2020/6/29  21:19

石川啄木の子孫その後04  パソコン
筆者の私は所属短歌会07月号に「石川啄木の子孫その後」の随筆を書いた。いわば“歌聖”ともいうべき石川啄木のことだから、ややプライベイトに踏み込んでもいいだろうとの聊かの甘い考え。自分もへたくそな短歌を発表しているので少しでも肖りたいと思うだけ。

偶々印刷会社勤務だったので昭和の時代、先進的な印刷の雑誌「太陽」をほぼ毎月購入していたから「一握の砂刊行70年記念・石川啄木」特集(昭和55年11月号)は何故だか放棄しないで保存していた。そこに啄木の長女・京子の血筋の孫の石川玲児氏へのインタビューがあっただけのこと。この頃、筆者はまだ短歌は無縁。玲児氏は当時52歳。この方も平成10年、69歳で亡くなっている。その下の代、曽孫の石川真一、更に下の代も大人になっている。

偉大な祖先を持つのは部外者には面白いが、当事者は聊か重苦しいこともあるに違いない。曽孫の真一、啄木の友人だった金田一京助の孫の秀穂、啄木の身内の歌人、宮崎郁雨の孫の宮崎雅代は現代において催し物で集合することもあるという、いい繋がりだ。

添付の画像はその「太陽」からのスキャン。中央は婿の石川正雄、左側は長女の京子、右側は次女の房江、赤ん坊は京子の長女晴子、長男の玲児氏はまだ生まれていない。現代の啄木の血筋はこの京子の子、孫になる。京子が24歳で亡くなったので正雄氏は再婚した。再婚後に産まれたのが靖児氏。この方を父に持つのが石川和幸氏だった。ただ啄木の末裔・係累に歌人は居ないようだ。

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2020/6/28  16:42

新書判  読書
いつも行く書店で中公新書など11冊を注文しておいたので、昨日購入してきた。注文後、一週間ほど経過していたが、手に入る早さなら「アマゾン」だが送料が追加される。どんな本でも一冊なら265円の送料。冊数があればどちらでも構わないが、書店では目的以外の書籍を閲覧できるということ。昨日の新聞広告にあった「『コロナと日本人』月刊文藝春秋編集 令和2年7月発行」を追加購入した。磯田道史など歴史学者の指摘を知りたい。

以下の3冊はすぐ読む本。近衛文麿内閣の書記官長だった冨田健治が残した記録を基にした本。日米開戦前の近衛内閣の書記官の記録を知りたい。この人物は晩年、平塚市に居住した。昭和20年代に良く読まれた岩波新書の『昭和史』の著者の一人が藤原彰、マルクス主義主観の昭和史だが、藤原は陸士55期の陸軍軍人だった。支那駐屯歩兵第3連隊の中隊長として中国大陸を転戦。復員後、東京大学入学、卒業後に歴史学者の道を選ぶ。中隊長経験はどのようなイデオロギーでも説得力を持つ。

いつも行く書店では売れないのに「岩波新書」が多く並べられている。中公新書は少ない。岩波新書はいわゆる“左筋”が多い。中公は歴史・近現代が豊富。この伊勢原書店は新書コーナーを増やすべきだ。

◇『近衛文麿と日米開戦─内閣書記官長が残した「敗戦日本の内側」』
  川田稔編 祥伝社新書 2019年09月
◇『兵器と戦術の日本史』金子常規 中公文庫 2014年03月
◇『中国戦線従軍記』藤原彰 岩波現代文庫 2019年07月

◇『仏像と日本人』碧海寿広 中公新書 2018年07月
◇『山岳信仰』鈴木正崇 中公新書 2015年03月
◇『目からウロコの自然観察』唐沢孝一 中公新書 2018年04月
◇『歴史の坂道』中村彰彦 中公新書クラレ 2017年08月
◇『醤油・味噌・酢はすごい』小泉武夫 中公新書 2016年11月
◇『日本人にとって聖なるものとは何か』中公新書 2015年01月
◇『藤原氏─権力中枢の一族』倉本一宏 中公新書 2017年12月
◇『鬼の研究』馬場あき子 ちくま文庫 1988年12月

