2020/2/17  23:53

新書乱読02  読書
『昭和の怪物 日本の闇を牛耳った120人の生きざま』
  別冊宝島編集部編 宝島社新書 2019年12月発行

二日前からこのブログで「新書耽読」として始めたが今、予定しているのが100冊の再読の感想。到底精読している訳ではないので「新書乱読」と見出しを変えた。昔の古い岩波新書や講談社新書などが多く表紙は黄ばんでいるものが多い。古本屋でも多分引き取ってはくれないだろう。平均800円×500冊なら数十万円の購入にしても筆者亡きあとはゴミくず同然。

作家の藤沢周平がお金を積まれても使いたくない言葉として「生きざま」を挙げていたが、最近のメディアでは「死に様」の反対語として認知されてきた。生き方、来し方といういい言葉があるのにと思う。“怪物”というと物凄い人物、歴史を作った人物という意味だが、筆者には“怪しい人物”という解釈。120人の怪物が黒幕・闇の紳士・首領・政商・カリスマなどに分けられて記述されている。東條英機からジャニー喜多川まで興味の無い人物まで見開き2ページに的確に著わされている。

平成13年、小渕恵三急死のあと密室談合で森喜朗は総理に就任。戦後自民党の総理で最も低い評価。ハワイ沖で実習船が沈没、多くの学生が遭難した時にゴルフ三昧で危機管理能力無しで、当然辞任。これは「怪しい人物」の類に含まれる。2020年東京五輪開催の組織委員長としてまだしゃしゃり出ていて顰蹙を買っている。東京五輪終了後の剰余金を狙い、特殊法人を設立して管理する野心を週刊新潮は報じている。

むろん真っ当?な怪物も多く紹介されている。田中角栄・後藤田正晴・孫正義・秋元康・山東昭子など。悪い怪物が多く紹介されているのは当然。

クリックすると元のサイズで表示します
1

2020/2/15  23:45

新書乱読01  読書
『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』
 J・ウォーリー・ヒギンズ 光文社新書 2018年10月発行

少ない生活費なのに今までは、元印刷会社の製版部勤務ゆえにトータルの金銭の勘定を考えずに出版物を買ってきた。新刊本でも古書でもいったんアマゾンを利用するとその到着は早い。雑誌は近くの書店で月一回は必ず買うがついでの誘惑で新書や文庫まで手を伸ばす。

この先、何年も生きるわけではなく、短歌の仕事の臨時収入も皆無になったので、今まで購入して目次など“ざっと読み”の本、手軽に手を出す新書本が多いので再読、読解することにした。当ブログで「新書」と検索すると「蔵書65 中公新書」まで、多くの新書名を打ち込んである。読んだ新書も読まなかった新書も適宜、その読解の感想と世間のよもやま話を列記したい。

この新書はカラー写真の印刷だから昔で言うアート紙、今で言うコート紙仕様で分厚く手に重い。456頁。著者は1927年生。昭和31年来日後、日本女性と結婚。現在93歳で健在。国鉄顧問の仕事だった。当時は高価なカラーフィルムで日本の鉄道、その沿線を撮影した。今は鉄道撮影の「撮り鉄」が多いがその先駆者のように思う。

読む新書でなく眺める新書で、昭和30年代の風景満載で、記憶があることも相俟って、小生には良書。続編も出版されている。その多くは当時の国鉄の電車とその風景写真。今や「都電」は、軌道のある荒川線だけだが、昭和40年代半ばまで東京都心を多くの都電が走っていた。車社会が到来する前の都電の風景は懐かしい。馴染みのあった墨田区業平橋付近の運河の画像は良く、知っている都内、地方の鉄道風景が満載。ただ60年前のフィルムだから画像に鮮やかさはない。

クリックすると元のサイズで表示します
3

2020/2/10  21:48

終りの始まり  読書
ひと月に一度必ず大型書店へ行く。東京には「八重洲ブックセンター」や「三省堂」「丸善」があり、普通の書店には無い新書・文庫が多いので、逆に直ぐ読まないのに次々に手を出し、二重買いになることも屡々。筆者の場合JRの駅ビルに大型書店があるが、そこでは駅ビルの商店で3000円以上購入しないと駐車料金は無料にならない。県道を西に向かい小田急線を越えると「伊勢原書店」という比較的大きい書店があるが3分の1はスマホの契約コーナー。

