2012/8/16  21:33

日米開戦への道 責任者  昭和史
“毎日が日曜日”の生活をしていると思わぬ事態に遭遇する。たいしたことではないかも知れないが、「終戦の日」の天皇のお言葉に関してだから、この猛暑で真夏の幽霊に出会ったようなもの…。毎年同じ文言なら間違えるはずはないと思うのだが、それ以前の常識問題だ。テレビ報道での天皇の「お言葉」最後の部分。

≪ここに歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。≫

「戦陣に散り戦禍に倒れた」を先人に釣り戦火に倒れた」とテロップを流したらしい。単なる文字変換のミスだけでは済まされない問題である。これがNHKだったら政治問題であろう。後で修正しても、テロップを監視している責任者は居ないのか。出演者の訂正と謝りで知ったが、日本テレビだかTBSだか、解らなかった。一瞬のことだった。戦争で死んだものは、好き好んで戦争で死んだわけではない。「先人に釣り」とはふざけた変換ミスだ。

いつもこのブログをご覧いただいている関西の方から
≪開戦前の時点で、客観的に見て敗戦必須の戦争に突き進んでいった「意思決定を誰がした」 のでしょうか。貴説を伺えれば幸いです。明日は67回目の敗戦記念日です。≫
という書き込みをいただいた。昨年23年09月12日に「日米開戦がなぜ避けられなかったのか」を記述している。それは「日米開戦への道」の5回目でまだ完成していない。これはあくまで個人の感想である。

2011・09・12 「日米開戦への道05」
この項目「日米開戦がなぜ避けられなかったのか」の結論は、
@メディア・国民世論の日米開戦支持
A陸・海軍中枢部(佐官クラス)の開戦画策
B陸・海軍上層部の責任回避
C内大臣・木戸幸一における昭和天皇への決断封じ
D外務省の不作為

によって日米開戦は避けられなかった、と筆者は今のところ思う次第。「日米避戦」の“歴史のif”は確実に存在した。それを今後、明らかにしたい。「しなくてもよかった戦争」ということが確実に云える。

「さあ戦争を始めましょう」というような直截的人物、つまり「意思決定を誰がした」が判る指摘はできないのが日本の政治機構で、責任の所在は集約されていない。これは昔も今も変わらない。現今の「原発問題」にも云える。そこを敢えて云えば、司馬遼太郎が、口を酸っぱくして云っていたように「大本営」つまり“統帥権”を恣にした「参謀本部」だと思う。では、それらの軍人はと云えば具体的な名前を近々列挙してみたい。聞いたことのある軍人・政治家もいる筈である。ひとつ云えるのは長州・薩摩出身の軍人である。実際に日米戦争へ誘導したのは「大本営海軍部」つまり「軍令部」である。決断したのは総理大臣である。命令書を出さざるを得なかったのが昭和天皇である。

行政 陸軍省大臣→東條英機 海軍省大臣→嶋田繁太郎
統帥 参謀本部総長(陸軍)→杉山元 軍令部総長(海軍)→永野修身
以上の4人にいちばん重い軍事責任がある。

クリックすると元のサイズで表示します
3

トラックバックURL

トラックバック一覧とは、この記事にリンクしている関連ページの一覧です。あなたの記事をここに掲載したいときは、「記事を投稿してこのページにお知らせする」ボタンを押して記事を投稿するか(AutoPageを持っている方のみ)、記事の投稿のときに上のトラックバックURLを送信して投稿してください。
→トラックバックのより詳しい説明へ


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