2020/4/30  23:55

読書ウイーク  身辺些事
このゴールデンウイークは、外出自粛要請で日本列島“籠り切り”の状態。経験したことのない世間・世相なのだが、筆者などはこれが例年通りで違和感はない。日本列島「読書ウイーク」の到来も個人的には悪くはない。

戦病死した父親のその実態を出来得る限り遡及したいと考えたが、これはどうやら難題。昭和18年秋の徴兵・出征から始まって軍隊内部の生活・訓練・輸送・中国南支那という地域・軍事事情・衛生事情・現地の敗戦後・マラリア罹患などの実態を可能な限り迫りたい。だが市販の昭和史の文庫・新書・単行本は学者の集めた資料の精査とその咀嚼で、一定の評価は出来てもあくまで専門家の文章。目的は近代・現代史家の仕事の一環。物理的な数字の資料を駆使しても学者の培った己の良心・正義感を棚に挙げられない。そこにイデオロギーが少しく入る筈。これらはいわば学術書であって多くの日本人が購入して読破・納得しても作者に反論は出来ない。

以前にも記述したが繰り上げ卒業の幹部候補生で戦争最前線の指揮官の経験ある山本七平・会田雄次の著作、直木賞作家の伊藤桂一、古山高麗雄、大岡昇平などの小説が、戦争最前線の兵士の実態に迫っているように思う。陸軍兵士の内実は手元に置いてある著作と画像で往時の実態を詮索しているに過ぎない。

毎日新聞社の「一億人の昭和史」シリーズは昭和54年発行。鉛の活字の全盛時代に「写真植字」の製版だから画像の多用もあって思い切った決断だった筈。穿った見方では、太平洋戦争の画像資料は、殆んど朝日・東京日日(毎日新聞)に著作権があるから単純に戦争協力者と言われても仕方ない。毎日新聞は昭和天皇の元気なうちに多くの画像資料を駆使した出版物を企画して、これが大型本で“見る昭和史”になった、と筆者は理解。戦後30年を経過した頃の企画。生還した最前線兵士の投稿を促がしたのは、優秀な企画者ゆえなのか。当時は各家庭に「百科事典」が鎮座していた時代。

◇「ペン画の陸軍 軍隊内務班」太田天橋 東都書房 昭和42年・1967年
◇「別冊一億人の昭和史 日本陸軍史」毎日新聞社 昭和54年・1979年
◇「私の中の日本軍 上・下」山本七平 文春文庫 1983年
◇「一下級将校の見た帝国陸軍」山本七平 文春文庫 1987年
◇「昭和の歴史3 天皇の軍隊」大江志乃夫 小学館文庫 1988年
◇「あの戦争は何だったのか」保阪正康 新潮新書 2005年
◇「皇軍兵士の日常生活」一ノ瀬俊也 講談社現代新書 2009年
◇「<玉砕の軍隊>、<生還の軍隊>河野仁 講談社学術文庫 2013年
◇「天皇の軍隊」大濱徹也 講談社学術文庫 2015年
◇「日本軍兵士」吉田裕 岩波新書 2017年

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2020/4/28  23:52

七つの「き」と「気」  日本史
パソコンでの短歌会の仕事に失業!?したので筆者のプライベートは「ギアチェンジ」を宣言。無明庵の「戦争の昭和史」を「天邪鬼の探索考」として真面目に推敲、記述することにしたが、2年間の兵役で敢え無く戦病死した実父の“一兵卒”の現実を可能な限り探索してみたいが、参照する本を選んだだけで手を付ける前に音を上げる赴き。

徴兵・入営した市民の残酷な顛末、側面を“これでもか”という史料で裏付けて叙述したのが、「日本軍と日本兵」(一ノ瀬俊也 講談社現代新書 2014年)、「日本軍兵士」(吉田裕 岩波新書 2017年)だが、なるほど学者で大学教授だ。資料の駆使も半端ではなく参考になる。だが吉田は昭和29年生。一ノ瀬に至っては昭和46年生で、戦争最前線を知らない。

岩波新書で戦後ベストセラーになった「昭和史」の著者の一人藤原彰(1921─2003)は陸士55期の軍人で中国大陸で中隊長でもあった。戦後東大に学んで歴史学者になった。岩波現代文庫の「中国戦線従軍記」はアマゾンでは品切れ。イデオロギーは決めつけらしいが、ともかく戦争最前線の軍人だった。戦線の細部に嘘は無いだろう。

