2016/4/30  23:00

「創展」見学  身辺些事
JR有楽町駅前・交通会館へ絵画展を見に行った。地下一階のフロアで例年春はここで開催される。出品される画家は、所属短歌会の歌誌の表紙絵を提供されている方。つい最近までテレビ局の美術部に勤務された方で、番組制作の最前線におられた。絵画に限らず美術・文学まで造詣が深い。短歌とて短期間に習得された。もう筆者も及ばない水準にまで到達されている。いわば芸術全般に実力がある。やはり対象を切り取るデッサンの基礎を会得されているからだと思う。この画家のメインの絵画展は、例年秋、上野・東京都美術館で行われる。

交通会館は、地下は東京メトロ有楽町線に繋がっている。むろん有楽町は、繁華街の象徴・銀座へと直結するから土曜・日曜は若者でごった返す。老人はウイークディがいい。

添付は「妙義金秋」。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/4/29  11:30

鴨川探訪  身辺些事
月末の仕事の最中だったが、26日、友人の誘いで房総半島南端の鴨川を訪れた。16日はドタキャンだったので再度断るのはいけない。詳細な報告は明日以降逐次報告する。鴨川には、歌誌「アララギ」の創立メンバー古泉千樫(こいずみちかし)の生誕地が記念されていて歌碑が二ヶ所あった。

クリックすると元のサイズで表示します
2

2016/4/22  20:50

映画の中の昭和4  昭和史
続々々・映画の昭和雑貨店 1998・01発行
「映画の昭和雑貨店」の4冊目がこの書で“続々々”というタイトルが付く。今回も夫々が懐かしい。井戸・歌声喫茶・鉄道廃線跡・闇屋・学生服に注目。筆者が幼い頃は殆どの家が都市部に近い所でも「井戸」を設置、水を汲んだ。10代では歌声喫茶に行ったことがある。昭和40年代後半までは、都内は都電が主流、トロリーバスも走っていた。戦後数年、繁華街には“闇市”があったし、学生服は今や死語なのか。オジサン世代は、セーラー服が懐かしい。

◇続々々・映画の昭和雑貨店 お妾(めかけ)さん
この「妾」という言葉も死語だろう。今では愛人なる言葉が定番で、週刊誌には「不倫」なる言葉が喧しい。現今、不正規雇用、子育てなどで女性の職場進出も厳しいものがある。昭和の時代は戦前とさして変わらず女性は、殆ど事務職か個人営業しか職場は無かった。精力旺盛な実業家の一部は、妻以外に複数の若い!女性を独占!愛人として囲い、家を与え、毎月の生活費を与え、妻以外に子供も成した。そうした女性を「お妾さん」と称した。女性には叱責されるだろうが、ある意味数少ないが女性の職場でもあった。

昭和の時代の映画には、この妾を描いたものが少なくなかった。妾役の多い女優が紹介されている。岡田茉莉子、京マチ子、高峰秀子、新珠美千代など。文化勲章を受章した名女優・山田五十鈴の実の娘が嵯峨美智子だった。母親よりも遙かに妖艶で時代劇にも現代劇にも出演して、私生活でも母親と同じ男性関係も派手だったようだ。私は小さい頃「お富と切られの与三郎」で高田浩吉・嵯峨美智子を観た気がする。CS放送でもなければお目に掛かれないだろう。添付は「七人の侍」にも出演した千秋実と嵯峨美智子の「裸体」。これは観ていない。因みに千秋実は「七人の侍」の7人の俳優の一人。現実は逆で最後まで生き残った俳優。嵯峨美智子は岡田真澄など人気俳優と結婚に至らず、金銭トラブルや薬物中毒などで失踪・復帰を繰り返した。平成04年、57歳で病没。

