2015/5/28  22:40

YS11  昭和史
昨日、日本の国産機第一号の「YS11」が、再び飛び立って高松空港へ無事着陸したと言うが、これは素直に嬉しいことだ。製造着手は、小生の中学生の時の昭和34年。中型の双発プロペラ機で、むろんエンジンは外国製、ロールスロイス社製だった。初フライトは、昭和37年、182機が創られた。ジェット機全盛時代を迎えて昭和48年、製造中止になった。自衛隊や海上保安庁などでも使われた。今でも70機以上が東南アジアなどで飛んでいる。

国土交通省が空港設備の点検用に使用していたが、平成18年に引退。「もう一度空へ飛ばしたい」と、大阪府八尾市の航空機販売会社「エアロラボ社」が、昨年末に落札した約223万円で落札して、羽田空港で整備していた。保管場所となる高松空港まで8年半ぶりに飛び立ったのが実情。

本年02月に記述したのが、三菱重工の国産ジェット機“<MRJ”。初飛行はまだなのか、就航は二年後らしい。日本は海洋国家だから造船、橋梁技術は世界トップクラスだったが、島国では航空機は発達しなかった。だが小型機に活路求めるのはいい。03月に記述したのは、海上自衛隊が保有・運用する救難飛行艇US-2。これは民間会社が開発、海上自衛隊に4機納入されている。1機100億円。武器は積んでおらず純粋な救難飛行艇。日本の領土を伺う中国を牽制する意味で、インドへ輸出する計画は賛成。

比較するのも問題だが、昭和30年代の国産飛行機が甦り、一昨年、赤レンガの東京駅が甦り、アナログレコード、真空管アンプも静かなブーム、SLは相変わらずの人気、DVDでは「クレージーキャッツ」が売れている。「昭和は遠くなりにけり」だが、昭和30年代の「高度成長時代」の記憶は、まだまだ生きている。画像はユーチューブ→プリントスクリプト→ペイント→フォトショップ。無断使用は許されたい。

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