2014/6/12  23:09

戦争のできる国  身辺世相
今日この頃、政治問題を賑わしているのが「集団的自衛権」、これは夫々の立ち位置からの発言と、それに付随する組織の主張は変更できないから揉めても仕様がない。いわゆる日本の平和勢力は“憲法9条”が絶対なのだから、そこから脱却できなくても仕方がないし、安倍政権を非難するしか道はない。ここで憲法論議は割愛して、さらに集団的自衛権の実態を後回しにして、これらの問題で右往左往しているいろいろな勢力の言い分は面白い。

ここで何度か記述したが、憲法など変更する必要はないし、秘密保護法も日本版諜報組織も要らないし集団的自衛権も基本的には要らない。だからと云ってそれでいいのかという問題になる。天邪鬼の個人が不思議に思うのは「戦争のできる国」のフレーズ。精神論はともかく物理的に戦略的に集団的自衛権のために憲法解釈して本当に戦争になるような発言は、なぜだか長閑な感じを拭えない。すべてが共産党一党独裁の基本的人権などない国が力ずくで日本の領土・沖縄尖閣諸島を領有しようとしている。

中国は、ボクシングで云えば盛んにジャブを出している。日本が「それは許しませんよ」との軍事的態度もいけないのか。中国・北朝鮮・ロシアなどは話し合いなどの外交は通じないのが常識。「戦争のできる国」というなら「「戦争のできない国」のままなら日本は未来永劫に平和なのかというシミュレーションは無いらしく何だか不思議だ。戦後69年間、日本は戦争をしてこなかった、との言い分も米ソ冷戦の軍事力均衡を意図的に外している。

集団的自衛権はほどなく公明党の賛成で成立するに決まっている。支持母体の創価学会が反対して公明党が言うことを聞くなら「政教分離」が疑われる。脚本通りの展開だろう。多分安倍首相は口笛を吹いている。

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