◇続々々・映画の昭和雑貨店 ガリ版
大雑把だが戦前から印刷そのものの簡易なものが謄写版印刷、いわゆるガリ版だった。B4判大の原紙は蝋が塗ってある。ヤスリ状の板に原紙を載せて鉄筆で文字を書く(筆耕)。ガリガリと音を立てるからガリ版と言った。これは指の力を要する。書き上げたものは網の付いた印刷機にセット、インキを塗ったローラーを網の上から力強く転がす。油紙の下にある用紙に目詰まりするまで何枚も印刷できた。ワープロが出現するまでは、教育現場のテストなどには必須の印刷機だった。昭和50年代半ばまで簡易印刷の主流だった。中国・日本で重用されたのは文字数が圧倒的に多い漢字だからだった。これは今でも停電などが多い低開発国のアジア・アフリカなどで使われている。

6年前81歳で亡くなった俳優・佐藤慶はガリ版の筆耕名人だった。俳優座養成学校では、台本など多くの印刷物を手掛けた。作品・筆耕道具などは山形県鶴岡市の謄写印刷博物館に寄贈されていて、それを見ることができる。佐藤慶は、歴史上の人物、ヤクザの親分役など強面で存在感があった。NHKの番組などで多くナレーションを担当。佐藤慶・小池朝雄・成田三樹夫は筆者の最も好きな悪役俳優だった。小池も成田も若死にしている。

ローラーを転がしているのは高橋貞二、桑野みゆき、渡辺文雄。高橋貞二・佐田啓二・鶴田浩二は戦後松竹の三羽烏と称された。三人が“二”の付く芸名。高橋は33歳、佐田は37歳で交通事故死している。鶴田は東映に移籍、一時代を築いた。

月末の仕事の原稿が到着。ブログ暫く休みます。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
1

2016/4/20  19:38

映画の中の昭和3  昭和史
続々・映画の昭和雑貨店 1996年06月発行
この巻も興味深い、思い出深い項目が多々ある。「リヤカー」「医師の往診」「バスガール」「オート三輪」「チンドン屋」等。ここではこのブログ(2014/8/25)でも追憶した「佃の渡し」、更に「流行歌」を取り上げる。

◇続々・映画の昭和雑貨店 佃の渡し
筆者の私は18〜21歳頃まで日本橋の小さな印刷会社の住込み工員だった。印刷物を自転車に積んで中央区明石町側から「佃の渡し」に乗り込み、月島地区・佃にある得意先へ納入したことは鮮明に記憶している。当時はコピーもワープロも無い時代、企業の書類は複写伝票・算盤の世界だ。佃の渡しは、失念していたが何と都が経営している蒸気船の渡し船だった。昭和38年「佃大橋」が東京オリンピックの前年に出来るまでは都民の足だった。佃は永代橋・勝鬨橋を利用すると日本橋からはかなり大回りになる。

「佃の渡し」は、戦後「野良犬」(三船敏郎主演・昭和24年)「ひばりの悲しき瞳」(昭和28年)「如何なる星の下に」(山本富士子主演・昭和37年)など多くの映画の舞台になった。都心に近く下町が残っているので“絵”になるのだろう。後で知ったことだが関東大震災・東京大空襲でも佃地区の被害は少なかったらしい。今は「佃の渡し」の記念碑が明石町と佃にある。

◇続々・映画の昭和雑貨店 流行歌
この書では様々な映画から流行歌を取り上げている。昭和30年代、映画全盛時代、流行歌のヒットが映画になり、映画からヒット曲も生まれたと言える。石原裕次郎が先鞭をつけたのか、俳優が同時に歌手にもなった。歌手が俳優になった例も多い。ウェスタン歌手だった小坂一也もその一人。

6年ほど前、作詞家・星野哲郎氏が亡くなったとき“七五調”の作詞で見事な歌謡曲を筆者の好みで選んだ。絞りに絞った三点を記述。
◇「長崎の鐘」昭和24年 藤山一郎 作詞・サトウハチロー作曲・古関裕而
◇「古城」昭和34年 三橋美智也 作詩・高橋掬太郎 作曲・細川潤一
◇「みだれ髪」昭和62年 美空ひばり 作詞・星野哲郎 作曲・船村 徹

