2016/1/31  23:25

法医学  読書
今の読書傾向は、例えばお笑い芸人が書いて芥川賞を受賞した「花火」など話題にならなければ売れない。筆者は「文藝春秋」を定期購読しているが、この作品は、選評を読んだだけだった。純文学は川端康成・三島由紀夫以来、あまり興味がない。ひとこと言えば芥川賞的小説は「ツマラナイ」からである。芸術作品は、例えば音楽・美術など琴線に触れるのは多々あるが、詩歌は別にして小説では少ない。公立図書館では順番待ちとは一見、スゴイように思うが単行本を購入する程では無いという意味にもとれる。

今はブームが去ったようだが、推理小説華やかなりし頃、それに付随したかのようなノンフィクションもブームだった。それが「法医学」の分野だった。ハードカバーで「法医学教室の午後」が売れた。これは、其の死体にまつわる事件を記述したもので“11刷”を購入したからブームだったのだろう。中公文庫は、法医学関連が多くが出版されている。それらは半ば資料として意義深い。添付の著書は松本清張のお墨付きだ。

ざっと再読したがアヘン、コカイン、モルヒネ、青酸カリなど、実際の事件も詳説されている。古畑種基は下山事件他殺説を学術観点から主張。文化勲章も受賞している。血液型の権威。

毒物の本で思い出したのがヒロポン。昭和26年に禁止されたが、それまでは精神高揚に市販されていた。数年前に読んだ本の中に、ヒロポンをチョコレートで塗したものを製菓会社が生産、軍部に納めていた指摘があった。戦前特攻隊員を募るとき(事実は命令)菊の御紋のあるチョコレートを与えたというからかなり罪深い。この指摘は確認推敲します。

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2016/1/30  22:45

乱歩賞作家  読書
「下町ロケット」(2011年直木賞)など銀行・企業小説でベストセラー作家の仲間入りした池井戸潤は、1998年、江戸川乱歩賞受賞作品(果つる底なき)が処女作。だがそれ以降、乱歩賞作家で大成した者は少ない。推理小説は、トリックは勿論だが、主題も細部も今では、かなり専門性が必要とされるようになっている。筆者の勝手な解釈では、ミステリードラマが影響しているからなのか、いわゆる売れる推理小説は、映像化されるから、それを満足させなければならない。新人作家は、ある分野に詳しい“持ちネタ”を最高度に発揮すると、どうもその先に発展がないような塩梅だ。

最近所持している乱歩賞作品のハードカバーを読み返したが、1995年の「テロリストのパラソル」はいい。同じ作品で直木賞も受賞している。作者の藤原伊織は当時「電通」の社員。かなりのギャンブラーで1000万円の借金の穴埋めに応募した!とは半信半疑だが、読み返してみてこの小説はかなり水準をゆく作品。かなりの酒好きだったらしく59歳で病死している。

自らが東大駒場の学生運動に遭遇したらしく、その辺の細部に詳しく、新宿・酒・ホームレス・テロと“持ちネタ”は出し切ったように思う。とにかく人生の場数を踏んだらしく会話の部分は抜群、人物も魅力的だ。本の題名になった部分は短歌も作っている。此れが上手いかどうかは知らない。

 殺むるときもかくなすならむかテロリスト蒼きパラソルくるくる回すよ

乱歩賞は伊沢元彦、高橋克彦、東野圭吾、桐野夏生など実力作家を輩出している。高橋克彦の「写楽殺人事件」はハードカバー、それ以前は文庫本で所持して再読している。直木賞選考委員にもなった東野圭吾、桐野夏生のような作家の登場を期待する。

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2016/1/28  23:38

横浜三塔  身辺些事
所属する短歌会の画像カットは毎号5点。元気な頃は毎年4〜5回、安い旅行をしていたから夫々の旅行の画像があってカット画像には困らなかった。デジカメ勃興以来の画像はすべて保存してある。だがそれもそろそろ底をついた。画像に困ったときは鎌倉詣でをすれば比較的いい画像は得られるが、そこからもう少し足を延ばせば、横浜市の中心部において歴史的建造物がある。

カット画像は、むろんモノクロだから日本の歴史的建造物は、まさにモノクロの方が“シロクロ”がはっきりしてカットに相応しい。開港150年を過ぎた横浜市中心部は、大正・昭和時代の重要文化財クラスの建造物の宝庫だ。

