2016/6/30  21:24

宝塚記念  身辺些事
目下、日本の中央競馬会で最強のサラブレッドが牡4歳の「ドゥラメンテ」。昨年の3歳クラシックで皐月賞・ダービーの栄冠に輝いた。小さな骨折があって秋の菊花賞は断念した。「ドゥラメンテ」とはイタリアの音楽用語で「荒々しい、はっきり」だと言う。そのドゥラメンテが06月26日の「宝塚記念」で2着に入選したあと、故障が発生。4日後の今日、電撃引退となった。

サラブレッドの場合、走ることに特化されて作られた動物だから骨折すると手術はできても、人間のように寝たきりでは過ごせない。運動が出来なければ内臓が持たず、たいていは蹄葉炎に罹患、蹄から黴菌が入り狂死する。だから「予後不良」として薬殺処分となる。どんな名馬でもそれが運命だ。ドゥラメンテは殺処分になる程の重傷ではなかったのが救いだ。

筆者は20代から30代は東京の下町在住だったから日曜日は、中央競馬に親しんだ。場外馬券売場は、錦糸町、浅草、後楽園、東銀座と困らなかった。今の湘南・平塚では横浜まで出掛けないと馬券は買えない。インターネットでの購入は、インターネットが好きでも、それは競馬の邪道であってとうてい趣味ではない。馬券を手にしなければ競馬とは言えない。

幸か不幸か今では馬券購入は限られる。東京に出掛けるか、撮影のための横浜行きかどちらかだ。したがって東京生活では考えられなかったが春と秋の競馬のクラシックシーズンだけだ。これも幸いだが、ギャンブル依存症ではないから長年の歴戦のデータがしっかり記録されていて熟考できるものに限られる。それでも自分の予想が的中するのは三・四回に一度の割合だ。

05月01日の「天皇賞」で歌手の北島三郎の持ち馬「キタサンブラック」が競り勝った。前年の菊花賞と共に3000m(人間ならマラソン)以上は強い。宝塚記念は、2200mの中距離。今回は必ず疲労が残っていて必ず何かの馬に競り込まれるとの予想がズバリ的中。それも“ハナ差”での3着で、そこまで的中。1着馬は昨年から目を付けていた牝馬の「マリアライト」、2着は外さないのがドゥラメンテ。昨年暮れの有馬記念、4月の青葉賞、5月の天皇賞はコケて、漸く本年の投資を回収した。あとは秋のシーズンを待つ。

ドゥラメンテは、母が「アドマイヤグルーヴ」、その母が「エアグルーヴ」、その母が「ダイナカール」、昭和の名牝だった。この血筋が引き継がれるのは嬉しい。添付はインターネットから拝借。奥からキタサンブラック、マリアライト、ドゥラメンテ。撮影された角度は少しゴール前だと思う。手前2頭が1・2着。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/29  22:54

汽車道  身辺些事
横浜市に「馬車道」という地名があるのは知っていた。
だが「汽車道」は知らなかった。
所属短歌会の次号の画像カットのために06月26日、撮影に行ってきた。
汽車道はJR根岸線・桜木町を下りてすぐの「みなとみらい地区」にある。
短歌雑誌の次号画像カットで詳説する。
昭和の時代、じっさい旧国鉄の横浜駅から横浜港への短い支線だった。
添付画像はその「港1号橋梁」。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/24  22:57

大いなる誤解02  身辺些事
長年の不用品が片付いた。処分品は、物置の汚いガラクタ、プレハブにほったらかしの美術全集やダンボールの衣類・アルバムなど。業者の3トントラックが満杯だった。若者4人が来てくれ2時間強で終わった。不用品はこまめに片づける癖をつけないと大変なことになる典型だ。

22日は、設置後20数年を経過した2階のエアコンを入れ替えた。23日は、本棚を撤去した部屋を朝からマジックリンを壁に吹き付け脚立に乗って大掃除。

24日には、家具の「ニトリ」の通販で注文した本棚が到着する。組み立てを追加注文したので今日は楽しみに待った。業者の配達専門家なら「整理屋」と同じ仕事は早い筈だ。前日に配達の時間を知らせる由で、それを待った。だがそれが無い。メールを確認したら何と配達は08月24日で二ヶ月も先だった。天井まで(120p×230p)届く本棚は受注生産だった。高額商品ではないのに!

