2016/3/30  23:16

浄智寺石段  鎌倉散歩
四年前の梅雨時、つまらぬことで腰椎骨折、爾来、悲しいかな杖突き老人になり果てた。一日5000歩は歩いているが、猛暑と厳寒の季節は出不精になって、気候の所為に責任転嫁する! 目標に達しないこともある。眼精疲労を自覚する午後以降はだめだが、むしろ車の運転の方が楽でもある。腰椎骨折以来、その車も遠出はだめになったと思ったが、意を決して、永年親しんだ鎌倉へ行ってきた。09時30分出発、14時に無事帰宅できた。

所謂「湘南道路」の国道134号は、平塚市西端から江の島入口までは片道二車線となって、江の島まで行くのは造作もないし渋滞もない。確か永年、この国道は工事中で混雑した。今では、江の島近辺は駐車場も増えたから多分夏場は盛況をきわめているに違いない。

昨日は扇ガ谷の海蔵寺、北鎌倉の浄智寺を撮影に出かけた。筆者の場合、いつものように稲村ヶ崎から左折、坂を上り街中へ入り、江ノ電沿いに極楽寺、長谷附近を抜けて鎌倉駅西口を通る。さすがにこの辺の渋滞は仕方ない。海蔵寺は化粧坂、源氏山に近い谷戸の奥、作家・立原正秋が好んだところ。寺領は少ないが、花の寺として有名。ここからJRの踏切を越えて川喜多長政記念館前を通り、鶴岡八幡宮西端へ出る。ここから北鎌倉へは歩くと聊か遠い。

浄智寺は、建長寺を横目に横須賀線の踏切を越えるとすぐである。浄智寺は鎌倉五山のひとつ。鎌倉五山は、鎌倉にある臨済宗の五大寺の総称。建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺の順。鎌倉政権の北条が選定。浄智寺の奥の多くは墓地。散策すべき境内はまことに狭い、古刹ではあるものの。

浄智寺入口の山門と石段は風情がある。「武士の一分」という時代劇では主人公の妻(檀れい)の墓参のシーンに、この石段が使われていてすぐ解った。他にも確かビートたけし主演の「点と線」にも出てきた記憶がある。杖突老人には、少々この石段は辛い。

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2016/3/28  21:58

SPAM  パソコン
毎日受診するメールは、40通を超える。必要なもの・友人からのもの等は、誤って消去しないように気を付けている。だが迷惑メールはこのうち半分以上。毎晩、就寝直前に消去するが、確認作業は少し面倒だ。わざとらしい“配信停止”など危険な誘導もある。これをクリックしたらエライことになる。

今年に入ってから一斉に送られて来る「SPAM」と表示されるメールは、圧倒的に多い。なにか怪しいサイトを見たか、特定のスパムから筆者のアドレスが漏れた気がする。
◇メイクマネー◇フリーショッピング◇バイアグラ◇SEX案内◇クラブツーリズムと多士済々。
アマゾンの本の案内は、古本をかなり購入しているから、許容の範囲。だが買物をしないのにヤフーの案内、旅行案内、デパートの案内は少々鬱陶しい。

ハガキなどの印刷物のダイレクトメールは、内容も確認せずに廃棄処分が多いらしい。自分の経験でもそうだ。供給側は、不特定多数の個人には電子メールでは、かように削除するときに目に触れるだけで効果があるのだろう。だが個人的事情だが、古希過ぎの人間に「バイアグラ」は、迷惑の限りだ。心房細動のクスリを飲んでいる身には、これは毒薬になることは知っている。

筆者にはSPAMより「SPY」の実態の本が、圧倒的に面白い。戦後70年、諜報に殆ど関心がなかった日本ほど珍しい国も無いと識者は指摘。これは国民感情からして仕方のない部分もある。表に殆ど現れないが民間の大企業は、そんなことは言っていられない。いわゆるセキュリティに膨大な予算を投じている筈。日本人は忘れっぽいが、エジプトやコロンビアで犠牲になった人達もつい最近のことで少なくない。そうした目に見えない努力は新聞・テレビは取り上げない。

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2016/3/23  16:15

東京の桜  身辺世相
03月21日のテレビで「東京の桜の開花」、「寝台特急・カシオペアの廃止」が報じられた。靖国神社に桜の標本木があるとの由、気象庁の職員が観測4日目の21日、「お待たせしました!8輪が開花しました」との宣言で、メディアと共に見守る見物客から歓声が沸き、拍手さえあった、長閑だ。上野駅では、寝台特急「カシオペア」の廃止で最終列車の発車が賑々しく報道され、多くの“鉄ちゃん”で大賑わいだった。日本はとにかく平和だ。