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2020/6/23  23:30

沖縄戦の日  昭和史
06月23日は、昭和20年沖縄戦が終了した日。NHKもニュースで報じていた。だが今、現在の日本は、コロナウイルスを食い止めるのに必死だし、経済も立て直さなければならず、政府も地方自治体も必死。今年ばかりは過去の戦争も顧みられることは少ないだろう。ここへ来て安倍晋三長期政権も飽きられてきた?気がする。隣国の朝鮮半島も何やらきな臭い。

沖縄の怒りは昭和20年06月23日までに県民の4人に1人、15万人が亡くなったこと。日本敗戦後、アメリカが用地を接収したのが普天間基地の始まり。筆者がいつも思うのは、沖縄の地政学的意味。ロシア、北朝鮮、中国など核兵器を所持する独裁国家が近いのであれば米軍基地はむしろ抑止力として必要だと思う。国家的な危険がなければ米軍基地も集団的自衛権も自衛隊すらも必要ない。自分だけは上から目線と言われそうだが、神奈川県には厚木基地も横須賀基地もある。危険は同じ。

拙論「天邪鬼の探索考」は、参考・引用の著書の再読・精査・重要事項の確認。新宿市谷の「自衛隊資料館」へ出向くのは後回しにしても、一市民への戦闘命令と行軍は基本の基本。平成時代に突入してから、つまり30年前から昭和回顧が一つの分野となり、昭和陸軍の地道な調査から保阪正康なる専門家が現れ、それ以前からだが秦郁彦、半藤一利も出版界に重きを成した。

帝国陸海軍の所業は数多の解説本がある。ひと言で言えば、悲しいかな日本のエリート軍人は国を守る事、戦争に勝つことが至上命題なのに、いざ戦争になっても年功序列・学歴社会であったこと。早くからこの事実を打破しようとした軍人・政治家も存在した。今、それを記述しなおしている。太平洋戦争を多く取り上げてきた文藝春秋の『昭和史がわかるブックガイド』は参考になる。21人の専門家が「戦前日本」「陸海軍」「昭和天皇」を論述している。

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2020/6/22  23:38

晩期高齢者02  身辺些事
曽野綾子著『老いの才覚』老人の仕分け?の続き。アフリカ・インド・カンボジアなど何回となく探訪した作家の至言だろう。

一生の問に、ともかく雨露を凌ぐ家に住んで毎日食べるものがあった、という生活をできたのなら、その人の人生は基本的に「成功」だと思います。
もしその家に風呂やトイレがあり、健康を害するほどの暑さや寒さからも守られ、毎日乾いた布団に寝られて、ボロでもない衣服を身につけて暮らすことができ、毎日おいしい食事をとり、戦乱に巻き込まれず、病気の時には医療を受けられるような生活ができたなら、その人の人生は地球レベルでも「かなり幸運」です。
もしその人が、自分の好きな勉強をし、社会の一部に組み込まれて働き、愛も知り、人生の一部を選ぶことができ、自由に旅行し、好きな読書をし、趣味に生きる面も許され、家族や友だちから信頼や尊敬、好意を受けたなら、もうそれだけで、その人の人生は文句なしに「大成功」だった、と言えます。

今日NHKのニュースに毎月の「内閣支持率」の放送があって、支持36%、不支持49%との由。ここ二か月支持率は一気に急落。次期検事総長の黒川某が、新聞記者との「賭け麻雀」を文春砲が狙い撃ち、元法相の河井夫婦の逮捕で、総理大臣の任命責任が一気に問われた。この河井夫婦問題も文春砲だった気がする。問題の核心が、体制保守だと思われる“文藝春秋”の狙い撃ちに起因していながら反権力を標榜するメディアはだらしない。朝日・テレビ朝日系、毎日・TBS系はメディアとして怠惰。安倍晋三政権へのネガティブ報道に舵を切ったような気がするが、訴えられることも覚悟で、雑誌を売るための張込、取材は見習うべきだと思うが。

