2020/10/14  21:23

ネット投稿  身辺些事
所属短歌会で「ネット投稿」が新設されている。コロナ禍で通常の例会が中止されたままなので、ネット投稿で自分の短歌二首を投稿。決められた日より鑑賞文を書き込む。20日過ぎに謝辞などを書き込む。これはすべて本名のまま。閲覧はだれも出来るが、書き込みはパスワードを知らないとできない。筆者の10月の歌は以下の二首。

 横向きの顔のかたちの山形県ひたひの部分にわが友は住む
 タオルケットの下からはみ出す部屋用のメガネは又も潰れてゐたり

以前から地図を見るのが好きだが、定年後に一週間の車の旅をしたので東北6県は気になる。茂吉記念館や山寺へ行ったのでヤフーの地図で、山形県が左を向く人間の形に見えた。鑑賞者の一人が言うように友人は、額の部分酒田市に住んで居る。その友人は後輩で元同僚、勤務先の近所の床屋の理容師を口説いて酒田市の実家へ帰り家業を継いだ。家業は魚屋。元印刷会社の営業と理容師の夫婦で果たして“魚”が売れるのか。酒田なら日本海の魚は豊富のようだ。

二首目テレビの録画を観つつ寝るので部屋用の眼鏡を三度潰した。近眼は悲しい。運転用・部屋用・読書用と三種類、二個ずつある。

添付は刈り取りの終った稲田への水路脇に咲いていた。ネット検索をした。「オキナワスズメウリ」というらしい。

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2020/9/24  23:06

哀悼 守屋浩  身辺些事
昭和34年、筆者の私が15歳の中学生の頃、歌謡界にデビューしたのが守屋浩。なんだか妙に足の長いヒョロヒョロした歌手だった。「黒い花びら」で鮮烈なデビューだった水原弘、井上ひろしの「3人ひろし」で売れに売れた。水原と井上はアルコールが原因か、遙か前に亡くなっている。2010/6/8に「讃・守屋浩」をこのブログ記述した。デジタル化されない前のアナログの「歌謡コンサート」から当時、流行の静止画キャプチャで切り取ったのが添付の画像。

現在の上皇、上皇后が結婚したのが昭和34年だった。「南国土佐を後にして」、筆者の好きな三橋美智也の「古城」が大ヒット。イタリア映画「刑事」がヒット。クラウディア・カルディナーレの美しさと主題歌に魅せられていた。伊勢湾台風で多くの死者が出た。

守屋は第一線を退いたあと「ホリプロのスカウト部長」など裏方で若い歌手及び社員等の教育・指導にも当たったらしい。島倉千代子と同じ昭和13年生まれだから10年前は70歳。当時その高音にあまり衰えてはいなかった。デュエット曲「星空に両手を」は島倉千代子のCD全集にある。人気歌手本間千代子と結婚したが後、離婚。再婚して二人の子がいたらしい。2020年、渡哲也、広田三枝子、久米明、宮城まり子などが物故、昭和はまた遠くなりけりだ。

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2020/9/21  22:54

水琴窟  身辺些事
年金生活となり、後期高齢者になるとあまりカレンダーを見なくなる。近所のクリニックへの通院は、月曜日の午前中なのと、缶・瓶の資源ゴミ乃至は燃えないゴミの出す日。先週月曜日に通院したので服薬が切れることはなかった。外出にカートに載せて転がすタイプの酸素ボンベは偶然、先週木曜日に注文、金曜日に届いていた。これが金曜日の注文なら今週水曜日の配達になるところだった。即ち土曜・日曜・祝日・祝日と休日が続く。祝日が2日続くのは殆ど失念していた。この時間軸が衰えるのはいささか問題だ。

短歌会の代表の掲示板に小生の二首が掲載された。これは近所にある「坂東三十三ヵ所観音霊場・第七番「金目山光明寺」の境内にある。

 水琴窟地底より上りくる硬質の響きに一刻暑さを忘る
 水琴窟華奢なる響きよく聴けば彼の世へ誘ふ警告なるかな

水琴窟(すいきんくつ)は手水鉢(ちょうずばち)の水を設えられた甕の中へ落とす。竹筒に耳を当てると、その時に発生した音が竹筒を通って聞こえる。琴の響きに聞こえるかどうかは個人の感性。目的は庭園の設備の一つ、風雅を醸し出すのか。オルゴールのようなメロディはない。

