2015/11/30  22:46

哀悼・水木しげる  昭和史
本日、漫画家・水木しげる氏が亡くなった。哀悼の意を表する。

小生は通常、コミック・漫画には縁なしだが、講談社社文庫の『コミック・昭和史』全8巻は所持している。無明庵≪読解─戦争の昭和史 文庫で知る戦争・昭和@≫でも紹介した。著者・水木しげるは昭和19年ラバウルで負傷、左手を失い、九死に一生を得ている。戦後苦労の末、右手一本で人気漫画家となった。平成22年にはNHKの朝ドラマ「ゲゲゲの女房」も放送されて人口に膾炙した。「ゲゲゲの鬼太郎」はつとに有名であり、故郷・山陰の境港市商店街には鬼太郎のモニュメントを配した「水木しげるロード」もあって夙に有名。

「昭和史」8巻は、平成06年発行に戦後50年を意識して文庫化された。もしかしたら若者にとって太平洋戦争とは、この本が一番解り易いかもしれない。それはマンガを通常読まない人にも言えることだと思う。添付の5巻目は、太平洋戦争末期の記述で、米軍の爆撃で左手を負傷したところで終わる。その時にはマラリアにも罹患していたと云うから水木しげるは生命力があったというべき。文化功労者だから文化勲章の候補だった。

妖怪を陰湿なものから子供にも愛されるものにした功績は顕著。貰うべきでない人物が受賞しているのが「国民栄誉賞」。水木しげるはこれに相応しい。

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2015/11/28  21:34

鎌倉川喜多映画記念館  鎌倉散歩
昨日、毎月の所属短歌会の仕事を終了。個人的な喪中葉書も印刷、発送した。今日は歌誌の画像カット撮影に数年ぶりに鎌倉・鶴岡八幡宮へ行って来た。杖を突きながら16000歩歩くとさすがに腰はへなへなの状態。この早目に横になる。鶴岡八幡宮探訪のページ作製は明日以降。

友人から譲り受けた昭和16年の「御親閲を拝受して」は、これは文字入力を完了している。これは転載を希望していて了承を得たい。作者は21歳で戦死している。そのB5判の冊子は自筆を本にしたもの。親戚縁者だけの追憶はよくないと筆者は思う。生きていれば、ひとかどの人物、後世に伝えるべきだと思う。「咫尺」「叉銃」なる言葉を死語にしてはいけない。

添付は、八幡宮の横「鎌倉川喜多映画記念館」。鶴岡八幡宮探訪はいずれページにする。川喜多長政・かしこ夫妻は外国映画の輸入を確立した人物。広大な屋敷を鎌倉市へ寄贈した。折しも「監督小津安二郎と俳優・笠智衆特別展」を開催していた。小津安二郎、笠智衆、原節子トリオの秀作は多い。

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2015/11/26  22:48

原節子の死  映画TV
昭和の女優のトップスター原節子が亡くなった。もう二月以上経過してのことだった。昭和37年、42歳の引退だった。

本年5月に原節子に関しては記述している。原節子が筆者と同じ06月17日生れで、しかも同じ申年だ。丁度二回り上の1920年・大正09年生。本年95歳だった。ネットの検索では鎌倉市浄明寺に住んで居たらしい。町名は浄明寺だが浄妙寺のある金沢街道沿い。坂東33観音霊場1番・杉本寺の近くだ。

原節子を見出したのがドイツの映画監督アーノルド・ファンク。ファンクの友人が“ドクター・ハック”ことフリードリヒ・ハック(1885─1949)。ナチス・ドイツの国策映画『新しき土』が切っ掛けとなって、原節子は大女優の道を歩んだ。添付は黒澤明作品「わが青春に悔いなし」(昭和21年・1946)。

個人的には、義弟の通夜・葬儀も済んだ。本日短歌会の文字入力の仕事も終了。明日は入力した文字を印刷、レターパック発送、個人の喪中ハガキを印刷・発送。28日は歌誌のカット画像の撮影に鎌倉市の鶴岡八幡宮を何年振りに訪問。昭和22年の「安城家の舞踏会」は録画してある。これを見つつ就寝。

