2020/9/26  23:51

現役軍人の首相  昭和史
何度も記述するが、「今更、何で」の疑問符がつくが、やはり太平洋戦争の読解の結論は報告したいと思うに過ぎない。今の世に殆ど建設的なことはない。平成16年の停年前後に買い求めた文庫・新書本が10数年経過して再読の今、存外“膝を打つ”発見になっている。文庫本にまだ帯のない時代のこと。平成時代中期、昭和回顧の本がブームになった。太平洋戦争の関係者は殆ど死没していたが、その家族が自分のホームページを作成して遺した資料を公開した。スマートフォン全盛になるのは平成時代末期。

「帝国陸軍は何をしたのか」で2点「東條英機という軍人首相「東條英機という軍人の周囲」を推敲して再びネットに送信した。赤字は推敲済。

極東の小さな島国が大国の植民地にならなかったのは大久保利通・西郷隆盛・勝海舟などの傑物のなせる業。彼等が成し遂げた日本の明治時代の末期、日清・日露戦争は薄氷の勝利。指揮官の軍人の教育は明らかなミス。気概を持たない暗記力の優れた頭脳優秀な軍人を輩出。

日露戦争の局地戦・短期決戦がカリキュラムだった。世界情勢を進取できない「戦陣訓」のみの軍人官僚が大正・昭和に闊歩した。結果は日本という国は滅びないが焦土と化した。

目次・はじめに
1 短歌反論の反論

2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
2-2 ある陸軍上等兵の死
3 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか
 @近現代史の分岐点 大正7年
 A日米開戦への道─ポイントオブノーリターン
 B日米間対立 松岡洋右の誤算
 C日米間交渉 近衛文麿の計算
 D日米間衝突 木戸幸一の打算
4 日米開戦に反対した人はいたのか
5 「昭和天皇独白録」にみる日米開戦の責任者達
6 帝国陸軍は何をしたのか
 @インパール作戦の一考察
 A東條英機という軍人首相
 B東條英機という人間周囲

7 帝国陸軍は何故支持されたのか
  昭和12年〜16年の世相
8 敗戦の決断は何故遅れたのか
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳

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2020/9/24  23:06

哀悼 守屋浩  身辺些事
昭和34年、筆者の私が15歳の中学生の頃、歌謡界にデビューしたのが守屋浩。なんだか妙に足の長いヒョロヒョロした歌手だった。「黒い花びら」で鮮烈なデビューだった水原弘、井上ひろしの「3人ひろし」で売れに売れた。水原と井上はアルコールが原因か、遙か前に亡くなっている。2010/6/8に「讃・守屋浩」をこのブログ記述した。デジタル化されない前のアナログの「歌謡コンサート」から当時、流行の静止画キャプチャで切り取ったのが添付の画像。

現在の上皇、上皇后が結婚したのが昭和34年だった。「南国土佐を後にして」、筆者の好きな三橋美智也の「古城」が大ヒット。イタリア映画「刑事」がヒット。クラウディア・カルディナーレの美しさと主題歌に魅せられていた。伊勢湾台風で多くの死者が出た。

守屋は第一線を退いたあと「ホリプロのスカウト部長」など裏方で若い歌手及び社員等の教育・指導にも当たったらしい。島倉千代子と同じ昭和13年生まれだから10年前は70歳。当時その高音にあまり衰えてはいなかった。デュエット曲「星空に両手を」は島倉千代子のCD全集にある。人気歌手本間千代子と結婚したが後、離婚。再婚して二人の子がいたらしい。2020年、渡哲也、広田三枝子、久米明、宮城まり子などが物故、昭和はまた遠くなりけりだ。

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2020/9/21  22:54

水琴窟  身辺些事
年金生活となり、後期高齢者になるとあまりカレンダーを見なくなる。近所のクリニックへの通院は、月曜日の午前中なのと、缶・瓶の資源ゴミ乃至は燃えないゴミの出す日。先週月曜日に通院したので服薬が切れることはなかった。外出にカートに載せて転がすタイプの酸素ボンベは偶然、先週木曜日に注文、金曜日に届いていた。これが金曜日の注文なら今週水曜日の配達になるところだった。即ち土曜・日曜・祝日・祝日と休日が続く。祝日が2日続くのは殆ど失念していた。この時間軸が衰えるのはいささか問題だ。