日本の友好国トルコでは「自爆テロ」が多発、今年に入ってからもかなりの死者が出ている。欧州では、押しかけるシリア難民で往生している。遠い国のことで、いずれも島国日本には無縁だ。靖国神社と聞いてツラツラと思い出したのは靖国神社の4字を入れた小生の拙い歌だった。特にこの神社を支持しているわけでなく、他国からそのプロバガンダでとやかく言われるのは、これは国民として聊か心外で、所属結社の歌会で思わず、そのことを吐露したら「何を場違いな」と友人に怒られてしまったのを記憶していた、それもそうだ。

短歌の例会では、個人の政治信条など関係ない。逆に個人のブログでは、原発反対・憲法改正反対など、滔滔と披瀝してもそれは平凡な正義論・理想論。原発賛成、憲法改正論者は一定の割合であるだろう。筆者の場合、自分の短歌が文学・芸術性に乏しい分、ここでのブログでは“逆もまた真なり”の論調で天邪鬼に徹する。政党は、もう十分に裏切られた“民進党”だけは御免だ。

靖国神社を賛辞しても、非難しても個人攻撃されたことがある。ただこの神社にいわゆるA級戦犯は合祀されているが、賛美しているわけではない。靖国神社の「遊就館」が軍国主義の象徴のように喧伝されているが、これは違う。戦争博物館・記念館のない日本の実情の方がよほど問題で、神社がその代替施設では、文句のある方がおかしい。戦争を否定するのにその国家的検証機関がないのは遙かに問題だ。戦争の物理的資料を展示するのは、本来神社のすべきことではない。現在の自衛隊が、靖国神社の合祀に深く静かに潜行していることになぜこれをメディアは追及しないのか、不思議だ。

短歌は三十一文字の定型詩で古代から抒情が基本。日本の四季風土があればこそ発達した文学。だからいわゆる社会詠と称される短歌は、いきおいテレビや新聞で得た知識を個人の忖度・斟酌になる。だから己の政治的発言に終始して、芸術性は希薄になり“ツマラナイ”説明になってしまうのだろう。筆者の短歌はこれが多いから顰蹙!を買っている。短歌をたしなむ人はおおむね紳士淑女が多い。著名な歌人は、学者・医師などで生臭い政治最前線の人は皆無といっていい。短歌の世界では日本の近くでミサイルが発射されても、それが恐怖として歌になることは無い。

ここから先は、個人の意見。短歌が四季という気候風土を背景とした抒情を中心に据えれば、庶民の生活を縛るときの権力者の施策はおおむね否定される。だがそれは民主主義を謳歌する戦後のこと。戦前、斎藤茂吉など国策に協力させられた歌人は多い。島崎藤村などあの悪名高き「戦陣訓」の校訂を余儀なくされた。だが率先してナチス・ドイツを礼賛した戦前の新聞社より許容されるべきだ。

最近の筆者の乱読による読解では、日本を支配しているのは、財閥 and 霞ヶ関官庁であるのが解る! 主権在民はタテマエ。NHKで放送される国会審議を見ていると国会・内閣は、目に見えるタテマエの部分だろう。東京墨田区選出の衆議院議員が審議中居眠りをしたり、スマホに夢中になったりしていたのが報道された。法務大臣を首になった“怖い顔”の女性。そんな人でも当選すれば立派な国会議員。だがこれは好き嫌いの問題。

安倍晋三内閣の外交姿勢は支持するが、アベノミクスは失敗ではないのかと思う。ハボマイを読めない大臣が居た。そんなところから内閣は蝕まれて行く。日本の総理大臣は安倍晋三も野田佳彦も民主主義者だ。日本が習近平・金正恩という独裁者に支配される国でないのが嬉しい限りだ。政権を批判すると中国では行方不明、北朝鮮では粛清処分される。「日本に生まれてまあよかった」という本があった。筆者の考え方は借り物の思想と批判されても太平洋戦争に関しては、今、資料を可能な限り収集、事実を提示して理想論・精神論を排除したい。だが処理能力を超える隘路に迷い込んだ気がする。