「正論」「東京人」「歴史街道」などほぼ毎月買う雑誌が目的。文藝春秋のみ年間購入。2年前までの愛読の「新潮45」は、3年前にLGPTの問題で廃刊してしまった。後記の月刊誌は“朝日新聞”の報道に一家言持つ評論家・学者の論文が多く、大手出版社といえど大新聞の仕掛けには抗しきれず、狙い撃ちされて撃沈した。いわゆる自虐史観のインテリ層が差配する新聞は「天声人語」などのコラムもあって一定の読者層は衰微しない。LGPTという特殊性の状況が、大新聞に取り上げられるとそこに日本人の正義の理想が展開されて特殊事情は普遍化する。男同士、女同士が夫婦になっても「生産性は無い」との主張に偏見は無いという立場は変わらない。

今日この頃の中国武漢の新型ウイルスが大騒ぎになっている。“四つ足は机以外”は何でも食べるという民主主義国では理解できない中国の歴史事情の中に新型ウイルスの元の元があるのではないのか。ウイグル・チベット・モンゴルなど戦前の日本とは比較できない人権弾圧が指摘されている。中国の空港は今、閑古鳥が鳴いている。国際的な経済・外交はよく知らないが、多分これが「一帯一路」など中国の世界覇権構想の終りの始まりに違いない。

『正論 3月号 中国人権弾圧』産経新聞社
『歴史街道2月号 明智光秀』PHP研究所
『歴史街道3月号 今村均』PHP研究所
『軍服の修道士 山本信次郎』皿木喜久 産経新聞出版 令和元年
『昭和の怪物』別冊宝島編集部 宝島新書 2019年
『教養としての帝国陸海軍 失敗の本質』別冊宝島編集部 宝島新書
『山菜&きのこ採り入門』大作晃一 ヤマケイ文庫 2018年

クリックすると元のサイズで表示します
1

2020/2/7  22:29

男はつらいよ50  映画TV
昨日06日、久しぶりに映画を観た。「男はつらいよ50」、辛うじてこの映画の上映の最終日だった。このシリーズは第一作目が昭和44年。テレビドラマでも観ていたが、テレビでは、主人公が沖縄でハブに噛まれて死んでしまう。ドラマのファンの多くの抗議を受けて山田洋次監督は、この抗議に応え、昭和44年(1969)映画製作で主人公の寅次郎を蘇えらせた。昨年は昭和94年になるのか50年で50作目、山田洋次監督は決着をつけたかったらしい。

このシリーズは40作目辺りから寅次郎の甥、満男の恋の行方に焦点が移り、子役時代から出演する吉岡秀隆の頼りなげな青年の演技が中心になる。48作目で主演の渥美清が急死した。山田洋次監督は全く違ったものになるとの主旨で代役を拒否した。筆者の私もこれはファンとして同様。第49作目は「寅次郎花遍路」、高知県を舞台にマドンナ田中裕子で構想を練っていた。結果は49作目は浅丘ルリ子のマドンナで「寅次郎ハイビスカスの花」は、甥の満男の回想として描かれたが中途半端。

この50作目は、甥の満男と学生時代の後輩の“イズミ”(後藤久美子)の年齢を重ねた恋の決着が描かれた。実際の後藤久美子と同じ欧州で暮らすイズミとの成田空港での別れ、イズミの母(夏木マリ)と施設に入る実父(橋爪功)との挿話が描かれている。昭和56年の「浪花の恋の寅次郎」で小学生役は吉岡秀隆が登場した。吉岡秀隆は「北の国から」で主演の田中邦衛の息子役としても知られている。このドラマはあまり見ていない。

両親役の倍賞千恵子、前田吟、タコ社長の娘役の美保純、寅さんのマドンナ役の浅丘ルリ子、イズミの母親役の夏木マリ、車屋の店員の北山正康など40作目以降の出演者が多く出演していた。一年後にはDVD化されるだろう。筆者の好きな作品は以下のとおり。マドンナ役が好きな女優だからでもある。