ワイドショー番組は、キー局で4〜5、テレビ東京以外は4局が毎日、同じ話題を放送するから、ここ二・三日は北朝鮮の独裁者の妹のことばかり。限られた情報と映像ばかりで“拉致被害者”の対応など報道のし様がない。庶民の生活に寄り添っていると思えないが、コロナウイルスは中国が元、尖閣諸島を日毎脅かしているのは中国。中国に対する態度だけは安倍晋三政権が正解の気がするが、これに匹敵する政権は可能なのか。森友学園問題の当事者の籠池夫妻も野党と朝日新聞に利用された言い始めている。

添付は最近読み返している歴史街道の昭和史。

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2020/6/17  23:02

晩期高齢者  身辺些事
本日やっと確定申告をしてきた。この時期は空いていた。04月上旬には書類の不備、且つコロナ勃発でマスク装填の市民で混雑していた。限られた厚生年金の最低限の収入だからこの確定申告の税の戻りは一ヶ月の年金にも相当する。身障者手帳も交付されているから今年は158000円の“戻り金”。三菱の銀行への振込だからそのまま各種の支払いになる。電話・電気・ガス・水道・スマホ・ソフトバンク・NHK。この額だと4ヶ月分くらいになるのか。

筆者の同じ短歌会同人だった女性は、ブログで宝くじの高額当選をゲットした報告があった。高額にもいろいろあるが10万円以上だろう。都の看護師の公務員を勧奨退職で、確か〇千万円の退職金が手付かずと聞いているから、やはり金運はもって生まれたものと思う昨今だ。ところですっかり忘れていたが、今日は誕生日。76歳。同じ申年の24歳上は、亡くなったが、原節子、同じ短歌会で同じく19・06・17生の〇美智子さん。

10年ほど前一気に読んだ新書で曽野綾子氏の『老いの才覚』の年齢の仕分けが面白かった。

◇初期高齢者◇中期高齢者◇後期高齢者
晩期高齢者◇終期高齢者◇末期高齢者

後期高齢者の75歳を過ぎれば晩期高齢者だ。その曽野綾子氏は1931年・昭和06年生で88歳、まだまだ保守の論客で頑張っている。多くの貧しいアフリカ諸国を探訪しているから間違いなくその解釈はほんもので至言。勝手に忖度・斟酌引用させていただいた10年前の記述を次回再録。

晩期高齢者に突入、しかも身体的に腰椎骨折、肺気腫で酸素ボンベ装填、腹部大動脈瘤ならばいつ爆発しても仕方ない。これも運命。「天邪鬼の探索考」を急ぎたい。悪い外務大臣だった松岡洋右、軟弱な首相だった近衛文麿の汚名は定着、昭和天皇の内大臣だった木戸幸一の評価は甘い。近衛を通して三人の交流は長い。日米開戦は帝国陸海軍軍人の悪行だったことは明白。非軍人の三者を中心に「天邪鬼の探索考」を推敲中。ただし何度も言うが素人の読解文。平成24年購入のソニーの液晶ディスクトップ。26年購入の富士通のノートパソコン、二種とも大分動きが鈍ってホームページビルダーの送信も危うい。リニューアルが必要だ。

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2020/6/16  23:48

昭和41年・記念樹  昭和史
このブログは平成20年からでもう12年になる。小生の天邪鬼ぶりは、このブログを見る人には十分に伝わっている。政治に関する独断と偏見は、なかには理解する人もいるが、眉をひそめる人が大半。自分のブログだが自分で見てもカウントされないいから一日30〜50人が見ていることになるので有難い。11年前、このblogの記述を始めたころの記事に昨日、通常のコメント欄に書き込みを頂いた。阪本聖子さんと言うが、何かの専門職あるいはプロの方なのか、昭和41年に母が亡くなったらしく追憶がある由。以下は「2009/07/11 木下恵介アワー・記念樹」の抜粋。