日本人とユダヤ人」のベストセラーのある山本七平(1921─1991)氏は1921年生で終戦間際の幹部候補生でフィリピン戦線へ従軍、九死に一生を得ている。『ある異常体験者の偏見』(文春文庫1974年)、『私の中の日本軍』文春文庫1975年)、『一下級将校の見た帝国陸軍』文春文庫1976年)がある。戦争最前線の陸軍兵士の生々しい実態、衛生事情を記述している。分隊指揮官の最前線描写の記述は若手の現代史の学者には到底及ばない。

筆者の素人の記述の取っ掛かりとして所持している参考書の内容で気付いたのは“き”と“気”。この辺から先ずは読解するのが肝要。
「き」は、決起・武器・軍紀・戦機・危機・飢餓・棄兵
「気」は、志気・勇気・血気・病気・気魄・鬼気・狂気
これら七つのキーワードに沿ってひとりの二等兵の死に様に迫ってみたい。

添付は拙宅前の隣家。モッコウバラ。

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2020/4/25  23:40

また横文字  身辺世相
15年以上も前のある時期、同僚だった媼から数年ぶりに電話を頂いた。その頃にあった「編集長」なるソフトのことを言っていた。もう疾うに忘れている。素人でも新聞などが作れるこのソフトは今も健在らしい。二日前のブログの「有名人の死」の「拍手」欄に書き込みをしてくれた。筆者が15年以上も前からホームページ作成、11年以上前からブログを記述していると何度も説明したが、丁寧に人の話を聞き、咀嚼してくれるタイプ!ではない。昔の「ニュースステーション」のキャスター久米宏が亡くなってビックリしたと勘違いしていた。聞いてこちらがビックリ。亡くなったのは久米明という96歳の俳優。久米宏は、しゃべりは一流、近代史の知識は三流だったが筆者と同じく昭和19年生。

同じく「拍手欄」に書き込みを頂く同じ短歌会のNS氏は、米寿を超えても矍鑠として居られるが、今年腰椎を二度も手術されたという。激励文のメールを送付したがエラーとなってしまった。齢を重ねても病気・怪我に年齢はない。岡江久美子のような若さでもコロナ禍に遭う、諸行無常だ。

また横文字がニュースを賑わしている。テレワークとは「tele = 離れた所work = 働く」をあわせた造語らしい。自宅でのパソコンでの仕事。営業など人と接する仕事ならともかく管理・統括などなら十分に可能。ステイホームとは「stay・home」自宅待機・謹慎なのか。ウイルスを避ける・移さないためには有効だろう。ホームステイは聞いたことがある。「クラスター」は、集団感染、「オーバーシュート」は、感染爆発、「ロックダウン」は、都市封鎖とやっと覚えた。

ところで日本の人口の2倍のアメリカ合衆国がコロナ感染は数十万人が罹患、感染死亡者は5万人との報道。日本の死者は400人に満たない。この相違は、ネット検索でも明瞭な回答がない。ところで今ネットを賑わしているのが北朝鮮の独裁者・金正恩のこと。体重130sで、どうやら健康状況に黄色・赤色の信号が点ったらしい。独裁者は何れ滅びるが「日本人の拉致被害者」が帰国できればこれに越したことはない。とにかく核兵器は手放さない筈。今、アメリカ大統領トランプさんは秋の大統領選挙が優先、自国経済のことで北朝鮮“ロケットマン”などに構っていられないのが現実。

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2020/4/23  23:49

有名人の死  身辺世相
添付画像は「冬雷2020・04月号」P77。これは自宅二階の西側のカーテンを開けるとかように富士山が拝める。筆者の今の生活は、秋から冬にかけてのこの環境は有難いこと。冬雷誌上には平成23年01月号の「伊勢神宮」のカット画像5枚投稿からスタート。日本各地の名所旧跡・建造物は、外国の建物の派手な色彩ではないだけに、モノクロ画像が却って鮮やかで短歌誌に相応しい。この04月で10年間に少し足りないが、最後に、HDに保存してあった富士山の画像を投稿、終了した。富士山だけはカラーでなければ鮮やかさが判らないが、これは止むを得ない。画像点数は600枚弱、よく続いたものだ。

