2018/8/10  22:35

四万六千日  観音霊場
近隣の坂東三十三観音07番・金目観音の「四万六千日」とかで午後2時に出掛けたが閑散としていた。猛暑たけなわでは出店の「たこ焼き」も「氷水」もまだ準備段階で、テキヤの兄さん方も夕方に備えているのか半ばぐったりしていた。観音巡りは観音菩薩が本尊の寺。ここ金目観音は天台宗で本尊は「聖観音」。この菩薩は阿弥陀如来の脇侍を超えた独立したもの。

この金目観音は筆者の幼少時は無人だったが今は、天台宗の高層が住職。この住職も最近衰えが目立っている。

蔵書紹介16 スパイ・諜報新書・文庫

◇『フリーメイソン』吉村正和 講談社現代新書 1989年
◇『陸軍中野学校実録』日下部一郎 KKベストブック 2015年
◇『秘録 陸軍中野学校』畠山清行著・保阪正康編
 新潮文庫 平成15年
◇『ハル・ノートを書いた男』須藤愼志 文春新書 平成11年
◇『秘密のファイル・CIAの対日工作』上・下 春名幹男
 新潮文庫 平成15年
◇『大本営参謀の情報戦記』堀栄三 文春文庫 1996年
◇『ある情報将校の記録』塚本誠 中公文庫 1988年
◇『日米情報F』実松譲 光人社NF文庫 2009年
◇『マリコ』柳田邦男 新潮文庫 昭和58年
◇『諜報機関』ニュースなるほど塾編 KAWADE夢文庫 2012年
◇『モサドその真実』落合信彦 集英社文庫 1984年
◇『甘粕正彦 乱心の曠野』佐野愼一 新潮文庫 平成22年
◇『悲運の大使 野村吉三郎』豊田穣 講談社文庫 1995年
◇『神々の軍隊VS国際金融資本の超暗闘』浜田政彦
 徳間書店 5次元文庫 2008年
◇『中韓産業スパイ』渋谷高広 日経プレミアム 2015年

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/9/10  23:41

秩父札所・散華  観音霊場
解りやすく言えば、ワッペンorラベルのようなものを取得して長い間、台紙に張らないでいた。仏罰か天罰か、ほったらかしにしておいたら目力が衰えて台紙にきちんと貼る自信が無くなった。今夏、拙宅にきた甥・姪に頼んで台紙に曲がりなく貼り付けた。

それは、今から14年前の平成14年、定年前の前の午年に「秩父観音三十四箇所観音霊場」を巡ったときの「散華」のこと。散華(さんげ)とは、華(花)を散布すること、とある。台紙は時計回りに右から下へ右側を上へ行って又、下る。これを額に納めることは前から考えていた。

秩父札所の“御開帳”は、12年に一度の午年に挙行される。馬は、本尊・観音菩薩の眷属(家来?)だからである。以下は、秩父札所のHPより。

1観音様の扉を開けます。
2観音様の手に紐をつなぎます。
3紐を五色の布に結びます。
4本尊前に、祈願塔を立てます。
5祈願塔に、観音様の手とつながったお手綱を結びます。
6お手綱と手をつなぐことで、観音様との縁がつながるのです。

秩父三十四箇所は、西国三十三箇所所、坂東三十三箇所と併せて日本百観音といい、34番・水潜寺で結願したら、長野の善光寺にお礼参りが慣例。坂東と秩父は、町の中心地にある額縁屋さんで豪華な?掛軸も完成していた。その額縁屋さんはすでに廃業していた。市内にはまだ額縁・絵画材料店はある。添付の額縁はすぐに設えたもの。税込み7000円也。

クリックすると元のサイズで表示します
1

2009/4/14  13:31

善光寺大僧正  観音霊場
4月11日の「善光寺参り」は「坂東三十三箇所観音霊場めぐり」の御礼参りだった。迷える衆生の筆者だが今回は単に北向観音・善光寺の朱印をいただくことのみが目的だった。

実は善光寺の詳しい歴史や経緯を知らなかった。開山は642年というから<ムシゴヒキ645>「大化の改新」の前で元号のない聖徳太子の時代だ。本来は無宗派であるが実際は「天台宗大勧進」「浄土宗大本願」という本坊があり、二宗教の運営で成り立っている。また本来は尼僧寺院でもある。開山が聖徳太子の妃で蘇我馬子の娘の「尊光上人」であるという。