昭和41年は筆者が21〜22歳。住込工員を卒業、四畳半のアパートの一室に落ち着いた。06月にはビートルズが来日公演して大騒ぎ。03月には2日続けて飛行機の墜落。この年だけで4回も墜落事故があった記憶がある。TVはモノクロ。日曜日の午後08時台は、渥美清の「泣いてたまるか」、火曜日は「木下恵介アワー」があった。木下恵介アワーは30分のドラマ。検索したらこの番組の一部始終を記したHPがあって驚きだ。その何作目かに「記念樹」という番組があった。

「記念樹」は昭和41年04月〜昭和42年02月にTBS系で全46話、一話完結で放送。原作・脚本は木下恵介・山田太一。主題歌は小坂一也の歌う「記念樹」だった。作詞・作曲は木下恵介の実弟木下忠司。木下忠司は「喜びも悲しみも幾歳月」「水戸黄門のテーマ」が有名。物語は横浜の養護施設の保母・池貝先生(馬渕晴子)が中心。教え子たちとの15年の絆を描いたもの。その年から15年前なら昭和26年、多分戦災孤児が教え子だ。主人公が結婚するとき植えた一本の桜の木を中心に堅く結ばれた絆があった。その後亭主を交通事故で亡くした主人公の保母と青少年に成長した子供たちが再会、それぞれのその後にお互いに悩むという心温まるもの。

教え子には若き日の田村正和・仲宗根美樹・石立鉄男・小坂一也・関口宏・原田芳雄・山口崇などが出演。この番組の冒頭の「記念樹」のテーマ曲は忘れられない。平成09年、62歳で食道がんに亡くなったが、小坂一也の哀愁を帯びた高音で独特なビブラートで歌った。今でも口ずさめる。それから40数年レコードを探し求めたが無かった。だがインターネットとは本当に便利なもの。ユーチューブにアップされていて感動した。以後繰り返し聴いている。以下をクリックされたい。聞いたことのある人も居る筈だ。

https://youtu.be/IcpsAOUh9YI

このブログの拍手のコメント数ベスト6

41 2011・02・08「活版印刷01」
25 2010・08・24「三橋美智也」
23 2009・08・23「いしだあゆみ」
22 2012・09・10「啄木子孫02」
20 2010・06・08「守屋浩」
14 2009・07・21「記念樹」

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2020/6/11  23:58

哀悼・横田滋氏  身辺世相
06月05日に拉致被害者・横田めぐみさんの父の滋さんが亡くなった。我が子のこととは云え、長年の拉致被害者のために命をすり減らしたのには哀悼の意を表するのみだ。モンゴルでめぐみさんの子・横田氏の孫と会うことが出来たのは不幸中の小さな幸いだった。自分の子のためにだけ北朝鮮に渡ることは控えた真摯な態度は称賛される。日銀勤務だったとは云え、収入・年金などは当初は大方、運動に捧げたのだろう。

関東の人間だが、関西の読売テレビで活躍する辛坊治郎氏が折に触れて発言するのがいわゆる“左筋”の進歩的文化人のいい加減な対応。拉致被害者の5人が帰国したとき、金正日が国家的誘拐を認め謝罪して「拉致」を認めた。「そんなことは絶対ない」と言い張ってきたメディアと進歩的文化人は、帰国の際の番組で一斉に俯いて何も言えなかったことを辛坊氏は度々指摘している。その文化人は筑紫哲也、鳥越俊太郎、田原総一朗だったようだ。

拉致された1977年から脱北者の証言で1997年、北朝鮮の拉致が発覚するまで20年間、横田夫妻は自分達でチラシなど作成、頑張って来た。野党は当然、自民党すらも政治家・メディアは無視してきた。最初に報じた産経新聞は当時、袋叩きにあった。社会主義の好きな多くの政治家・文化人は韓国などの「でっち上げ」と言って憚らなかった。そのことを横田滋氏の双子の息子の哲也氏が、鋭く指摘した。