編集・製版の都合で“短歌の文字入力”という仕事が03月号で役目を終えていたので画像提供も辞退した。肺気腫で酸素ボンベのカートを曳きながらの撮影行脚は体力的にきつくなっていた。短歌文字のテキストデータ入力のお役御免はいわば「渡りに船」だった。

多くの国民から愛された岡江久美子が本日早朝、63歳でコロナ禍での死去は「寝耳に水」。筆者より一回り下の世代。本日解ったことだが、昭和28年、ボストンマラソンで当時の世界記録で優勝した山田敬蔵氏は92歳で老衰なら大往生。だが一世を風靡した美人女優の死は悲しい。

多くの著名人がコロナウイルスの被害にあっているが、イギリスのジョンソン首相が退院してホッとしている。才能の固まりのような宮藤官九郎の快復も嬉しい。情けないのは、テレビ朝日「報道ステーション」の富川悠太アナ(43)が新型コロナウイルスに感染していた問題は、回復したとて大きな問題を残した。番組プロデューサーも体調不良、番組スタッフ全員が2週間の自宅待機。

今月前半に熱があって明らかに苦しそうな様子に、視聴者から体調を懸念する声が上がっていたという。報道という聖職!?の立場の割に感染対策が甘いとは後日談。同じく司会の赤江珠緒(45)の夫も番組のチーフディレクター。この番組のニュースデスクからは「番組を休止すべきだ」という声も上がったらしい。同時間帯のテレビ朝日は昔、久米宏の正義感溢れる??軽い発言の頃から胡散臭く殆ど見ていない。この番組が「風前の灯」の指摘もある。

23時50分、今この記事を投稿する間際、俳優の久米明氏が23日死去の報道。96歳、心不全。長く「鶴瓶の家族に乾杯」のナレーションをしていた。昨年春、体調を崩した後は「高齢者施設」に入所していたらしい。これは大往生。哀悼の意を表したい。昭和19年生の久米宏とは縁戚ではない

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2020/4/21  21:54

特別弔慰金受領  身辺些事
このブログで過去数回「戦没者特別弔慰金」のことを記述した。最初は2009年だった。2016年・平成28年に請求、本年令和02年(平成32年)分、最後の5万円を本日受領した。5年間×5万円=25万円。以後、過去の記述と重複するが太平洋戦争の戦没者には国家のいわゆる微々たる補償がある。

◇軍人恩給 総務省 生き残りの主に職業軍人が受給、これは高額。
◇遺族年金 厚生労働省 両親、未亡人となった家族が受給。
特別弔慰金 地方自治体 上記ではない戦没者係累が自治体より支給。

これらは全て自己申告。届出が無ければ役所は基本的に無作為。筆者の実父の場合、昭和20年11月10日の戦病死。戦死なので軍人恩給はない。母親が再婚したので遺族年金は資格がない。特別弔慰金は実父の伯父が一度受給していたが、昭和40年のこと。伯父は昭和44年に死去。10年毎の弔慰金(西暦1975、1985、1995、2005)は、筆者はその存在すら知らなかった。

平成28年に多くの書類を揃えて(2015・平成27年)この弔慰金を請求。そこでは筆者本人のみが受給できることを証明する戸籍謄本等、数多の書類を揃えなければならなかった。やっと翌年平成29年に通知が来て、この年、2年分を市役所に赴き、指示された郵便局で、平成28・29年度の計10万円を手にした。国家の国民への借金は1000兆円。この中に筆者への国債25万円が含まれる。4年前、請求して一年半弱を要した。以下は当時揃えた書類。

@請求書
A請求者本人の戸籍謄本
B母親の除籍謄本
C戦没者(実父)の戦没記録のある戸籍謄本
D請求者と戦没者の関係の解る戸籍謄本
Eマイナンバー・住民票
F本人確認(免許証)

◇請求書類の経路
請求書提出→市区町村→神奈川県(戦没者の都道府県は千葉県)→厚生労働省→財務省→市区町村→請求者本人の居住する郵便局

4種類もの戸籍謄本を揃えて解ったことは、筆者の実父は、伯父との間にその名前も存在も知らない2・3・4男の伯父が居たこと。多分生後すぐ死亡したのだろう。長男は伯父、長女の伯母がいて、実父は5男だった。この戸籍謄本を追加請求するのに時間がかかった。明治時代は衛生事情・医療事情が悪く、産まれても無事に育つ保証は無かった。大正天皇ですら明治天皇の正室の子でなくいわゆる妾腹の子。因みに天皇の直系男子は、江戸時代初期にまで遡る。歌人・石川啄木の子孫など子を成して生き残ったのは長女の京子のみで、これも24歳で亡くなっている。