1982・S57 29「寅次郎あじさいの恋」いしだあゆみ・片岡仁左衛門・柄本明
1987・S62 38「知床慕情」竹下景子・三船敏郎・淡路恵子
1981・S56 27「浪速の恋の寅次郎」松坂慶子・芦屋雁之助・大村崑
1982・S56 28「寅次郎紙風船」音無美紀子・小沢昭一・岸本加世子
1976・S51 17「寅次郎夕焼け小焼け」太地喜和子・宇野重吉・岡田嘉子
1972・S47 10「寅次郎夢枕」八千草薫・田中絹代・米倉斉加年
1975・S50 15「寅次郎相合傘」浅丘ルリ子・船越英二・岩崎加根子

クリックすると元のサイズで表示します
1

2020/2/4  23:21

原点回帰  昭和史
日常生活をギアチェアンジして原点に戻ると、筆者のブログ・HPは、1「太平洋戦争」2「昭和史」3「戦前世相」という大まかなジャンルになる。自分の実父が太平洋戦争の犠牲者という事実はもちろんだが、定年間際に短歌会の例会で編集委員のAY氏に「もう読んだからあげるよ」と貰ったのが保阪正康著『昭和史七つの謎』。これは2003年発行の文庫だから単行本は、それより前になる。ここで昭和史の第一人者の保阪氏を知った。別の友人にはこれも文庫で半藤一利著『日本史が楽しい』を紹介された。ざっくりとした分け方では保阪氏は陸軍、半藤氏は海軍に詳しい。殊に『昭和史が面白い』は鼎談集で軍人・文化人・芸能人と共に語る内容で文句なく面白かった。

この二冊が昭和史・太平洋戦争・戦前世相にのめり込むきっかけだった。そこで原点に帰ることにした。前半の5冊は再読・三読、後半5冊はざっと読みだったので“冬の夜長”で枕元に置くことにした。これだけ読めば「昭和」「太平洋戦争」の凡そは分かる。対談集の心理学者・岸田秀氏の疑問はそのまま筆者の私の疑問。

即ち「ガダルカナルの戦いなど日本軍大敗のその後の作戦遂行が、そのミスを学ばぬ同じ過誤で更に多くの犠牲者を出すことを繰り返した。インパール作戦などが有名。これは日本人の戦争の戦意不足、努力不足、能力の不足、物量の不足が大敗した理由ではない。根本的な必敗の原因の日本人の現実感覚不全がある筈」と云う。それは宗教と心理の分野に及ぶ。筆者には少々重荷の気もする。いずれ結論として導き出されるが、稲作農耕民族には、戦争への戦術・思想・歴史も甚だしく幼稚で“戦い”が似合わないことだと思う。

◇『昭和史七つの謎』保阪正康 講談社文庫 2003年
◇『昭和史が面白い』半藤一利 文春文庫 2000年
◇『戦争と人間の風土』鯖田豊之 新潮選書 昭和42年
◇『あの戦争は何だったのか』保阪正康 新潮新書 2005年
◇『一下級将校の見た帝国陸軍』山本七平 文春文庫 1987年

◇『太平洋戦争の新常識』歴史街道編集部 PHP新書 2019年
◇『なぜ必敗の戦争を始めたのか─陸軍エリート将校反省会議』
  半藤一利編・解説 文春新書 2019年
◇『一気に読める「戦争」の昭和史』小川榮太郎 扶桑社新書 2018年
◇『日本人と「日本病」について』山本七平・岸田秀
  文春学芸ライブラリー 2015年
◇『戦争とこの国の150年』保阪正康対談集 山川出版社 2019年

クリックすると元のサイズで表示します
1

2020/2/2  23:32

202022  読書
2と0が並んだ日、元号も02。昔なら子供じみているが、記念にJRの切符を買っていた。今は気力無し。確か「平成070707」の切符がある筈。閑話休題。

