2018/6/30  22:48

渡岸寺  旅行
琵琶湖北岸、長浜市高月の向源寺の十一面観音は仏像好きの者には、見逃せないもの。仏像に詳しいのか、単なる憧れか最近は“仏女”なる存在がある。タレント・モデルの「はな」が先駆者か。

十一面観音の詳しい考察は避けるが、衆生から一切の苦しみを抜き去る功徳を施す菩薩であるとされる。多くの十一面観音像は頭部正面に阿弥陀如来の化仏があるのが特徴。奈良・聖林寺、奈良・法華寺、奈良・室生寺とこの湖北・向源寺(渡岸寺観音堂)の四つが有名。いずれも国宝だ。

むろん写真撮影は出来ないので添付はカタログのスキャン。実物は2メートルはある立像。こころもち腰を左に寄せていて優美を醸し出している。戦国時代戦火を避けて土中に隠したと言われている。聖林寺・法華寺・室生寺のもまたじっくり見たいものだ。

クリックすると元のサイズで表示します
2

2018/6/16  22:37

トライク  旅行
サッカーのワールドカップが始まった。スペイン対ポルトガルの試合は圧巻だった。クリスティアーノ・ロナウドは一人で3点を得点したハットトリック。3点目のフリーキックはスペインの選手の頭上をカーブを描いて叩き込まれ、サッカーに素人でもこれは凄い。サッカーは実に簡単なルールのスポーツだからこの地球上で最も盛ん。超一流選手は年間数十億円の収入。

06月03日から三日間のパック旅は琵琶湖湖南・比叡山延暦寺・琵琶湖南岸だった。これを頁にするかどうか思案中。

高速道のサービスエリアに駐車していた「トライク」なる三輪バイクが最初の発見。見た目はバイクだが普通免許でヘルメット無しでOKらしい。ネット検索したが費用は400〜500万円もするらしい。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2018/6/11  21:19

琵琶湖湖畔  旅行
06月03日より三日間、クラブツーリズムの安いパック旅に行った。筆者は新幹線小田原からこだま号へ乗車。三河安城からバスの旅。メインは二日目の比叡山延暦寺、三日目の琵琶湖・竹生島の西国33観音霊場30番の宝巌寺。最後は新幹線乗車まで長浜市の商店街を散歩。

多賀大社、西明寺、常楽寺、白髭神社、比叡山、近江神宮、三井寺、石山寺、竹生島、向源寺(国宝・十一面観音)。

今、ページを作るか思案中。15日まで所属短歌結社の年間歌集の「作品三欄展望記事」を作成中。16日までブログ記事記述は、暫時休みます。

添付は琵琶湖を望む白髭神社。与謝野鉄幹・晶子の歌碑があった。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2018/6/9  23:10

なべのふた02  旅行
“なべのふた”は自分の記憶に間違いが無かったが、バスガイドの質問に半分正解だが、半分は正しくない。あくまでの新人研修のためのVTRの映像を見た記憶のこと。「近江商人」をネットで検索したら「「売り手よし、買い手よし、世間よし」という“三方よし”の解説が出ていた。つまり近江商人の販売の哲学を映画にした「てんびんの詩」のなかの「なべのふた」で、じっさいには鍋の蓋など買う人はいないということ。あくまで象徴としたもの。

近代化以前の日本は小部落が点在するだけの農村。自給自足の世界。てんびんに荷物を担いだ行商は、物流の先駆者だったと思う。

画像はネットで拝借。(「てんびんの詩」より)

クリックすると元のサイズで表示します
1

2018/6/6  23:23

なべのふた  旅行
一昨年以来、パック旅だが「琵琶湖西部・湖北・近江路三日間」と欲張ったクラブツーリズムの旅に参加。45席のバスだが23人参加で、催行スレスレではなかったのか。格安料金には聊かの“手抜き”がある。宿泊はJR草津のビジネスホテル。旅につきものの大浴場は無い。新幹線は東京から「こだま」。名古屋の前の三河安城から三日間はバスの移動。帰路は米原乗車。