どうやら特別弔慰金は、第11回があるらしくネットでこれから探索。貰えるものは「コロナウイルス」の10万円と同じく請求する。筆者の場合、年金生活の底辺に甘んじているから尚更である。添付はその時の国庫債券。

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2020/4/18  20:07

ヤフーブログ閉鎖  日本史
添付画像は「冬雷2020年04月号66頁。昨年末に知人に運転を頼み、山梨県山中湖村を探訪。湖から少し離れた忍野村からの撮影、暖冬で冠雪のない富士山だった。画像の上でクリックすると拡大します。

筆者の私が定年のときの平成16年、新暦の七夕の日にホームページを立ち上げた。「デジタルカメラ歴史紀行」の題名は当時としては無難なところ。まだフィルムカメラが全盛で、デジタルカメラでパソコンへ取り込めるのはオリンパスなど少数だった。個人のブログが勃興したのは平成20年。あれよあれよと言う間にスマートフォンが電話・撮影・ダウンロードの定番になった。

昨年12月に「ヤフーのブログ」が閉鎖された。10年強でブログは下火になったことになる。筆者の「冬雷短歌会の画像」の頁は保存もしていなかったので消失した。他の方々のブログも同様の筈。筆者のHPのアイコンの「冬雷短歌会の画像」を削除したが12個を維持。新たに「最近の投稿歌」を作成した。だがまだ頁そのものが出来ていない。「MAIL」欄は、まだ非接続の状態。「暇人旅行記ブログ」「花ガーデンブログ」は休眠中。

「無明庵」にて改題した「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」は鋭意、推敲中。戦前、戦争など行きたくもない一市民が徴兵されて南支(中国大陸南支那)の江西省(こうせいしょう)に連れて行かれ、広東省(かんとんしょう)で病死したがこれを少しでも辿ることがせめてもの死者への慰めだ。コロナウイルスの発生地中国・武漢は湖北省。その南東に位置するのが江西省と広東省、この二つの省で日本の面積ほどの広さがある。

1943年頃の中国の奥地など、かなりの寒さだろう。衛生事情・食糧事情など多分、劣悪だった筈。無意味にしか思えない、その進軍経路を出来得る限り辿ってみたい。派遣軍・方面軍・第23軍までは一応解る。独立歩兵第222大隊・中隊になるとインターネットにその痕跡はない。大隊は500人、中隊は100人。靖国神社の偕行文庫・国立国会図書館に行けば解るかも知れない。大隊規模の戦友会などがあったらその足跡は解る筈だ。戦友会という史料は私家版など少なからずあるだろう。あっても昭和の時代に消滅している。

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2020/4/16  22:30

お金を頂戴  身辺世相
「お金を頂戴」とは20年くらい前、美川憲一が歌った演歌。愛人が彼氏に金を無心する内容。詞の内容はともかくメロディは良かった。

添付画像は、冬雷短歌会2020年04月号「残響集」P56。神奈川県秦野市の「菜の花峠」で撮影したもの。富士見櫓の最上階からズームを利かしている。画像の上でクリックすると拡大します。

コロナウイルスの爆発的流行で、日本経済はおろか世界経済も大幅ダウン必至の情勢。所得の大幅ダウンした家庭に一世帯30万円の給付という内閣の方針で、貧しい年金生活者の筆者には縁のないものと思ってきた。ところが強引に与党の公明党の主張で、日本人一人一人に一律10万円支給とかで、これは面白くなってきた。公明党は票集め!?点数稼ぎだと思うが、何はともあれ現金給付は有難い。平成24年の総選挙から今日まで、安倍晋三首相と麻生太郎財務大臣は8年間大臣を続行中。総理と財務の“暗闘”があったと面白おかしくメディアは伝えている。素人の一市民の感覚で言えば財務省の高級官僚は、徴税権と裁量権を保持。自分たちの面子だけで庶民はどうでもいいと思っている。