だが自分の好みを別にして、戦前戦後を通じて歌謡曲の代表的な作曲家は古賀政男に尽きる。その量も膨大だが同じようなメロディがないのがその凄さで圧倒的な存在感がある。藤山一郎、伊藤久男、霧島昇、奈良光枝など多くの人気歌手に曲を提供した。古賀は昭和40年、ひばりの「柔」でヒット曲は終わった格好。古賀政男作曲の一曲で大ヒットしたのが昭和32年の小坂一也の「青春サイクリング」だった。それまでは小坂一也はウェスタンの歌手だった。その大ヒットで以後は歌謡曲も歌った。筆者はその全曲集を所持する。

上記の本では映画の中の「流行歌」を多数取り上げている。封切られた当時は見ていないが「青空よいつまでも」なる青春映画で“若いおまわりさん”役で小坂が出演した。「惜春鳥」では主演の有馬稲子・佐田啓二の他に後の木下恵介映画で多くが重用された当時の松竹の青春スターが出演した。津川雅彦・石濱朗・川津祐介・小坂一也・山本豊三。

主題歌も若山彰の「惜春鳥」がヒット。作詞・作曲は木下恵介監督の実弟、木下忠司、この人物は99歳で存命。「喜びも悲しみも幾年月」「水戸黄門のテーマ曲」「特捜最前線のテーマ曲」、小坂一也の「記念樹」を作詞・作曲。

浅草ロックの映画街にあるジャズ喫茶で、生の小坂一也の歌を聞いたことがある。昭和40年代のことと記憶する。多くのウェスタンの曲と共に小坂作詞の「君を送った帰り道」も聞いた。小坂は、十朱幸代と事実婚、松坂慶子とも浮名を流した。平成09年、食道がんで死去、62歳。これは早すぎる死である。

添付は佃の渡し舟の加東大介・美空ひばり。下記は川口のぶ・小坂一也。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/4/17  22:57

映画の中の昭和2  昭和史
続・映画の昭和雑貨店 1995・05発行
川本三郎著「映画の昭和雑貨店」全5冊の夫々の項目は、33点ずつ。考察される項目、紹介する映画は見ているもの、例えば「二十四の瞳」のように筆者の幼少時で見ているが記憶にないもの、題名だけは知っているもの等いろいろある。

「続」で思い出深いのは記述の他には、そろばん・大衆食堂・喫茶店・ストリップ・オルガン。現代社会必須のコンビニエンスストアの無い時代、昭和50年以前は、食事は自分で夫々作るか、大衆食堂で食べるしか無かった。弁当など売っている時代でもなかった。

スクーター
昔、懐かしいの「オート三輪」、今の自動二輪に似ているのか荷台のしっかりしていたのがスクーター。いずれもまだ自家用車が庶民のものではない時代、個人商店を中心に物品を運ぶには、威力を発揮した。当時はワープロ・コピー・計算機すらない時代。複写伝票など荷台の大きい自転車・スクーターなどで荷物を運んだ。オートバイに乗ってもまだヘルメットなど被らなくても済んだ気がする。

◇寄席 落語・寿限無
戦前の映画には寄席のシーンが頻繁出てくるというが小生は、あまり見ていない。昭和32年に「伴淳・森繁の糞尿譚」なる映画があるらしく喜劇役者・伴淳三郎の主演映画らしい。原作は火野葦平の「糞尿譚」。落語の寿限無を澱みなく言いながら「糞尿をくみ取る」のだと言うが、この映画はDVDにも無いがいつか観てみたい。昔、友人とこれを暗記して早口を競った。

「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ うんらいまつ ふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ ぱいぽ ぱいぽ ぱいぽのしゅーりんがん しゅーりんがんのぐーりんだい ぐーりんだいのぽんぽこぴーの ぽんぽこなーの ちょうきゅうめいのちょうすけ」

寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ
海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来末
食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子
パイポパイポ パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
長久命の長助
(ウィキペディア参照)

クリックすると元のサイズで表示します

この「青べか物語」は見ていないが、俳優6人は全部言えるのが映画少年だった証拠。左から東野英治郎、加藤武、桂小金治、中村是好、フランキー堺、池内淳子。

クリックすると元のサイズで表示します

伴淳三郎は喜劇役者、森繁久彌の「駅前」シリーズでよく出演した。「飢餓海峡」では犯人役の三国連太郎を追い詰める刑事役で好評だった。

0

2016/4/16  22:16

映画の中の昭和1  昭和史
月刊誌「サライ」のコラム記事を単行本にしたのが以下の本。A5判の全編厚手の上質紙仕様。懐かしい昔の映画の画像と解説がたっぷり載っている。映画の中に描かれた昭和の時代、そのあらゆる世相・項目を「雑貨」として、その蘊蓄を映画評論家の川本三郎が紹介した。各本のそれぞれの注目点(30点位)には頷けるものが多々ある。著者は昭和19年生。姉の亭主が俳優・富田仲次郎との由、各社の映画で、個性的な悪役も熟した。

筆者は昔の昭和の時代の映画ファンだったので、「続々」「続々々」を書店で購入・所持していた。残り三冊は、アマゾンで購入した。今、熟読して昔を思い出している。とにかく娯楽が少ない時代で映画鑑賞少年だった。中学卒業時は昭和35年、東映の映画3本立て55円だった。黒澤明に心酔したのは、その後だった。

◇映画の昭和雑貨店 1944・04発行◇続・映画の昭和雑貨店 1995・05発行◇続々・映画の昭和雑貨店 1996・06発行◇続々々・映画の昭和雑貨店 1998・01発行◇完結篇・映画の昭和雑貨店 1999・10発行

◇映画の昭和雑貨店 パチンコ
「キューポラのある町」は、吉永小百合主演、埼玉県川口の鋳物工場を舞台にしている。父親が飲んだくれの職人で貧しく高校へ進学できず、中学生がパチンコ店でアルバイトをして学費をねん出する話。吉永の出世作だった。弟がガキ大将との設定、弟役の名子役・市川好朗は若くして病死した。筆者もパチンコに凝ったことがある。当時は出玉が多くても景品交換として金銭など無い時代だった。10代は読書・映画・パチンコに熱中した。個人でテレビなど購入できなかった。

◇映画の昭和雑貨店 色街
昭和33年の売春防止法成立以前は、売春は合法で、繁華街にはいわゆる“色街”という私娼窟があった。そこを舞台にした映画は多かった。東京下町では吉原、玉ノ井、亀戸、洲崎が知られている。文化勲章作家・永井荷風の「墨(さんずいの+表記)東綺譚」で玉ノ井は有名。今の東向島に「鳩の町」があった。江東区洲崎は今や面影もない。吉原は今の台東区千束、ここは今はソープランドといい、昔の吉原と同じ内容!!らしい。

添付は「キューポラのある街」、下記は「渡り鳥いつ帰る」。高峰秀子・淡路恵子(右縁)は存在感ある女優だった。この巻では他にミシン・引揚者・地方都市・ボンネット・バス・銭湯などの項目に注目。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/4/13  23:38

