2021/1/17  21:56

哀悼・半藤一利氏02  昭和史
≪加藤勝信官房長官は13日の記者会見で「日本のいちばん長い日」などの著作で知られる作家の半藤一利氏の死去について「大変残念だ。心からのご冥福をお祈りしたい」と悼んだ。映画化された「日本のいちばん長い日」を見たという加藤氏は、半藤氏について「『歴史の探偵』と自らを称して昭和の歴史を検証し、一般の人々に分かりやすい形で、後世に伝えていくことに尽力された。自らも歴史に残る功績を残された」と讃えた。≫

この表明を疑うわけではないが、政治家は自分の身分であるべく国会議員の選挙が大半の仕事だから、おそらく半藤氏の著書に親しんではいないと思われる。東京大学卒業の大先輩の仕事に尊敬の念はあるのだろう。

「日本のいちばん長い日」は半藤氏が尊敬する終戦のときの鈴木貫太郎も描かれる。だが帝国陸軍の最後のあがきが主題だった。文春新書の『日本のいちばん長い夏』は昭和38年06月の30名に及ぶ大座談会だった。今村均陸軍大将はじめ6人の軍人、迫水久常など政治家外交官6人、作家・学者・俳優が18人。司会者の半藤氏が大きな料亭へ招待してのものだった。

畏友が読んでみたいというが、興味の焦点によって違ったものになる。3年前の11月21日に「蔵書49半藤一利」として紹介した。保阪正康氏や加藤陽子氏の対談形式の著作は次回紹介。添付は3人の鼎談集。

蔵書49 半藤一利
◇『指揮官と参謀』文春文庫 1992年
◇『歴史探偵 昭和史をゆく』PHP文庫 1995年
◇『戦史の遺書』文春文庫 1997年
◇『ドキュメント太平洋戦争への道』PHP文庫 1999年
◇『戦う石橋湛山』中公文庫 1999年
◇『昭和史が面白い』半藤一利編著 文春文庫 2000年
◇『日本史が楽しい』半藤一利編著 文春文庫 2000年
◇『ソ連が満洲に侵攻した夏』文春文庫 2002年
◇『真珠湾の日』文春文庫 2003年
◇『日本を振り回した6人の男たち』半藤一利編 小学館文庫 2003年
◇『日本のいちばん長い日』文春文庫 2006年
◇『聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎』PHP文庫 2006年
◇『昭和史T〜Y 1926─45』ちくま文庫 2006年
◇『昭和史残日録1926─45』ちくま文庫 2007年
◇『山県有朋』ちくま文庫 2009年
◇『ぶらり日本史散策』文春文庫 2012年
◇『荷風さんの昭和』ちくま文庫 2012年
◇『幕末史』新潮文庫 平成24年
◇『十二月八日と八月十五日』文春文庫 2015年
◇『昭和史を歩きながら考える』PHP文庫 2015年
◇『日本のいちばん長い夏』文春新書 2007年
◇『山本五十六』平凡社ライブラリー 2011年
◇『昭和史1926─45』平凡社ライブラリー 2009年
◇『隅田川の向う側─私の昭和史』創元社 2009年 四六判
◇『あの戦争と日本人』文藝春秋 2011年 四六判
◇『昭和史 戦前篇』平凡社 2004年 四六判・平凡社ライブラリー
◇『昭和史 戦後編』平凡社 2006年 四六判・平凡社ライブラリー
◇『日本型リーダーはなぜ失敗するのか』文春新書 2012年
◇『B面昭和史』平凡社 2016年 四六判
◇『なぜ必敗の戦争を始めたのか』半藤一利編 文春新書 2019年

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2021/1/16  23:38

哀悼・半藤一利氏  昭和史
1月13日、ノンフィクション作家・半藤一利氏が亡くなった。90歳、昭和05・1930年生。老衰が死因だが、男性としては天寿だ。東京・墨田区向島生。東京大学文学部出身、文藝春秋に一貫して勤務、定年後独立して作家専業。この人物を世間に知らしめたのは『日本のいちばん長い日』。終戦の昭和20年8月15日を追ったもの。この本が著されたのは昭和38年。