≪一番悪いのは北朝鮮ですが、問題が解決しないことに対して、ジャーナリストやメディアの方の中には、安倍総理は何をやっているんだ、というようなことをおっしゃる方もおられます。ここ2、3日、北朝鮮問題は一丁目一番地だというのに、何も動いていないじゃないか、というような発言をメディアで目にしましたが、安倍総理、安倍政権が問題なのではなく、40年以上何もしてこなかった政治家や、北朝鮮が拉致なんてするはずないでしょと言ってきたメディアがあったから、安倍総理、安倍政権がここまで苦しんでいるんです。安倍総理、安倍政権は動いてくださっています。やっていない方が政権批判をするのは卑怯です。拉致問題に協力して、様々な覚悟で動いてきた方がおっしゃるならまだわかるが、ちょっと的を射ていない発言をするのはやめてほしいと思います。≫(日本放送ニュースオンライン参照)

当事者の横田家の人に言われてもテレビ朝日、TBSなどは白を切るしかないようだ。なぜなら新聞・テレビは政権を常に批判、外交問題などは、自分たちは一番安全なところからでしか発言しない。その懐に飛び込んで中東などでは、後藤健次、山本美香、中村哲、秋元豊氏などが命を落としている。その意気込みくらいは見習ったらどうか。画像はネットの無断使用、許されたい。

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2020/6/10  21:53

フォークソング  身辺些事
所属短歌会で「ネット歌会」が始まった。コロナ禍で毎月行われる例会が3月から休会。例会では掲載された自分の短歌を読み上げ、出席者がそれを批評する。4ヶ月連続して休会、止むを得ないことだが、夫々の短歌を批評するのは、今は指定された評者が、誌上で担当の作品欄の短歌を批評するのみ。所属する短歌会の「投稿欄・批評欄」がネットに作成された。どうなるか、会員皆は暗中模索だったが、パソコンを駆使、メール投稿する方々には好評。次々に書き込まれている。

 フォークとてもてはやされし者たちのテレヴィに並ぶ七十といひ

入会されたばかりだが、他の結社で運営に携わって来られた方が居る。鋭い批評を展開するこの方の歌が前記。以下は、テレビ局で美術を担当されてきた方の感想。「初句のフォークが気に成ります。スプーン、フォークの(食器具)フォーク、フォークソング、フォークダンス、フォークシンガーはてさて!!」。続けて作者は「あの連中の頃「何でもフォーク」で騒がしかったのです。「四畳半フォーク」というのまで出来ましたね。」と書き込まれた。

評者の私は、フォークソングを歌っていた歌手が一堂に集まった歌番組を見ての短歌だと納得した。フォークソングと厳密に言えば、井上陽水、南こうせつ、吉田拓郎、海援隊などか。筆者には昭和42年頃、勃興したグループサウンズの「ジャッキー吉川とブルーコメッツ」が好きだった。「ブルーシャトー」はメンバーの井上の作曲。当時、筆者は20代前半。その後に「ザ・タイガース」、「ザ・スパイダース」、「テンプターズ」等等。昭和48年頃にはトリオの「ガロ」が売れた。

だがブルーコメッツの井上大輔は鬱病で自殺。吉川も先頃病死。スパイダースの「かまやつひろし」も病死。俳優として開花したテンプターズの萩原健一も2年前に病死した。

昭和46年、東京ドームで解散コンサートを挙行した「ザ・タイガース」は、7年前に再結成コンサートを同じ東京ドーム(平成25年12月)で挙行、観客も孫の居そうな女性ファンで超満員だった。沢田研二・岸部一徳・加橋かつみ、森本太郎、瞳みのるは健在だった。沢田はソロ歌手、岸部一徳は俳優として成功している。ことにドラムスの瞳みのるは解散後、中退だった高校を20代で学習、卒業。慶応大学に学び、卒業後は高校の中国文学の教師になった頑張り屋。短歌に詠われたように「七十といひ(言い)」、みな70歳代の年齢だ。作者は束の間、そこに栄枯盛衰を見たのではないか。その作者は元NHK職員、民謡に詳しい。