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2015/11/21  20:40

江戸川乱歩賞  読書
今も連綿と続けられていて応募作品の多いのが「江戸川乱歩賞」、定年後は昭和史にシフトを変えたので、最近は、殆ど推理小説は読んでいない。この賞はなかなか質の高い新人作家の登竜門だ。受賞者の多くはプロの作家として活躍しているし、その後、何人かは直木賞なども受賞して大衆文学作家として大成している。昭和58年の「写楽殺人事件」は話題になった。著者の高橋克彦は浮世絵にも詳しい。東野圭吾や桐野夏生は、今や直木賞選考委員。

一度読んで古書店に売ろう、或いは廃棄処分にしようと段ボールに乱歩賞、直木賞の単行本、ハードカバーがたくさんあった。面白かったものは再読することにした。晩秋の夜長は書斎?兼寝床でこれを読むのがいい。「テロリストのパラソル」は、直木賞と同時受賞だった。だがこの作者は早逝した。

第29回 昭和58年 写楽殺人事件 高橋克彦
第31回 昭和60年 放課後 東野圭吾
第32回 昭和61年 花園の迷宮 山崎洋子
第33回 昭和62年 風のターン・ロード 石井敏弘
第36回 平成02年 剣の道殺人事件 鳥羽 亮
第38回 平成04年 白く長い廊下 川田弥一郎
第40回 平成06年 検察捜査 中嶋博行
第41回 平成07年 テロリストのパラソル 藤原伊織

取りあえずは「検察捜査」が面白かったので再読することにした。

明日22日は、中学校の同窓会で墨田区錦糸町へ行く。身内に又、不幸があったので明後日は東武・浅草線の谷塚へ通夜となる。今年は兄の死、甥の結婚式、百カ日、また葬儀だ。

月末です、短歌の文字入力の原稿が到着しました。来週半ばまでブログお休みします。

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2015/11/18  20:54

雅号・俳号  身辺些事
毎週水曜日に産経歌壇の選があり俳壇もある。選者二人が11首づつ22首を選んでいるがここで筆者が勝手に斟酌を加える。次の2首は特選。
◇いくたりのいとしき人をおくりしかこの胸もとの真珠とともに
◇秋風に散りゆく紅葉かぎりなし如何におはすや亡き父と母
これは可もなく不可もないといったところ。特選で無い歌に注目した。

◇胸元の白き晒にスマホ差し檀尻を引く村の若者

川柳にいいのがあった。題はTPP。
お隣が入らないだけまだましか
交渉術究極に見る白い髪
前者は中国、韓国を意識している。後者は甘利明大臣のこと、共に秀逸だ。

◇走っても走ってももう秋の暮
◇五郎丸五郎丸とぞ天高くし
短い俳句で言葉を重ねるのは禁じ手、今週の俳句は、これはよくない。

日曜赤旗の今週号は13首。多分編集方針だろう文語体は無い。
◇安倍首相観艦式で演説す大統領になった気分か
◇南京の記憶遺産に抗議する国に我らは支配されおり

日本国憲法改正絶対反対の日本共産党にしては、これは問題発言。短歌だからそう目くじらをたてることは無い。日本に大統領の制度は物理的には無い。それは短歌的情緒論。ならば抗日戦争勝利(これは嘘)パレードの習近平は如何に。日本は主権在民、内閣は国民が選んだ国会議員から選ばれる。だから国民が支配するのが内閣。支配されていると思うなら投票しなければいいだけの話。筆者は自民党の支持者ではないし共産党も支持しない。明確に支持したのは昔の新自由クラブ

畏友より短歌には俳号に当たるものは何だ!と問われた。書家・画家は雅号、短歌は、単に号だけだ。有名歌人は本名ではない。
石川啄木の本名は一(はじめ)、北原白秋は隆吉、若山牧水は繁、前田夕暮は洋造、齋藤茂吉は本名のまま。名は体を表す、小生は正道。閑話休題。

散歩途上の公民館駐車場に車のナンバーが55、66があった。クリニックで先日1111があった。よく行くコンビニでは5555、9999を見た。まだ7777は見ていない。筆者の車は8299、このナンバーではお金に縁が無い。