今まで知らなかったのが横浜三塔」。何れも横浜市中区の関内地区にある、それらは今も使われてビルに付随している。塔を持つ三つの建物の愛称で、これらは横浜港のシンボルとして今も市民に親しまれている。高層ビルが多くなって建ち目立たなくなったが、多分つい最近までは、横浜港に入港してくる船の目印になっていたと考えられる。JR関内を降りて、横浜球場を右手に見ながら進めば横浜港を臨む神奈川県庁界隈は、近代・現代史の宝庫だ。

キングの塔(神奈川県庁本庁舎)
クイーンの塔(横浜税関)
ジャックの塔(横浜市開港記念会館)

詳しいウオッチングは明日以降。添付は「ジャックの塔」。

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2016/1/22  18:21

鯉は元気  身辺些事
やっと冬らしく寒い日が続いている。冬でも元気なのが川の鯉。近所の二級河川の「金目川」にも天然の鯉が隠棲している。鯉は多分雑食なのだろう。金目観音沿いを歩いて、観音橋に近い本流の浅瀬には、真鯉の群れが居て元気である。体長の無い鯉は捕獲禁止との立て札もある。

釣ってみても一般人には「鯉料理」はできないだろうから釣人は見たことがない。生命力旺盛な鯉を見習って暫し眺め、雲がなく澄んだ冬空にひときわ鮮やかな富士山を見ながら、昨日のウォーキングは4600歩。

昭和史にのめり込む平成16年以前は、ハードカバーの江戸川乱歩賞は、毎年購入して読んだ。後に直木賞作家にもなった陳舜臣「枯草の根」(昭和36年)を初め、講談社文庫でだいたい所持している。それらは殆どテレビドラマ化されている。ハードカバーで初版購入、読書後、物置に蔵書となっていたのが相当あった。平成10年には「下町ロケット」でブレイクした池井戸潤も受賞している。以下の6冊は読みごたえがある。

◇昭和58年 高橋克彦「写楽殺人事件」
◇昭和60年 東野圭吾「放課後」
◇昭和61年 山崎洋子「花園の迷宮」
◇昭和62年 石井敏弘「風のターン・ロード」
◇平成06年 中嶋博行「検察捜査」 
◇平成07年 藤原伊織「テロリストのパラソル」

本日、月末の仕事の原稿が揃いました。しばらくブログ記述は休みます。

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2016/1/21  22:54

本の印刷・奥付  読書
今でもそうだが、印刷会社の製版を経験した者で、且つ読書が趣味ならば、本を購入するときに癖になっているのは、いわゆる奥付を見ることだ。発行年月日・著者・出版社・印刷会社・製本会社などが記されている。つまり内容はともかく先ずは、どこの会社が印刷したのか、製版も同じ会社か、製本所はどこか、てな具合。それが判っても別にそれが本の購入の動機ではない。端的に言えば同業者の仕事が気になった。

丁度平成時代になる以前の印刷形態は、鉛の活字を使用する活版印刷が主流だった。それは月刊誌も週刊誌も同様で、愛読する文藝春秋も週刊新潮もウインドウズ95でコンピュータが勃興する以前は活版印刷が圧倒的だった。

添付の「毒物雑学事典」は昭和時代の終わる頃、購入した。別に誰かに“毒を盛ってやろう”というわけではなく、その頃、民放番組では21時からの2時間サスペンスが、これも圧倒的な番組編成になった。テレビ朝日は土曜日、日本テレビは火曜サスペンス劇場で、今では各局、殺人番組ばかりでNHKさえも追随している。推理小説としては“青酸カリ”とは!?が素直な疑問だった。単純な疑問がこの講談社の新書形式のブルーバックスを購入した動機だった。

筆者は、最近うっかりミスが多く、かなりの部分、認知症だろう想うが、この本は紛失した、廃棄したと認識していたが、通販で購入した「毒物雑学事典」が、それと同じだった。表紙は違ったが同じ著者で中身も全く同じで、ご丁寧にこのご時世、活版の印刷そのままだった。最初が8冊、通販で購入したものは何と46刷だった。こんなに版を重ねるなら“眼に優しい”9ポイント仕様に製版し直すべきだろう。でもこんな本は、老人は買わない。紙の印刷の書物が段々下火になる昨今、これは仕方ないかも知れない。

