてきた。そして国際語である英語と言う言葉の壁があるが為、多くの国、特に戦勝国から誤解と先入観で日本を評価している(有罪国・犯罪国という前提で)日本にとって不利な現象が存在している。日本軍の行動形態と日本企業内で起きている現象が非常に似通っている事を認識して以来、益々日英両国の軍事態勢や戦争についての考え方と企業戦略をも平行して理解するように努力し始め今に至っているのが実情だ。

私がこのビルマ作戦協会に入り、日本の立場を研究・分析するほど、インパール作戦などの無謀な作戦(戦略案は長けていたが、実施する為の現実的合理思考に欠け、物量と科学的分析を軽視)はその最たる模範を示している事が痛感できます。

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2015/2/8  21:12

日英和解活動05  身辺世相
<日英相互理解の促進と戦争和解活動の報告>
紙数の関係でプロジェクトB・Cは割愛。

昨年末には、インパール作戦に関してのドキュメンタリー映画を製作するのが目的で、英国の映画・劇プロデュースの関係者からの協力依頼があった。依頼者からは“歴史は勝者が書く”という概念から遺脱し、戦争史を日本側から見た戦争体験者の真実と生の体験を描き出したいとの希望を伝えられた。これは戦後、勝戦国側が、今までにない、客観視しようとする画期的な提案で、映像を通して日本の正しい姿が浮き彫りに表現され、先入観や偏見を払拭する、絶好のプロジェクトとなる。

安倍政権では「日本を強く」との国の政策を取っているが、民間団体でのこの様な地味な活動は理解されにくく、政府・外務省からも的確で十分な支援と理解が得られていない。従来戦争和解は、各国の政府間、または民間団体においては個人主導で特に、“謝罪”を伴う和解活動を支援していた経緯があり、その為、当協会の活動の認識を得るのに困難が伴っているのが現実。英国の戦争体験者が2012年(Bedford)と2014年(東京・神奈川・山形)に行なった、日本との平和の祈念行事は、当協会の根本理念である、戦争和解は戦争歴史と相違した互いの文化・国情・国民性など多岐に渡る相互理解の下から始まり、当然加害者・被害者と言う立場ではなく、国のために戦った相互の戦没者への敬意を表する事が大切となっている。その理念を基盤に各所で慰霊祭が行なわれ、当会長自身も元敵国であった立場の代表としてそれらの行事に招待され、真の友好関係を築いて今日に至っている。
 インパール作戦協会会長 マクドナルド昭子

画像は重慶寺の「佐藤幸徳顕彰碑」阿部賢一氏提供

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