2020/1/21  22:36

馬毛島  政治
湘南の外交評論家!?を気取る筆者だが“馬毛島(まげしま)”に関してはイマイチ解らない。鹿児島県西之表市、種子島の横にある“無人島”だから政府が自衛隊の訓練基地にしようと米軍空母の空母艦載機の離着陸訓練基地にしたところで問題はない筈。国の安全を日米軍事同盟に託していれば、無人島を軍事基地にしても問題はない。これは民主党政権のときも時の政府が検討した。素人だからこその意見だが、この島を国が160億円で買い取ったのが、いいのか悪いのか、感想を言う材料を持ち合わせていない。

素人の筆者の感想は大体、専門家の受け売りだが、ニュースソースは保守系の月刊誌・週刊誌の類い。左派系の朝日新聞・アエラ・日曜赤旗などは特定の左派の御用学者の意見だからあまり信用できない。これは体制派の御用学者も同様。反自民・反権力まではいい。だがそこを乗り越えて“反日本”的主張なら問題外で本末転倒。自虐史観と言われて久しい。

日米安保反対騒動の1960年から60年。権力の当事者は、安倍首相の祖父・岸信介、アメリカ大統領はアイゼンハワーだった。その孫が来日して記念式典があった。あれから60年、日本はアメリカの軍事的属国だが、ロシアや中国の属国にならなかったのだけは正解。ソ連の共産主義、「一帯一路」「5G通信網」で世界制覇を試みる独裁主義・中国には、日本では実害が無いので無関心。プライベートを国家機関が握る弊害は、日本人は経験済みなのにと思う。

テレビも電話も車も無い時代、あの戦争を煽りに煽ったのは、戦前は国粋主義にして、戦後は反国家主義になった前述の今、左派系新聞。“天皇のため、家族のため”と一般人を戦争最前線へ送り出したのは政治家・軍人だけではない。精神論・理想論を声高に言って現実から目を逸らす勢力には“眉に唾を付ける”習性から脱却できない筆者は“哀れなりけり”なのだ。嗚呼。

月末の短歌原稿が届きました。暫時このブログは休みます。

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2020/1/19  23:09

更新129  パソコン
久し振りに自分の「湘南の暇人」ホームページに新ページを掲載。129回目の更新で、新着は「赤坂の坂」。一昨年の11月からの撮影で7回、14枚の赤坂の坂を取り入れた。詳述すると赤坂・麻布・青山・六本木・高輪・三田など。思い入れのある“白金の坂”は昔、都電すら動いていた日吉坂。坂の頂上は上大崎で、そこはもう目黒。ここは上大崎までは緩い長い坂だった。

 自転車を一度も停めずに業界紙運びし長き白金の坂

10年ほど前は、各個人が工夫を凝らしたホームページが花盛りだった。7・8年前に携帯電話が発展したスマートフォンが登場すると一気にブームになり、今や老若男女のそれも生活必需品。もう電車の中で文庫本を広げる人も少ない。昨年の台風で電源が停電で大騒ぎだった。リチウム電池よりも強力な電池が世界中で開発技術が展開されているだろう。

スマホの発達で通信・カメラ撮影・テレビも見られる生活になった。やっと理解しつつあるのがSNS。ツイッター・ライン・フェイスブックは今や全盛時代。個人のホームページは、反比例で一気に下火になった。ヤフーのブログサービスさえ終了した。筆者の『冬雷画像』も自動的に閉鎖になり画像も消え、友人のブログも逡巡する間なく終了・閉鎖だ。ホームページが勃興した頃の京都に本社のある「Slownet」の個人のHP一覧表はいつの間にか消え、シニア向けのパソコンの情報閲覧だけになっている。これもいつまで続くか。

アメリカ大統領の“呟き”がメディアを賑わす昨今だ。パソコンが出来る人はスマホも出来るというのは大間違い。個人の見解だがスマホは画像付きの電話だろうと思う。小さな画面を指で叩くのはやはり若者の世界。ただiPadなどタブレット端末機器はバッテリー次第で生活の必需品になる状況にある。

添付は現在の日吉坂(目黒通り)の上り手前の画像。昭和30年代の日吉坂は港区?から拝借、許されたい。17歳の頃、業界新聞満載でこの坂を上下していた。早朝に車など殆んど見かけなかった記憶がある。都電は片道13円、往復25円だった。