平成10年に所属短歌会に入会。重複するが「門前の小僧習わぬ経を読む」が現実になって短歌実作を始めたが、言葉を五つ並べての短詩形文学は良く考えれば最後は、個人の資質に及んで難解だ。筆者には印刷の製版の経験のみに頼っての入門なので鑑賞には耐えられるものが少ないのが実態。

平成10年代は“ウインドウズ95”からパソコンの世界に突入したが、まだ短歌原稿はB5判200字詰め原稿用紙が主流だった。元号の記憶だが平成20年代には一気呵成に「あれよあれよ」と言う間にスマートフォンの時代に突入。電話・カメラ・ムービーまで搭載。やがては短歌誌そのものが、タッチパネル操作によるタブレット端末中心のペーパーレスの時代になるのは時間の問題。

筆者の私が所属短歌会の文字入力をリタイアするのは時間の問題だった。各欄の選者が自分で文字入力をするのは出版・通信がデジタル化の現代、マイナーな短歌会が採る歌壇の方向を示唆するもの。この点では大手の短歌会は会員が多ければ収入も多いから悠長なものだろう。カット画像の提供が思うようにならなくなったのは個人の体力的都合。昔の鉛活字の文選が消滅したのに似た悲哀を意識する。文字と画像双方の終了を軌を一にするのは世間ではこれを“潮時”と言う良い言葉がある。

平成20年からブログを展開している者としてはここでギアチェンジ。当初の目的の主眼、「昭和史」に自分なりに令和の時代だが、主義主張することを念頭にしたい(専門家ではないので読解中心)。大方は読後済だが、枕元に置いて再読・三読を施すのは昭和史の専門家の記述と著作。ただし寝そべっての読書は加齢も相俟って、中途半端に終わるのは必定だろう。

昭和の時代、生存していた3000人もの旧大日本帝国陸軍軍人・政治家・文化人に個人的に精力的に取材して、ノンフィクションを著わしたこの道の第一人者になったのが保阪正康氏。氏は最近自裁した60年安保のリーダーでもあった西部邁氏と学生時代北海道で知己だった。共に昭和14年生。氏の旺盛な執筆の切っ掛けとなったのが、三島由紀夫の「檄」の「死なう」という旧仮名のフレーズ。戦前のひとつの世相の「死なう団事件」を綿密に描いて、当時の昭和史の第一人者松本清張に帯文を貰っている。

◇「歴史街道2018・12 日米開戦」PHP研究所
◇「歴史街道2019・05 昭和史の本質」PHP研究所
◇「令和を生きるための昭和史入門」保阪正康 文春新書 2019
◇「昭和史の急所」保阪正康 朝日新書 2019
◇「六十年安保」西部邁 文春学芸ライブラリー 2018
◇「戦前の日本」武田知弘 彩図社 平成21
◇「くらしの昭和史」小泉和子 朝日新聞出版 2017
◇「戦前日本の真実」水間正憲 PHP研究所 2014

クリックすると元のサイズで表示します
2

2020/1/31  23:48

いい迷惑  日本史
所属短歌会の文字入力の仕事は14年間で終了、同時にカット画像の提供も自分の肺機能の劣化で、カメラ行脚も断念したからこれもリタイア。つまり2月からは月末もすることはない。このブログは平成20年から1400回ぐらい投稿しているものの限度には程遠い(11%)ので、天邪鬼精神を発揮して言いたいことを大いに記述したい。

自分が後期高齢者なのだから仕方ないが昔、親しんだ映画俳優が昨年から今年にかけて梅宮辰夫、小林旭の妻・青山京子、宍戸錠が亡くなったのは淋しいことだ。晩年は悪役が多かった中山仁、悪役専門の山本昌平、脇役一筋の織本順吉も昨年秋、亡くなった。昭和は益々遠くなった。テレビ局は今、経費が掛かる大型ドラマは制作しないし、殊に時代劇などは制作が絶え、各局のBS放送は昔の時代劇や刑事ドラマばかりで、CMは通販のテンコ盛り。