短歌会の代表の掲示板に小生の二首が掲載された。これは近所にある「坂東三十三ヵ所観音霊場・第七番「金目山光明寺」の境内にある。

 水琴窟地底より上りくる硬質の響きに一刻暑さを忘る
 水琴窟華奢なる響きよく聴けば彼の世へ誘ふ警告なるかな

水琴窟(すいきんくつ)は手水鉢(ちょうずばち)の水を設えられた甕の中へ落とす。竹筒に耳を当てると、その時に発生した音が竹筒を通って聞こえる。琴の響きに聞こえるかどうかは個人の感性。目的は庭園の設備の一つ、風雅を醸し出すのか。オルゴールのようなメロディはない。

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2020/9/18  23:17

エリート軍人  昭和史
09月04日にも記述したことの繰り返しになる。即ち≪筆者は本来の天邪鬼精神を発揮して「戦争の昭和史」を全面的推敲、書き換えている。ビルマ・フーコンで九死に一生を得た芥川賞作家・古山高麗雄氏が保阪正康氏の「日本の軍事指導者は何であんな愚かな戦争をしたのでしょう」の問いに答えた。「軍人はバカだからです。でも勉強はできますよ。机の上の戦争は研究していますよ。だけど人間によっぽど欠陥があったんです」≫の吐露は、忘れることの多い読後だが記憶していた。

しかしエリート中のエリートである軍人は10年間の超のつく教育を施されている。陸幼(陸軍幼年学校)3年、陸士(陸軍士官学校)4年、陸大(陸軍大学)3年。陸幼・陸士は隔絶された施設で13歳から20歳まで。陸大は陸士を卒業したあと、3年から5年ほどの(陸軍少尉)経験した者が受験できる。

その優秀であるべき軍人が1─10の国力差のあるアメリカに戦争を挑んでボロボロに負けた。そのエリート軍人は10年間、何を学んだのかが疑問中の疑問だった。インパール作戦の“バカの4乗”と同じく、エリート軍人の陸士・陸大の教育の実態を告白した書物があった筈だが、やっと昨日、見付かった。

昭和史研究者としても名高い秦郁彦氏の『現代史の争点・文春文庫』だった。その対象の軍人は、明治42年生の陸士42期卒(偶然だか明治時代の生と陸士卒の数字が同じ)の加登川幸太郎陸軍中佐。そのインタビューの翌年1997年88歳で死去。内容は次回。将官クラスではないからなのかかなり赤裸々に告白しているように思う。

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2020/9/16  10:26

AIとカラー化  日本史
筆者の私は甚だ横文字に弱く「IT」がインフォメーション・テクノロジーという情報技術でインターネット時代になって、これは企業も個人も経済に生活に欠かせない。カーナビもドライブレコーダーも必需品。

近頃はAIという言葉が頻繁に使われてこれは“人工知能”。このAI技術を使って昔のモノクロ写真をカラー化することが頻繁になり、その技術も向上して驚嘆するほかはない。昭和の時代、貴重なカラーフィルムを使用した光文社新書の全編、昔のアート紙、今のコート紙に印刷したものが発行されている。ウォーター・ヒギンズというカメラマンが昭和30年代に鉄道を中心に撮影した。

昭和の東京の都電風景は小生に記憶があり懐かしい。だが今度は、全編戦前の画像でもちろんカラーなどではない。それらにAI技術を施してカラー写真に仕上げたのが添付の本。どうやらこれにはカラーの膨大な色の蓄積されたものを使用し、人間の記憶を基に手作業で処理するらしい。新書で2センチの厚さ、手に重い。1500円とはこれも手ごろ。

日本の戦前の田園風景、戦争最前線の画像。特攻機を見送る知覧高等女学校の生徒たち。「十死〇生」の日本の戦争に加担させられた。カラー画像は臨場感が溢れている。こうした出版物は増えるだろう。「天邪鬼の探索考」を推敲する者として、その臨場感は大いに掴める。

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2020/9/12  16:47

先輩の死  身辺些事
昭和55年、筆者の私が35歳のとき、正社員として入社したベテランの職人と付き合いが始まった。あれから40年、その大先輩の方が08月14日亡くなったと知らせが来た。小生より10歳年長で、昭和09年生。86歳でクモ膜下出血だった。お酒の大好きな人だった。最近の手紙では、ガンの手術を二度したという。面倒見のいいこの人物は、活版職人時代から続く「若竹会」の代表。常に10数人の会合があって池袋集合だった。これに加えさせて頂き、およそ20回ほどパック旅行に参加した。本来は“無尽の会”で毎月、何某かの資金を積みたて、旅や宴会の費用に充てた。今でも地方では頼母子講などがある。

