2017/5/31  22:29

大岡昇平「事件」  映画TV
先日、神奈川近代文学館の「正岡子規生誕150年記念展」見学の折、求めたカタログが「大岡昇平展」(1996・10)、「城山三郎展」(2010・04)。そこから触発されてアマゾンで購入した本が以下の本。
・「事件」大岡昇平 新潮文庫 
・「俘虜記」大岡昇平 新潮文庫
・「対談集「気骨」について」城山三郎 新潮文庫
・「失われた志」城山三郎 文春文庫
・「作家と戦争 城山三郎と吉村昭」森史朗 新潮選書

「事件」の文庫は、初版は昭和55年、活版仕様で本文8ポイント42字×19行×500頁の直ちに読み切れない厚さだ。法廷ミステリーの先駆的な著書だった。新聞連載は1961年だというから昭和36年だ。松本清張の社会派推理小説に触発されたかもしれない。だが松本清張の大衆娯楽作品と比較すると聊か難解で、この大部の本は俄に読み難い。そこでこれは、昭和53年に野村芳太郎監督・新藤兼人脚本で映画化されていて、DVDを購入してあったので再度見た。これは東京在住の頃、映画館で見た記憶もある。

「事件」の現場は、小田急電鉄の厚木近辺だが、撮影されたのは、拙宅の現在居住する平塚市金目の「農業試験場」のある林の中だった。DVDの特典映像で湘南平・金目観音・大山阿夫利神社が紹介されていた。ただ「金目」を金目町、阿夫利神社を「あぶり」神社と紹介されると違和感がある。

この映画は、松坂慶子・永島敏行・大竹しのぶが主演だが、映画のキャストの字幕では、弁護士役の丹波哲郎、検事役の芦田伸介が先ず紹介されていて納得。裁判長は佐分利信と重厚である。今年になって準主演の渡瀬恒彦が死去。重要な役どころの丹波・芦田・佐分利・森繁久彌・西村晃・乙羽信子・北林谷栄は故人で寂寥感漂う。女優デビューして間の無い大竹しのぶは、この作品で日本アカデミー賞主演女優賞に輝いている。作品・監督・脚本、何れも受賞。

内容は、今の小田急沿線の猛烈とも云える都市発展の初期の段階が描かれる。水商売の姉とその清純な?妹との一青年の三角関係の人間験模様が土台。これにチンピラヤクザが姉の昔の情夫。弁護士の巧みな法廷戦術によって青年の殺人の真相が明かされてゆく。

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2017/5/28  21:51

官僚の反乱  身辺世相
22日にある記者会見があった。文部科学省前事務次官の前川喜平氏が、安倍晋三首相の友人の経営する「加計学園問題」で強烈な反撃を行った。文科省事務次官のときのことで、「次官時代に下から上がってきた文書」に“総理の御意向”という文言があったと告白・説明した。今治市の「戦略特区」においての加計学園の認可に対して安倍総理の意向が働いている、とするもの。

この“総理の御意向”を報じたのが朝日新聞で追及したのが民進党代議士。文書の出どころは前川喜平本人だった。朝日新聞は、完全に反自民・反安倍政権の確信犯なのだから仕方がない?が、政権の弱味を握った感のその民進党代議士も「日本獣医師連盟」から政治献金を貰っていたらしいから、素人には正義の話ではなく既得権益の話なのではないかと思う。

前川喜平前事務次官は、「文科省天下り問題」で辞任を余儀なくされた。霞が関官庁トップの退職金は8000万円。これだけで国家に反旗を翻すことはできない筈だが、文科省に後ろ足で砂を掛ける発言でいかがなものか。事務次官時代新宿歌舞伎町の「出会い系バー」に入り浸っていたことが官邸から指摘されている。この人物の妹は、大勲位・中曽根元首相の息子に嫁いでいる。

「戦略特区」の詳しい実態は知らないが、素人にもおおよそ判るのは、霞ヶ関官庁の夫々の省庁の裁量権、許認可権の膨大で細部に及んだものだろう。獣医学部の新設を認めない「大学設置認可基準」が良いか悪いかは知らない。だがこれを緩和するとした官邸すなわち内閣府と文部省の裁量権の対立が根っこにあるのは見当がつく。内閣・行政の実務を司る事務方のトップだった者が、退職後にこれほど政権が困ることを言うのは、やはり霞ヶ関官庁のエリート経験者だからこそだろう。