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2020/9/12  16:47

先輩の死  身辺些事
昭和55年、筆者の私が35歳のとき、正社員として入社したベテランの職人と付き合いが始まった。あれから40年、その大先輩の方が08月14日亡くなったと知らせが来た。小生より10歳年長で、昭和09年生。86歳でクモ膜下出血だった。お酒の大好きな人だった。最近の手紙では、ガンの手術を二度したという。面倒見のいいこの人物は、活版職人時代から続く「若竹会」の代表。常に10数人の会合があって池袋集合だった。これに加えさせて頂き、およそ20回ほどパック旅行に参加した。本来は“無尽の会”で毎月、何某かの資金を積みたて、旅や宴会の費用に充てた。今でも地方では頼母子講などがある。

昔の活版印刷の現場は、文選工、植字工、印刷工、鋳造工、鉛板工、解版工などに分かれていた。解版は女性の仕事、腕のいい職人は、建設現場の大工のように臨時工として現場を渡り歩いた。昭和40年代は大手の凸版印刷、大日本印刷などが毎日、新聞で募集していた。昔どの家庭にもあった「百科事典」「文学全集」は、これらの職人の技。週刊誌・月刊誌も彼らの仕事で、概ね賃金の高い“臨時工”だった。今では鉛の活字の印刷は殆どなくなり名刺・カードなどに限られ続けられている。

渡り職人は、腕はいいが“飲む・打つ・買う”のヤクザな者が多かった。先輩はそれを断ち切り、賃金は安いが正社員の道を選択したのは賢明。酒は好きだがギャンブルもせず、色町にもいかない。逆に小生が誘って柳青める浅草千束へ案内したこともある。

先輩は8人兄弟で双子の弟も居た。その弟も早く病気で死んでいる。先輩の長男は専門学校を出てコンピュータの専門家。足の少々悪い女性と職場結婚。その長女、先輩の孫は、静岡大学を卒業したという。大酒のみの先輩と下戸の小生、よく付き合いが続いたもの。小生が42歳の厄年、右膝を骨折、三ヶ月入院したことがある。遠くから態々三度も見舞にきてくれた。感謝のみである。若竹会は4人となって解散らしい。未亡人に連絡して墓参はしたい。いずれ小生も遠くないうちにそちらへ行く。その時は此の世と変わらぬお付き合いを願いたいものだ。合掌

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2020/9/10  21:38

シリアル  身辺些事
どうやら厚生年金のおそらく最低限を支給されている。これが国民年金だったら目もあてられない。預貯金など葬式代しか蓄えはないのでエンゲル係数を低めるしかない。筆者の家の隣家にコンビニが出来たがセブンイレブン、食料品スーパーではない。セブンの袋だけ頂いた。行くのは少し離れたローソン。

6年前、大スターの高倉健が83歳で亡くなった。NHKは絶妙のタイミングで独占インタビューの初めての番組を作った。それが平成25年だった。そのとき高倉は、朝食はシリアルを中心にしっかりと取る。昼食は抜きだったとの経緯が放送されていた。シリアルなるものを知ったのがこの時。大麦・大豆・玉蜀黍・胡桃など乾燥させて粒状になったもの。甘味が少々あり牛乳orヨーグルトをかけて頂く。安価でヘルシーでビタミン豊富。一石三鳥のもの。朝・昼はこれが中心。安い野菜はモヤシ、キャベツ、玉葱。野菜炒めのフライパンの左手の“フリ”がだいぶ巧くなった。