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2015/11/16  23:06

一億人の昭和史  読書
11月に入れば、完全に初冬、来年5月末までは、2階の居間の畳1畳分のホットカーペットにスイッチオン、腹這いになって、読書シーズン本格化だ。その一畳分の周囲には、前に横に本棚を設え、必要な本を立て掛け、或いは山積みして手当り次第に読む。昔よく読んだ松本清張、三島由紀夫、川端康成などいわゆる文学は飛ばし読みはできない。だが昭和史、現代史、太平洋・大東亜戦争などノンフィクションは丁寧!に読む必要はない。だいたいある本の目次を見れば、どこを読めばその本のエッセンスは解る。てなこと言うが、読んでみて納得してもたいてい一年も経過すると忘れてしまう。どうということはないのが前期高齢者の読書傾向。

この一カ月は新刊本、通販いずれも雑誌、藤原正彦、小沢昭一、神田神保町で昭和史を大量に購入した。古本市で購入した「城山三郎戦争文学」は別にして大方はノンフィクション、殊に中公文庫は現代史に力を入れている。この文庫は、ベストセラーはないが昭和史の貴重な史料としての書が多い。

「新潮45」の野坂昭如のエッセイから小沢昭一の文庫をかなり読んだ。NHKBSの「100年インタビュー」「私が子供だった頃」も録画を見てメモした。この人は三年前に病死している。詳しく遡りたい昭和の名優だと思う。

今、通販で買い揃えているのは昭和55年頃、発行の「一億人の昭和史」。筆者の興味のあるのはあくまで大正15(昭和元年)─昭和20年まで、戦後は興味がないからバラ売りを買うしかない。添付は昭和史事典。500頁を超える厚さで当然、古本、500円だった。この事典は検索するのにいい。昭和は64年まで、実質62年あるからこのほぼA4判は鉛の活字だったら製版もたいへんなことになる。8ポイント×18字×57行×3段が1ページ。当時は最先端の技術「写真植字」だ。厚さ24o、本としては重く1kgある。

戦前の事件、人物、政治家、芸能人を調べるなら手頃だ。因みに戦前の企画院総裁でA級戦犯になった鈴木貞一は13行の紹介があった。1898生で100歳まで生きたからこの昭和史発行の頃は80歳代で存命だった。

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2015/11/13  23:02

紳士の国  昭和史
今朝の産経新聞の28面に「戦後70年 日英元兵士 和解の握手」なる記事が掲載された。添付はその画像で新聞からのスキャン。記事を要約すれば、昭和19年に日本の牟田口廉也という馬鹿な軍人の命令で挙行された「インパール作戦」で戦った日英の元軍人が“和解”の握手をしたということ、それは、皇居横にあるイギリス大使館で行われた。

元日本陸軍の浦山泰二氏(93)と木下幹夫氏(95)、イギリス陸軍に所属していたRoy Welland(ロイ・ウェランド)氏(94)の3人。浦山氏、ウェランド氏は、当時のビルマを越えた連合国軍の拠点のインド北東部コヒマの戦いに従軍し、共に生還。木下氏は、タイ─ビルマを繋ぐ泰緬鉄道建設に従事していた。浦山氏の娘のマクドナルド・昭子氏の尽力でウェランド氏は、昨年も来日して元兵士らと交流を深め、靖国神社などを参拝した。ウェランド氏がコヒマ(インド・ビルマの国境沿い)に建つ記念碑の写真集を2人に贈呈。日本側両氏は記念に製作したネクタイと手作りの人形を手渡した。

筆者が11月08日、丸の内・丸善でお会いした昭子氏は「父は認知症で現状の把握が困難」と言っていた。だがこの和解の儀式に参加出来て喜びも一入に違いない。昭子氏はストレス性の喘息に罹患している。本日13日が帰英だからもうロンドンに着いて症状は一段落だろう。今回の一連の行事は「ビルマ作戦協会」の記事として程なくインターネットに掲載されるだろう。

産経新聞のこの記事の下に香港の中国人?が7歳娘の為に59億円のブルーダイヤを落札したとある。香港は中国の清濁が混在した元イギリスの植民地だ。“爆買い”の元祖「馬鹿買い」だ。韓国では70年以上の前の新日鉄住金の朝鮮人徴用工問題で有罪判決が下った。裁判所は和解が望ましいとのこと。つまり“金を出せ”がホンネだ。イギリスの植民地だったインドやパキスタンが英国に「過去の戦争慰謝料を寄こせ」とは聞いたことがない。

