2019/5/3  23:53

万世一系  日本史
筆者の私は、常々浅学菲才を標榜しつつ天邪鬼理論をこのブログで披瀝している。「令和」なる元号の新時代になったが、天皇制は長年の歴史を踏まえていわゆる男系を維持すべきと思ってきた。日本の保守層の学者・文化人・政治家など多士済々のメンバーが「命をかけても男系を維持すべき」などと言って憚らない。そうした主義・主張に、筆者は格別に肯定も否定もすべき違和感も知識も無かった。

万世一系は同じ血筋を永年、維持してきた権力・統治の形態で、日本は確実に科学的に存在が証明できるのは、少なくみても、その統治者は第33代推古天皇で女帝の1300年前。蘇我氏を中心にした争いで推古女帝はあくまでピンチヒッター。だが1300年以前に遡る皇統は世界に自慢できる歴史だ。この万世一系が男系で連綿と続いてきたことに、そんなものだろうと思ってきたのが事実。今回の代替わりで、ウィキペディアだが4代まえの明治天皇を検索しただけで“側室”が出てくる。

明治天皇夫人・昭憲皇太后は子供が出来ず側室の柳原愛子(柳原白蓮の叔母)から生れて無事に育ったのが大正天皇。大正天皇は4人の男子を産んだ。天皇家の血筋に正妻から生れて天皇を継いだのは少ないという歴史的過去がある。今の憲法の“国民統合の象徴”制度なら新天皇男子が生まれなかっただけで側室を用意するわけにはいかないだろう。

女系天皇を認めないと言っても辛うじて側室が男性天皇を供給してきたことに保守派の勢力はどう考えているのか。神話の時代の「継体天皇」のように5代も前の血筋を探し出して来るのか。これも問題だ。

添付は靖国神社。

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2019/4/8  22:55

無投票  日本史
昨日の神奈川県知事選挙は、40%の投票率。10人に6人は投票しなかったことになる。筆者は例によって期日前投票、むろん天邪鬼だから圧勝が予想される黒岩裕治などに投票することも無い。220万票、対立する女性候補は70万票だった。日本共産党推薦のみだからこれだけ投票しただけで立派!?

問題なのは県議会選挙で神奈川県平塚市の場合は定数3。自民党、立憲民主党、公明党の3人が立候補。4人目が無く、無投票で当選だった。自民、立民、公明と投票したくない政党ばかり。市議会には若くて生きのいい者がいるが、県議会選挙ではだらしが無い。

大阪では橋下徹抜きで圧倒的勝利なのだからこれは大阪人の意地で結構な話。大阪の頑張りは筆者の考えの“道州制”に繋がることで東京一極集中の現実に一矢を報いることで大いに期待したい。霞が関官庁の裁量権と徴税権を揺らぎさせることは将来の日本のためだ。

蔵書65 中公新書02

◇0420『幕末の志士─草莽の明治維新』高木俊輔 昭和51年
◇0424『子守歌の人生』松永伍一 昭和51年
◇0443『日本語の個性』外山滋比古 昭和51年
◇0449『日本人の病歴』立川昭二 昭和51年
◇0464『おやじの国史とむすこの日本史』昭和52年
◇0490『植物と哲学』山下正男 昭和52年
◇0502『日本人の内と外』司馬遼太郎・山崎正和 昭和53年
◇0632『海軍と日本』池田清 1981年
◇0666『犯罪心理学』福島章 昭和57年
◇0669『日本の芸道六種─書・歌・連歌・能楽・花・茶』桑田忠親昭和58年
◇0748『宴と日本文化─比較文俗学的アプローチ』伊藤幹治 昭和59年
◇0798『ヒマワリはなぜ東を向くか─』瀧本敦 昭和61年
◇0828『清沢冽─外交評論の運命』北岡伸一 1987年
◇0997『日本人の表現力と個性─新しい「私」の発見』熊倉千之 1990年
◇1232『軍国日本の興亡─日清戦争から日中戦争へ』猪木正道 1995年
◇1423『石橋湛山─リベラリストの神髄』増田弘 1995年
◇1307『日本海軍の終戦工作』纐纈厚 1996年
◇1711『徳富蘇峰─日本ナショナリズムの軌跡』米原謙 2003年
◇1990『「戦争体験」の戦後史』福岡良明 2009年
◇1951『広田弘毅─「悲劇の宰相」の実像』服部龍二 2008年

