2010/8/14  21:54

靖国神社参拝  昭和史
明日は「終戦の日」セレモニーのクライマックス。史実に即して言えば、終戦という言葉には矛盾があり「戦勝」か「敗戦」しかあり得ない。実際の「敗戦記念日」は09月02日、昭和20年、東京湾ミズーリ号で重光葵代表が署名した日である。だがこれを正確だからと認めると、昭和20年08月15日以降、侵攻して日本の領土を奪ったソ連の行為を是認することになる。

戦死者が祀られているという「靖国神社」に08月15日、参拝する歴代の大臣が「公人」か「私人」かで最近まで物議をかもした。今の民主党政権の閣僚は全員参拝をしないという。筆者の購入する産経新聞は皇国史観の記者が多いせいか、これにいたく憤慨しておられる。

しかし元々は靖国神社は皇室の守り神として皇居より鬼門の北東の方向に建てられた。経過は省くが「A級戦犯合祀」より昭和天皇は参拝しないし、今上天皇夫妻も参拝しない。昭和天皇の内意を踏みにじった神社の独断専行はやはり問題だろう。先ずここを真摯に受け止めなければ、大臣とて参拝できない。筆者も控えている。

 因みに、昭和天皇が不快の念を漏らさざるを得なかった、昭和53年に合祀されたA級戦犯とは次の14人である。極東国際軍事裁判問題を考慮に入れなくても戦争責任大の軍人・政治家ばかりである。因みに弁護すれば「A級」とはいちばん悪いという意味ではない。「平和に対する罪」。「BC級」とは国際法違反、捕虜虐待の罪である。

◇刑死した者
 東條 英機 内閣総理大臣・陸軍大臣・陸軍大将
 広田 弘毅 内閣総理大臣・外務大臣・駐ソ連大使
 土肥原賢二 陸軍大将・奉天特務機関長
 板垣征四郎 陸軍大将・支那派遣軍総参謀長
 木村兵太郎 陸軍大将・ビルマ方面軍司令官
 松井 石根 陸軍大将・中支那方面軍司令官
 武藤  章 陸軍中将・陸軍省軍務局長
◇刑期中に病死した者
 平沼騏一郎 内閣総理大臣・枢密院議長・終身刑
 白鳥 敏夫 駐イタリア大使・終身刑
 小磯 国昭 内閣総理大臣・朝鮮総督・陸軍大将・終身刑
 梅津美治郎 陸軍大将・関東軍司令官・陸軍参謀総長・終身刑
 東郷 茂徳 外務大臣・駐ドイツ/駐ソ連大使・禁固20年
◇戦犯指定を受けながら判決前に病死した者
 永野 修身 海軍大臣・海軍大将・海軍軍令部総長
 松岡 洋右 外務大臣・南満州鉄道総裁

筆者は個人的には東郷茂徳外務大臣は無罪だと思う。広田弘毅は「見せしめ」で、死刑には値しない。武藤章も中将でありながら個人的私怨により告発された。責任の重い軍人はもっとたくさん居る。

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