2019/8/30  21:53

労働組合金庫  身辺世相
筆者の私は、昭和40年代、読書好きとして松本清張の社会派推理小説を卒業!?したあと川端康成・三島由紀夫に耽溺した。共に文章の名文家といっていい。当時の文庫本は8ポイント43字詰めで17〜18行あたりか。今も黄ばんだ文庫本が多数残っているが目が衰えて読めない。CМの文句ではないが「字が小さくて読めない!」。の類だ。

今もそうだが、小生はいささか単純なので三島由紀夫の国粋主義に感化され昭和46年01月の築地本願寺での三島由紀夫の葬儀にも参列したくらいだ。だが国粋主義・天皇神格化主義に染まったわけでもない。武道館のそばにある「九段会館」での“憂国忌”に参加したこともある。だが思想・哲学での保守主義・国粋主義など殆んど解り様がない。それほど頭は良くない。顔はいいが?

時代は過ぎて平成07年、「ウインドウズ95」が華々しくデビューした頃は、小企業であっても印刷業界の現場は技術革新の真っただ中、雇用主が今まで会社に貢献してきた“鉛の活字の文選・植字”職人が自然に辞めて行くような朝礼での挨拶があり、さすがに「飲む・打つ・買う」が趣味の職人も黙っている訳にはいかなくなった。労働組合を結成した。だが最後は怖気づく小心者が多数で組合参加者はたった二人の寂しいものだった。

 嘗て吾れ労働組合の闘士にてニュースの「頑張らう」に右手ピクつく
 日比谷より大手町までの緩きデモ歩道行く人々見て見ぬふりす
 警察官とデモのリーダーの口喧嘩遠目に見てゐき傍観者の吾れ
 製版部署解散なればイデオロギーなど構つて居れず怒号交はしき
 
当時の連合の会長は鷲尾悦也、この労働者側の先頭は東京大学出身者だった。今の連合会長・神津里季生も東大卒。経営者側は、学歴は六大学、バランスがとれているが、労働者側は東大等、高学歴だった。そうして彼らは、一丁上りのあとは昔は社会党の代議士、公益法人勤務。そのあとは「勲一等旭日大綬章」を授与。今思うと“何だかなあ”の回顧。昔の国鉄のような今はストライキが無い。大半が専従の人の人件費なのだが「労働関連の金庫」には膨大な資金が貯まっている筈。

添付は高輪付近の幽霊坂から撮影した東京タワー。港区三田は寺の町。

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