政治の動きなどどうでもいいから10万円の臨時収入があれば貧しい年金生活者には朗報。ただ支給が6月になってからとは聊か遅い。国は12兆円の出費・借金だが、他国から借り入れるわけではないので日銀がしっかりと福沢諭吉の紙幣を印刷!?すればいいのではないか。国の借金1000兆円と騒いでいる向きもあるらしいが、同じ“フ”でも負・富がある。国の保有資産はたっぷりとあると指摘する評論家も居る。

財政・金融・マクロ経済のことは庶民には解らない。日本は隣国・韓国などと違ってGDPは、国内消費が旺盛で輸出の割合が少ないと聞く。早く10万円を支給して国内経済を活発化して欲しい。筆者もそれを待って消費することにしている。立憲民主党の衆議院議員のように性風俗店は行かないので…。

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2020/4/14  23:49

日本沈没  身辺世相
添付画像は、冬雷2020年04月号P40。神奈川県秦野市の「菜の花峠」から写した富士山。百名山「丹沢山」の手前にあるヤビツ峠へ行く道筋にある。この画像はノートパソコンの待受け画像に使用。画像クリックすると拡大する。

相変わらずテレビのワイドショーは「コロナウイルス問題」で毎日、日本の感染者は、死者は何人、世界の国々は何人と喧しい。コメンテーターも2mは離れて喋っているが、メディアは権力を批判する割には、実際は行政に迎合していて何だかわざとらしい。本日のTBS「ひるおび」では、最初から放送を見ていたわけではないが、ノーベル医学・生理学賞の受賞者で京都大学特別教授の本庶佑氏(78)が、PCR検査の拡大を提言したことを伝えたらしい。その後の二人の出演者の意見が対立したとウェブの記事があった。

◇政治ジャーナリストの田崎史郎氏(69)は「ただ実現可能性の問題と、90%経済を止めた時にどうなるんだろう…。政治が耐えられるか、僕はまだ判断がつかないです」とした。田崎氏はネットでは“安倍(首相)の犬”などと罵られていて常に政権寄り(事実は学生時代三里塚闘争の闘士)が多い。
◇ジャーナリストの大谷昭宏氏(74)は「田崎さんが9割の経済を止めて、政治が持つだろうかと言うが、9割の経済を止めたっていいじゃないですか。人の命を守って、そこから先に経済を立て直すという事は出来るわけですよ。命を亡くしたら、経済の立て直しなんてありえないわけです…とりあえず人命を守りきるんだと。そこから先はみんなで知恵を絞ろう…」。

大谷氏の言い分は、命が大事という正論のようだが、何だか長閑で素人が考えてもおかしい。ざっくり言えばここは田崎氏が現実論で大谷氏は理想論だ。9割経済が止まったらという行政・内閣寄りの経済中心主義は、必ずしも権力に忖度していると思えない。サラリーマン及び首都圏の2000万人の人間はどう暮すのか。住む家はあるが、給料は制限される。スーパーは閉店で食料はない。インフラの電気・ガス・水道・鉄道だけは動くと思っているのか。

ここから先は天邪鬼の文字通り邪推だが、巷ではコロナウイルスよりもっと他の病気、犯罪、事故、自殺者が膨大な数にのぼるだろうと想像する。これに自然災害が加わったら小松左京の「日本沈没」だ。大谷氏は「暢気なことを言っているようだが…」と釈明するが、やはりこれは暢気だ。経済を全く無視したら確実に犠牲者が増える。コロナウイルスの検査を増やすことは病院の仕事、保健所の仕事が倍増すると言うこと。医療崩壊と経済のバランスも必要。コメンテーターは綺麗ごとばかり言う人が重用されている。

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2020/4/11  23:37

コロナ問題  身辺世相
04月10日、締切りの「冬雷2019年度年鑑歌集、作品2欄展望」をやっと書き上げ、昨日夜、送信した。18字×23行×3段×3頁。400字詰め原稿用紙9枚弱。文章の半分は13人の会員の2〜3首の歌稿だとしても、しっかりと鑑賞しないと展望にならない。夫々26首の自選だから自慢の作品で、下手な短歌はない。筆者の私の短歌は誰が展望するのか、校正にタッチしたわけではないから本が出来ないと解らない。