ところで今、気付いたが2年前、亡くなった樹木希林も3年前にNHK特集があった。樹木希林の来し方はブームを呼んで文春新書は大いに売れた。先頃のNHKの特集は読売新聞の主筆、渡辺恒雄氏、94歳、鳩山一郎、大野伴睦との交わり。陸軍二等兵として徴兵され内務班の暴力を語った。読売新聞は購入しないが太平洋戦争の証言者だ。渡辺恒雄氏の靖国神社に対する考え方は真っ当。310万人の犠牲者と加害者のA級戦犯の合祀は矛盾しているとの由。早く戦犯は分祀すべきという。

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2020/9/1  23:15

喫煙者  身辺些事
安倍晋三総理大臣が長年の持病が再発で辞任表明。次は長年外務大臣だった岸田文雄 vs 石破茂だと思っていたら、あれよあれよで8年間弱、官房長官だった菅義偉のムードにまたまたびっくり。わが平塚市の有力候補、河野太郎は親分の麻生太郎に逆らえない。他の派閥も自民党の顔にしては地味な菅義偉とは政界の裏表を知り尽くした出戻りの二階俊博幹事長には睨まれたくないと言った雰囲気。凄腕の金庫を握る幹事長にみな大人しい。

「前総理大臣」の敬称が、風前の灯の野田佳彦、立憲民主党の福耳の枝野幸男代表は喫煙者。自民党の外務大臣・茂木敏充、河野太郎防衛大臣、今度も自民党総裁に立候補する石破茂も喫煙者。今や喫煙者は男性さえも20%を切ったらしい。たばこ税が日本の税金の確かな財源なので喫煙しない人間は、えらそうなことを言うべきではない。かくいう筆者も禁煙してまだ5年、肺機能が壊れて家の内外で酸素ボンベ装填は、これぞ自業自得の典型。

筆者の中学時代の友人は、ビールが好きで喫煙者。早くカミさんを亡くし鰥。最近物忘れが多く認知症の前ぶれかと恐れているらしい。もの忘れは加齢であって別に心配することはない。認知症は自分の名前を忘れたり、その日、食事をしたかどうかも判らなくなったら完全にアブナイ。友人に告ぐ。ビールは止められないだろうから禁煙を薦める。一気に禁煙すべき。吸いたくなったら薬局で売っているニコレットを進める。

ニコチン1程度はある。一粒90円くらい。一個口に含めば2時間は噛む。煙草が心底いけないのは煙だ。吸い込んで数秒で血流に染み込む。顔全体に微妙な皺が急速に増えたらニコチン中毒だ。松本清張、司馬遼太郎、池波正太郎、津川雅彦、藤田まことなど末期は顔面に皺が目立った。禁煙した古谷一行、舘ひろしは生きている。先頃、中学時代の級友の弁護士が死去。そろそろあの世にいく順番が巡ってきた。筆者がどうやら先に行くので約束通り墓参はすべき、約束は守られたい。

添付は我が家の隣にできたコンビニ。小生はローソン派。

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2020/8/31  22:24

コンビニ開店  身辺些事
筆者の私はゆえあって鰥の生活なのでコンビニを使用する。金目観音交差点脇にある「ローソン」の上得意?だ。通院など街中へ出ると帰り際、寄るのが岡崎という交通要所の交差点にある「デイリーヤマザキ」。ここは駐車場が広く大型トラックが駐車可能、この店舗でパンを焼いているので歯のない?小生には打ってつけ。体力勝負の労働者のために、小生には一個しか食べられない手作りの「大きなむすび」があって夕方行けば売り切れである。

拙宅の横のスーパーは6度目の経営変更。今度、ドラッグストアが九月中旬開店するが、一足先に東隣に「セブンイレブン」が開店した。早速二日続けて行ったが、開店したばかりなのかレジの女性は甚だ不愛想。

「マーガリンはどこにあるかと」聞いたら「無い」とけんもほろろ。他のコンビニと比較して子供向けのアイス、チョコなど冷凍食品のスペースが広い。主力はどこも同じ、しっかり結んでいない?むすびとパン類。ローソンには多少でも野菜や果物も置いてある。この拙宅の横のコンビニは元々下戸で禁煙5年なので筆者には用はない。今は煙草の値段も知らない。