今、テレビのワイドショーは何か事件・事故が起きると一斉に、それも夫々の番組が放送するから中国の「コロナウイルス」が発生するとそれに掛かり切りで朝から晩まで同じニュースの繰り返し。BSでも中国、朝鮮半島、米中衝突の生番組ばかり。寝しなに見るのは昔、録画したNHKの時代劇ばかり。CMが無い分、多分中身が濃いのだろう。面白いのもある。

中国ウイルス問題は騒ぎ過ぎのようにも思う。中国で死者が多いのは劣悪な医療事情だろうし、その中国の発生の原因もよく解らず隔靴掻痒。何度も記述するが中国は国土、地下水、大気が70%は汚染されているらしい。したがって富裕層はカナダや豪州に移り住むのが優先で、自国を立て直す意欲などさらさら無い。日本でも北海道の羊蹄山周辺は、日本第2位の湧水を誇るから買い占めている。まことにもっていい迷惑だ。この国との付き合いは深入りしない方がいい。日本人が中国の土地を購入できないというからこの国の自国中心・覇権主義には驚くばかりだ。もっとも安住の地を中国に求める人は、社会主義志向の人でさえ居ないと思う。理論はともかくそれが現実。

添付は虎ノ門、ホテルオークラの側道を下る坂道。

クリックすると元のサイズで表示します
3

2020/1/28  17:20

お役御免  身辺些事
小さな印刷会社を定年の後、更にその一年半の後、平成18年1月号から14年間、短歌会の“手書き原稿(B5原稿用紙)”の文字入力を請け負ってきた。当初はワープロで文字データ作成、ワープロからMSDOSでの変換。今は懐かしいフロッピーディスクからパソコンへの取込んでいた。だがここへ来て歌稿のメール投稿が全体の40%に達し、お役御免になった。所属短歌会の選者3人が夫々の作品欄の歌稿を自らパソコンで文字入力することになった。各々1〜2日程度で済む筈だから時間を捕られるにしても大したことはない。平成23年より続けてきた各欄のカット画像もこの3月号で潮時なのでリタイアをお願いした。

毎月の文字データ打ち込みよりもむしろ一日を掛け、最近では酸素ボンベのカートを転がしての撮影行脚。このほうが身体的、時間的、金銭的に苦しい。肺機能の低下で鼻チューブで酸素を送るのは自己責任。が、撮影行脚では目的地と最寄りのJRの駅との往復はタクシーを利用、帰路はグリーン車なので毎回5・6000円はかかる。これも自分の都合だが、満足できる画像が得られないこともあり、何度か過去のパック旅の保存画像を引っ張り出したこともしばしばだった。これは自分の失敗と矜持。

25日の土曜日に港区虎ノ門周辺をカメラ行脚、アメリカ大使館とホテルオークラの境界の「霊南坂」などを撮影。日曜日から空模様が怪しくなるとの予報、この日は寒気もそれほど無く、タイミングは良かった。米中経済戦争の影響かアメリカ大使館周辺は警察官の警戒が厳しかった。

ホテルオークラというすぐ前の高級ホテルがあればアブナイ人物が高層階から撮影するかも知れないのにとも思う。大使館横の歩道も通せんぼで、塀さえ撮影はご法度。若い警察官は筆者を追いかけて来て大使館の塀の画像の消去要求。中国の得意分野のドローンが飛んでくるかも知れず、筆者のような老人に関わっている純朴な警官も職務に忠実であればこそだが何だか“哀れなりけり”だ。こんなところにも規則尊重で予期せぬ事実に想像が及ばない末端の官僚がゐる。嗚呼。

添付は霊南坂。右側の塀の中がアメリカ大使館。

クリックすると元のサイズで表示します
4

2020/1/21  22:36

馬毛島  政治
湘南の外交評論家!?を気取る筆者だが“馬毛島(まげしま)”に関してはイマイチ解らない。鹿児島県西之表市、種子島の横にある“無人島”だから政府が自衛隊の訓練基地にしようと米軍空母の空母艦載機の離着陸訓練基地にしたところで問題はない筈。国の安全を日米軍事同盟に託していれば、無人島を軍事基地にしても問題はない。これは民主党政権のときも時の政府が検討した。素人だからこその意見だが、この島を国が160億円で買い取ったのが、いいのか悪いのか、感想を言う材料を持ち合わせていない。