半藤氏は、当時現役ばりばりの文藝春秋の社員だった。太平洋戦争の関係者の多くが存命している時の30数人の座談会の記録を基にした。30代の一出版社の社員の発想がユニークで秀逸。当時は無名の一社員だから大宅壮一監修と銘打って発行された。昭和40年には阿南惟幾(あなみこれちか)陸軍大臣役を三船敏郎が演じて話題になった。

筆者の私のブログで検索すると姓名だけで半藤一利氏は58回、保阪正康氏は60回を数える。その保阪氏は81歳、次いで昭和史で有名な秦郁彦は88歳。半藤・秦氏は東京大学在学中に知り合ったらしい。蛇足だが、半藤氏夫人は夏目漱石の孫。

定年間際に短歌会の例会で編集委員のA氏に「もう読んだからあげるよ」と貰ったのが保阪正康著『昭和史七つの謎』。これは2003年発行の文庫だから単行本は、それより前になる。ここで昭和史の第一人者の保阪氏を知った。別の友人にはこれも文庫で半藤一利著『日本史が楽しい』を紹介された。更に『昭和史が面白い』もある。ざっくりとした分け方では保阪氏は陸軍、半藤氏は海軍に詳しい。殊に『昭和史が面白い』は鼎談集で軍人・文化人・芸能人と共に語る内容で文句なく面白かった。先頃亡くなった「なかにし礼」と藤原正彦の母・藤原ていとの三者で「満洲引揚げ」の項目は体験者だけに、その内容は秀逸。

半藤氏は「えらそうなことを言って太平洋戦争も知らないくせに」と言われたことが過去にあって、その関りを赤裸々に後に告白した。“東京大空襲”で墨田区の中川に落ち、少年の半藤氏は、どこの誰だか判らない大人に首根っこ掴まれ引き上げられ、九死に一生を得ている。また茨城県では米軍の機銃掃射も経験している。以下の文庫本はいわば座右の書。

◇『昭和史七つの謎』保阪正康 講談社文庫 2003年
◇『昭和史が面白い』半藤一利 文春文庫 2000年

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2020/12/27  16:41

戦争最前線  昭和史
前回の記述で戦病死した実父の死に様を母の実家に知らせてくれた上官の手紙を紹介した。重複するが横1mにも及ぶ達筆な和紙。

2─2 ある陸軍上等兵の死
≪「天邪鬼の探索考」の2─2≫としてページにした。

http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/mumyouan/mumyouS02-b.html

内容は上官の手紙、発病の日付から亡くなるまでが具に記述されていて感謝するしかない。添付は同上官から送られたきた葉書大の追悼カード。母親が再婚した後も大切に保存していた。広東省の路傍の花を“押し花”に使用した上官らしい遺族への差配だ。同ページには実父の亡き兄の家の未亡人から頂いた数々の書類も添付した。“お涙頂戴”の報告ではなく戦病死の事実だけを文章にした。小生の「天邪鬼の探索考」、残るは以下のページ。

2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
7 帝国陸軍は何故支持されたのか 昭和12年〜16年の世相
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳

本年中に完成目指して頑張ったが叶わなかった。史料(文庫・新書・大型本)としては平凡なものだが、出版目的の学者の長年に亘る史料蒐集には到底及ぶべくもなく素人の読解の域を出ない。一市民の徴兵・訓練・2年間の経緯はおおよそ想像ができる。エリート軍人の拙劣な軍事支配と支持せざるを得なかった国民の大いなる乖離は今の世では辿ることができるということ。平成の時代に多くの先達が「昭和史」という分野を確立したことは肯うばかりだ。

取り敢えず以下の取得できる著書で「一市民の徴兵」を来冬早くに完成させたいというこの暮の意気込み。伊藤桂一氏は昨年98歳で亡くなった直木賞受賞作家。8年弱、中国大陸に従軍した。吉田と一ノ瀬は戦後生まれの大学教授だが、史料をふんだんに使って注目されている近現代史家。三野氏は昭和17年生で戦争最前線の武器、装備の著書の第一人者。『1億人の昭和史 陸軍史』は戦争最前線の画像・経験者の投稿が多く『ペン画の陸軍 軍隊内務班』は陸軍内部の実際が解かる。