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2020/1/17  23:56

反日種族主義  政治
いつ終息するのか判らない隣国・韓国の日本への悪口雑言は、筆者が十分に大人になってから続いているような気がする。筆者の一世代前の日本人の男性は一部かも知れないが“チャンコロ”という蔑称があったが、これは中国人向けで朝鮮半島出身者へはただ“チョウセンジン”かも知れない。今日、高等裁判所で自治体のヘイトスピーチ規制は、日本国憲法の「表現の自由」に反しないとの判決があった。まあまあ真っ当な判決なのか。

韓国では“反日”が自国憲法の国是らしいから政府そのものが反日への規制などしない。前記のような国民の訴えも無い。これをもってしても国際ルールの民主主義が日本にあって韓国にはないのが解る。韓国社会では児童の教育現場から多くの時間を割いて「反日」を教え込む。日本の歴史の物差し・尺度からは到底納得できない事実に基づかない“”の歴史、事実の歪曲をして平気だ。その根拠が何かを解明してくれたのが今、日韓でベストセラーになっている。

韓国社会が反日一辺倒なのが常識だが、これに学者の立場から異を唱えた6人の論文が本になってベストセラーになっている。口に出さなくても自分の国の歴史に疑問を持つ人々がいることは少しの光明。李栄薫(イヨンフン)教授は、経済学者だから数字を駆使して説得力がある。明治時代先ず朝鮮の領土を計測して日本の植民地の土台を作ったというのがそもそも嘘らしい。

≪この本は、日本のいわゆる左派とか進歩的知識人に反省を促す意味もあります。今まで慰安婦、徴用工の問題は、日本の左派と韓国の左派が連携してきました。それは結果的に両国の関係を悪化させる役割しかなかったのです。左派は連携しますね、日本の左派は政治的です。彼らの説は日韓関係を悪化させるのに非常に役に立ちました。≫産経新聞のインタビューを引用。

「慰安婦問題」の嘘の日本側の立役者「朝日新聞」はどういう書評を出すのか。韓国の経済学の学者が“慰安婦問題”を嘘・捏造と言っている。韓国にも「歴史の良心」がある。日本のメディアの恣意性が日韓関係を悪化させたとは、これでは「売国奴」と言われても仕方ない。日本の権力を批判するのは自由だが、他国が喜びそうな主義主張を客観的事実を無視して故意に報道を繰り返せば、それは自虐史観と言われても仕方ない。日本特有の“遜(へりくだ)る”国民性は国際的には是認されない。

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2020/1/15  23:50

野党結集!  身辺世相
立憲民主党と国民民主党の合流協議を巡って、すったもんだの交渉が行われているらしいが、そうは簡単にはいきそうもないらしい。どうせ合流したところで、元の民進党・民主党になるだけのこと。支持率がマアあって、立憲民主党のほうが国民民主党より議席が多いので“上から目線”で強硬に吸収合併を目論んでいるという。だが実際には結党時、民進党を飛び出したのが切っ掛けなので「政党交付金」は、がっぽり国民民主党に残っている。立民はこの財力が欲しいだけ。

この「立民」ももとは3年前の小池百合子東京都知事の「排除します」の大仰な差別発言?に反発。プライドの高い枝野幸男が反発して立党して多くの反自民勢力が参集したに過ぎない。当時の民進党の前原誠司が「希望の党」へ全員集合は、民進党のだらしなさだけが目立った。無事に合流しても衆議院議員は120人程度で、多分今年秋の総選挙でも自民党政権を凌駕することは出来ないに違いない。それが解っているから切迫感がない。リベラル保守で選挙に自信がある静岡の細野豪志、東京の長島昭久は旧民進系にうんざり自民党入りした。吉凶は次の衆院選。

筆者は、元、連合の労働組合に加盟して小企業でたった2人で運動したが“得る”ものは殆んど無かった。結論として労働組合は所詮、現実論には程遠く理想論・精神論を声高に叫ぶだけで、労働者の底辺の薄給には対応しきれない。若者は知っている、今や労働者の組織率は20%を割っている。筆者の拙い知識では「終身雇用制」が崩れたことに尽きるだろう。素人考えでは官公労の組織率は高く民間会社の組合は「働き方改革」の不定期労働者が増えて、労働組合運動は「我れ関せず」だろう。

組合は昔のようにストライキがない。補填に使う資金は“労働金庫”に溜まりに溜まって唸っている。連合会長も東大・慶大出の学歴エリート。何年かそこそこ過ごせば、国会議員になって、いずれは行政の褒章・旭日大綬章の栄典が待っている。どの階層にいてもエリートはエリート。二等兵は二等兵。嗚呼。