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2020/6/5  22:45

乾門(いぬいもん)  身辺些事
昨日、私のブログのコメントに皇居の「乾門」の画像を転載させて頂きたいと書き込みがあった。筆者の画像など趣味の範囲で、著作権など主張するほどのものではない。本日早速、元画像の1.5MBの「乾門」を送った。この門は通常、皇族が出入りする。最近は桜の季節、紅葉の季節に一般の人々が観覧できる。門の向う側の明るい部分に警察官がコントラストをなしていて、そこに着目されたのか。ヤフーで「皇居の門」と検索すると私のホームページの「歴史の舞台を行く」のなかに今もページがある。

コメント文を略して紹介。
湘南の暇人様
初めまして。私、大阪の出版社、日本機関紙出版センターの者です。貴方様作成のブログ内の写真の転載使用を許可いただきたく本欄にて、以下お願い申し上げます。小社で現在準備中の書籍に皇居の「乾門」の写真を掲載したく、探しておりましたところ、貴方様の「皇居の門」というブログ内で乾門の写真を発見しました。つきましてはその写真をその書籍に転載させていただくことはできませんでしょうか?その書籍は、今夏刊行予定で、インパール戦をテーマにした物語の出版物です。なにぶん、小社は大阪にあるため皇居まで写真を撮りに行くことが難しいため、お願い申し上げる次第です。謝礼は掲載出版物の献本という形になるのですが、ぜひともご検討宜しくお願い致します。

この出版社はいわゆる“左筋”の著作が多い。だが筆者の画像が役立つなら結構な話だ。偶然なのか興味のある「インパール作戦」の著作らしく楽しみだ。コロナ禍の東京、乾門だけの撮影に大阪の出版社社員が上京して撮影すると経費もかさむ。筆者の画像を使用、これは正しい選択だ!?

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2020/6/4  23:49

アベノマスク  身辺些事
昨日、06月03日は平成03年「雲仙普賢岳」が爆発して多くの人々が亡くなったが、メディアでは殆ど取り上げられなかった。もう19年前になる。顔面が焼けただれた消防団員が倒れたところを当時、放映されたが、今はあまりに残酷で画面に出さない。昼時のワイドショーは「コロナウイルス」のことばかり。本当はもっと罹患している人間が多い筈の中国が“火事場泥棒”のような振舞いで香港を壟断。虎視眈々と自分たちの領土だと台湾を狙っている。

いつの間にか南シナ海の島々を占領。尖閣諸島には中国公船を往来させて、隙あらば上陸しようとの試み。日本の新聞テレビは長閑だ。相変わらず権力を握る自民党政権、安倍内閣には厳しい。官僚のご託宣で国民全部にマスクが配られ、国民一人一人には10万円づつ支給と相成った。公明党・創価学会の多分、横やりで国民へ一律になったのではないか。この党へは与野党も批判しない。野党は総理の奥さんまで持ち出して権力批判。

それら全部の資金は多分、将来への借金で赤字国債の筈。10年・20年後は生きていないので筆者の私には無関係。昨日、いわゆるアベノマスク、10万円の給付案内が届いた。銀行口座・免許証・保険証のコピーを添付して書類にハンコを押して申し込めば振り込まれる。明日は市役所へ「障碍者手帳」の申請、更に「特別給付金」申込書を持参。出しそびれた「確定申告」、何度目かの戦没者弔慰金のことも聞く。貧しいので貰うことばかりだ。だが固定資産税・車税はもう払ってある。小国民は生きている限り収入を求めて忙しい。

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