第一次安倍政権の「公務員改革」では挫折した。民主党政権では官僚を無視して鳩山・菅首相は簡単に引き下がって野田政権は消費税値上げを公約にして退却した。それを見ている今の安倍首相は、聊か勉強してきた。第2次安倍政権発足後は、内閣官房に設置された「内閣人事局」で、事務次官や局長ら各省庁の幹部人事は、首相の意向を反映して幹部人事が一元管理化され、人事権を握られた。今回の“前川反乱”は、官僚の抵抗の序章のように思う。

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2017/5/22  21:06

水門開門  身辺些事
米どころの新潟・北海道などに比べれば、甚だ心許ないが、筆者の隠棲する神奈川県北部もまだ米作がある。二級河川だが、秦野市の水無川が上流で「金目川」となってここからあまり綺麗ではないが水田へ水が取りこまれる。

通常は05月25日と記憶していたが、いつもと違う品種の米が植えられるとのことで今日22日、水門が開けられて水路へ水が滔々と流れ込んだ。これから09月中旬まで水路は満々となる。夕刻散歩したら既に一日で水路に近い田圃には、水田となりつつあった。田植えは来月上旬だ。

月末の仕事の歌稿が到着、来週までブログ書き込みは休みます。

添付は近所の水門と川淀の真鯉。

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2017/5/21  22:19

城山三郎  読書
先日「正岡子規・生誕150年」記念展を見学してきたが、過去の展示会のカタログを販売していたので「大岡昇平展」「城山三郎展」を買い求めて来た。

城山三郎は平成19年、79歳で亡くなっている。その記念展が2010年・平成22年にあったらしい。筆者の私は2年前に求めた「戦後六十周年記念企画・城山三郎戦争文学」6巻が手元にある。「硫黄島に死す」「落日燃ゆ」は、世評がいい。前者は戦前のオリンピックの馬術競技で金メダルに輝いた陸軍軍人・西竹一大佐の話、後者はあまりにも有名だが、A級戦犯で死刑になった32代総理大臣・広田弘毅の物語。

歴史全般、特に昭和史のノンフィクションに近い秀作の多い吉村昭がいる。城山三郎と同じく1927年・昭和02年生。芥川賞候補になること4回、受賞はならなかったが(後に夫人の津村節子は受賞)、それが転機となって「戦艦武蔵」。を発表、これがベストセラーとなり以後「戦史作家」の地位が確立して数多の作品が結実、歴史的史料を駆使した作家の地位を確立する。

城山三郎の対談集「気骨について」(新潮文庫)「失われた志」(文春文庫)で吉村昭との対談は4点ある。共通するのは昭和20年、17歳で戦争末期の宙ぶらりんだが過酷な体験を保持する。軍国少年を強要された者同士の08月15日を境にした戦争指導者の“いい加減さ”を赤裸々に告白している。だから大正時代に生を享けて「九死に一生」を得た司馬遼太郎・松本清張・大岡昇平などと違った太平洋戦争を追及した作家であるのは共通する。

「作家と戦争 城山三郎と吉村昭」も聊か読解したので、この感想は後日。

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2017/5/19  22:38

坂の町  日本史
05月21日まで横浜市、神奈川近代文学館で「正岡子規展」が開催されているので05月17日(水)に見学してきた。正岡子規は生誕150年だというから1867年生で、明治元年の前年の慶應03年ということになる。正岡子規は近代俳句・短歌の先駆者。34歳での死は、あまりに早逝。

神奈川近代文学館は横浜市中区の「港の見える丘公園」の横にある。JR根岸線「石川町駅」を下車すればもうそこは、ほどなく元町商店街。徒歩では500m程度だ。だが今は杖突老人でかなり遠い。港が見える丘なのだから急坂がある。横浜の中心地・県庁のある官庁街は平坦だが、山手地区は昔の丘陵地、「坂の町」だ。行きはタクシー使用、帰路は坂を下った。

歴史的な史料だからか、館内の照明がローソクを灯すように暗く辟易した。外出用(運転用)の眼鏡と室内用の眼鏡を頻繁に交換して正岡子規の原稿などを見る羽目になった。自分の眼の按配の責任か、文学館の配慮の無さか、外へ出たら晴天では無いのに明るかった。これでは「ブルーライトヨコハマ」ではなく「グレーライト横浜」だ。水曜日なのに元町は人が溢れていた。土日はもっとすごい人出だろう。