筆者には西国33ヶ所観音霊場の30番「竹生島」and向源寺・渡岸寺の十一面観音立像が見られるチャンスが到来したのが今回のメインだった。

昨年あたり滋賀県を「近江県」にするニュースが展開された。琵琶湖東部の近江路は「近江商人」で有名。江戸末期から天秤棒を担いで行商をしたので有名。バスガイドから近江商人は何を売ったのかの問いで、筆者はバスの後ろから即座に“鍋の蓋”と答えて失笑されたが、思い付きのデタラメを言ったわけでもない。

高島屋、伊藤忠商事、住友財閥、ヤンマー等は近江出身の人物が創業者。伊藤忠商事の新人研修のVTRには「てんびんの詩」があり、高等小学校卒業の子供に近江商業高校に進学したければ「鍋のふた」を売って来いという近藤大作(10代続いた豪商)の話があって父親役の俳優は栗塚旭だった。

ベテランのバスガイドはこれを知らなかったようだ。「鍋の蓋」は比喩であって売られた物は、明治維新以前は、藺草、麻、数珠、蝋燭など生活必需品だった。てんびんを担いだ行商の話である。

添付は近江神宮。

クリックすると元のサイズで表示します
3

2016/6/7  22:26

仙巌園の庭  旅行
5月末のパック旅のメインは桜島だが、詠い文句は10景で、知覧の特攻記念館、指宿温泉、霧島神宮と共に、鹿児島市の仙巌園も二日目に時間を割いていた。仙巌園(せんがんえん)は、昔の長州・薩摩ビイキにしては良く知らなかった。当時の第19代当主であった島津光久によって造園されたのが1658年だから江戸時代初期、桜島が借景となっている庭園なのが解る。


幕末には第28代当主島津斉彬がこの敷地の一部を使ってヨーロッパ式製鉄所やガラス工場を建設するなどの近代化事業(集成館事業)を起こした。1857年(安政4年)には、園内の石灯籠にガス管をつないで点火させ灯火として用いたことから、日本のガス灯発祥におけるルーツの一つとして挙げられる場所にもなっている。(ウィキペディア引用)

仙巌園は、現在は島津興業株式会社が観光産業として組織・運営している。日本の近代化遺産が、世界記憶遺産として登録と賑々しいが、これは中国や韓国にとやかく言われることはないので安心。反射炉や大砲が置かれている。この庭園はまことに良く整備されていて桜島の眺望は、所謂絶景だ。菖蒲が美しい庭園の入り口には短歌・俳句の投稿箱があったので投稿紙を一枚、持って来て「南国交通」の若いガイドさんに、後日再び仙巌園に赴くときに投函を頼んだ。多分平成28年度の優秀作品に推挙は間違いない。だが来年5月の発表まで生きている保証はない。

 はつ夏の桜島(しま)の裂け目の鋭きに吾は戦く仙巌園の庭

どうも相変わらずの短歌だが、桜島の山腹に裂け目を感じたのは確かなので、これは推敲したい。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2016/6/2  22:29

南九州パック旅  旅行
20年前の平成08年、印刷業界の職人仲間に誘われたのが「パック旅」の切っ掛けだった。それが「四国周遊の3日間」の旅。同じ職場で、初めて飛行機に乗る者も居た気がする。以来10数回の参加。ここ4年間、筆者自身の「腰椎骨折」で旅行そのものが無理だった。今回誘われたのは「南九州10景めぐり三日間」。元々飛行機は好きではないので、相変わらず生きた心地はしなかった。だが飛行機は便利、羽田・鹿児島は80分だ。

鹿児島空港から近い霧島神宮がスタート。「南国交通」のバス旅、ガイドさん、運転手、そして現地の添乗員も三日間、同じだった。翌日からは強行軍、桜島溶岩道路、なぎさ公園・足湯、錦江湾クルーズ、鹿児島・島津藩の仙巌園、屋久杉工房、最終日のメインは知覧特攻平和記念館の見学。

