2019/8/3  21:46

暑中見舞  身辺些事
暇な折(毎日ヒマだが)パソコンのヤフーで日本地図、世界の地図を見るのが好きである。昔なら大型の地図帳を見なくてはならなかったが今は非常に楽。パソコンの画面で拡大・縮小、スクロールが出来るのは画期的なこと。これでは大型の印刷物も売れないだろう。

そこで気が付くのは韓国が日本にイチャモンをつけてくるのがある種、解る気がする。先ずは「日本海」という呼称が嫌いらしい。アメリカ・日本などの国連から兵糧攻めにあっている北朝鮮が、いくら制裁を受けても平気なのは、密かに物資を提供する国があっても、地図を見るのと違って大海原の太平洋・日本海で瀬取り(競取り・荷物の積み替え)をしても発見されないだろう。

むろんその提供者は同胞の韓国。素人でも今の韓国大統領は弁護士出身だから経済に疎く、関心は南北統一という基本。同胞だから北朝鮮を非難せず同盟国なのに日本に厳しい。セドリを日本の哨戒機?に見つかったから韓国は日本の自衛隊機のレーダー照射(攻撃準備)したのだろうということは素人でも想像できる。

世界情勢や外交に疎い筆者は、北朝鮮の“拉致した日本人を早く返せ”ということに尽きる。横田めぐみさんの父親は施設に収容されているらしく、もうマスコミには出られない。日本の左翼的メディアは終始、“反米・反自民・反安倍”だが北朝鮮・韓国には鷹揚なのはいけない。ここは日本全体で発信すべき時に来ている。

添付は鎌倉市二階堂の瑞泉寺。住職は「まひる野」主宰、歌人。

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2019/7/28  17:07

神田駿河台・女坂  身辺些事
短歌会に提供するカット画像は毎月6点だが、昨年までは5点、平成23年の「伊勢神宮」からだから9年間、540点ほどになる。以前はパック旅のときの撮影した画像を提供していて日本全国に及んだ。従ってストックが切れることは無かったが、そろそろ底をついてきた。今は今年からは都内をカメラ行脚して提供している。デジタルカメラがフィルムカメラを駆逐したが、その勃興は高々20年弱だ。

次号のカット画像は、JR御茶ノ水駅から、神田神保町へ下るところの「かえで通り」など“通り名”を撮影して提供した。JR「御茶ノ水駅」周辺は筆者の私にとっていわば“テリトリー”だった。若い頃、駅西口から「明大通り」を下り、神田神保町の古書店街へよく出掛けた。

駅舎は、お茶の水台地と神田川の中間の狭隘なところにあり、総武線・中央線が交差して、神田川横の相生坂の下には東京メトロ・丸の内線も経由できる。駅の周辺には多くの大学病院があるが、駅舎は、戦前のものでエスカレーターもエレベーターも無い。だが今、電車を止めることなく大工事が挙行されていて、取り敢えず本年一月、エスカレーターだけは完成した。

今回「専大通り」の向かいの古書店で以下を購入。古書店では言わない限り領収証を出さないので古書店名は覚えていない。12冊で4000円。添付は「とちのき通り」から「猿楽通り」への女坂。高低差は同じだが、下りでも楽だったかも…。

◇『太平洋戦争の史実から、今日何を学ぶか』村上薫
 実業之日本社 昭和62年
◇『昭和特高弾圧史 知識人にたいする弾圧1・2』太平出版社 1975年
◇『戦後にっぽん覚え書 昭和25〜27年』朝日新聞社 1983年
 『27〜29年』・『30〜32年』・『33〜35年』・『36〜39年』
◇『国文学 1999・3月号 与謝野晶子』学燈社 平成11年
◇『中勘助随筆集』渡辺外喜三郎 岩波文庫 1985年
◇『図説 エロスの神々』福田和彦 河出書房新社 2000年
◇『図説 エロスの世界』青木日出夫 河出書房新社 1998年

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2019/7/26  23:46

神田駿河台・男坂  身辺些事
梅雨明け、猛暑到来にならないうちにと、昨日酸素ボンベを背負いカメラ行脚をしてきた。今まで散策したことが少なかった港区周辺は、昔の江戸城の南西側、文字通りの“赤坂”で思いの外、高低差が厳しかった。肺活量が衰微状態になって来て且つこの6年間は腰椎骨折で杖突き老人。話は飛ぶがそれゆえに運転免許は必要。75歳の後期高齢者で免許更新では次は3年後。