自分達が日本の近代化要求をはねのけて「島国日本」を侮蔑したのが原因で、中国も朝鮮半島もいわゆる近代文明は遅れた。中国などは法治国家でさえなくハイテクノロジーの時代なのに崩壊寸前の共産党独裁である。

日本の戦後1948年頃、連合国によってやっと独立した中国・朝鮮半島は日本から賠償を取ること、技術を盗む!?ことが、いわば国是になっている。台湾の蒋介石、韓国の朴正煕は、そんなことは言わなかった。今の中国・朝鮮半島に欧米先進国を見習え、とは無いもの強請りに等しい。

ともあれイギリスは紳士の国だ。左側が浦山泰二と昭子氏。

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2015/11/10  22:27

11月10日  身辺些事
11月10日が公的には何の日か知らないが、自分が死ななければ永遠に忘れない人が今日という日付で4人亡くなっている。

 高倉健森繁久弥森光子わが父も逝きし十一月十日

森繁久弥 平成21年(2009)96歳 喜劇など長い俳優歴 文化勲章受章
森 光子 平成24年(2012)92歳 舞台「放浪記」等俳優業績 文化勲章受賞
高倉 健 平成26年(2014)82歳 多くの庶民に愛された俳優 文化勲章受章
櫻井正徳 昭和20年(1945)33歳 筆者の実父 二等兵の戦病死

高倉健は、昨年の今日、亡くなって記憶に新しい。ここ3日間、NHKBSで放送している。ブルーレィディスク5巻組はいい作品ばかり。「あうん」「夜叉」「居酒屋兆治」「海峡」「駅」。森繁久弥は平成03年、俳優で初めての文化勲章受章だった。これは東宝株式会社のロビー活動?が功を奏したとの報道もあった。だが森繁作品は、今でもNHKBSで「駅前シリーズ」「社長シリーズ」などが放映されていて今でも面白い。筆者はむしろフランキー堺、三木のり平を評価していた。森光子はご存知舞台の「放浪記」は有名、しっかりと録画してある。この放浪記は三木のり平の演出だった。

筆者の父親は、昭和20年11月10日、中国江西省で戦病死。終戦後、三カ月を経過してのこと。野戦病院では食物もクスリも無かった。帰国者にとって“足手まとい”であろう、うち捨てられたのが実情。今はあまりにも医療事情が好転してクスリ過剰の時代。隔世の感が大なのは、70年前の戦争犠牲者には申し訳ないことだ。ただただ可哀そうだ!

今日のニュースはミャンマー、昔のビルマで野党勢力が勝利したこと。これも民主主義国家にとっては勝利だ。筆者にはジワジワと独裁国家で粉飾国家の中国・北朝鮮を追いつめているような気がする。筆者の目の黒いうちに共産党塔独裁国家の崩壊を見たい!?ものだ。

映像ジャーナリストだった長井健司は、反政府デモを取材で2007年9月25日にミャンマーで命を落とした。ミャンマー軍の治安部隊がデモ隊に発砲した際に長井を射殺したのは明白な事実。日本のメディアは、なぜこれに触れないのか。忘れっぽいメディアはもう安倍政権の“安保法制”さえ忘却している。

今日は『あうん』を見ながら寝ることにする。

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2015/11/9  22:26

M・昭子氏来日  身辺些事
昨日は第2日曜日、短歌会の例会。東京・江東区豊洲まで出かける筈だった。小雨のなか09時出発、11時前に東京駅に到着した。実は05日にメールがあり、ロンドンからマクドナルド・昭子さんが来日、小生にお会いしたいとのことでこの日、会うことになった。短歌の例会前に滞在ホテルのロビーか何かで少々挨拶したいと思ったが指定されたのは、東京駅丸の内北口前の丸善のあるビル。ここは旧国鉄本社で日本生命・三菱地所?の多目的ビル。1〜4階は丸善書店。4階に喫茶・レストランで挨拶かたがた雑談・食事に及んだ。