拙宅の向かいに澄む“老婆”に「あんた、いろいろ整理・片付けをして老人施設にでも入所するんでしょ」との大いなる誤解があった。これでは半ば認知症でひどい思い込みの誤解だった。だがそれは自分も同じだった。本に囲まれる生活は二ヶ月お預けになった。本に埋もれて“死ぬ”筈がこれもお預けだ。

月末の仕事の原稿が届きました。ブログの記述は暫く休みます。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/22  22:18

24回参議院議員選挙  政治
24回参議院議員選挙が公示された。初めての18歳の選挙もあって注目だが、多分与党の辛勝だろう。圧勝にはならない気がする。そこが衆議院議員選挙とは違うところ。現政権の暴走の歯止め意味が大。

巷間言われる安倍晋三政権が暴走などとは全然思わない。心配する向きもあるが憲法違反、集団的自衛権で“戦争のできる国”などと云う野党の主張は甚だ迫力がない。こんな時に、北朝鮮はミサイルを飛ばす、尖閣諸島など日本の領土に中国の軍艦が日本の主権を脅かす。

「戦争の出来る国」にしておかないとイザとなったら自衛隊は何の役にも立たない。肝腎なときには、日米同盟があろうとアメリカ軍が日本主権を守るために味方などするわけがない。島国日本、よその国からすれば、こんな攻め易い国もない。よその国は、冷静に日本の選挙を見ている。

自民党が勝っても負けても「北方領土は還らない」、「拉致被害者は開放されない」、「東シナ海は中国の射程距離」。

神奈川選挙区は定数が1議席増加で定数4。自民・民進・公明、残り1議席は共産党、二人目の自民・民進の戦い。二度続けて当選の「みんなの党」は消滅してしまった。湘南の天邪鬼の筆者は、衆議院選挙よりは面白い程度の選挙。そこを行くと「東京選挙区」の興亡は見ものだ。女優・高樹沙耶がいい。

添付の著者は昭和57年生の若手の論客、「主義」「願望」というフレーズを使い、戦前の軍部、最近の新聞メディアなどメッタ切り、頼もしい。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/21  22:56

大いなる誤解  身辺些事
昨日は“遺品整理”よろしく自宅の不用品が片付いた。業者の3トントラックと予備の2トントラックと若者4人が来てくれ2時間強で終わった。本棚、家具、母親の遺品、古本、布団、自転車、消火器など専門家は、手際よく殆ど3トントラックへ納めた。手前が引き戸の二重本棚など二個、家具など何の心配も無かった。バラバラに分解してあっという間に運び去り造作も無かった。流石はプロの仕事だ。むしろ持ち帰ったあとの処分がタイヘンだと思う。

今日は、20年前に最初に購入した2階のエアコンを入れ替えた。故障を修理するより新品の方が安上がりなのは、冷蔵庫、洗濯機の類と同じ。あとは「ニトリ」の通販で注文した本棚を組み立てて、最近読む本を整理して納めれば我家の2階の居住は快適になる。

ところでこのところ整理業者、エアコン業者などトラックが来てワサワサとしているので大いなる誤解があった。拙宅の向かいに澄む“老婆”に「あんた、いろいろ整理・片付けをして老人施設にでも入所するんでしょ」と言われた。怒るよりそういう解釈もあるのかと思った。残念ながら老婆の誤解は、筆者に施設に入所する大いなる金銭がある、と思っていることだった。老婆はアパートを2棟所有、毎月の家賃で多分金銭に不自由!?は無い筈。残念ながら筆者にはそういう纏まった金銭はない。不用品整理、新エアコン、新本棚だけで30数万円、この辺が限度、老人施設入所の頭金は、数字が一桁違うと思う。怒るべきか、悲しむべきか。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/18  19:18

灯台下暗し  身辺些事
昨日は誕生日、6度目の申年だ。8度目の申年で同じ誕生日の原節子は先頃亡くなった。期するところあり2階の書斎!?を模様替えすることにした。

いつごろ購入したのか忘れたが書斎にある二重棚の本棚が、齟齬をきたした。見栄えはいいが、やはり年数を経ると手前の左右に動く部分は微妙に傾き、上下は合わず且つ動きづらくなる。奥の棚は、あまり開放しなくなり使い勝手が悪くなった。

ものを捨てられない世代だが、意を決してトラック2台分をいわゆる遺品整理屋?にて処分に出すことにした。その本棚二つ、食器棚、プレハブにある亡き母の和服類、古い布団、古い雑誌、昭和の美術雑誌、人形ケース、VHS、八ミリVTRテープ、オーディオ機器等々。ケアマネの方が、方々に交渉して15万円で処理してくれることになった。当初紹介された業者は、それこそ“どんぶり勘定で”20万、18万、22万円とざっと見た勘定でいい加減だった。