素人の筆者の感想は大体、専門家の受け売りだが、ニュースソースは保守系の月刊誌・週刊誌の類い。左派系の朝日新聞・アエラ・日曜赤旗などは特定の左派の御用学者の意見だからあまり信用できない。これは体制派の御用学者も同様。反自民・反権力まではいい。だがそれを強調するあまり、そこを乗り越えて“反日本”的主張なら問題外で本末転倒。自虐史観と言われて悲しい。自虐は日本人の謙譲心の行き過ぎ。

日米安保反対騒動の1960年から60年。権力の当事者は、安倍首相の祖父・岸信介、アメリカ大統領はアイゼンハワーだった。その孫が来日して記念式典があった。あれから60年、日本はアメリカの軍事的属国だが、ロシアや中国の属国にならなかったのだけは正解。ソ連の共産主義、「一帯一路」「5G通信網」で世界制覇を試みる独裁主義・中国には、日本では実害が無いので無関心。プライベートを国家機関が握る弊害は、日本人は経験済みなのにと思う。

テレビも電話も車も無い時代、あの戦争を煽りに煽ったのは、戦前は国粋主義にして、戦後は反国家主義になった前述の今、左派系新聞。“天皇のため、家族のため”と一般人を戦争最前線へ送り出したのは政治家・軍人だけではない。それがトラウマのメディアは、相変わらず精神論・理想論を声高に言って現実から目を逸らすのは今も昔も同じ。きれいごとを言う勢力には“眉に唾を付ける”習性から脱却できない筆者は“終生哀れなりけり”なのだ。嗚呼。

月末の短歌原稿が届きました。暫時このブログは休みます。

クリックすると元のサイズで表示します
2

2020/1/19  23:09

更新129  パソコン
久し振りに自分の「湘南の暇人」ホームページに新ページを掲載。129回目の更新で、新着は「赤坂の坂」。一昨年の11月からの撮影で7回、14枚の赤坂の坂を取り入れた。詳述すると赤坂・麻布・青山・六本木・高輪・三田など。思い入れのある“白金の坂”は昔、都電すら動いていた日吉坂。坂の頂上は上大崎で、そこはもう目黒。ここは上大崎までは緩い長い坂だった。

 自転車を一度も停めずに業界紙運びし長き白金の坂

10年ほど前は、各個人が工夫を凝らしたホームページが花盛りだった。7・8年前に携帯電話が発展したスマートフォンが登場すると一気にブームになり、今や老若男女のそれも生活必需品。もう電車の中で文庫本を広げる人も少ない。昨年の台風で電源が停電で大騒ぎだった。リチウム電池よりも強力な電池が世界中で開発技術が展開されているだろう。

スマホの発達で通信・カメラ撮影・テレビも見られる生活になった。やっと理解しつつあるのがSNS。ツイッター・ライン・フェイスブックは今や全盛時代。個人のホームページは、反比例で一気に下火になった。ヤフーのブログサービスさえ終了した。筆者の『冬雷画像』も自動的に閉鎖になり画像も消え、友人のブログも逡巡する間なく終了・閉鎖だ。ホームページが勃興した頃の京都に本社のある「Slownet」の個人のHP一覧表はいつの間にか消え、シニア向けのパソコンの情報閲覧だけになっている。これもいつまで続くか。

アメリカ大統領の“呟き”がメディアを賑わす昨今だ。パソコンが出来る人はスマホも出来るというのは大間違い。個人の見解だがスマホはカメラ・ムービー付きの電話だろうと思う。これは画期的だ。だが小さな画面を指で叩くのはやはり若者の世界。視覚能力の領域だ。ただiPadなどタブレット端末機器はバッテリー次第で更に生活の必需品になる状況にあるし訪れている。

添付は、現在の日吉坂(目黒通り)の上り手前の画像。その先が上大崎。昭和30年代の日吉坂は港区?から拝借、許されたい。これは上大崎方向からの画像。17歳の頃、業界新聞満載でこの坂を上下していた。早朝に自家用車など殆んど見かけなかった記憶がある。都電は片道13円、往復25円だった。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
3


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