2017/11/14  20:17

通称名  昭和史
中学の同級生は国学院大学の出身。歌人釈超空・折口信夫は教授だった。民俗学の先駆者。同級生の友人は言葉にうるさい、いい意味である。筆者が拘らなかった言葉の意味を突いてきた。それは「肝」という漢字一文字、肝臓の肝

実父・櫻井正徳の戦病死を当時の上官が昭和21年に知らせてくれた。それは前回述べた。
肝第三三二二部隊第二中隊長 陸軍大尉 渡邊辰彌」の署名があった。
 
正確には「独立歩兵第二二二部隊第二中隊」。これも調べた限りでは、「独立歩兵第222大隊第四中隊会 千葉県 独立歩兵第8旅団 肝3322 南支」があるから「第二中隊」も同様の千葉県の旅団。

ここで問題なのは旅団。中隊が基本で100人。大隊は500人。その上の連隊は2000人。師団は10000人規模。旅団とは連隊二つの規模で師団との中間になる。結論として戦闘要員ではなく守備が目的。

さてその「肝」だが、これは通称名。この通称名については詳述する本がない。筆者の個人的見解だが、敵に悟られない仲間内の名称だろうと理解する。大東亜戦争当時は、インターネットは無論、電話はおろか車さえも満足にない時代。独立歩兵部隊など山のようにあった筈で、中国大陸で日本の軍隊同士が遭遇しても容易に判断できなかった筈。日本人には判るそこでの通称だろう。千葉県出身は「肝」ではないのか。

昭和19年のインパール作戦の第15軍、15師団は「祭」、31師団は「烈」、33師団は「弓」だった。

先頃、98歳で亡くなられた直木賞作家の伊藤桂一著『兵隊たちの陸軍史』(新潮文庫)に、師団が全部では無いが紹介されている。師団1は、東京で「玉」、以下105師団までが漢字一文字。旅団に千葉県習志野が出てくる。陸軍の編成、改編は常時あったらしいので「肝」の正確な意味は解らない。後は国立国会図書館に出掛けるか、防衛省にでも問い合わせするしかない。

添付は11月12日朝撮影、拙宅の二階窓からズームを使用。

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