昔の活版印刷の現場は、文選工、植字工、印刷工、鋳造工、鉛板工、解版工などに分かれていた。解版は女性の仕事、腕のいい職人は、建設現場の大工のように臨時工として現場を渡り歩いた。昭和40年代は大手の凸版印刷、大日本印刷などが毎日、新聞で募集していた。昔どの家庭にもあった「百科事典」「文学全集」は、これらの職人の技。週刊誌・月刊誌も彼らの仕事で、概ね賃金の高い“臨時工”だった。今では鉛の活字の印刷は殆どなくなり名刺・カードなどに限られ続けられている。

渡り職人は、腕はいいが“飲む・打つ・買う”のヤクザな者が多かった。先輩はそれを断ち切り、賃金は安いが正社員の道を選択したのは賢明。酒は好きだがギャンブルもせず、色町にもいかない。逆に小生が誘って柳青める浅草千束へ案内したこともある。

先輩は8人兄弟で双子の弟も居た。その弟も早く病気で死んでいる。先輩の長男は専門学校を出てコンピュータの専門家。足の少々悪い女性と職場結婚。その長女、先輩の孫は、静岡大学を卒業したという。大酒のみの先輩と下戸の小生、よく付き合いが続いたもの。小生が42歳の厄年、右膝を骨折、三ヶ月入院したことがある。遠くから態々三度も見舞にきてくれた。感謝のみである。若竹会は4人となって解散らしい。未亡人に連絡して墓参はしたい。いずれ小生も遠くないうちにそちらへ行く。その時は此の世と変わらぬお付き合いを願いたいものだ。合掌

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2020/9/10  21:38

シリアル  身辺些事
どうやら厚生年金のおそらく最低限を支給されている。これが国民年金だったら目もあてられない。預貯金など葬式代しか蓄えはないのでエンゲル係数を低めるしかない。筆者の家の隣家にコンビニが出来たがセブンイレブン、食料品スーパーではない。セブンの袋だけ頂いた。行くのは少し離れたローソン。

6年前、大スターの高倉健が83歳で亡くなった。NHKは絶妙のタイミングで独占インタビューの初めての番組を作った。それが平成25年だった。そのとき高倉は、朝食はシリアルを中心にしっかりと取る。昼食は抜きだったとの経緯が放送されていた。シリアルなるものを知ったのがこの時。大麦・大豆・玉蜀黍・胡桃など乾燥させて粒状になったもの。甘味が少々あり牛乳orヨーグルトをかけて頂く。安価でヘルシーでビタミン豊富。一石三鳥のもの。朝・昼はこれが中心。安い野菜はモヤシ、キャベツ、玉葱。野菜炒めのフライパンの左手の“フリ”がだいぶ巧くなった。

ところで今、気付いたが2年前、亡くなった樹木希林も3年前にNHK特集があった。樹木希林の来し方はブームを呼んで文春新書は大いに売れた。先頃のNHKの特集は読売新聞の主筆、渡辺恒雄氏、94歳、鳩山一郎、大野伴睦との交わり。陸軍二等兵として徴兵され内務班の暴力を語った。読売新聞は購入しないが太平洋戦争の証言者だ。渡辺恒雄氏の靖国神社に対する考え方は真っ当。310万人の犠牲者と加害者のA級戦犯の合祀は矛盾しているとの由。早く戦犯は分祀すべきという。

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2020/9/9  23:45

天邪鬼の探索考、その後  昭和史
筆者の私のパソコンの環境は、富士山の望める二階にある富士通のノートパソコン。平成26年購入。一階にソニーのディスクトップパソコン。これは平成20年頃の購入か。文字入力のアルバイト!が無くなったのを潮に、それから八カ月、どうやら全面改訂の『天邪鬼の探索考 戦争の昭和史』は目処が着いた気がする。「はじめに」〜「あとがき エリート軍人の頭脳」まで18項目。

階下のディスクトップのみホームページビルダーの送信ができる。二つは繋がっているので富士通のノートから階下へデータを送れる仕組み。以下の5点を上梓した。以下13点は、何とか10月末までに完成させたい。単なる読解文ではツマラナイ。今年は神田神保町の「古本市」の開催は三密の極地、中止が濃厚だが2〜3冊、無名の兵士の古本でも探し出して個人の「戦争の昭和史」に加え、読めるものにしたい。