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2019/1/27  16:11

インパール 慰霊と和解の旅路9  日本史
コヒマ06 山間部

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2019/1/3  21:08

祝 東海大学  日本史
箱根駅伝で万年優勝候補の東海大学が初優勝した。ここ4年間、青山学院大学が優勝していた。今回も往路は東洋大学、復路は青山学院。総合優勝が東海大学だった。選手の力が拮抗していれば後は監督の判断と采配。ともあれ地元の大学の優勝は素直に喜びたい。

2016年08月15日放送のNHK特集「戦慄 インパール」は、反響があったようだ。番組の後半、車椅子の老人がインタビューに答えた。さすがNHK、生き残りの兵士(事務官)を探し出して、この人物の若い頃の膨大なメモを公開した。「インパール作戦」を通して戦争の無謀さをフォローするのにNHKの情報網を駆使したのが解る。

その暮れにBS1で総集編があって録画もした。このインパール作戦の31師団・58連隊の生き残りの獣医、浦山泰二氏を父にもつのが、マクドナルド・昭子氏。昨年04月に同じくBS1で「インパール慰霊と和解の旅」の放送があって、後半に昭子氏は出演していた。この放送を見逃していたが、見た人が小生のブログの記事(「インパール作戦 小論」2016/10/11より15回)にコメントがあって気付いたのが実態。内容は読解であるのが真相。

インパール作戦は昭和19年(1944)、日本とイギリスの戦争。ロンドンのビルマ作戦協会で「日英和解運動」に携って居られるのがマクドナルド・昭子氏。その放送の字幕で、認知症に罹患していた浦山泰二氏が昨年01月に96歳で亡くなられていたことを知った。

旧臘30日、夜半、英国ロンドン在住のマクドナルド・昭子氏へメールを出した。この日本・イギリスの壮絶な激戦地、ビルマ(ミャンマー)のコヒマへ慰霊した昭子氏へ現地の画像を提供して欲しいと連絡した。膨大な量の画像とその経緯文が送られてきた。整理してこのブログで紹介する。

添付の画像の右縁が東海大学。

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2018/8/2  20:52

しまむら and しまむら  日本史
筆者の隠棲する平塚市には“しまむら”というスーパーがある。食品の「しまむらストア」は市内に12店舗展開している。「ファッションセンターしまむら」は関東圏に1400店舗、市内に3軒がある。食品のしまむらは自家製のパンがあるので週に2度は行く。衣料品店のしまむらは2ヵ月に一度程度。こちらは纏め買いで一昨日は一万円弱の費用。リクライシング、靴下、タオルケット、紳士用インナー2種類、長袖シャツ。何れもL判。安価なものはインドネシア製だろう。中国製は食品同様、買わないことにしている。