桜島は、今年になってからも赤い溶岩を確認できる噴火があった。噴煙は絶えることがない。ここ数十年、暫くは霧島・屋久国立公園と記憶していたが、屋久島は世界自然遺産として各上なのか、独立した国立公園になった。

知覧は小京都として「武家屋敷群」が知られているが、この地の散策は無かった。だが「特攻平和記念会館」は、あまねく知られている。特攻隊が無謀だった悲劇ばかり取り上げられるが、逆に戦前の軍部がいかに無能だったかの意味に於いて存在感がある。私見だが、遺書などない無名戦士が圧倒的多数なのが明白な事実。車窓からのみだが「開聞岳」を観た。茨城の筑波山と共に1000mに至らないが日本百名山として名高い。特攻兵士が開聞岳を見ながら飛び立ったのは語り継がれている。“特攻花”称されるオオキンケイギクも確かに咲いていたと思うが、キバナコスモスと区別が付くほど花に詳しくない。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/6/5  21:32

京都・奈良02  旅行
06月02日・03日、京都・奈良を2年ぶりに訪れた。

京都は、西本願寺・無鄰菴・三十三間堂・東寺
奈良は、東大寺ミュージアム・依水園・興福寺・元興寺・唐招提寺・薬師寺
今月中旬ページにします。その前に「春のバラ」をページにします。

02日、近鉄地下街で食事中、滅多に使わない携帯電話が鳴った。母の実妹、叔母よりの連絡があり亭主が亡くなったとの知らせ。80歳を超え、最近は寝たきりだった。明日06日通夜、07日は葬儀、二日間受付の仕事。母は8人の兄弟姉妹、一番下の叔母だけが健在。

HP・ブログ08日以降、更新します。

添付は薬師寺金堂、薬師如来は外からのズームではピントが合わなかった。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2012/6/1  21:18

京都・奈良  旅行
明日・明後日、2年ぶりに「京都・奈良」へ行ってきます。
体力は加齢により衰えています。ブログは火曜日以降書き込みます。

添付は歌友より教えられたデルフィニウム。

クリックすると元のサイズで表示します
0

2011/7/6  18:01

函館・小樽・札幌  旅行
二泊三日、クラブツーリスムの旅。函館・昭和新山・洞爺湖・小樽・札幌のコース。

昨日羽田着、21時30分、京急バスで横浜、グリーン車を奮発、平塚着。深夜バスにて23時50分、自宅着。07月05日は携帯電話の歩数計で19000歩。

止せばいいのに小樽の街、自由散策で石川啄木歌碑のあるところを探訪。結論として小樽を一望できる高台の「水天宮」境内にあり、急坂を上り、百数十段の石段を上り、足腰はヘロヘロになった。同行の筆者の10歳上の友人のほうが足腰は達者だった。
啄木歌碑は、

 かなしきは小樽の町よ歌ふことなき人人の声の荒さよ

岩波文庫の啄木歌集では、この通り。しかし歌碑は「声」の字が「」という正字・旧字になっていた。「聲」は耳ヘンある。歌碑の書はいいのか悪いのか、筆者は、当初は「聲」の字が長細く「教育」と読んでしまった。「教育の荒さよ」では「小樽町民に失礼ではないか」と思った次第。同行の先輩は印刷現場の植字工40数年のキャリア「君、それは教育ではない、声の正字だと」とひとこと。

筆者は、植字工と短歌のキャリアの足りなさをしみじみ感じた次第。同じ短歌会の友人がこのブログを読まないことを願うのみである。蟹もホタテも贈れない経済状態…。隣家へは「昆布醤油」一本、自分用には1000円の牛乳用のグラス一個、黒の帽子一個。この旅のページは来週、作成します。

クリックすると元のサイズで表示します
1


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