◇目次・はじめに
◇1 短歌反論の反論
◇3 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか
  @日米対立の芽 大正時代の分岐点
◇4 日米開戦に反対した人はいたのか
◇5 「昭和天皇独白録」にみる日米開戦の責任者達


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2020/9/5  20:57

棚からボタ餅  政治
政治の社会にも「棚から牡丹餅」はあるらしい。昔、昭和55年に現職の大平正芳総理大臣が二年続けての衆議院議員選挙の応援演説中、倒れ心臓麻痺?で亡くなった。弔い合戦になり自民党は勝利した。その時のサミットは大来佐武郎外務大臣が参加した。後継首相は大平首相の親友・伊東正義が推されたが、固辞した。二つ返事で総理大臣の座を射止められたのに終始否定した。後継は社会党出身の鈴木善幸だった。

今回8年弱の安倍首相が退陣したのは特異な持病。潰瘍性大腸炎、根治はできないらしい。ここはすんなり安倍内閣で5年間、外務大臣だった岸田文雄だと思ったが、何と官房長官だった菅義偉が有力、二階俊博幹事長、総理派閥の細田派、麻生派の推薦ならもう総裁・総理になったも同然。安倍首相の意中の人物は岸田文雄だったが、宏池会の黒幕的存在の古賀誠は福岡で、麻生太郎と仲が悪い。岸田がお人好しで古賀誠を袖に出来なかった。古賀は戦争遺児で憲法擁護の立場。8年間苦楽を共にした麻生太郎の進言を断り切れなかった。

菅義偉と幹事長の二階俊博はいわゆる叩き上げ。政治家二世、三世の総理大臣を嫌ったかどうか。菅義偉など当選八回で、衆議院議員選挙が小選挙区制になって初めての首相のように思う。朝日新聞や東京新聞などは、反権力の立場なのに意外に「叩き上げ」を嫌うように思う。岸田文雄・河野太郎・小泉進次郎なら世界のVIPと会話は通訳無しで弾むと思うのだが!!

安倍 晋三 父・安倍晋太郎(外務大臣)、母の父・岸信介
麻生 太郎 母の父・吉田茂、吉田茂の母の祖父・大久保利通
岸田 文雄 父・岸田文武(衆議院議員)、祖父・岸田文記(衆議院議員)
石破  茂 父・石破二朗(衆議院議員)、祖父・石破市造(村長)
河野 太郎 父・河野洋平(自民党総裁)、祖父・河野一郎
小泉進次郎 父・小泉純一郎(総理大臣)、祖父・小泉純也(小泉家の女婿)

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2020/9/4  14:33

戦争の昭和史・推敲  昭和史
幸か不幸か月末の短歌会の文字入力をリタイア、同時に毎月の6点のカット画像の撮影行脚もリタイアした。むしろテーマを見つけての撮影行脚の方が、明らかに体力勝負で辛い現状になった。酸素ボンベ装填のカートを転がしての港区の坂道の移動は体力の限界だ。それが本年一月の話。ここから以前、ウェブで個人の「戦争の昭和史」掲載していたが、それは多分に昭和史の読解文。

本来の天邪鬼精神を発揮して全面的推敲、書き換えている。ビルマ・フーコンで九死に一生を得た芥川賞作家・古山高麗雄氏の「軍人はバカだからです」の指摘が拠り所。筆者の私が生まれた昭和19年06月はビルマで6万人の兵士が白骨になった。筆者の母親が産まれた1918・大正07年は、せっかく政党政治家の原敬(はらたかし)が出現したのに暗殺された。昭和の戦争の萌芽は大正時代にある。

先ずは「はじめに」、全部で18項目。

目次・はじめに
1 短歌反論の反論
2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
2-2 ある陸軍上等兵の死
3 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか
 @近現代史の分岐点 大正7年
 A日米開戦への道─ポイントオブノーリターン
 B日米間対立 松岡洋右の誤算
 C日米間交渉 近衛文麿の計算
 D日米間衝突 木戸幸一の打算
4 日米開戦に反対した人はいたのか
5 「昭和天皇独白録」にみる日米開戦の責任者達
6 帝国陸軍は何をしたのか
 @インパール作戦の一考察
 A東條英機という軍人首相
 B東條英機という人間周囲
7 帝国陸軍は何故支持されたのか
  昭和12年〜16年の世相
8 敗戦の決断は何故遅れたのか
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳

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