本年初頭、12回に亘ってマクドナルド・昭子さんの活動、日英和解運動について記述した。詳説を繰り返さないが、マクドナルド・昭子氏は、インパール作戦で辛うじて生き残った兵士を父に持つ。イギリス人と結婚されて渡英して生きた英語を駆使、日本の電気製品を売り込んできた。イギリスで運命的に知り合った平久保正男氏(商社勤務の後、日英和解運動を精力的にこなされた)はインパール作戦で陸軍主計中尉だったことだ。

今回は1週間の滞在、認知症を患っておられるが、その従軍獣医師だった93歳の父を施設へ訪問、11日にオーストラリア大使館主催の戦時中の捕虜死亡者の慰霊祭、12日には泰緬鉄道(タイ・ビルマ間)に関わった元兵士と相互和解の対面などの諸行事、プラスしてビジネスもあるとの由。なお尊父は介護の度合いが進み、外出は困難だし、判断能力も低下しているらしい。

ビジネスで14時に中央区新富町へ行くので13時までだったが、昭子氏はインパール作戦、日本の外交、日英和解のことを熱っぽく語った。手元にタブレットを置き、すぐ何でも検索できる体制の民間外交官、ビジネスウーマンだった。タブレットに表われるビジネスは、16時に延期、15時まで食事と雑談は及び、筆者は短歌の例会主席を断念した。昭子氏は、時折コンコンと咳をする。喫煙者ではなく生来の喘息の症状だといい、環境の変わる東京滞在は体調を崩すことも多いらしい。13日は帰英の由。

本場英国の紅茶を頂いた。話の途中で話題になった新渡戸稲造の「武士道」に触れた藤原正彦の『国家の品格』、『近現代日本を史料で読む』(御厨貴)、二冊の新書を丸善で購入、筆者の贈り物とした。むろん雑談の途中で拙著の短歌文庫『相生坂』を手渡しているのは言うまでもない。

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2015/11/5  23:07

カッパブックス  読書
先日、神田神保町で古本漁りは記述した通り。03日に段ボール一箱の古本が届いて全部の本はいわゆるざっと読み、どこを念入りに読めばいいか、ポイントは掴める。ただし「一億人の昭和史」6冊は単に眺めただけ。昭和52年の発行なのに“日焼け”が無く1冊200円はお買い得だ。今年春ごろ購入した「別冊一億人の昭和史・日本陸軍史」は、黄ばんでいるにも拘わらず3800円もした。昨日は「小沢昭一」の記述は書き直すべく「珍奇絶倫・小沢大写真館」「日々談笑・小沢昭一対談集」など3冊を注文。

今日は通販のギフト券5000円を追加、11冊を発注。これも小沢昭一の文庫本4冊、他に「新潮45」2冊、一億人の昭和史3冊、文庫本2冊だった。これで当分秋の夜長を過ごせる。神保町で仕入れた本で以外に史料的価値が高いと思われるのが「ペン画の陸軍・軍隊内務班」(太田天橋 A5変型 東都書房)だ。戦前、近衛第4連隊に所属した画家、“ペン画”でこれを含めて5冊ある。兵営から始まり、さらば蓄音機まで77点の微細で巧みな絵画だ。

昭和40年以前、古本でもリアルタイムで購入したいちばん古い本が広大な?書庫にあったのが添付の本。光文社の「カッパブックス」は次々にヒット作品を提供した。ブックスはノンフィクション、ノベルスは、松本清張の「点と線」「眼の壁」など社会派推理で筆者の愛読書だった。

現代の英雄・小説家」(荒正人)は、定価150円、昭和32年の発行、戦後12年目だった。筆者は、まだ中学一年生だった。当時のベストセラー作家が詳説されている。松本清張がブームになる前はいわゆる探偵小説だった。この時、松本は、昭和27年に芥川賞を受賞しているが、この頃は芥川賞そのものが、メディアで華々しく報じられることは無かった。

因みに昭和31年の所得番付、トップの作家は川口松太郎で2123万円。大手企業のサラリーマンが月給1万円の頃だから現在では4〜5億円になるのか。松本清張が「点と線」でブレイクするのは昭和33年のことだ。初出は旅の雑誌のそのものズバリ『旅』(JTB)の連載小説だった。

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