切れた老人  読書
この三週間で購入した本。筆者の私自身がだいぶキレ掛かっているようだ。
以下は殆ど「ざっと読み」。赤字の本は面白そうで本格的に読む本。

H28・03・26 書店
◇仮面の日米同盟 春名幹男 文春新書◇中韓産業スパイ 渋谷高広 日経新書◇日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか 岩瀬昇 文春新書◇路地裏の資本主義 平川克美 角川新書
H28・03・27 アマゾン
映画の昭和雑貨店 川本三郎 小学館◇続・映画の昭和雑貨店 川本三郎 小学館◇完結篇・映画の昭和雑貨店 川本三郎 小学館◇映画の昭和雑貨店 川本三郎 小学館◇検事の控室 出射義夫 中公文庫◇警察組織のすべて 別冊宝島
H28・04・01 書店
戦争と新聞 鈴木健二 ちくま文庫◇血盟団事件 岡村青 光文社NF文庫◇賊軍の昭和史 半藤一利・保阪正康 東洋経済新報社◇週刊」ダイヤモンド「三井・住友名門列伝」
H28・04・03 アマゾン
本当は怖い昭和30年代 双葉文庫◇昭和30年代の「意外」な真実 武田知弘 だいわ文庫◇定本 犯罪紳士録 小沢信男 ちくま文庫◇ひと目でわかる 戦前日本の真実 水間正憲 PHP◇地図と愉しむ東京歴史散歩 お屋敷のすべて篇 竹内正浩 中公新書◇地図と愉しむ東京歴史散歩 都心の謎篇 竹内正浩 中公新書
H28・04・10 書店
◇吉田茂と昭和史 井上寿一 講談社現代新書◇下町M&A 川原慎一 平凡社新書
H28・04・11 アマゾン
東京異形散歩 昭和20・30年代の東京の闇を歩く タツミムック◇教科書に載っていない!戦前の日本 武田知弘 彩図社◇イラストで見る 昭和の消えた仕事図鑑 澤宮優・平野恵理子 原書房◇歌謡曲 時代を彩った歌たち 岩波新書◇東京最後の異界 鶯谷 本橋信宏 宝島文庫◇週刊東洋経済 H28・03・19「キレる老人」東洋経済新報社

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/4/9  23:18

金目川堤桜  身辺些事
坂東三十三観音霊場第7番「金目山光明寺」(天台宗)の本堂は、神奈川県平塚市最古の建物で存在感がある。時々、関西方面からのバスの駐車を見る。東名高速・秦野中井経由で「札所巡り」でここに寄る。

金目川沿いは多くの桜並木がある。本日、午前中、この金目観音付近の桜を撮影した。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/4/5  11:05

三浦和義  身辺世相
筆者の私は、あの有名な「ロス疑惑」の三浦和義と出くわしたことがある。でっかい男(180p)で、神奈川県平塚市の駅ビルの出入口で擦れ違った。携帯電話を掛けながらJR改札口と連絡する駅ビル3階の出入口近辺にウロウロして居た。10年ほど前のことである。あの面容だからすぐ解ったが、解る前も擦れ違う前に何か嫌な感じがした。“この野郎”と思ったが、唯それだけでもある。妻の三浦良枝が平塚市のある町で「フルハムロード」という雑貨店を経営している。三浦和義は、ロス疑惑では無罪になってその後の妻と平塚に住んでいたらしい。本人は明らかに悪人だが、その妻に罪は少しも無い。フルハムロードは、今も経営されているが、輸入雑貨に興味はないから見に行く用も無い。

筆者は、チマチマと過去のある部分を切り取るような記憶がある。昭和60年9月11日は、その三浦和義が逮捕され、且つあの有名な伝説の女優・夏目雅子が亡くなった日である。夏目雅子は割愛するが、ロス疑惑の騒ぎはいろいろ記憶している事件。その裁判では証拠が無くて無罪になったが、明らかに?自分の妻を狙撃して自分も撃たれた演技?は秀逸!で、当時、インタビューした今は亡きフジテレビアナウンサーの逸見政孝は、貰い泣きしていた。それだけベッドでの“泣き”の演技は、俳優顔負けだったことになる。筆者の私も思わず涙ぐんだので聊か単純だ。逸見はその後、眼が明いたままで意識不明の一美さんを見たからだと言っていた。その逸見も平成05年、癌死している。