添付は明け方撮影した十三夜。

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2020/1/14  23:29

啄木の子孫その後03  昭和史
「りとむ」短歌会の同人の加納亜津代氏は、筆者の所属短歌会の表紙絵を担当する嶋田正之氏の友人。だからこそ「無名鬼の妻」が回覧して来た。だが村上一郎の名を知らない人は、その夫人の長谷えみ子も知らない。筆者も村上一郎夫人も村上本人が短歌を嗜んでいることすら知らなかった。この展開がなければ、このまま村上一郎も忘れたままだった。

御礼の手紙で知己になった加納氏から更に同人の高幣美佐子氏のエッセイのコピーを頂いた。題名が「啄木の額」。ここでそのエッセイを無断引用は憚られるので、その骨子のみ記す。高幣氏が中学校教師になって世田谷区の中学で最初の教え子が「石川晶子」だった。石川晶子は石川啄木の長女の息子・玲児氏の子で晶子は曽孫になる。

父親の正雄が長男・玲児の兄妹に真一・与謝野晶子の晶子を名乗らせた。高幣氏が、啄木の孫の(実は曽孫)の噂を確かめることは無かったらしい。この教師が今も現役かどうかは判らない。高幣氏が短歌の世界に親しんで漸く晶子の額と目元が啄木に似ていることを回想、思い切って30年振りに連絡を取り、新潟に嫁いでいる晶子と電話での会話で盛り上がったらしい。「石川啄木の子孫」とネット検索して父親の画像を確かめた、それが2011年。2009年の「昭和55年11月・太陽からの転載」の記述は、多分筆者の私のブログ。

石川啄木の系譜を知ってその縁戚からメールを頂いても筆者本人の短歌が上達する筈もないが、歌壇の数多の有名歌人が啄木の「境遇・生活短歌」の影響を受けているのは事実。寺山修司などはその痕跡が大。

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2020/1/9  23:47

啄木子孫その後02  昭和史
前回の記述で、石川和幸氏から頂いたメールの指摘で「石川啄木の子孫」を訂正した。啄木の家族は、本人、妻、長男、長女、次女と早逝だった。長女・京子も24歳で亡くなったが、二人の子を成して末裔が栄えている。そのことを紹介したのが、当初の「石川啄木の子孫(2009/8/22)」だった。昭和55年11月号の雑誌・太陽「一握の砂刊行70周年記念」の啄木特集で、筆者の私は啄木の孫・石川玲児氏の画像を勝手ながらスキャンして記事にした。

前回の記述で理解できると思うが、和幸氏のいとこ(同齢)になる石川晶子氏に関連する展開となるので紹介するが、ここは前置きが聊か長いので読み飛ばしていただいて結構。筆者の冬雷誌上(平成25年07月)にエッセイとして掲載した「石川啄木の子孫」を冬雷短歌文庫『相生坂』(平成25年09月発行)にも掲載したのが縁だった。

平成28年06月号に「村上一郎の歌」「『無名鬼の妻』(山口弘子著)を読む」の二点を冬雷誌上に掲載。これを鑑賞した「りとむ短歌会」の加納亜津代氏から葉書を頂いた。『無名鬼の妻』は、冬雷表紙絵の嶋田正之画伯から回覧のかたちで筆者に来た。“無名鬼”こと村上一郎を知っていた。気に入った書籍は書き込みを入れるので新たに前記の本を購入、何度も繰り返し読んでマーカーを引いて理解に努めた。

三島由紀夫切腹事件で解説者として一躍、売れっ子作家になったが、自らも村上一郎は鬱病で昭和50年自刃。奥様の長谷えみ子氏(95歳で存命)は、馬場あき子氏に勧められ「りとむ」同人となり短歌を始め、今も投稿しておられる。山口弘子氏もむろん「りとむ」同人。

紹介者・加納亜津代氏に謝礼のハガキの返礼で小生の『相生坂』を送付した。そこでこの加納氏がコピーして送ってくれたのが高幣美佐子氏のエッセイ「啄木の額」だった。高幣氏は中学校教師出身で「りとむ」同人。教師赴任の最初の教え子が、啄木の曽孫・晶子だった。内容は次回。