月末の短歌結社の仕事が来ました。ブログ記述はしばらく休みます。

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2016/3/22  18:09

吉村昭  読書
03月21日の「産経新聞」の文化欄に「吉村昭さんの小説」という記事があった。2006年の死だから今年で10年になる。著名な作家でも亡くなると一年くらいは作品が売れるらしい。だが吉村作品は死後10年しても増版を重ねている著作が多いらしい。また東京都荒川区に建造される複合施設に「吉村昭記念文学館」ができるそうで、完成したら行ってみたいものだ。

正直、吉村昭の小説は、あまり興味がなかった。「大本営がふるえた日」「東京の戦争」の2冊しか所持していなかった。今頃だがよく調べれば新潮文庫・文春文庫に膨大な著書がある。同じ時代小説でも事実を基にしているとは言え、魅力あふれるヒーローを描いたのは司馬遼太郎。吉村昭と競合するが、同じく近現代史がベースでも城山三郎は、経済面に視点をあてて人気を博した。ともに映画・テレビドラマの原作となって注目された。

昭和30年代初期に芥川賞候補に4度ほどなったが、受賞せず後に奥さんの津村節子が受賞している。芥川賞は純文学で、その頃、受賞した作家はそれほど売れていない。それが軌道修正になったのか、その後の吉村昭作品は、近代現代史が舞台になる。今では「戦史文学」として認知され、死後10年経ても、いろいろな作品が増刷されている。

「関東大震災」「三陸海岸大津波」は、今、見直され売れているらしい。先日公民館祭で一冊30円の価格で20冊の吉村作品を手に入れた。ざっと読んだのがエッセイ、日暮里出身」だから東京の下町が登場する。所謂“谷根千”(谷中・根津・千駄木)を照射する「昭和歳時記」、「私の引き出し」を丁寧に読んでいる。『戦艦武蔵』で記録文学に新境地を拓き、菊池寛賞などを受賞しているから純文学に与えられる芥川賞など遙かに超えた作品群だ。

最も評価されているのが太平洋戦争を基にしたもの。現場、証言、史料を周到に取材し、緻密に構成した多彩な記録文学でフィクションは殆ど加えなかったというから筆者の私には、もっと多読すべき作家だということ。「戦艦武蔵」「零式戦闘機」は史料としての価値が高そうである。

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2016/3/21  17:56

朝倉喬司  読書
雑誌など新刊本は、普通の書店で買う事が多いが、古本は、最近アマゾンで注文する事がどうやら主流になった。アマゾンの通販のアイコンで、先ず目的の本を選択。コンビニでアマゾンのギフト券を買う。カードに隠されている数字・アルファベット16字を打ち込み送信して完了。だいたい二日間で届く。一冊なら256円の送料が掛かる。5000円のギフト券で夫々が地方の古書店なら送料1000円を計算に入れて置くのが肝要。近代・現代史の古本では、筆者はもう十分に上得意である。インターネットの検索で著者を知ったのが朝倉喬司だった。既に『メガロポリス犯罪地図』は、所持していて昔、読んだが忘れていた。直近で購入したのが以下の本。

犯罪風土記 朝倉喬司 秀英書房◇続・犯罪風土記 朝倉喬司 秀英書房◇系譜図でわかる日本の一流企業100 別冊宝島◇組織と手口をあきらかにする!世界の諜報機関 別冊宝島◇パワーエリートたちの知らざれる実像 財務省の闇 別冊宝島◇警察組織のすべて 別冊宝島◇朝日新聞は日本に必要か 文藝春秋臨時増刊◇昭和史のかたち 保阪正康 岩波新書◇2014・08・28週間文春(朝日新聞追及1)

朝倉喬司なる作家は、寡聞にして知らなかったが、何と新左翼活動家にしてノンフィクション作家だった。昭和18年生、早稲田大学中退。1966年、無政府主義者系のベトナム反戦直接行動委員会の一員(というから名前だけで知る所謂「べ平連」とは違うらしい)として東京都田無市の日特金属工業・豊和工業を襲撃し、逮捕された。その企業はどうやらベトナム向けの兵器を作っていたらしい。思想は自由だが、法治国家なので暴力はいけない。以後は、週刊現代の記者・ルポライターとして活躍。著書は犯罪、日本の裏社会への探求が多かった。2010年、神奈川県愛甲郡愛川町の自宅で死亡、67歳没。

◇『メガロポリス犯罪地図』1986◇『毒婦伝』1999◇『涙の射殺魔・永山則夫と六〇年代』2003◇『ヤクザ・風俗・都市 日本近代の暗流』2003◇『立花隆の正体“知の巨人"伝説を斬る”』2003◇『都市伝説と犯罪・津山三十人殺しから秋葉原通り魔事件まで』2009 など多数。

