2020/2/24  23:27

新書乱読06  読書
『日本人の叡智』 磯田道史 新潮新書 2011年

著者は若い学者。平成15年『武士の家計簿』(新潮新書)でいわゆるブレイクした。若い頃から歴史好きで、古文書解読に携る縁があって夢中になり、今では古文書解読が趣味を通り越して専門家になった。「武士の家計簿」の原文を入手してから薄い和紙をピンセットで捲りながら解読に励んだ。これはベストセラーになり、映画化もされ筆者も鑑賞に及んだ。テレビは圧倒的にNHK出演が多い。有能なビジネスマンの風情だが、当たり前だが番組では、日本史の蓄積されている知識を披瀝して感心する。

この書は戦国時代が現代まで98人の知識人の主義主張を見開き2ページに、そのエッセンスを“叡智”として紹介している。98人は武将・学者・政治家・軍人と多岐にわたる。総理大臣も居れば新聞記者、明治維新に関連した人物も西郷隆盛など、英国の紀行作家のイザベラ・バードも紹介。

太平洋戦争の最中、政権末期の東條英機を非難した新名(しんみょう)丈夫を紹介している。この戦争の張本人として今でも東條英機は、昭和前半の悪役として名高いが、帝国陸軍という組織のみの軍人官僚を指導者として仰いだのが不幸の始まりだった。憂色濃い政権末期の1944年(昭和19年)2月23日付の東京日日新聞(現・毎日新聞)一面に、「竹槍では間に合わぬ、飛行機だ、海洋飛行機だ」という記事を執筆した。

終始海軍と対立していた東條英機首相の逆鱗に触れた。「竹槍事件」として昭和史の本に多く紹介されている。東條は当時37歳の新名に懲罰召集を課した。新名が海軍に関連する新聞記者だったので本人は、結局免れたが、出身地の丸亀連隊(第11師団歩兵第12連隊)の30代後半の250人が見せしめで召集されて結論として送られた硫黄島で全員が玉砕・戦死した。一人生き残った新名は昭和31年まで生きて国民不在の政治体制を批判し続けた。

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