2021/1/25  16:32

迷惑メール  身辺些事
昨年10月04日に記述したが、SPAMメールがやっと止まった。どうやら小生のメールアドレスがいかがわしい業者に漏れたようだ。犯人捜しは簡単。即ち「あなたのアマゾンのプライム会員の期限が切れました」、クレジットカードの更新をせよ、とのお達し。アマゾンor古本業者から小生のメールアドレスが漏れたものと思われる。メールの先頭に「SPAM」と表示されている。アマゾンは書籍購入に使うが、新刊本は料金引き換え、古本は購入店舗が違うのでアマゾンのギフトカード使用で前払いとなる。過去発行された名著の古本を購入するときほど便利である。

小生は、クレジットカードには無縁、ここにクリックなどしたら暗証番号など教えろ!と相成って多分、振り込め詐欺の手口だ。「三井住友カード」の書き替えなどの変更通知なども同じ迷惑メール業者の仕業。預貯金のカードなど年金用の地元の信金、光熱費振込用の銀行カードの2枚のみ。

この迷惑メールは昨年08月下旬から12月末まで80回ほどあった。迷惑メールに指定しても無駄だった。それが年を跨いでパッタリ止まった。削除欄の溜まった80数通のメールはたった3秒で削除。長年の便秘が解消された気分。

昨日、南関東も久しぶりに降雨だった。富士山にも積雪があった。富士山が真っ白になったのは今冬初めてだろう。太平洋岸に暮らす有り難さを感じる。本日正午ころ撮影。

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2021/1/24  23:07

千秋楽  身辺些事
日本人の美意識など到底望めないモンゴル人がここ15年「横綱」の大相撲。ハングリー精神旺盛だから勝負は強い。恵まれて育った日本の若者は3Kの大相撲などあまり興味がない。3Kはきつい、汚い、危険。高校・大学の相撲部出身が多く昔のように中学出の裸一貫の力士は少なくなった。身体が大きく単なる“デブ”では、十両以上の給金の出る力士は育たないだろう。公益法人など言っているが、相撲を取り巻く環境は旧態依然。30歳過ぎればいわゆるタニマチという大金をポンとくれる人物など少ないから親方になれない。役力士でも引退後は“ちゃんこ料理”店開業となる。この辺はプロ野球も同じ。

二人の横綱は、引退同然なのに日本人大関はチャンスなのに肝腎のところで甚だ弱い。三世の琴ノ若、モンゴル人の豊昇龍、休場だったが若隆景などが希望の星だ。昔の柏戸・大鵬、輪島・北の湖、貴乃花・若乃花兄弟などの華があって強い力士が欲しい。だが旧態依然の制度の儘では怪我人が増えるばかりで力士生命の短命、人間としても無理に身体を大きくした皺寄せが短命となる。

旧態依然の相撲協会理事では改革は無理だ。先ずは土俵の高さを低く、土俵下には“土色のマットレス”でも敷いて怪我人を少なくすること。体重制限で160キロ以上は出場停止とか、何らかの改革が無ければ大相撲は廃れていくばかりだ。相撲は単なるスポーツでなく神事・伝統を無くすことはないが、力士の無事があっての大相撲。小学生の頃、大相撲巡業を観たことがある。横綱朝潮、平幕の鳴門海が記憶にある。鳴門海は100キロに満たない力士だった。

半藤一利共著
『昭和史裁判』半藤一利・加藤陽子 文藝春秋 2011・07
『文藝春秋SPECIAL昭和史大論争』平成27年秋
『父が子に教える昭和史』半藤一利他 文春新書
『昭和の名将と愚将』半藤一利+保阪正康 文春新書
『そしてメディアは日本を戦争に導いた』半藤一利・保阪正康 東洋経済
『賊軍の昭和史』保阪正康・半藤一利 東洋経済
『なぜ必敗の戦争を始めたのか』半藤一利編・解説 文春新書
『「昭和」を点検する』保阪正康・半藤一利 講談社現代新書
『「戦後」を点検する』保阪正康・半藤一利 講談社現代新書
『世界史としての日本史』半藤一利・出口治明 小学館新書