1996年の「大岡昇平展」、2010年の「城山三郎展示」のカタログを求めた。これは週刊誌大のB5判。正岡子規のカタログは縦がB5だが横がやや長く、図版、水彩画、手紙類が多いのでそうしたのだろう。14000歩を歩き、草臥れた一日だった。

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2017/5/15  21:52

認知症予備軍02  身辺些事
毎月第2日曜日は短歌会の例会、目的地の江東区豊洲まで二時間丁度の按配だが、バスは15分間隔、東海道線の連絡が悪いとたちまち13時までの開始に遅刻する羽目になる。昨日の朝刊を見て驚いた。二年ごとの「神田祭」の神幸祭の記事があった。つまり日曜日は神輿の渡御がある。平成23年は「東北大震災」で中止され、翌年腰を痛めたので25年・27年は見物に行っていない。それまでは必ず写真撮影かビデオ撮影に行っていた。旧勤務先はその神田明神下にあったから馴染んでいた。それを失念していたことになる。

最近、居宅介護施設と“口喧嘩”をしたので、「要支援1」の契約を打ち切って他人の世話にならないのを覚悟して、そのようにすると意気込んでいるが、どうやら認知症予備軍であるのは拭えないできごとが多発している。

先日、アマゾンで注文した「日本会議の研究」は購入済だった。つい先日、玄関の開けたとき、話しかけられ鍵穴にキイを差したまま忘れてしまったこと。つい最近、大きな病院の循環器科で診察券を捜したとき多くのカード(コンビニ・書店・電器店・衣服店等々)の中からJRのスイカのカードを受付の棚に置き忘れたことなど多くの“度忘れ”が重なっている。近所の知人に指摘されたり、自分で思い出しただけいいか、と思う次第。

昨日は、オリンパスのデジカメ(SP600UZ)のすぐ外れる緩い蓋の所為だが、神田祭の撮影中、レンズに指紋がべっとり着いて、その汚れの跡が明瞭で撮影画像は「白い霞」が濃厚で大失敗だった。うまく?映っているのは最初の10枚だった。短歌誌のカット画像に使うはずの神田淡路町の老舗の画像は全部失敗した。

こういう時には悪いこと重なる。新米のそれも若い女性運転手のタクシーに乗ったばかりに遠回りして神田淡路町から豊洲4丁目まで3200円もの乗車賃(通常は2300円くらいか)になった。「豊洲4丁目」とはどこですかと言われて思わずのけ反った。若い女性には甘ぁいオジサンの私は、三年後のオリンピックに備えてマンションが次々と建ち、東京の発展の象徴となるところだと丁寧に説明して、値引きを言う女性運転手を遮った。これが正真正銘の“忖度”だ。

通常は神田淡路町・須田町近辺からは丸ノ内を通れば銀座から勝鬨橋、八重洲からは佃大橋を通ればいい。この日は神田祭の交通規制があって遠回りになったらしい。

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2017/5/12  23:07

認知症予備軍  読書
久し振りにアマゾンで古本を買い、同時に新刊の新書を購入した。

◇『日本会議の研究』菅野完 扶桑社
◇『戦史の証言者たち』吉村昭 文春文庫
◇『史実を歩く』吉村昭 文春文庫
◇『スターリンの対日情報工作』三宅正樹 平凡社文庫
◇『山口瞳「男性自身」傑作選・中年篇』新潮文庫
◇『山口瞳「男性自身」傑作選・熟年篇』新潮文庫
◇『昭和陸軍 派閥抗争史』今西英造 伝統と現代社

前記三冊は古本ではないが、「日本会議の研究」は、購入済だった。購入した本は、熟読しなくても目次・まえがき・あとがきは必ず読んだと断言しても、同じ本を購入したのは10%は“認知症”の疑いは濃厚である。だが弁解すれば、この本の図版・画像は虫眼鏡を当てなければ見えない小ささ。去年の今頃購入した筈が、記憶に残っていない。

今、「日本会議」が注目されても、この本の版元は「扶桑社」、“右傾化”の安倍晋三政権を批判しても、扶桑社は“左傾化”ではないフジサンケイグループ。本当に安倍政権の“暴走”を追求しているのか。Will、Hanada、正論など右傾化の雑誌の花盛りなのに、左傾化の雑誌「世界」などはまだ発行されているのか、心許ない。