1400坪の敷地、車は50台のスペース。昭和57年、拙宅を新築した時は「スーパー曽我の屋」、次に「エスパティオ」、「生鮮市場」、「スーパーしまむら」、「フラワーランド」と経営が変わった。今度はメインがドラッグストア。歩いて1分の隣のコンビニ、どうやら相性は悪い。ドラッグストアに併設される調剤薬局は多分お世話になる。

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2020/7/31  23:50

哀悼 97歳・96歳  身辺些事
昨日、台湾の元総統・李登輝氏が亡くなった。97歳の天寿だった。戦前の台湾は日本の統治下。京都大学卒業で日本の古典文学にも憧憬がある親日的な中国人だった。22歳までは日本人だったと自ら言った。その後アメリカへも留学しているから無論、英語も堪能。だが晩年になっても難解なことは日本語で理解・表現したらしい。蒋介石の息子の蒋経国のあと、民主的な選挙を導入して台湾総統の座についた。共産党一党独裁の中国大陸は選挙など無い。力ずくの軍事力のみに邁進。台湾の自由と民主主義国は大いなる恐怖ではないのか。それだけに大陸からすれば国賊だ。

太平洋戦争の戦後、毛沢東の共産党との戦いに敗れた国民党の蒋介石が、冷戦時代、民主自由陣営に加わって生き延びたのが現在の台湾。「中華帝国の夢よ再び」の大陸中国は、政治的は反体制の自由貿易圏との国の交易で富める国になった。その利益で徐徐に軍事力を高め、あまつさえ米国を中心に自由民主主義国のあらゆる技術を掠め取って膨張している。台湾は日本の軍事の防波堤になっていることに感謝すべき。

所属短歌会の長老(大正13年生、96歳)近藤未希子さんが昨日亡くなった。今年は歌誌に投稿がなく体調が思わしくないらしかった。昨年08月、終戦の日特集・NHKの「マンゴーの樹の下で」という番組のドキュメントに近藤未希子さんが出演・インタビューを受けた。近藤さんは、従軍と言っていいのかどうか軍部に“応募したタイピスト”。敗色濃い戦争の日米戦争の最前線に高給を約束されて徴用された実態を告白された。ドラマ部門は岸恵子、伊東四朗だった。

添付の画像は、小さな印刷会社で「冬雷」誌の印刷に関わっていた頃の「近藤未希子綴込み歌集『母の庭』」の表紙。平成06年からコンピュータの製版に移行したからこの「母の庭」は鉛の活字の製版の末期のこと。題名は1号活字。姓名は2号活字で21ポイント。10・5ポイントとは5号活字。罫線8枚が5号の活字の厚さだった。画像は印画紙の濃淡を腐食させた銅板を使用した。

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2020/7/27  21:21

“き”の字  身辺些事
おのづから身の丈知るやコニシキ草蔓延るでもなく枯るることなし
戦争論推敲すれば“き”の字の多し志気血気ありて飢餓棄兵もある

所属短歌会の7月号2首ずつの鑑賞投稿が終了した。上記の筆者の2首には、6人の方々から感想が寄せられた。筆者のこのブログを鑑賞して下さる方にはそれらの全文が解るので、2首目の歌の丁寧なアドバイスをここで披露。後半は筆者の解説と挨拶。

◇二首目は「推敲」すればと言うのだから作者が書いている戦争論ですね。ここが特徴だと思います。他人が書いた論等によって気づいた事ではない、という訳ですね。作者は戦争の研究者です。それだからこそ、この発見に重みがあるわけです。過去回想の助動詞の誤用慣用の問題を議論した時にも、「き」は強い語勢があると誰もが認めていました。さて、内容には特徴も発見もあって佳品なのですが、この歌の全体を普通に読んで行くと、何か調べがギクシャクして散文的で、読後の余韻が少ない気がします。読んだ後に、ジーンと「き」の音が鳴り止まないという終わり方ではありませんね。それはやはり歌が破調で無駄音が目立つからだと思います。