JRお茶の水駅は、近所に大きな病院がたくさんあるのにバリアフリーは無縁だったが、やっと今年エスカレーターが設置された。マップで確認したのと昔、神田神保町の古書街へ頻繁に出掛けていたので「街の高低差」は織り込み済み、エスカレーターで御茶ノ水駅西口に下車。お茶水台地から下る散策でカット画像をゲットしてきた。ただし帰り際古書街2軒で12冊、4000円の古書を購入した。これが意外に重く、むろん帰路の東海道線はグリーン車を使用してもヘトヘトになった。

今回は神田駿河台から猿楽町へ男坂を手摺に掴まりながら下った。猿楽通りなど「通り」6点を撮影。昨日就寝のころは疲労と水分不足からか右手・左足なと“手足がつる”こむらがえりの状態。水をがぶがぶ飲んでいつものように睡眠誘導剤を飲み、10年ほど前の山崎努主演の「雲霧仁左衛門」の録画を見つつ寝た。こうして昨日の散策を綴っているのでまだ何とか生きている。本日短歌会の文字入力の仕事も完了。

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2019/6/28  21:23

月光仮面  身辺些事
このteacupのブログで言いたいことを言って記述してきた。最初は2008年、平成20年07月の七夕の記事。その頃、「湘南平塚七夕祭り」の竹飾りは電動式できらびやか。特選の常連は「滝口カバン店」「平田人形店」だった。だがこの二つの店は既に閉店。後者は更地になっている。諸行無常・栄枯盛衰というしかない。

このブログを始めたときは単に日常生活の些事、読書日記、デジカメ行脚の披瀝だった。遡って調べたら1400回を数えた。最近は自分の主義主張は“天邪鬼”を自認。75年の人生ならばその「来し方」は、長閑な新聞の見出しのような正義論・理想論にならないが仕方がない。

カッコよく言えば、一匹狼。自分で勝手に名付けた“MSK症候群”(見て見ぬふり・触らぬ神に祟り無し・臭いものに蓋)に敏感に反応する。いわゆる“全体の空気”は、違和感を覚える体質になってしまった。政治の世界では今でも「新自由クラブ」「日本新党」を評価する少数意見。労働組合も経験したが所詮下々の組織も学歴社会で、日本の組織は須らく互助会方式だと思う昨今。

この地球上で最も強大で民主主義の国が、世界の負を抱える按配でドナルド・トランプが出現、保護貿易を言い、強大な軍事力と外貨を有する独裁国家・中国が自由貿易体制を叫ぶ。綺麗ごとを言ってばかり言う日本は危険だ。月光仮面のオジサンを呼んで悪い奴をやっつけて欲しいと願うばかり。

添付は新橋駅前にある川内康範の碑文。川内は「月光仮面」の作者で脚本家・作詞家・詩人。多くの歌謡曲の名作を残した。「街はこんなにも明るいのに どこかに翳りのある こころのささくれ あなた語らずにぬくもりを 求められずにぬくもりを あの街に この街に」

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2019/6/25  23:22

麻布十番  身辺些事
春競馬のG1(グレードワン)の最後「宝塚記念」は昨年、狙って外れた馬が今年は2着に来て1000円以下の配当、筆者の狙った4歳馬は昨年の菊花賞あたりがピークだったらしく惨敗。2200メートルだから、この辺が限度か、絶好調の牝馬が逃げ切り、一昨年の皐月賞馬、ダービー馬も負けた。なのに配当は安く、インターネットの発達なのだろう、今の競馬ファンはよく研究している。昨年4月末に儲けた分は、もうすぐ枯渇。夏になれば2歳馬がデビュー、競馬は秋まで暫時休憩と相成った。

23日の日曜日、中学の同級生の女性画伯の展覧会兼同窓会だった。酸素ボンベを背負う筆者は、「銀座ライオン上野店」の飲み会のみ参加した。ここ数年毎年夏に開催しているから10人の出席者だった。このあと短歌結社のカット画像の撮影に行く筈だったが何とカメラの“バッテリー切れ”で断念。したがって酸素ボンベを背負って本日25日、休憩をとりながら「麻布十番」の坂を撮影するのみに出掛けた。体力がかなり落ちているのは日に日に実感する。