蔵書紹介12 NHKブックス 四六判
◇033 日本人の心 世良正利 昭和40年
◇049 万葉集 木俣修 昭和41年
◇063 芭蕉 その旅と俳諧 広末保 昭和42年
◇069 日本美の研究 その背後にあるもの 吉田光邦 昭和42年
◇066 日本人の無常観 本田義憲 昭和43年
◇085 米食・肉食の文明 筑波常治 昭和44年
◇099 過疎社会 米山俊直 昭和44年
◇113 比叡山 影山春樹・村山修一 昭和45年
◇143 庶民と旅の歴史 新城常三 昭和46年
◇147 稲作以前 佐々木高明 昭和46年
◇176 現代社会の罪と罰 犯罪をどう考えるか 岩井弘融 昭和48年
◇226 日本農業の再発見 歴史と風土から 昭和50年
◇237 現代女性の意識と生活 吉田昇・神田道子 昭和50年
◇241 柳田國男と歴史学 和歌森太郎 昭和50年
◇280 「世間体」の構造 社会心理史の試み 昭和52年
◇281 千利休 村井康彦 昭和52年
◇309 日常生活の社会学 山岸健 昭和53年
◇312 森林の思考・砂漠の思考 鈴木秀夫 昭和53年
◇322 現代青年の意識と行動 吉田昇他 昭和53年
◇344 現代日本人の意識構造 NHK放送輿論調査所編 昭和54年
◇C02 カラー版 仏像風土記 久野健 昭和54年
◇364 旅のなかの宗教 巡礼の民族誌 真野俊和 昭和55年
◇424 日本人の心情 その根底を探る 山折哲雄 昭和57年
◇856 昭和という国家 司馬遼太郎 1999年
◇1232 外務官僚たちの太平洋戦争 佐藤元英 1015年

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2018/7/30  22:38

平凡社カラー新書  日本史
蔵書紹介10

平凡社カラー新書 平凡社
 001仏像祈りの美 佐和隆研 1974年
 087雑木林の四季 足田輝一 1978年
 102骨董入門 奈良本辰也 1979年
 107能百番・上 増田正造 1979年
 108能百番・上 増田正造 1979年
 092野草手帖・秋 足田輝一 1978年
 103野草手帖・秋 足田輝一 1979年
 132薬草手帖・上 田中孝治・木原浩 1980年
 133薬草手帖・下 田中孝治・木原浩 1980年
 135椿 富田達彦他 1980年
 136日本の塔 濱島正士 藤本四八 1980年

写真 俳句歳時記 横田正知編 現代教養文庫
 春・夏・秋・冬 昭和38年発行

俳句歳時記 植物 カラーブックス 昭和50年発行
 春・水原秋櫻子 夏・阿波野青畝 秋・山口誓子 冬・中村汀女

日本残酷物語 平凡社 四六判 昭和34年発行
 1貧しき人々のむれ
 2忘れられた土地
 3鎖国の悲劇
 4保障なき社会
 5近代の暗黒

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2018/7/27  23:31

山川出版社  日本史
蔵書紹介08

山川出版社は高校の歴史教科書で名高い。高校の教科書を再編集した一般向けのシリーズはベストセラー。47都道府県の「県史」シリーズも地道に販売されている。筆者の所持するのは以下3冊。何れも新書仕様。

◇図説 歴史散歩事典 1979年発行
◇図説 民俗探訪事典 1983年発行
◇図説 仏像巡礼事典 1986年発行 新訂版

前記2冊は図版、画像が多いのに活版印刷仕様。実際は大きく組んで縮小版で印刷したように思う。昔の時刻表がそうだったように。

太陽コレクション 大型ムック判
◇茶の湯歳時記 春 1981年
◇茶の湯歳時記 夏 1981年
◇茶の湯歳時記 秋 1981年
◇茶の湯歳時記 冬 1981年
◇別冊太陽 茶 1973年

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2018/6/25  19:58

近江商人  日本史
近江商人はインターネットで多く語られているので詳細は省く。琵琶湖の近江は先頃、滋賀県を止めて“近江県”にしたらどうかとの話題もあった。物流が盛んになった江戸時代は、東海道・中山道の起点だったから拍車を掛けた。

≪初めの商品は,近江八幡 (蚊帳,畳表) ,日野 (売薬) ,五箇荘 (呉服,太物) ,長浜 (ちりめん,肥料) とそれぞれ特色があったが,産物を扱っているうちにその地の産業を押え,全国いたるところの商権を握ったのが特徴。≫