「戦争論推敲すれば“き”の字の多し」これでは締まりませんね。わたしは、「字」にスポットライトを当てるのではなくて、「き」の音に当てる方が効果的だと思うんですね。「戦争論推敲すれば“き”の音多し」。これでも字余りですが、我慢の範囲です。「士気血気あり飢餓棄兵あり」と繋げる。プラス的な士気血気から逆にマイナス的な飢餓棄兵を並べる。こういう構造に作れば、十分余韻を引くまとめ方ができる気がしています。

◇拙歌を鑑賞して頂き有難うございます。庭仕事の嫌いな拙宅に庭があるのが聊かの問題。何もしないとそれこそ身の丈ほどのセイタカアワダチソウが蔓延り、近所の知人に日当を出し、草むしりを頼む始末。真向いの家はお金持ち!庭師が剪定をしており竹垣のモッコウバラ、藤など見事です。竹垣の下部にコニシキソウ、オオバコ、ヒメイタビなど風情があります。緑が保たれているのはヒメイタビのようです。添付はコニシキ草。

戦争の歌は恣意的で鑑賞に値しないかもしれません。小生に社会詠をそそのかしたのは立谷正男氏でした。元労働組合の闘士、元気ですかね。「き」の字はもっと多く武器、軍旗、戦機、勇気、気魄、鬼気、狂気。いちばんの問題は「病気」です。中途半端な自分の「昭和史」を推敲して数多の本を再読・三読すると専門家の論考の向うに見えてくるのは、日本人は戦争には向かないという国民性です。今の憲法の9条など気にする必要はありません。国家的な戦争をしても必ず負けます

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2020/7/23  23:56

また、眼鏡  身辺些事
所属する短歌会もコロナ禍で休会中。東京周辺の方々が例会参加の中心だが、これを機に「ネット歌会」ができて20名弱の会員が6月、7月に参加された。パソコンを操れる人は、たとえ九州の会員でも参加可能。

筆者の6月の参加2首。

 眼鏡掛け鼻チューブ付けマスクする一刻苦労する限りある耳輪に
 呼吸器科の待合室に空席無しおほかたは無言にて視線は動く

ウェブ書き込み討論の最中に以下の解説をした。
「マスクをする時の耳の上の部位は、何と言うのか、ヤフーで検索。耳輪(じりん)とあり、単純にこれを使いました。頭脳の優秀な証といわれる大きな耳は、高倉健、松下幸之助、石坂浩二などが有名。小さな耳しか持たない小生の“嘆き”の歌なのです。耳輪に誤りがあればご教授下さい」
小さい耳にマスク、眼鏡、酸素ボンベ使用の鼻チューブで耳に掛けるのは難儀するということ。

ところで中学生の頃から勉強のし過ぎで!?で見事に近眼。60年間、眼鏡を使用。昨年の今頃、免許の更新で「矯正」の眼鏡の度数に自信がなく市内の「眼鏡市場」で0.7にて新規購入。免許の検査はパスした。運転用の眼鏡は室内では少々きつく昔のものを使用。眼そのものの質は落ちていて読書用の眼鏡もある。

長年テレビを見ながら就寝の慣習。朝起きたら室内用の眼鏡が外れて壊れていたという不始末も度々。室内用は0.2仕様。レンズを嵌めこみ、フレームの曲りを修正してまだ使えるが、傷みはいちばんある。古くなったのでこの室内用を新規購入した。昨今、家に籠る生活、世間の悪口を言うのが生き甲斐の生活、眼鏡は生活の必需品ということ。

添付の画像は古い順番。

1 昔、勤務していた頃、秋葉原の「眼鏡ドラッグ」で購入、ガラス製。
2 読書用、老眼ではないが度数がいちばん弱い。藤沢の「眼鏡ドラッグ」。
3 旧、室内用。戸塚の「眼鏡ドラッグ」で購入。
4 いちばん新しい室内用。テレビもよく見える。「眼鏡市場」で購入。
5 今までの運転用。朝起きたらレンズが外れていたことが屡々。
6 昨年新調した運転用。「眼鏡市場」で購入。

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