裁判では、証拠も希薄で無罪になったにせよ状況証拠は「真っ黒」だと思う。昭和50年代に、妻に3社もの生命保険を掛け、小生の月収より多い毎月数10万円もの掛け金を支払っていたのは、もうこれだけで証拠十分だ。妻の一美さんは、伊勢原の東海病院に入院した。三浦は到着するヘリコプターを発煙筒で誘導、今から思えば“胡散臭い”パフォーマンス。後に死亡して1億5000万円もの保険金をゲット!した。ロサンゼルスでは、それ以前の愛人?も不審な死に方をしている。当時の愛人のポルノ女優にハンマーで一美さんを襲わせことのみは、有罪になった。10代では自分の家に放火して逮捕・有罪、懲役刑に服していた。犯罪だらけの人生だ。

刑務所に収監中は、みっちり法律の勉強をしていて次々にメディアを告発、刑務所を出た頃は、たんまり新聞社、出版社から名誉棄損の賠償金をせしめている。三浦和義は平塚市のコンビニで二度、万引きをして逮捕された。2008年、サイパンで警察に逮捕された。サイパンがアメリカなのを知っている筈だが、アメリカには殺人に時効は無い。一連の事件は、すべて日本の裁判だった。そこが迂闊と言えば迂闊とネットで報じられている。アメリカ・ロサンゼルス警察で縊死したのは、もう逃げきれないと諦観したからだろう。小生のような真面目な?な人生もあれば、そんな人生もある。筆者の貧しい知識では、これはやはり典型的な自業自得だ。

添付の画像は、ネットより拝借、許されたい!

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/4/4  21:55

ロス疑惑  読書
「週刊文春」は、最近スクープ記事が多い。甘利TPP大臣の首は飛ぶ、清原和博の覚醒剤は早くからキャッチしていたし、可愛いタレント・ベッキーは不倫で失業した。“イクメン”の自民党代議士も失職したし、NHKも騙されたサムチャンこと佐村河内の偽作曲家も暴かれた。その取材力は驚嘆すべきで、今や“文春砲”とも恐れられている。当事者は、憤懣やるかたなくても一読者としては、事実を知らされた感があり「よくやった」と思う。

週刊新潮も負けてはいない。五体不満足のあの乙武さんが「下半身は大満足」だったという記事にはびっくり。下種の勘繰りでは、どうやって女性を満足させ、子供も産ませられるのか、そういう興味はサラサラ無いが、乙武氏は、これで教員をやめました、と小指を立てるのがフツーだが、確か小指は無い筈。もうこの人物の使命は終わったのは間違いない。

テレビ・新聞で大きく報じられる記事は、週刊誌・月刊誌で裏付け!を取るに限る。たいていウラがある。テレビ・新聞の大きな組織は、個別配達制度に支えられているから、記事の大半はいわゆる八方美人で、肝腎な点は、意図的に触れないことになる。広告が大きな収入でもあるところから大企業の悪口も言えない。大雑把な意見だが、ファクト(事実)を重視した週刊誌は、慰安婦問題で大嘘を突いた新聞社のような“上から目線”の理想論など言わない。あくまで読者が購入してくれる庶民の生活感覚が基本。

先頃、発刊60年記念の「週刊新潮」だったが、週刊文春も創刊は昭和34年で出版社系週刊誌では老舗だ。思い出すのは昭和59年のいわゆる「ロス疑惑」報道、週刊文春が火を付けた。妻を銃撃で亡くした悲劇の三浦和義は、悲劇の人ではないと週刊文春が指摘して大騒ぎになったのは記憶している。

添付は文春新書。戦前に週刊誌はない。文春が月刊形式で出版していた≪月刊「話」≫の再録で、昭和12年の全巻から抜粋。先頃亡くなった原節子は、昭和12年、ドイツ人監督から抜擢され日独国策映画「新しき土」で主演した。これらの記事は十分、昭和12年の史料と成り得る。

クリックすると元のサイズで表示します
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