『メガロポリス犯罪地図』は、昔「朝日ジャーナル」に連載されたものを纏めたらしい。昭和61年の発行。「共同幻想」「ノイズ」「常民」など新左翼運動出身のノンフィクション作家らしい言葉が並ぶ。共同幻想は思想家・吉本隆明が使いだした言葉。個人が国家・法律・企業に縛られている意味合いだろう。単に事実だけでなく朝倉喬司の文学的素養も観察眼も書き込まれていて巨大都市・東京の犯罪と人間を描いている。昭和の時代だが、今日のデジタル社会、振り込め詐欺なども十分に予測している。その死は少し早い。

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2016/3/20  23:11

生きて在れば  身辺世相
月刊「文藝春秋」は、定期購読だから毎月10日の発行日前に宅配便で来る。他にもカレンダーなどのオマケもある。今回届いたのは昭和38〜39年に週刊文春に掲載されたグラビア画像の集成版。「私はこれになりたかった」という有名人の憧れた職業に扮した画像だった。むろん全部がモノクロ写真。そこには当時、若手の政治家だった中曽根康弘、得度前の瀬戸内晴美、先代の林家三平などが憧れた職業の画像だった。46人のうち生存者は13人。元気で活躍されているのは草笛光子、黒柳徹子、平岩弓枝等、女性が圧倒的。

46人のなかで油の乗り切った時代に亡くなったのが、太地喜和子、田宮二郎だと思う。太地喜和子は文学座の女優だったが48歳(平成04年)のときに、車が港に転落、泥酔状態だったらしく水死している。中村勘三郎、三国連太郎などとの関係はあまりにも有名。津坂匡章との結婚歴もあった。昭和18年生で文学座の主演女優、大先輩・杉村春子が大いに嘆いた。

筆者の私は、昭和37年、17歳の正月、川崎東映で映画を観た。当時川崎まで出掛けて東映のスターの挨拶を見たのは大変な出費だった気がする。梅宮辰夫・久保菜穂子・大村文武などが挨拶した。タイ舞踊を披露したのが志村妙子、18歳、お姫様女優である。後に文学座で修業、看板女優になった太地喜和子だった。最初の芸名がなぜ「志村」だったのか知らないが、それが縁か志村けんの「バカ殿さま」にも出演、「笑っていいとも」など、タモリなどとも懇意、コメディ番組にも大いに出演していた。

今、生きていたなら72歳。文学座の大御所だろう。いわゆる清純派の吉永小百合などを圧倒していた筈だ。人気は別にしてもテレビ・映画では圧倒的な存在感を示していただろう。その死から24年を経過する。

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2016/3/18  21:09

老人地獄  身辺世相
いわゆる「従軍慰安婦」報道で敵同士の朝日新聞と文藝春秋。この2社が組んで出版されたのが文春新書の「ルポ 老人地獄」。この本の著者は朝日新聞経済部。ケンカ?しているのは朝日新聞の社会部と月刊・週刊文藝春秋。

朝日新聞にも大いなる派閥があるらしい。慰安婦問題は社会部、多分に正義論が先走った売らんかな!で“でっち上げ”だった。“サンゴ事件”などが富に有名。昔から自民党政権の大嫌いな「政治部」。だが経済部は、きちんと事実を取材しているから有名人の醜聞などでスクープを飛ばす文春も、豊富な取材の新聞社には叶わない。2年ほど前には、認知症の老人が7年を経て群馬県で発見されたとのNHK番組では、大手メディアの取材力には都民は脱帽だった。

この本に書かれているのは事実だろう。殊にいわゆる団塊世代が後期高齢者に達する2025年が大変な事態になるらしい。これは自民党政権でも民主党政権でも避けて通れない。取りあえず読んだのが「第3章 老人ビジネスに群がる社会福祉法人」。自治体職員の天下りの実態が生々しい。予算を食い物にする官僚に、常識は通用しない。霞が関の常識は、末端にも及ぶ。

高齢化社会の暗黒を描いた本を検索したらかなりの数にのぼった。そこでは朝日新書・岩波新書、週刊誌も多数あった。
◇週刊ダイアモンド「老後リスク」◇「在宅介護・自分で選ぶ」岩波新書◇「漂流老人 ホームレス社会」朝日文庫◇週刊東洋経済「介護離職」◇週刊東洋経済「下流老人」◇老人 漂流社会NHK◇「ルポ 介護独身」新潮新書