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2021/1/17  21:56

哀悼・半藤一利氏02  昭和史
≪加藤勝信官房長官は13日の記者会見で「日本のいちばん長い日」などの著作で知られる作家の半藤一利氏の死去について「大変残念だ。心からのご冥福をお祈りしたい」と悼んだ。映画化された「日本のいちばん長い日」を見たという加藤氏は、半藤氏について「『歴史の探偵』と自らを称して昭和の歴史を検証し、一般の人々に分かりやすい形で、後世に伝えていくことに尽力された。自らも歴史に残る功績を残された」と讃えた。≫

この表明を疑うわけではないが、政治家は自分の身分であるべく国会議員の選挙が大半の仕事だから、おそらく半藤氏の著書に親しんではいないと思われる。東京大学卒業の大先輩の仕事に尊敬の念はあるのだろう。

「日本のいちばん長い日」は半藤氏が尊敬する終戦のときの鈴木貫太郎も描かれる。だが帝国陸軍の最後のあがきが主題だった。文春新書の『日本のいちばん長い夏』は昭和38年06月の30名に及ぶ大座談会だった。今村均陸軍大将はじめ6人の軍人、迫水久常など政治家外交官6人、作家・学者・俳優が18人。司会者の半藤氏が大きな料亭へ招待してのものだった。

畏友が読んでみたいというが、興味の焦点によって違ったものになる。3年前の11月21日に「蔵書49半藤一利」として紹介した。保阪正康氏や加藤陽子氏の対談形式の著作は次回紹介。添付は3人の鼎談集。

蔵書49 半藤一利
◇『指揮官と参謀』文春文庫 1992年
◇『歴史探偵 昭和史をゆく』PHP文庫 1995年
◇『戦史の遺書』文春文庫 1997年
◇『ドキュメント太平洋戦争への道』PHP文庫 1999年
◇『戦う石橋湛山』中公文庫 1999年
◇『昭和史が面白い』半藤一利編著 文春文庫 2000年
◇『日本史が楽しい』半藤一利編著 文春文庫 2000年
◇『ソ連が満洲に侵攻した夏』文春文庫 2002年
◇『真珠湾の日』文春文庫 2003年
◇『日本を振り回した6人の男たち』半藤一利編 小学館文庫 2003年
◇『日本のいちばん長い日』文春文庫 2006年
◇『聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎』PHP文庫 2006年
◇『昭和史T〜Y 1926─45』ちくま文庫 2006年
◇『昭和史残日録1926─45』ちくま文庫 2007年
◇『山県有朋』ちくま文庫 2009年
◇『ぶらり日本史散策』文春文庫 2012年
◇『荷風さんの昭和』ちくま文庫 2012年
◇『幕末史』新潮文庫 平成24年
◇『十二月八日と八月十五日』文春文庫 2015年
◇『昭和史を歩きながら考える』PHP文庫 2015年
◇『日本のいちばん長い夏』文春新書 2007年
◇『山本五十六』平凡社ライブラリー 2011年
◇『昭和史1926─45』平凡社ライブラリー 2009年
◇『隅田川の向う側─私の昭和史』創元社 2009年 四六判
◇『あの戦争と日本人』文藝春秋 2011年 四六判
◇『昭和史 戦前篇』平凡社 2004年 四六判・平凡社ライブラリー
◇『昭和史 戦後編』平凡社 2006年 四六判・平凡社ライブラリー
◇『日本型リーダーはなぜ失敗するのか』文春新書 2012年
◇『B面昭和史』平凡社 2016年 四六判
◇『なぜ必敗の戦争を始めたのか』半藤一利編 文春新書 2019年

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2021/1/16  23:38

哀悼・半藤一利氏  昭和史
1月13日、ノンフィクション作家・半藤一利氏が亡くなった。90歳、昭和05・1930年生。老衰が死因だが、男性としては天寿だ。東京・墨田区向島生。東京大学文学部出身、文藝春秋に一貫して勤務、定年後独立して作家専業。この人物を世間に知らしめたのは『日本のいちばん長い日』。終戦の昭和20年8月15日を追ったもの。この本が著されたのは昭和38年。

半藤氏は、当時現役ばりばりの文藝春秋の社員だった。太平洋戦争の関係者の多くが存命している時の30数人の座談会の記録を基にした。30代の一出版社の社員の発想がユニークで秀逸。当時は無名の一社員だから大宅壮一監修と銘打って発行された。昭和40年には阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣役を三船敏郎が演じて話題になった。