◇参考史料として戦争最前線の事実を抽出している。
『兵隊たちの陸軍史』伊藤桂一 新潮文庫
『日本軍兵士』吉田裕 岩波新書
『日本軍と日本兵』一ノ瀬俊也 講談社現代新書
『皇軍兵士の日常生活』一ノ瀬俊也 講談社現代新書
『別冊1億人の昭和史 日本陸軍史』毎日新聞社 A4変型
『ペン画の陸軍 軍隊内務班』太田天橋 東都書房 A5変型
『日本軍小失敗の研究 正・続 三野正洋 光人社NF文庫
『帝国陸海軍の基礎知識』熊谷直 光人社NF文庫
『戦中用語集』三國一朗 岩波新書

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2020/12/20  23:08

渡邉中隊長  昭和史
筆者の私はこの世に生まれていたが、実父は昭和20年11月10日に戦病死した。その死に様を上官が丁寧に和紙に墨痕鮮やかに認め、母親の実家に送ってきた。これは中隊(100人規模)長の職務の範囲。陸軍大尉だから陸士卒のいわばエリート軍人。その死に様の内容は横1mに及んで達筆だった。

本文も解読できない部分が3ヶ所あったが、達筆の漢字は何とか意味の通るものに解読した。ただし漢字は、前後の文字で判定できるが、達筆のひらがな、今では使わない言葉は解読できない。添付の画像の最後の2行を、書道を熟す所属する短歌会の選者とその友人に訊ねて漸く解読できた。「天邪鬼の探索考 戦争の昭和史」2項の後半がページになりそうである。

陸軍幼年学校は13歳から3年、陸軍士官学校は16歳から4年、徹底したエリート教育が施された筈。委細は省くが恐らく戦争最前線の指揮の他に、基礎として書道、剣道、ドイツ語、ロシア語などは必須だった筈。

実父の所属部隊は「独立歩兵第222大隊第2中隊。通称、肝3322部隊。南支那(中国江西省)の守備隊だった。江西省・広東省で日本全土ほどの広さで中国奥地など衛生状態は多分劣悪。蝿・虱・蚊などは蔓延していたと思う。最前線で交戦したのではないが、中隊100人ならば劣悪な環境で命を落とす二等兵も少なからず居た筈で、実父は終戦後の戦病死、マラリア・胸部疾患。

 尚同封の押花は去る十二月四日広東集中営に於て御部隊慰霊
 祭の獻華(けんか)尓(に)候故、御佛前に御(亻+具、そな)へ被下侍候

集中営の“営”は正字(火+火+冖+呂)。設営の意味と思う。
被下侍候 侍=「そばに置いて」、被下=「下されたく」と解読。
“尓”は指示代名詞で「に」「の」と読む気がする。

2項の前半「徴兵」は自衛隊の史料編纂所を訪問する予定で気候が温暖になってからのことにする。

尚、このブログでは正字・難字は文字化けがある。

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2020/12/8  23:33

真珠湾の日  昭和史
今日は12月08日、79年前、日本はアメリカ・ハワイ真珠湾を攻撃した。このブログで何度か記述。「真珠湾攻撃」の本を読み返している。すべての本は買うと同時にざっと読むが、悲しいかなすぐ忘れる。4年前のこの日もブログで記述した。更にはその前年にも記述したのを忘れていた。更に自分の蔵書案内でも参考書を報告したがいわゆる“ざっと読み”では大半は忘却の彼方といった按配。2016年12月に届く「文藝春秋201701」号で昭和史の泰斗・保阪正康氏が特別寄稿を寄せている。数多の蔵書で2017・平成29年の文春が見つかったので読解後に報告する。5年前の記述が自分でも説得力があると思う。以下は2016・12・08の再録。