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2016/1/20  23:03

落合信彦  身辺世相
筆者の中学生時代は、昭和32年04月〜35年03月。中学入学は墨田区錦糸中学校だった。田舎の小学校では、いわゆる洟垂れ小僧が少なからず居て大いに苛められた。今、その田舎に住んでいるが、筆者を苛めた奴は、その後、見たことがない。他の苛められっ子に蹴り倒される逆襲に遭って大人しくなったと聞いている。いつまでも詰まらないことを記憶しているべきでないが、東京の中学はすでに入学式からして同じ年齢だが、男女全てが都会の人間で紳士淑女!?で所謂“洟垂れ小僧”は見当たらず、ほっとした記憶が残っている。

三年生の記憶だが、図書室勤務の“オチアイさん”が居た。今頃になって記憶を頼りにインターネットで検索すると、やはり作家の落合信彦だった。墨田区の名門校・両国高校の定時制に学びながら、錦糸中学で働いていたらしい。昭和の後半、ジャーナリスト落合信彦は一世を風靡した。

「辛口生ビール・スーパードライ」のCMで、その風貌を記憶していた。だが小生はアルコールはビールさえ飲まないから半信半疑だった。やはり“あの時のオチアイさん”だった。両国高校卒業後は、奨学金でアメリカの大学へ進学したらしい。他の同級生に言わせると「大ぼら吹き」らしい。だが筆者には、苦学して学士と米語を取得したことで、そのことだけで単に真似できないことだと思う次第。ケネディ大統領兄弟とも交流!?があったと言うが、それは素直に信じよう。

ともあれイスラエルの諜報機関“モサド”などに詳しく、「月刊・サピオ」(小学館)では、日本の安保法制には、警鐘を鳴らしている。早くから日本の情報収集、諜報活動の無さを嘆いていたのは、これは率直に評価すべきだ。

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2016/1/18  23:35

赤木圭一郎  映画TV
中学校を卒業した翌年のことだが、昭和36年、強烈な印象として記憶しているのが日活スターの赤木圭一郎が21歳の若さで死んだこと。撮影所でゴーカートで遊んでいてのことだった。筆者はこのとき16歳、娯楽は、殆ど映画・歌謡曲で浅草・錦糸町の映画街に入り浸っていた。どちらかと言うと日活より当初東映の勧善懲悪の時代劇が良かった。日常生活は、仕事と学業の両立でスターの事故死は、関心が薄かったのが真相。

映画会社は、東宝・松竹・日活・東映・大映・新東宝と六社があった。「五社協定」とは新東宝が潰れたあとのことだった。日活は石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎、和田浩二、宍戸錠の五人のスターが5週に一本の割合で主演映画があった。映画の粗製乱造時期だが、黒黒澤監督の「用心棒」という画期的な時代劇作品もあった。黒澤映画に目覚めるのは筆者は昭和38年以降のこと。

柏戸・大鵬が同時に横綱に昇進、ソ連のガガーリンが宇宙空間に飛び出したのは、この年。米ソ冷戦はキューバを挟んで決定的になったのを記憶。

赤木圭一郎の胸像は、鎌倉材木座の長勝寺境内にある。ここの墓地に石碑はあるが赤木の墓地は静岡県にある。胸像を撮影、保存してあったのを新パソコンに画像移動で気付いたのが真相。長勝寺は、鎌倉市内から逗子へ行く道すがら横須賀線の踏切の近くにある。

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2016/1/16  17:08

草むしり  身辺些事
昭和57年04月、現在地にささやかな家を新築した。あれから“34年”、建物はだいぶ草臥れている。ここではその詳細な経緯と状態は割愛。ともあれ身内的には母親を養育することを暗黙の了解として、祖父の所持するいちばんいい土地を母親が借り、翌年58年、祖父が死去したので相続した次第。この部分は運がよかったのだろう。

友人や従弟のように畑作、盆栽をするほどの真面目さと繊細な神経は持ち合わせていないのが筆者の欠点。つまりせっかく頂いた62坪の土地は半分以上が遊んでいることだ。チャチな建物は建坪14坪、駐車場が10坪として東側半分は庭で六畳のプレハブが物置になっている。腰を痛めてからは草むしりが出来ない。背高泡立草は人間の背丈より伸び、しっかり!立って倒れない、茎も丈夫だから憎たらしい限りだ。秋になれば栴檀草の種子もびっしりと丈夫で庭に出れば衣服に着く。アメリカ原産の雑草はしつこい。