処分屋が隣家の私道に横づけするので了承を得るのに挨拶した。隣家では夫婦で芸術家だ。夫婦で陶芸をものにし、奥さんはピアノ、洋裁もする。プレハブにある和裁好きだった亡母の和服・帯・布切れなどは正直手を着けかねていた事実を言うと、和服は洋裁への転用が可能との由。愛用のミシンでバッグ、財布、前掛けなどを作るとのこと。ダンボール2箱分を引き取ってくれた。処分に困っていた和服が母の死の22年後、何と隣家の主婦が再利用できると、評価してくれ、これぞ“灯台下暗し”の典型だった。

単なる書庫と化していた2階の6畳洋間が生き返ることになった。古本などの処分、新しいエアコンの設置、天井まで届く本棚3点の購入。拙宅の2階は、夏は6月末に猛暑となる。今年の夏は、この新設で多分!?快適になるかも。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/15  23:07

国債の授受  身辺世相
先月、所属短歌会の96歳(本年の申年を迎えて)の選者が亡くなった。先生の戦死された弟さんの遺族年金の一環なのか「日本政府遺族国庫債券」の“五万円”の債券をいわゆる昭和史の史料として貰い受けた。軍人手帳は御主人のものである。軍人手帳は、あとで詳しく読み解くが、日本政府遺族国庫債券は、とりあえず地方自治体の戦没者への特別弔慰金需給の参考になる。

このブログでも何度か取り上げたが、太平洋戦争の戦没者には国家のいわゆる補償がある。
 軍人恩給=総務省、
 遺族年金=厚生労働省、
 特別弔慰金=地方自治体

筆者の父親の場合は、昭和20年11月10日の戦病死。戦死なので軍人恩給は関係がない。母親が再婚したので遺族年金は資格がない。特別弔慰金は実父の伯父が一度受給していた。これは昭和40年のこと、伯父は44年に死去。昭和50、60、70(平成07)年、80(平成17)年の10年毎の弔慰金は、その存在そのものを知らなかった。行政は届け出が無い限り、特に遺族に知らせることは無い。地方自治体を弁護すれば戦没者は「厚生労働省」の管轄だ。

昨年は、戦後70年だから請求すれば遺族年金を受給できるのを知っていた。昨日、平塚市役所へ行って手続きを訊いてきた。手続きには半年間くらい掛かるらしいが一年ごとに5万円、5年間で計25万円が貰えるらしい。戦死した実父の係累は筆者だけだ。請求して当然、請求しない限り自治体は教えてくれない。

これから請求するが、@請求書A本人の戸籍B母の戸籍C戦没者の戸籍D請求者が戦没者の係累であることの解る戸籍E住民票・マイナンバーF免許証(本人確認)と書類は、盛りだくさん。CDは実父の戸籍のある千葉県成田市に請求する、昔の香取郡下総町。25万円を貰うのは大変だ。

二年間の在位期間で止めても退職金は2500万円だというから都知事は恵まれている。一兵卒の遺族は、誰も手を貸してくれるわけではない、国債授受まではタイヘンだ。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/11  21:22

あれから四十年  身辺世相
中年婦人を揶揄する綾小路きみまろの漫談が受けている。声高に熟年婦人の今と昔を面白可笑しく言うときの決まり文句が“あれから40年”。これはメディア・マスコミの報道姿勢にも当てはまるような気がする。

今太閤と持て囃された田中角栄元総理が失脚したときは、昭和49年11月号の月刊「文藝春秋」の児玉孝也・立花隆のルポが切っ掛けだった。あれから40年(実際は42年)、今、騒がれている東京都知事の舛添要一もいわゆる「文春砲」(週刊)がきっかけ。そんなことは知っていた、と多分メディアは言うだろう。出版社の限られた人数の記者が丹念に公開情報を精査して炙り出した東京都知事の公私混同。そういう人物なのは解っていてメディアは、とくに問題にしなかった。新聞・テレビではなかなか伝えにくい、とは言い訳に過ぎない。

自民党が下野したとき、今の菅義偉官房長官は、舛添を時期総理にと模索していたらしい。だが彼は、自民党を批判して飛び出した。先を読む目が無い所詮はただの高学歴の人物でしかなかった。2年前、猪瀬直樹の後釜のない自民党・公明党が渋々支持したのが問題。畏友のブログに以下を投稿した。