筆者の私のブログで検索すると姓名だけで半藤一利氏は58回、保阪正康氏は60回を数える。その保阪氏は81歳、次いで昭和史で有名な秦郁彦は88歳。半藤・秦氏は東京大学在学中に知り合ったらしい。蛇足だが、半藤氏夫人は夏目漱石の孫。

定年間際に短歌会の例会で編集委員のA氏に「もう読んだからあげるよ」と貰ったのが保阪正康著『昭和史七つの謎』。これは2003年発行の文庫だから単行本は、それより前になる。ここで昭和史の第一人者の保阪氏を知った。別の友人にはこれも文庫で半藤一利著『日本史が楽しい』を紹介された。更に『昭和史が面白い』もある。ざっくりとした分け方では保阪氏は陸軍、半藤氏は海軍に詳しい。殊に『昭和史が面白い』は鼎談集で軍人・文化人・芸能人と共に語る内容で文句なく面白かった。先頃亡くなった「なかにし礼」と藤原正彦の母・藤原ていとの三者で「満洲引揚げ」の項目は体験者だけに、その内容は秀逸。

半藤氏は「えらそうなことを言って太平洋戦争も知らないくせに」と言われたことが過去にあって、その関りを赤裸々に後に告白した。“東京大空襲”で墨田区の中川に落ち、少年の半藤氏は、どこの誰だか判らない大人に首根っこ掴まれ引き上げられ、九死に一生を得ている。また茨城県では米軍の機銃掃射も経験している。以下の文庫本はいわば座右の書。

◇『昭和史七つの謎』保阪正康 講談社文庫 2003年
◇『昭和史が面白い』半藤一利 文春文庫 2000年

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2021/1/11  20:57

今日の富士山02  日本史
昨日の「今日の富士山」の文章の後半が気に入らず、訂正していたら投稿の重複となってしまった。重複の4点を削除したら折角の拍手の2点も削除と相成った。

もう一度投稿する。添付は明るさを強調して居らず“青富士”のまま。

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2021/1/11  20:47

今日の富士山  日本史
 田子の浦にうちいでてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ 山部赤人

小倉百人一首の第4、山部赤人の歌。田子の浦だから静岡県のどこからか富士山に積る雪を見た、という歌で山部赤人は奈良天平時代の歌人。

富士山と言えば「白妙」と表現されるように積雪の美しい日本一の山と誰しも思う。好き嫌いは別にして日本を代表する山を通り越して日本の代名詞になっているから、この季節はさぞ冠雪で見てみたいと思うに相違ない。

添付の画像の富士山は正真正銘、本日午前中、拙宅の二階の窓から撮影したもの。オリンパスSPシリーズの100EE、多少ズームで撮影。フォトショップで鮮やかさをこれも少しく強調してあるが積雪が甚だ寂しく、豪雪はおろか冠雪とも言えない“青富士”だ。

コロナ禍に加えて秋田、新潟、福井などは豪雪が報道され北陸自動車道では、吹雪でトラックなどが進めなくなり自衛隊の出動となった。日頃、自衛隊は左筋の人からは聊か疎まれているが、大活躍で感謝せねばならない筈。

昔から小生は、物理・地学など興味があっても知識は疎い。シベリアからの寒気団が日本列島の山脈にぶつかって雪を降らす、という程度。

東京都、神奈川県で人口2200万人、千葉・埼玉の一都三県で4000万人の人口、仙台、名古屋。大阪、福岡を加えれば日本人の二人に一人は、この太平洋側に住んで居ると思う。思想信条も均質化が叫ばれているが、先ずは“道州制”など国土の人口比の問題が急務。スマホ、タブレットに着いていけない世代だが、先ずはこれを解決する端緒か、テレワークの普及が早道だ。

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2021/1/5  21:35

斬られ役  映画TV
時代劇専門で“斬られ役”として夙に著名だった福本清三が亡くなった。77歳、もう少しで78歳になる時代劇には欠かせない役者だった。5年ほど前にこの福本清三特集があって、NHKBSで「太秦ライムライト」が放送された。2014年01月09日にメイキング(制作現場の記録)、14日に2時間「太秦ライムライト」が放送された。過去と現在、事実と虚構が交差していい映画だった。「5万回斬られた男」福本清三の主演。主演はこれが最初で最後。共に2時間の放送で、前年の12月25日に購入のブルーレイ内蔵TVのハードに高画質で録画した。『ラストサムライ』にも謎の剣士として出演した。