添付は筆者の書斎!からの画像。午前中撮影。

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2020/1/5  21:28

啄木子孫その後  昭和史
7年前の平成25年頃、石川和幸氏からメールがあって何度かやり取りしたことがある。この経緯を「冬雷・H25(2013)・7月号」にエッセイとして投稿した。そこでの系譜では誤まりは無かったが、筆者のブログでの記述に誤まりがあって石川氏本人からこの1月3日に書き込みがあったので修正する。

ブログは「2018/6/21・啄木子孫03」。石川和幸氏は系譜では、あの石川啄木の曽孫になる。啄木の長女・京子の子が「玲児」、京子が24歳で亡くなったので婿の石川正雄は再婚。そこで生まれたのが靖児、その子が和幸氏で玲児の息子とは従兄弟になる。記述した筆者本人が、和幸氏を正雄の子と記して誤記。祖父・孫の関係だった。和幸氏の父・靖児も昨年84歳で亡くなられた。こう書いても解りづらいと思うので訂正した系譜を記述する。

石川啄木─1912年(明治45年)04月13日、小石川区にて肺結核のため死去。享年26。
◇同年06月14日、妻・節子が啄木亡き後、次女・房江を出産。
◇妻・節子─1913年(大正02年)、05月05日、肺結核で死去。
◇長男・真一─明治43年(1910)、生後24日で死去。啄木存命中。
◇二女房江─昭和05年(1930)12月19日に19歳で死去。
長女・京子─懐妊中に急性肺炎を起こし、二児を残して24歳で死去。

◇石川晴子(姉) 母・石川京子、父・石川正雄
石川玲児(弟) 母・石川京子、父・石川正雄
 (1998年06月30日に69歳で亡くなられた)
◇玲児の長男は真一(早逝した啄木の長男の名を命名) 母・好子
◇玲児の長女は晶子(与謝野晶子の名を命名) 母・好子

石川和幸 父・石川正雄が再婚して靖児が生まれる。その子が和幸。
 玲児と靖児は兄弟。真一と和幸は父方の従兄弟。

添付は当時、引用した「太陽・昭和55年発行」だから40年前になる。したがって啄木の孫の玲児氏は、その当時、祖父の2倍生きたと吐露されているのは納得。筆者と同じく印刷業だったのには惹かれた。今生きておられれば90歳台だ。短歌が取り持つ縁で、曽孫・晶子の中学の教師だった人物のエッセイ(コピー)を「りとむ短歌会」から頂いたことがある。次回これを紹介したい。

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2020/1/1  23:54

謹賀新年  身辺些事
新年おめでとうございます。

本年も世間の全体の空気、思惑に逆らった天邪鬼精神を発揮して、命の続く限りこのブログを続けます。小生の場合、いつも賀状印刷は30・31日、親戚・知人に届くのは3日頃か。いつも元日にはきちんと40数通の賀状がくる。有難いことである。昨年の賀状を見ながらの、賀状の文案を考えたらしく「あんたの新元号予想は外れた」と書いてきた人がいた。「令和」を的中した人は、ネットでは愛知県の20代の若者が一人、ツイートしたとの記事。

筆者の場合、安倍首相を揶揄してABEの「安」「文」「永」を予想した。序に言えば昭恵夫人の「AKIE」をも想像した。「ABE」の頭文字は面白半分であり、そうはならないことは予想できた。新元号は「令和」だが、当初の学者の案では「E」が含まれていた。「令和」のほかには「英弘」「久化」「広至(こうし)」「万和(ばんな)」「万保(ばんぽう)」。これを覆したのが総理大臣らしい。安倍政権の嫌いなメディアは、新聞・テレビ・コメンティーターは数多いる。痛くない腹を探られるのを考慮して「英弘」は取りやめになったと推測。安・文・永は過去の元号も予想も多かった。

従って筆者の予想は、学者段階では「E」が的中だった。安倍総理大臣が国書の万葉集の出典が気に入ったものと思うのは誰もが想像できる。中国と言う国が嫌いな総理ならむべなるかなである。中国メディアはそれでも「万葉集」が中国古典に依拠しているとイチャモンを付けた。

中国の古代は偉大だが「現代中国」は、巨大な軍事力を増強する“化け物”のような国で警戒する人は多く日本の総理だけではない。政権が代る度に謝罪と慰謝料を要求する韓国は、つまらない国。真に怖いのは中国だ。民主主義の国際秩序にAIを駆使した独裁国家・中国が台頭。この国にはやはり構える必要がある。

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