平塚市の「生き甲斐事業団」団員!3人が来てくれ、草ぼうぼうの庭を朝8時から15時まで掛けて黒土が見えるまで綺麗にしてくれた。大きくて丈夫なビニール袋15袋に達してこれも翌日引き取ってくれた。これで費用は3万円くらいで済む。有り難いことだ。造園業者なら多分10万円を超える。今年も草むしりは不可能だから建物際は除草剤を撒くしかない。

庭仕事に興味がない筆者には、罰が当たるが(もう当たっている?)庭の広い一戸建てに住む資格はないように思う。どうも都内のマンション族、昔の団地族が相応しい。だが少しく“高所恐怖症”だから3階までだ。

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2016/1/15  20:53

TBSブリタニカ  身辺些事
殆どの家にあるものと無いものが、自省を込めて指摘できる。西暦2000年代に入り勃興したデジタル技術は、電話、テレビ、カメラを変えた。アナログ時代は、どの家にもブラウン管テレビ、フィルムカメラ、百科事典、文学全集があった。今は、アナログは好事家だけのものになった。

携帯電話にテレビ、パソコン、カメラが加えられ、スマートフォンになった。昭和の時代には考えられないことだった。科学技術はよく解らないが、元印刷会社勤務だったのなら否応なく実感する。すなわち町の写真館が無くなり、家族で営む印刷所が無くなり、公衆電話も死語となりつつあるから何とも恐ろしい時代になった。もう通勤に縁がないが、電車内は若者は殆どがスマホを使用しているだろう。電話をしなくてもメールで事が済む。

三日前に近所の家から「TBSブリタニカ」の28巻を貰い受けた。そこのご主人は、この百科事典を一度も使用していない由、さもありなんである。インターネットを使用すれば国語辞典も植物図鑑も、むろん百科事典もいらない。TBSブリタニカは、昭和50年の発行、30万円?の値段で昭和の後半、50万セットも売れたらしい。この時代、毎日新聞社の「一億人昭和史」もかなり売れた。

百科事典が廃れたのは、一定の部屋のスペースをとること。内容が古く現代には役立たない。ネットで調べたら全28巻でたった1000円だった。だが筆者のように昭和前半の戦争のことを調べていると聊かの価値がある。何だかよく解らないが20巻は縦組み仕様、6巻は横組み仕様、残り2巻は索引。ネットのウィキペディアは、これらを参考にしているだろう。

歴史の実態は、変わらないからよほどの再発見がない限り、個人的には「昭和前半史」を確認するのは格好の全集。ただし一定のスペースを必要とする。

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2016/1/14  21:41

江戸川乱歩  読書
小学校高学年から中学校入低学年の頃は、子供向けの「江戸川乱歩全集」に親しんでいた。学校の図書室には全巻が揃っていて利用した。

今でも大人向けの文庫版の全集はある。いわゆる差別用語のあるものは書き換えられているらしい。それはともかく新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』は、筆者の所持するのは、昭和41年発行で7刷、むろん活版印刷で当時はカバーなどなく120円。

本日散歩途次、罫線用紙と週刊誌を購入のついでに前述書を50年ぶりに再購入した。今は初版の昭和35年から経過しているからか550円と安価だ。何と101刷だから単純計算で100万部を超えているのか。

昔の文庫は殆どが8ポイント42字×17行。今は9ポイント39字×16行が主流。いわば目に易しい。9編の短編を読み返してみたい。

D坂の殺人事件」は探偵小説の古典。内容やトリックはもうすっかり失念している。再読後に感想を述べたい。日本語の言葉にアルファベッドを冠するのは今は、流行らないし、個人的には煩わしいとかねがね思っている。因みにD坂とは、東京都文京区団子坂。

これが基になっているのか松本清張の初期作品は、アルファベッド・記号を使う「R市」「××年」「△△村」などの表記が多い。これが重なるとかなりある種鬱陶しい。著作が多く内容が粗雑と感じた一因でもある。虚構でも財務省は「財政省」などとすべき。

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