川崎市の老人ホームで若い介護士が、ベランダから老人3人を落として殺害した事件が記憶に新しい。恐ろしい現実は待ったなしだ。介護士の老人虐待、暴力は、十分に考えられる。家が無い、金が無い、家族が居ない、趣味が無い、且つ認知症なら青テントのホームレスにも成れず、生活保護を狙う輩の餌食になるだけだ。筆者は辛うじてこれに堪えている。

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2016/3/16  23:20

週刊文春  読書
最近「週刊文春」がスクープをものにし、週刊誌には珍しい“完売”を続けているらしい。興味のない時は、買わないが兎に角、「週刊文春」は、毎週70万部前後と常に業界一位。週刊新潮・週刊現代・週刊ポストが続く。上位は出版社系列だ。いつものことだが、新聞・テレビ報道は殆どタテマエ。だから週刊誌で事実を知ると、新聞・テレビの限界を知らされる。筆者の毎週購入するのは「週刊新潮」。藤原正彦・五木寛之・北方謙三・櫻井よし子などのエッセイは好んで読む。小説を買うのと同じ感覚だ。

週刊文春の最近のスクープは、簡単に言えば有名人の醜聞。
◇甘利明大臣秘書金銭授受 贈収賄を誘導したかのような人物が問題。
◇清原和博覚醒剤逮捕 以前から疑惑があり文春がマークしていた。
◇スマップ独立騒動 芸能事務所の内紛は、殆ど興味無し。
◇ベッキー不倫問題 ベッキーというタレントもよく知らない、興味無し。
◇育児休業の自民党代議士 自民党政権の安倍チルドレンか。興味無し。

週刊文春・週刊新潮は、昭和の時代から「政教一致」の創価学会・公明党を追及していた。不買運動を起こせる数の宗教団体に屈しないのだから筋金入りだと思う。この辺は新聞社系の週刊誌とは、度胸も迫力も違う。面白くなければ庶民は週刊誌など買わないからだ。だから文春・新潮は年中、訴えられている。

反権力を気取るいわゆるリベラルを自認する「朝日新聞」などにも厳しい。もっとも20年以上も前の宮澤喜一内閣のときから所謂「従軍慰安婦」を炊きつけた正義ぶった朝日報道を追及していた。一昨年の夏以降の「朝日新聞虚偽報道謝罪」からの6週に渡る非難の記事は、これだけで後に本になったくらい。

あまりテレビ・新聞が追随しない記事に賛辞を贈りたい内容が多々ある。まさに“目から鱗”が落ちる内容の記事は、このブログの参考になるから新聞の切り抜き同様の感覚で保存してある。
◇H25・2013・08・15 中国猛毒食品・遺伝子組替米
◇H25・2013・11・21 一流ホテル・デパート食品偽装問題
◇H26・2014・01・09 中国猛毒偽装食品
◇H26・2014・10・16〜23 学校給食に中国食材
◇H26・2014・11・20 中国サンゴ密漁船を撃て
◇H27・2015・08・06 年金情報流出・中国サイバー部隊
◇H27・2015・04・23〜30 沖縄のタブー

毎年新年号のグラビアに掲載されるのが恒例の「顔面相似形」、これは秀逸。
朝日新聞の木村社長とゴマアザラシ。正義ぶって20年間以上、国益を損ねてきたのだから少々イジラレても仕方ない。

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2016/3/13  23:20

松本清張03  読書
今日は第2日曜日、短歌会の例会なのだが、外気に触れるとかなり寒く、寒さには強い筈だが、それは猛暑に比べればのことで、体調はよくなく欠席した。東京までは確実に2時間を要する。上京!の気力は無かった。

今、松本清張を読み返しているが、やはり膨大な著作のなかには駄作がある。江戸川乱歩賞・直木賞受賞作家の桐野夏生推薦『憑かれし者ども』(新潮文庫)の短編5編を読んだが、「密宗律仙教」は、殆どツマラナイ作品だった。印刷会社の植字工が高野山で修行して教祖となる設定に早、無理がある。女性幹部数人の亭主を殺して保険金を得る、という筋立ては「昭和史発掘」で得た資料を用いたらしいが、よく解らなかった。何か「オウム真理教」を予言している部分が、収穫かもしれないが、いわゆる駄作だろう。

