2015/7/10  22:39

ラジオ会館  身辺世相
テリトリー東京I 秋葉原 終 ラジオ会館
秋葉原の転機は、パソコンとデジカメの勃興がポイント、パソコンは忽ちワープロを、デジカメはフィルムカメラを駆逐した。凌駕されたのは秋葉原に限らないが写真店、個人の印刷所。むろん郊外の量販店の発展、アナログからデジタルへの技術革新、テレビ通販の勃興。秋葉原への交通手段の展開、仕上げは生活必需品になったスマートフォンが秋葉原でなくても買える時代になったこと。以下は、前期高齢者になった筆者の勤務先を加味した今までの記述に漏れた秋葉原の雑感。すなわち「ラジオ会館」「ラオックスコンピュータ館」「月刊誌ラジオ技術」「チチブデンキ」などの建替・撤退・縮小・閉鎖等々。

秋葉原の客層は、元々の電気部品、TVなど家電関連中心だった。今でも秋葉原地区、神田須田町の路地などにこれらの店は存在する、パソコンの関連部品も然り。今も総武線高架下に変わらず「ラジオセンター」がある。真空管からラジオ部品、プラグ、スイッチ、ネジまで網羅している。VHSの録画機が主流だったころコピーガードのあるテープはダビングが不可能だった。そのガードを外すS端子画像コードを購入した記憶がある。ここは中国など旧共産主義の国のエンジニアが部品を購入、情報を収集しているとも聞く。

ウインドウズ95が発売される以前、逸早く出来たのが全館コンピューター専門の「ザ・コンピュータ館」が平成02年開店、秋葉原の新名所になった。経緯は割愛、平成19年に閉館、17年間パソコン販売の主流だった。経営のラオックス株式会社は、その後中国資本となり、中国富裕層の受け皿の免税店となり銀座にも進出している。首都圏に展開した店舗は全館閉鎖となった。旧勤務先ではこの電器店のチラシの多くを印刷した。勤務先のビルにも一時、ラオックス本社があって、勤務先は潤った。ラオックスの衰退で勤務先も衰退。

旧勤務先で最盛期、3万部を印刷したのが「ラジオ技術」。ラジオの技術が出発点だが、“ラジオ”とは、電子機器全般の代名詞だった。この月刊誌の内容は、当初はアナログ・オーディオが専門。今は書店店頭から消え、3000部以下だが通販で存続している。オーディオそのものが下火だがマニアはいる。原稿を執筆する人物は3人、経営者でもあり癖のある筆致でデジタル印刷では若者が原稿解読に苦労した。オーディオ趣味の読者を二分する戦い?があったらしいが<技術よりも感覚的な優れた真空管アンプ書籍の遺産で存在している>との指摘がある。ここはデジタルよりアナログの世界。

ラジオ会館」の歴史は詳しくない。戦後の電気部品への需要から開店したらしい。20代の頃ここでソニーのトランジスタラジオを購入したことがある。昭和30年代半ばに高層ビルができて多くの電気部品の店舗が展開した。だが秋葉原を象徴するようにビルが老朽化、建て替えられた。パソコン・オーディオ・模型・玩具・書籍の店舗が再開、地下は「銀座ライオン」。

コンピュータ館の向う側にあるのが「チチブデンキビル」、ここも本年閉鎖された。細かな電子部品が売られていた。旧勤務先の途上で毎日、この店舗の前を通過した。ビルの3階あたりに「オウム真理教」がパソコンを販売していたこともある。このビルの狭い周囲に自販機が7〜9台もあっておでんの缶詰の販売でテレビ番組でもネットでも取り上げられた。閉店後はどうなるのか。

一世を風靡せし秋葉原電気街のコンピュータ館の灯り消えたり 平成21年
秋葉原に半年ぶりに来て見ればチチブ電機はコスプレ店となる 平成22年

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