民放では、制作費の割高な時代劇は2年?程前の「鬼平犯科帳」が最後、全面撤退が実情。TBS放送の『大岡越前』のリメイク版がNHKBSで復活していてもの悲しい。民放ではスリラードラマ、バラエティ、ワイドショーのみで何処も似たり寄ったり。制作費が限られているからテレビ東京などアイデアのある番組が脚光を浴びる。時代劇は今は専らNHKのみである。

福本清三は中学卒業後の15歳で東映に入社。大部屋俳優として60年間斬られ役に徹したことになる。“福ちゃんのイナバウアー”が特徴で、痩身で敏捷。主役に斬られると一瞬そのままで直ぐエビ反りの恰好でひっくり返る。松方弘樹、萬屋錦之助に可愛がられたらしい。年齢の割に顔、首筋に皺が多くいわゆるタバコ顔だったのが気になっていたが、病名はやはり肺癌だった。

2014年01月に福本清三を記述した。

≪丁度10年前の04月、クラブツーリズムの旅で「京都御所・吉野千本桜」参加。嵯峨野の滞在時間は2時間あるのに桂川沿いで渋滞。40分の滞在に短縮され、昼食はコロッケ一個で済まし「ひばり館」で福本清三の講演を少し見た。60歳の福本は、精悍そのものだった。今は顔面皺だらけだが、殺陣に揺るぎはない。文化財として残すのは国宝・重文だけではない。時代劇のノウハウも継承・伝承すべき。≫

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2021/1/2  22:59

謹賀新年  身辺些事
室内外で酸素ボンベ装填の暮しを余儀なくされているので、例年参拝していた大晦日の金目観音詣では断念。昨日いわゆる元旦(元日朝)十分に御縁があるように15円を奮発?して観音詣りをした。境内は、普段は聊か寂しいが、さすがに坂東33カ所霊場7番、狭いが駐車場も満杯、賑わっていた。すっかり老人趣味となり“食う・寝る・観る”が正月とは言わず日常の定番となっているが天邪鬼のブログの記事には困らない。今の総理大臣・菅義偉のこれまでの努力は認めるが、どうみても総理の器ではない。武士社会の家老が、一時しのぎとして、老練な黒幕!?によって引き上げられただけの様相。おそらくコロナと五輪で失政となるような気がする。東北出身の苦労人だが一国を率いるリーダーの華やかさは無い。

いつもの年賀状は、今年は61通を印刷。1通は印刷ミス。2通が初めての賀状で本日出した。ここ2、3年「賀状交換は失礼させて頂きます」という人が5人ほど存在したが、筆者も応えて出さない人が4人いた。また短歌会を退会した人も居て3人控えた。「賀状交換を控える」とはとくに何か思い入れがある訳ではないのだろう。筆者に言わせれば単に面倒なだけだと思う。

喪中ハガキが6通あったが、二人は40数年交流があった同じく印刷業で知己になった人物、一人は中学校のクラスメイトで弁護士だった。何だか公的に優秀な人物、日常生活でも真面目で働き者の他界は、諸行無常だが、筆者もそう遠くない時期にそれらの人物にお会いすることになる。

旧臘、「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」の第2項、「一市民の戦病死」として告知(昭和21年)してきた上官の陸軍大尉の和紙1メートルに及ぶ読解文を上梓した。重複する記述だが、大尉は、陸軍士官学校卒のエリート軍人、軍事指導の習得もむろんだが、多分30代だろうが相当、書道を習練したと思う候文だった。第2項の1に「一市民の徴兵」を探索途上。感情論に溺れるのでなく事実を探索・抽出中。NHKのドキュメントでも発言した吉田裕、一ノ瀬俊也は戦後生まれの大学教授、伊藤桂一は7年間、中国大陸に兵士生活を送った直木賞作家。兵士の生活の内実に詳しい。殊に伊藤桂一は短歌でも兵士生活を詠っていて中国人に詳しく著書全てが大いなる史料。

『兵隊たちの陸軍史』伊藤桂一 新潮文庫
『日本軍兵士』吉田裕 岩波新書
『日本軍と日本兵』一ノ瀬俊也 講談社現代新書
『皇軍兵士の日常生活』一ノ瀬俊也 講談社現代新書

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