毎日毎日ワイドショーでは「コロナウイルス」の報道ばかりでうんざりするが、自分の生活にもやはり大いなる影響が出ている。夕刻、食料買い出しに大きなスーパーへ行ったら品薄なのか、ほうれん草など葉物が底をついていた。レジでもその手前の間隔があり、詰めて並べず長い行列で混雑していた。相変わらずコンビニではマスクや消毒液は売り切れだ。

例えば「ディズニーランド」などの興行、通常の催し物や盛り場は控えろ!のお達しで、繁華街などは閑古鳥。そういう影響もあるのか先頃亡くなった“志村けん”の番組は高視聴率だという。筆者もNHKの「となりのシムラ#5」、探偵事務所を立ち上げる男を演じた「スペシャルコント 志村けん in 探偵佐平60歳」、10年前放送された「鶴瓶の家族に乾杯〜志村けんさんありがとう〜2010年・福島県小野町の旅」、「ファミリーヒストリー志村けん」、何れも録画して繰り返しみた。やはり多くの専門家がいうように笑いの天才だ。

ネットの画像で見ると志村は、喫煙・飲酒の所為だろうが顔面・首筋の皺・疲労感が目立つ。90歳に近い山田洋次監督が「キネマの神様」の主演が断たれたので無念の思いを吐露していた。「稀代の国民的喜劇人なのだから健康に自覚を持って欲しかった」は本音だ。視聴率が落ち込んでいるフジテレビは折に触れて「バカ殿さま」など再放送すると思われる。因みにフジテレビの社長は遠藤龍之介、御存知芥川賞作家・文化勲章受章者の狐狸庵先生で名高い遠藤周作の長男。

添付は冬雷2020年04月号28頁、神奈川県平塚市、筆者の家の近く。右側は東海大学。画像をクリックすると拡大します。

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2020/4/5  23:50

ギアチェンジ3  身辺世相
毎月の月末の短歌文字を入力する仕事は終了した。200字詰めの原稿用紙に短歌を5首づつ記述しての投稿スタイルは変わった。10年前には及びもせぬパソコン端末の発達で、メール投稿が全体の半分弱に増えたからである。カット画像の撮影行脚も肺気腫で酸素ボンベを必要とする生活で断念。これも悲しいが現実。月末の撮影を続けていても「コロナウイルス」で、多分東京行きは叶わなかった筈。

月末が暇になったが、やり残しの仕事があった。2019年・令和元年の「年鑑歌集」は筆者も参加しているが、2017・2018年同様、一応編集委員につき作品展望を書かなければならない。殊に今回は、作品三欄の上の「作品二欄」の展望だから聊か重荷。作歌も旺盛な会員の2019年の26首と更に作者の力量に迫ることをしなければならない。従ってブログの記述も中途半端だが、締め切りの04月10日までの5日間をお休みします。

添付は、冬雷04月号P19の画像は「広島行上空」。これは平成21年、昔の活版印刷の仲間との「山陽路世界遺産への旅」、偶々富士山上空の機上で窓際に坐ったから撮影できた。画像の上をクリックすると細部が判る。

「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」は先ず自分の父親が属した歩兵部隊を探索した。“支那派遣軍・北支那方面軍・第23軍・独立歩兵第8旅団・独立歩兵第222大隊(肝第3322部隊)・第2中隊”。通称の「肝」とは何だと、中学時代の友人がこだわっていた。記述したように兵士の属する部隊は、ヒエラルキーいわゆるピラミッド型の縦組織は総軍・方面軍・軍・部隊と長い。防諜の意味と簡略の意味で“肝第3322部隊”と称したらしい。テレビ・電話・携帯も無い時代の中国大陸、同じ顔つきの敵・味方を区別する意味もあった。

千葉県出身の北支那方面軍が何故、肝臓の「肝」なのかは命名した人にでも聞かないと解らない。『一億人の昭和史 日本陸軍史』に100通りもの通称名が掲載されている。木へンの橘・杉・椿、楠など洒落たものもある。肝第三三二二部隊の第二中隊長 陸軍大尉 渡邊辰彌なる軍人が、達筆の巻紙和紙に部下(筆者の実父)の戦病死を知らせてきた。尉官クラスは陸軍士官学校出身で教養もある。若く真面目で正直。これが大将・中将など戦争指導者のベテランになると「馬鹿」が増える。帝国陸軍という組織は、まともな人間を心的に破壊した。
 
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