昨日は定年以来通う内科クリニックで処方箋を貰う。血圧は113・79・88。40代からの「心房細動」で脈拍が速い。肺気腫・間質性肺炎・腹部大動脈瘤・心房細動と病気は盛り沢山。あと5年、80歳まではムリだが、来年の東京オリンピックは見て見たい。

添付は元麻布の「元麻布ヒルズ」、ネットで検索したら100平米で2億4000万円だった。いわゆる“億ション”に暮す“お金持ち”はいるものだ。

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2019/6/13  23:11

免許更新  身辺些事
若い頃は、免許更新は横浜から相鉄線の二俣川で即日交付を受けるべく何度か出掛けた。5年前から急いではいないので平塚警察署にした。とくに70歳を超えてからは「高齢者講習」が義務付けられているから自動車学校の実地講習は避けられない。前回も記述したが筆者の愛車は“軽”のミニカトッポ。実地講習はタクシーなみの普通車、アクセル・ブレーキの踏み具合は明らかに違った。だが教習所の敷地内で縁石に乗り上げることもなく一昨日終了。

昨日、警察署でプッシュボタンを押しながら更新書の書類を作成、顔の撮影、最後が眼の検査だった。だが「案ずるより産むが易し」、眼の検査のロゴの向きは3回で楽々パスした。上・下・右の順。免許証交付は一か月後。3月末の「認知症検査」から始まった免許更新は終了した。教習7950円、印紙2500円、顔の撮影1800円。高齢者は、今度は3年後、78歳まで生きているかどうかが問題。筆者の車は19年間乗ってまだ4万キロを超えない。筆者の場合、運転は趣味ではない。

元、霞ヶ関の高級官僚は池袋で若い母子を時速100キロで即死させた。79歳で両手で杖歩行。優秀な官僚は、自分は“常に正義”と思っていた筈。お金持ちは運転などすべきでない。畏友・なでしこさんはまだ60代だが免許を返上した。彼女は最後までマニュアル車だった。マニュアル車だったらどこかでエンストを起こし止まった筈。地方公務員だった彼女の“爪の垢”を高級官僚に送りたい。この高級官僚はどうやって遺族に謝罪するのか!?

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2019/6/11  22:37

高齢者教習  身辺些事
本日午前中、拙宅からいちばん近い自動車教習所で「「高齢者講習3時間」」を受講した。最近、高齢者ドライバーの悲惨な事故が多いので十分に留意して受講したつもりだ。あと一週間で悲しいかな満75歳となる。同じ昭和19年生でも杉良太郎は「免許返上」など格好の良いことを言っていたが、運転などしなくても全く困らない大スターと一般庶民では、車の必要度は根本的に違う。度々このブログで記述したが拙宅にいちばん近いスーパーは閉店した。食料は自分で調達しなければ誰も好き好んで用意してはくれない。多分首都圏以外では車無しでは通院さえもままならない。

教習所のコースを運転した限りでは使用した車はトヨタクラウン? 筆者の車歴は30数年、軽の三菱トッポ。前部ボンネットが軽自動車の倍あるし、アクセルとブレーキの感覚も直ぐには慣れない。慣れた頃は終了だ。同乗した老人はS字カーブでは後輪が縁石に乗り上げていた。

60歳だという教官が何度も言ったのは、完全なる一時停止と発進時の前後左右の確認。5年前の教習と違ったのは、ドライブレコーダーの多用。運転席からの映像と共に自分の運転中の表情も同時に録画されていたこと。とにかく認知症検査、高齢者教習をパスしたのであとは警察で眼の検査を受け、免許証を交付して貰うだけ。だが眼鏡は限度の0・7ギリギリでどうなるか。高齢者になると今度は5年目ではなく3年後らしい。

添付は警視庁の前の桜田門。因みに新天皇は、免許は不保持。車に興味は無いらしい。

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2019/6/5  22:37

一応多忙  身辺些事
城山三郎の『毎日が日曜日』は読んだことは無いが、企業戦士が第一線から暇な部署へ左遷された物語らしい。このブログの筆者本人はもう少しで後期高齢者になる。文字通り毎日が日曜日の生活はいつも言う通り。だが仕事も無いのにどうも今週は多忙。それも悲しいかなまるで収入に結びつかない現実だ。