いくら「日本会議」が民間右翼でも「神社本庁」など日本の伝統文化に根差しているなら問題。おおむね支持されている自民党・安倍政権の前に、日本の現在の反体制・左翼は弱い。反体制のシンボルでもあった?朝日新聞の売国的な「慰安婦問題」の嘘が、じわり浸透いているような按配だ。

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2017/5/9  22:24

教育勅語  身辺世相
所属短歌会の05月号誌面に、短歌の練達者T・M氏が「教育勅語」や「日本会議」なるものへ警鐘を鳴らしておられる。本人は自由詩に軸足を移したいと言われるが、一時期、投稿休止があったもののその抒情溢れる短歌は、小生より遙かに才能があり年季があり巧みだ。その正義感溢れ、真面目な人柄には惹かれるものがあるから、その主義主張は尤もと理解する。だがここから先は、「天邪鬼」を標榜する筆者ゆえに甚だしい違和感がある。

03月20日にも「森友問題」は記述した。籠池某は、繰り返すが「男の顔は履歴書」(大宅壮一命名)で狡賢い印象だ。結論として大阪市の国有地を大幅値引きして取得したのは、稀代の詐欺師の為せる技。総理大臣昭恵夫人を名誉校長として財務省の“忖度”を引き出し、多額の寄付援助も引き出した。詐欺罪で立件されるのも時間の問題。近隣諸国からミサイルが飛んで来るかも知れない昨今、外交では支持率の高い安倍晋三政権に抗するなら野党は「妻も私も関与しているなら総理も議員も辞職する」の発言をつつくしかない。

ここで問題視したいのは「教育勅語」と「日本会議」。教育勅語に関しては完全にアナクロニズム・時代錯誤だ。それは近代国家への標語にもなった「富国強兵」への精神を集中するために皇国臣民、臣道実践を強要したもの。家族の理想論を漢文調にまぶしたものでまさに精神論。戦争という物理的なものに精神論で対抗したから国土が焦土と化したのを日本人は知っている。近代・現代事典に埋没している事項を大阪の幼稚園に使われているからと言って、強調・問題視するのは「木を見て森を見ず」の類。私立学校幼稚園の問題、こんなものは何れ自然淘汰される。お嬢様出身でもようやく首相夫人もヤバいと気付いたのだろう。

小学校教育現場では、英語教育が増えつつあるらしく、これに警鐘を鳴らすのが英語の堪能な数学者も居る。教育の現場を知らない素人だから論ずるべきではないが、戦前の「鬼畜米英」の裏返しのような気がしてならない。英会話のできる比率がアジア全般より低いと嘆くが、どんな高度な技術や文学でも日本語で通用する歴史と実学は誇るべき。つまり英語に頼るしかない低開発国は考慮しなくていい。音声を発すれば英語変換できるスマホが今後は、もっと発展するからである。

「日本会議」なるものが勃興したのは、昭和40年代、反米左翼の日教組教育、米ソ冷戦の産物らしく民間の反米右翼の団体といったところか。だが日本会議はいささか曖昧模糊としたもの。時の政権を動かしているものと言えば「神社本庁」と「日米合同委員会」だろう。これは次回。

添付は散歩時に発見。

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2017/5/6  21:48

ムラの掟  身辺些事
「腰椎骨折」で“杖突き老人”になり果てているが、ここへ来てこのための介護施設の支援が鬱陶しくなった。頼むことは「食料買い出し」や部屋内の「掃除」程度。極めて性能の悪い血圧計と体温計での測定がある。ここで10分は時間を消費する。筆者が本当に困るのは「買い物をすればゴミが出る」ということ。タイヘンなのは、この地域は、資源ゴミなどは毎週月曜日朝、ペットボトルなどは、毎週水曜日の朝、08時半ごろである。燃えるゴミは火曜日・金曜日。多くは主婦のヘルパーが、朝早く来るわけは無い。

水曜日の朝、雨が降っていたらゴミは出せない。右手で杖をつき左手でゴミ袋を持つ。雨に濡れながら近所の旧公民館の「塵出し場」へは行けない。火曜日・午前10時にヘルパーが来るから、本当は水曜日の朝なのだが、前日に出すことをお願いしたら「それは出来ない」と断られた。杖突き老人のお願いより「地域の規則」の方が大事」という解釈になるらしい。