現在の大僧正は、第121世・鷹司誓玉師。「鷹司家」と言えば「近衛家」などと共に昔の五摂家のひとつ、天皇を補佐する家柄である。鷹司誓玉善光寺大僧正は昭和4年生、全日本仏教婦人連盟名誉会長。

紫の法衣は宮中から勅許されたもので大僧正しか着られない。「お数珠頂戴」は大僧正から数珠で頭にふれて貰うと功徳があるという。「撮影しないでください」というのに撮影してしまった。これでは宝くじの当たる功徳もない。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2009/4/12  23:40

善光寺御礼参り  観音霊場
今日は第2日曜日、江東区豊洲で歌会があった。午前中は昨日の疲労で就寝。午後3時に会場到着。

昨日は日帰りバス旅で「善光寺・北向観音」へ行って来た。善光寺は今、善男善女で混雑している。私の場合は「坂東三十三観音巡り満願」の御礼参りである。御礼参りとは本来は危ない社会の言葉ではない。

11日朝7時、平塚出発、北向観音は13時着、善光寺へは長野市内の渋滞で何と15時50分到着、出発は17時30分、自宅帰着は23時30分。本尊御開帳で善光寺はたいへんな混雑だった。中庭の“回向柱”へ触るのでさえ一時間待ちの行列だった。善光寺参拝はページを起こすか検討中。

画像は上田市・北向観音から見た浅間山、ほのかに噴煙が見える。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2008/11/22  21:00

坂東三十三観音巡り2  観音霊場
一応「坂東三十三観音巡り」1─33番まで終了したので今、画像の点検中。
512MBのコンパクトフラッシュで350枚あった。1か所10枚は写している。

「デジカメdeプリント」なる画像取込ソフト・パソコンの画像ファイル・CD-ROMと保存の確認をしたところ色々保存すべき画像が溜まっている。それぞれ書き出して黒・赤・水色と区分けしたら保存すべき画像がかなりある。お金は殆ど溜まらないが、「画像」と「悪玉コレステロール」は溜まる一方。

31番・笠森観音にあった芭蕉の句碑の案内板。


クリックすると元のサイズで表示します
0

2008/11/20  20:45

坂東三十三観音巡り  観音霊場
宗教的なこだわりはあまり無いが、鎮魂の意味で「札所めぐり」が好きである。

秩父34観音めぐり」も坂東も、何回か訪れ、とっくに「掛軸」はできているが、HPがブームになって以来、スキャンできる納経帳の「朱印」が無い。そこで一昨年、1番から30番まではドライブがてら3度に分けて納経は終了していた。残りは千葉県の31〜33番のみ。番外でお礼参りの善光寺もある。昨日、朝7時出発、21時帰参した。千葉県は広い。32・33番は国道128号の海岸沿いはノンストップで2時間強、フロントガラスは塩分が着くほどの強風。

おまけに浜金谷─久里浜フェリーは強風で欠航。目の前に久里浜が見えるのに館山から東京湾をぐるりと廻って帰って来た。帰宅時には疲労で足腰がフラフラ。私の軽の小さな車でも100キロの速度は出た。隅田川沿いの首都高速箱崎JCは渋滞で行く先に判断を迷うことはない。ここは渋滞がいい。14時間のドライブ・観音めぐりは私の年齢ではくたくた。今日は一日骨休めだった。

現在、画像が350枚ほどある。年内にはページ作成を終わりたい。

添付は33番・那古観音から見た強風の東京湾。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2008/7/18  14:58

「秩父三十四ヶ所霊場」  観音霊場
「秩父三十四観音霊場巡り」というのがある。私などそれほど信仰心はないのだが、秩父はドライブのいいコースでもある。清流があり温泉がありSLが走り石仏があり果物は豊富。

観音さまが馬に乗っているからか12年に一度「午年御開帳」がある。12年は待てないからか半分のネズミ年にも6年ぶりに御開帳がある。今年はネズミ年、御開帳は今日7月18日までの3ヶ月だった。午年は3月から8ヶ月に及ぶ。御開帳に限らず「秩父」へは数えきれない巡礼・旅の記憶がある。

御開帳とは本尊のお堂を開き、観音様の手から長い紐を通して触れることによって個人個人がご本尊にタッチ?することで願い事ができるというもの。今回は何となく見過ごした。画像は6年前の平成14年の朱印帳。今度の御開帳6年後の午年、平成26年度、それまで生きられるかが問題。

クリックすると元のサイズで表示します
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