2019/9/14  23:46

雑草と日本人  日本史
面白い本を読んだ。いわゆる雑草という植物を古今東西の事実を元に日本文化史が著わされた。殊に日本の自然・文化を育んだ“稲作農耕”での共同体では、ムラの共同作業と個別作業の生産は雑草との闘いだった。それは水田を中心にした年サイクルの日常と非日常の歴史。

雑草という草はない、と言ったのは昭和天皇だとか、そうでないとかは判らないが、筆者の私の身近にも拙宅の広くもない庭の雑草は否応なく覚えた。先ず目立つのが外来種らしいがセイタカアワダチソウ。どこにも生えるぺんぺん草・ナズナ、目立つが役に立つことのないようなハルジオン、ヒメジオン、センダングサ、ヤブガラシ、アザミ、トウダイグサ、イヌタデ、メヒシバ、オヒシバ、タケニグサ、カヤツリグサ等。垣根の下に群生するのがコニシキソウ、シロツメグサ、ツワブキ等は、見た目は可愛い。

雑草を基本にした著者の主義主張は、この本を読んで頂くとしてそれは“雑”が決して否定的な意味ではなく肯定的に捉えられていること。「雑」が豊かな自然を表しているとの由。雑草は厄介な害のある植物という概念は、明治時代の近代化によってもたらされた否定的なものだったという。雑貨・雑誌・雑学・雑煮・雑居・雑多・雑巾・雑種・雑音・雑感・雑事・雑収入・雑木林等等。雑草は、強さ・弱さを持つが、この雑草への捉え方にこそがよく日本人の気質を表していると結論づける。

昭和の高度経済が軌道に乗ったとき、イザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』が圧倒的に支持されて、以後「日本人と〇〇」という本が圧倒的に読まれた。これが日本人が自分たちのアイデンティティを意識する契機になった。この著者は、実は山本七平氏で、南方の戦争最前線を経験した人物。後に書かれた『私の中の日本軍』『一下級将校の見た帝国陸軍』は、戦争の理想論・正義論などが空しくなる程の微細で圧倒的な描写・考察があって昭和史の名著だ。筆者の私は再三にわたって読んだ記憶がある。戦争最前線の分隊10人の司令官を経験した文化人はこの人だけだろう。

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