 東大法学部出身者は日本のエリートなのだ。
 エリートは自分の報酬は自分のものなのだ。
 国の税金も都の税金も自分たちのものなのだ。
 マスゾエ氏には都知事になる前からセコイのだ。
 今頃、それを追及しても仕方ないのだ。
 舛添氏は、小生と“禿げ方”に似ていて許せないのだ。

今、すっぱり都知事を辞任すれば、その後の政治生命もあると思うが、与党勢力は参議院選挙の方が重要。それは野党も同じ。今、都知事選挙をされても担ぐ政治家が居ないのが現状。本人もどうしていいのか、決めかねているに違いない。2010年の東京五輪の都知事は、別な人なのが当事者も世間も暗黙の了解。だから都知事選はブラジル五輪の後の秋になるかも。徳洲会に見事に!?騙された猪瀬直樹の方がマシだった。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/7  22:26

仙巌園の庭  旅行
5月末のパック旅のメインは桜島だが、詠い文句は10景で、知覧の特攻記念館、指宿温泉、霧島神宮と共に、鹿児島市の仙巌園も二日目に時間を割いていた。仙巌園(せんがんえん)は、昔の長州・薩摩ビイキにしては良く知らなかった。当時の第19代当主であった島津光久によって造園されたのが1658年だから江戸時代初期、桜島が借景となっている庭園なのが解る。


幕末には第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業(集成館事業)を起こした。1857年(安政4年)には、園内の石灯籠にガス管をつないで点火させ灯火として用いたことから、日本のガス灯発祥におけるルーツの一つとして挙げられる場所にもなっている。(ウィキペディア引用)

仙巌園は、現在は島津興業株式会社が観光産業として組織・運営している。日本の近代化遺産が、世界記憶遺産として登録と賑々しいが、これは中国や韓国にとやかく言われることはないので安心。反射炉や大砲が置かれている。この庭園はまことに良く整備されていて桜島の眺望は、所謂絶景だ。菖蒲が美しい庭園の入り口には短歌・俳句の投稿箱があったので投稿紙を一枚、持って来て「南国交通」の若いガイドさんに、後日再び仙巌園に赴くときに投函を頼んだ。多分平成28年度の優秀作品に推挙は間違いない。だが来年5月の発表まで生きている保証はない。

 はつ夏の桜島(しま)の裂け目の鋭きに吾は戦く仙巌園の庭

どうも相変わらずの短歌だが、桜島の山腹に裂け目を感じたのは確かなので、これは推敲したい。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/2  22:29

南九州パック旅  旅行
20年前の平成08年、印刷業界の職人仲間に誘われたのが「パック旅」の切っ掛けだった。それが「四国周遊の3日間」の旅。同じ職場で、初めて飛行機に乗る者も居た気がする。以来10数回の参加。ここ4年間、筆者自身の「腰椎骨折」で旅行そのものが無理だった。今回誘われたのは「南九州10景めぐり三日間」。元々飛行機は好きではないので、相変わらず生きた心地はしなかった。だが飛行機は便利、羽田・鹿児島は80分だ。

鹿児島空港から近い霧島神宮がスタート。「南国交通」のバス旅、ガイドさん、運転手、そして現地の添乗員も三日間、同じだった。翌日からは強行軍、桜島溶岩道路、なぎさ公園・足湯、錦江湾クルーズ、鹿児島・島津藩の仙巌園、屋久杉工房、最終日のメインは知覧特攻平和記念館の見学。

桜島は、今年になってからも赤い溶岩を確認できる噴火があった。噴煙は絶えることがない。ここ数十年、暫くは霧島・屋久国立公園と記憶していたが、屋久島は世界自然遺産として各上なのか、独立した国立公園になった。

知覧は小京都として「武家屋敷群」が知られているが、この地の散策は無かった。だが「特攻平和記念会館」は、あまねく知られている。特攻隊が無謀だった悲劇ばかり取り上げられるが、逆に戦前の軍部がいかに無能だったかの意味に於いて存在感がある。私見だが、遺書などない無名戦士が圧倒的多数なのが明白な事実。車窓からのみだが「開聞岳」を観た。茨城の筑波山と共に1000mに至らないが日本百名山として名高い。特攻兵士が開聞岳を見ながら飛び立ったのは語り継がれている。“特攻花”称されるオオキンケイギクも確かに咲いていたと思うが、キバナコスモスと区別が付くほど花に詳しくない。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