06月02日(日)中学校同窓会のA4通知、長3封筒裏表、出欠葉書裏表の印刷・発送作業
06月03日(月)酸素ボンベの配達待ち。
06月04日(火)未亡人の兄嫁の墓参来訪、平塚市不動院。
06月05日(水)免許更新につき平塚警察署・自動車学校申し込み。
06月06日(木)平塚共済病院検査・定期診断、午後自宅庭草刈を依頼済。
06月07日(金)市の係員の後期高齢者・小規模居宅介護相談

令和時代に突入してからの自分自身は肺気腫・間質性肺炎と散々だが、今まで腰椎骨折、腹部大動脈瘤、若い頃からのアレルギー性皮膚炎、心房細動の処方箋と投薬。今や日本の医療費事情に5人分くらいを使う昔で言えば非国民。これは個人的には感謝すべきを承知の上の自虐吐露。

だがいちばん安い厚生年金で何とか生活していても保険・税金の出費も着実。ここのところ4月下旬から少ない預貯金から40万円も引き出した。5月は毎年出費が多い。5月の入院費、固定資産税、車税、自賠責保険、浄化槽修理費、車検と各々“万単位”の支払いを済ませた。自動引き落としで火災保険もある。事故が多発しているので免許返上も考えたのだが近所のスーパーが閉店になり、買い物に車は必要。免許更新には高齢者の自動車学校の教習代金も8000円と高額。

添付は4月の撮影。

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2019/5/22  21:00

激励多謝  身辺些事
退院以来、室内では「酸素濃縮器」、外出時にはリュックサック型の「酸素ボンベ」装填の生活になった。ブログでは赤裸々にプライベートを綴ることにしているので早速反応があった。

所属短歌会の重鎮で80歳代だが元気な大阪在住のMK氏から電話を頂いた。結社同人で98歳の天寿を全うされた伯母が居られて、同じく母親も同人であるBA氏からブログへのコメントを頂いた。BA氏はカナダ在住の翻訳家でピアノの名手。職業柄とは簡単に言えない天性の表現力を持っている。先頃、父親が他界された歌があって筆者と同じく呼吸器の病気であったらしい。やはり同人で平成13年「斎藤茂吉記念館訪問・山形吟行会」以来の畏友、奥多摩在住のAK氏からも電話を頂いた。有難いことである。

6年前から交友が復活した中学の同級生MK氏からも電話を頂いた。お会いしたことは無いが、teacupのブログで永いつきあいのある宝塚市のNK氏、大手の化学会社の部長?さんで「ネット短歌」も主催されている。この方もメールを頂戴した。筆者の画像掲示板には同人の「なでしこ」さんからも“札束”の画像入りの激励を頂いた。「阿修羅歌姫」のブログを展開中。いずれも筆者の体調を心配して頂き、感謝するのみ。

添付は南麻布。左側が有栖川宮記念公園、この近辺は麻布の屋敷町で各国の大使館も多い。月末の短歌会の文字入力の仕事が到着しました。暫時ブログ記述を休みます。

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2019/5/20  23:36

入院生活01  身辺些事
退院して4日目だが、加齢のせいかだいぶ前のように感じる。とにかく入院は良くない。初夏なので4時半には病室は明るくなるが、することはない。朝食は配膳の都合か8時、それでいて昼食は12時、夕食は18時だった。入院患者の都合ではなくあくまで看護師の都合のようだ。

不幸中の幸いか「呼吸器」は7階でしかも窓際だったので平塚市の西半分を眺望できた。海沿いには高麗山があり相模湾も見える。遠く箱根連山、足柄山、丹沢山系、大山国定公園の山並みも見え、夏なのに午前7時前には富士山も鮮やかだった。

日向岡のトンネルから東京へ向う新幹線が見え、平塚近辺では西へ向う新幹線が交差した。バブルの頃、6〜7千万円もした日向岡の建売住宅群が積み木かマッチ箱のように見えた。今では半値以下に違いない。日向岡という丘の上だから、ここを争って購入した家では持主が高齢化、車が無ければ町中へ出られない。且つ自宅車庫から入口までは石段を昇るということ。

朝食が8時なので「酸素ボンベ」を背負って7時開店の1階の売店へ毎日通った。新聞、週刊誌、月刊誌も毎日購入、一日分の茶・水分、夜食用の小さなパン、貧しい朝食のためにフリカケなど購入。売店では産経新聞が置いていないという“ケシカラン”状態。試しに買った朝日新聞と神奈川新聞はつまらなかった。

添付は入院三日前に探訪した南麻布。ノルウェー大使館の敷地のものか否かよく判らない。

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