伊藤忠商事のHPには、次のようにある。≪頭に菅笠、縞の道中合羽をはおり、肩には前後に振り分けた荷を下げた天秤棒。江戸時代から明治にかけて活躍した近江商人の典型的な行商スタイル。近江商人とは、近江国に本宅(本店、本家)を置き、他国へ行商して歩いた商人の総称。大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人のひとつ。「近江の千両天秤」ともいうように、天秤棒1本から財を築き、三都(江戸、大坂、京都)をはじめとする全国各地に進出し、豪商と呼ばれるまでに発展していった。近江商人の経営哲学のひとつとして「三方よし」が広く知られている。「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方だ。≫

添付画像は琵琶湖大橋。三角に捉えているのが多分、三上山、通称近江富士。月末の仕事の最中。暫時ブログは休みます。

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2018/6/17  22:01

チコちゃんに叱られる  日本史
NHKの金曜日の番組に「チコちゃんに叱られる」がある。クイズ形式で回答者が答えられないと「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と5歳のチコちゃんが真っ赤になって起こる。

これを地で言ったのが最近の河野洋平元衆議院議長。「河野談話」で国益に反しすっかり“自虐発言”で著名なのだが、全く反省がない。「ばか言ってんじゃねえよ」と言いたくなる。これが今の安倍内閣の外務大臣の父親。神奈川県平塚市は、筆者の私のまだ選挙権の無い頃からの河野一族。その二世、太郎は三世だ。韓国済州島の16人の慰安婦を針小棒大にした政治家の一人。自分の発言は絶対撤回しない。新自由クラブ結成の時の初々しさは到底なく醜悪の極み。

以下は河野洋平の発言。≪植民地時代の処理もできていない国に、ただ【拉致被害者を)帰せ、帰せと言っても問題は解決しない。国と国の関係を正してもらうという手順を踏まざるを得ない≫

日本政府はこんなことをいう元自民党総裁は無視していい。国際的誘拐をした国に何ら同情すべきではない。日本は朝鮮半島を植民地にして暴利を貪った事実はなく、むしろ持ち出しで李朝500年の非近代を開放したのが事実。

添付は「多賀大社」。彦根、湖東三山が近い。

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2018/4/28  21:42

勝利の女神  日本史
本日、「一石二鳥」を意識して(表現は正しくないが)、絵画展鑑賞とカット画像の撮影に出かけた。短歌会の表紙画を毎年提供される画伯の絵画の展示は、春はJR「有楽町駅」前の交通会館。午後は、両国界隈を撮影。本当は「深川界隈」としたいが、なにしろそのメインの「富岡八幡宮」は宮司の弟の“血生臭い”事件のほとぼりがまだ冷めていない。

両国国技館は折悪しく何かの行事があって大賑わい。全体像を撮影できなかった。すぐ隣の安田庭園は静かな佇まいだった。赤穂義士の話の「吉良邸」は僅かな跡地だが、この撮影中に筆者の背中を叩くご婦人がいた。同じ短歌結社所属の編集委員・森藤氏だった。氏はグループ散策の最中だった。

このご婦人は“勝利の女神”だった。吉良邸のあと、上を京葉道路が走る堅川の川面を撮影のあとタクシーで錦糸町場外馬券売場へ移動。明日の天皇賞と本日のダービートライアル「青葉賞」を購入。本日分は何と初めて万馬券が的中。5000円の投資が109300円になった。この分でいくと明日の天皇賞も多分大儲けだろう。

35歳以前は、この中央競馬に嵌っていたが、今は上京の折りにしか馬券は購入しない。それがそこそこの損害とそこそこの的中で済んでいる。先月の浅草界隈の撮影時には、浅草場外売場で購入したものは、枠番を勘違いして8000円を無駄にした。ようやく取り返した。馬券購入は月一回が正しい。馬券は的中したが何かを忘れていた。18000歩を走破したからか昼食を忘れていた。

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