筆者は歩くよりは、車の運転の方が楽だという按配。運転に杖は要らない。買い物など頼まなくても出来る。風呂の掃除、トイレの掃除などは頼んだことがない。これは個人の尊厳に関わる。ゴミ出し日が、一日早いだけなのにご丁寧に規則を優先するのは、こんなところにも「お役所仕事」が反映されている。

筆者の私は、「要支援1」の認定で毎週火曜日、午前10時から45分間、ヘルパーが訪問、お世話になっている。むろん医師の診断書があり、市の職員が聞き取りに来て自治体に認定されなければ、いちばん軽い「要支援1」でも受けられない。本人は10%の5000円、自治体は5万円の負担。3万円は基本料金、2万円は介護職員の手当、それでも介護職員の給料は安いのだが…。

水曜の朝に限らないが、水たまりに足を取られて転倒、怪我をして入院ならば、この「小規模居宅介護施設」は、そこから先は何もできない、しないのが現実。やはり生活補助など他人に頼むのがツマラナイことになる。運転免許を返上するまではと思ったが「要支援1」も断ることにした。論理の飛躍だが憲法・法律の原理原則より、実際の人間の安全や生活が大事なのをしっかりと確認した次第。小さな問題だが“ムラの掟”は自治体も立ち入れない。肝腎なことは、世帯であっても独居であっても安易に他人に頼るなということ。

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2017/5/5  21:43

ああ半藤さん  昭和史
昭和05年生の半藤一利氏は、御年87歳、“昭和史の本家”のような人だが、出身の保守的な文藝春秋からは、だんだん程遠くなり、かなり依怙地になっている。「しんぶん赤旗・日曜版05月07日号」で「憲法09条こそ人類の未来」などと言っている。数多の半藤氏の著書を読む限り、それが正義論・理想論であることは読解する限り、本人が虚しいことを承知しているように思う。とにかく権力者の横暴に対して警鐘を鳴らし続けることが使命のようだ。

半藤氏の著作の原点は、昭和20年03月10日の「東京大空襲」にあることは大いに知られている。今から8年前の平成21年『文藝春秋増刊「クリマ」・半藤一利が見た昭和』に具に報告されている。当時の向島区に居た15歳の半藤少年は空襲で逃げ惑い、江戸川の支流・中川に落ち、九死に一生を得ている。溺れかけていたところを見ず知らずの大人に引き揚げられ、見ず知らずの人に靴を与えられ、惨状夥しい中を裸足を免れ歩いて逃れることができた。

赤ん坊を抱えた女性などが、川に飛び込めなかったが為に川岸で猛火に包まれ生きながら燃えて行く惨状を、その目で見ていたことが半藤氏のトラウマだろう。であればこそ30代の半藤氏が、出版社社員の身でありながら多くの戦争経験者を集めて座談会を開催。これが結実して『日本のいちばん長い夏』の名作となった。

その半藤氏だからこそ戦前の無謀な戦争を起こした軍部、とくに帝国陸軍に厳しい。半藤氏はわけても「江戸っ子」なので陸軍の主流になった長州(現・山口県)に厳しい。本を読んでいて解るが、長州出身の山縣有朋、松岡洋右などに厳しい。安倍晋三現首相も山口県出身だ。

だからと言って大ぼら吹きの森友学園問題の籠池某の「教育勅語」を批判したり、理想ではあるものの「憲法9条」死守とか、「テロ準備罪」に反対されると筆者の私の特有な“何だかなァ”ということになる。いわゆる「共謀罪」は精査されなければならないが、一向に反対の空気は盛り上がらない。中東の難民が居ない日本では、欧州型のテロなど起こらないのを日本人は知っている。

核兵器を手離すことをしない北朝鮮、北海道の小さな島・北方領土を返さないロシア、益々沖縄の尖閣諸島周辺に立ち入る中国、解決済みの慰安婦問題を蒸し返す韓国。こんな国が隣国なら理想や願望に固執する「日曜赤旗」などの主張に惑わされてはいけない。半藤氏その人が精神論を忌避し「歴史的現実を重んぜよ」と事実を著わしているのに、如何なものか。87歳にもなれば人間だんだん仙人の心境に至るらしい。大部の『昭和史』三部作は名著なのだが…。ああ半藤さんと言いたくなる。

添付の画像は、その旧中川(墨田区・江戸川区の境界)を眺める8年前の半藤氏。

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