松本清張の膨大な作品は、半分以上は読んでいない。昭和40年以前の時代小説は除いてほぼ読んでいる。内容が多岐にわたっているので解説本は役立つ。以下は発行順で、これはこれで作者の関わりもあって面白い。前記2冊は、昭和の時代の国文学選考学生の指南の本。

◇解釈と鑑賞 松本清張・社会と文学との接点 昭和53年
◇国文学 松本清張・脱領域の眼 学燈社 昭和58年

◇清張ミステリーの本質 安間隆次 光文社文庫 1990年
◇松本清張と昭和史 保坂正康 平凡社新書 2006年
◇松本清張への召集令状 文春新書 森史朗 2008年
◇松本清張の「遺言」 原武史 文春新書 2009年
◇対談 昭和史発掘 文春新書 2009年
◇日本ミステリー小説史 堀啓子 中公新書 2014年

筆者の今の読書傾向として「古代」乃至「明治維新以前」は、パスしたいので、松本清張ベスト近代・現代史と推理小説ベスト10をピックアップして発表することにする。むろん文学的価値云々ではなく「面白い小説」が基準となる。あくまで読者としての個人の好みだ。やはり昭和30年代後半の作品がいちばん油が乗っていた気がするし、松本清張の世界は、少年時代の筆者には正邪をいろいろ教えてくれる教師でもあった。

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2016/3/10  23:10

三月十日  昭和史
昭和20年03月10日に「東京大空襲」があった。10万人が死んでいる。5年前のこのブログの記述を又も再録。

≪米軍は大正12年の「関東大震災」を詳しく研究、どうしたら東京市民を大量殺戮出来るかを入念に考えた。B29爆撃機320機、投下爆弾38万発、1783トンでは「木と紙と土」でできた建物の下町は計算通り効果的だった。

広島・長崎の原爆、この大空襲も昭和26年の「サンフランシスコ講和条約」で不問に付された。卑怯の汚名未だ晴れない「日本海軍真珠湾攻撃」は、昭和23年の「極東国際軍事裁判」通称東京裁判で不問に付された。これを追及するとルーズベルトの暗号傍受の経緯が明らかになるからである。その大空襲を指揮したカーチス・ルメイ米国陸軍少将に何故だか東京オリンピック開催の頃、日本国政府は「勲一等旭日章」を与えた。

大空襲でも救世軍のある神田、神田神保町、ニコライ堂、皇居は意図的に避けたとも云われている。筆者は何度も口にするが、戦争はリアリズムである。「欲しがりません勝つまでは」などの掛け声は小学生でも言える。日本を屈服させるまでは容赦のなかったアメリカ政府、負けた戦争を早く止められなかった日本政府の罪は重い。犠牲者は庶民である。≫

空襲の実態は五年前と違い、今では、インターネットで簡単に情報が手に入れられる。以下参照。
≪米軍の日本空襲で40万人の市民が犠牲、66の都市が焼き払われた。当初は航空の機工場など軍事目標への爆撃が中心だった。昭和20年には、無差別爆撃に米軍は方針を変えた。日本空襲の方針は、産業と生活の基盤を破壊し、日本人の戦意を砕くことだったが空襲は大都市だけでなく、地方都市にも次々におよぶようになった。≫

司馬遼太郎・松本清張は、戦後、大衆文学の両横綱ともいえる存在。作品は勿論多くのエッセイ集、対談集、ノンフィクションがある。更に言えることは、その文学の根底には太平洋戦争がある。もっと言えば両者ともに招集・参戦していることにある。松本清張は中卒の学歴だから二等兵。司馬遼太郎は幹部候補生として戦車学校に配属された。この文豪二人が生き残ったのは天の采配、偶然が作用した。

満州事変はともかくとして日中事変はあきらかに無謀、昭和12年の関東軍の専行、それまでの20万人戦死者を無駄にしないがための目的が、強引な日中戦争(盧溝橋事件)開始、一桁違う310万人の戦死者を出した。更に無謀な本土決戦思想が“不幸中の幸い”で、司馬遼太郎は、栃木県佐野市の戦車隊に配属されて帰国、終戦になる。松本清張は昭和19年末にニューギニア戦線に送られる筈が、民間から調達した輸送船すら多くが沈められ、南方戦線への輸送船枯渇で、海没を免れる。ということは、昭和18年以降、学徒出陣を始め、多くの日本の若者が命を絶たれた。司馬遼太郎・松本清張のような才能ある人物が多く存在したのは明らかだ。

添付画像、後列左側が司馬遼太郎。

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