極東国際軍事裁判で否定されるまで日本は「騙し討ち」の卑怯な国家だった。今でもそれを信じている人がいる。それも日本人に多い。むろん近・現代史の教育に欠陥があるからである。当時のアメリカは、母国!イギリス・ロンドンがナチスドイツの空襲に晒されていても介入を避けた。モンロー主義と云いアメリカは戦争をしない国だった。だからアメリカ大統領・ルーズヴェルトは、明らかに日本の“最初の一発”を待望!して国民世論を誘導したことになる。日本の最初の一発は、シナリオ通りになった。智謀の限りを尽くして、自国国益のため「日米開戦を誘導した」のは、英国首相・チャーチル、中国・蒋介石、ソ連・スターリンであるのは詳らかになっている。ルーズヴェルトの父親は中国大陸のアヘン貿易で財を成していたから中国大陸から撤退しない日本に手を拱いていたことが大きな原因。

その4年後、日本軍部はまるで消去されるが如く破滅した。永田鉄山、石原莞爾、山本五十六などいわゆる名将が政府の要人だったら日本人の軍人軍属の310万人の死者は無かった筈。2年8カ月、首相だった東條英機は陸軍のことしか知らなかった。桶狭間・鵯越・川中島の戦いの要領で世界を相手に戦争をした。真珠湾攻撃が成功したとき、山本五十六の緻密な作戦だったのに国民は東條を“戦争の神様”と崇めた。祭り上げたのは新聞メディア、嗚呼…。

◆蔵書案内18 真珠湾攻撃・外交
◇『検証・真珠湾の謎と真実』秦郁彦編 中公文庫 2011年
◇『陸軍省軍務局と日米開戦』保阪正康 中公文庫 1989年
◇『日米開戦 陸軍の勝算─秋丸機関』林千勝 祥伝社新書 2015年
◇『開戦神話』対米開戦を遅らせたのは誰か 井口民樹 中公文庫 2011年
◇『真珠湾攻撃作戦』森史朗 光人社NF文庫 2015年
◇『「真珠湾」の日』半藤一利 文春文庫 2003年
◇『外務官僚たちの太平洋戦争』佐藤元英 NHK出版
◇『外務省革新派』戸部良一 中公新書 2010年
◇『加瀬俊一回想録』上・下 山手書房 四六判 昭和61年
◇『太平洋戦争を考えるヒント』保阪正康 PHP研究所 2014年 四六判
◇『真珠湾の真実』柴山哲也 平凡社新書 2015年
◇『昭和史発掘・開戦通告はなぜ遅れたか』斎藤充功 新潮新書
◇『ハル・ノートを書いた男』須藤眞志 文春新書
◇『日米開戦陸軍の勝算』林千勝 祥伝社新書

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2020/11/25  23:41

三島由紀夫  昭和史
昭和45年11月25日、作家・三島由紀夫が東京・市ヶ谷の自衛隊の建物で割腹自殺した。そこから既に50年が経った。左筋の新聞では多分、黙殺だろうが産経新聞では昨日、今日、明日と三回に分けて解説。木曜日に三人が関わりを執筆している。10年前、このブログでも取り上げた。

昭和45年07月07日に三島由紀夫が産経新聞にコメントを寄せた。50年前の予言のようなコメントは的を射ている。

『私はこれからの日本に大して希望をつなぐ事ができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にも、なれなくなっているのである』

中国・北朝鮮のような独裁国家、言いがかりをつけては日本から援助を欲しがる韓国、日本の領土を返さないロシア。これに的確に対応できない日本は、多分、三島の言う「国の大義」など為政者は考えたこともないのだろう。

45歳で上記の予言、三島由紀夫は天才だった。時々『金閣寺』を読み直しているが、完璧な名文で主題を浮き上がらせる比喩などは誰も真似できない。師匠にあたる川端康成は美文だった。

添付は多分三年後の「憂国忌」のパンフレット。

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2020/11/23  23:51

戦争論推敲04  昭和史
ここ四五日かけて昭和15年から5年間、昭和天皇の内大臣だった木戸幸一という戦前の官僚の史料を読み漁っていた。愚かな軍人・政治家と違って目立たないので、木戸幸一を正面から扱った著書は少ない。ただ第一級の史料として『木戸日記』がある。今、市場にある学者や専門家の本を読んだ限りの読解文だが、筆者の「天邪鬼の探索考」で木戸幸一を取り上げた。引用した個所はその著書を表示している。やはり東京裁判で辛うじて絞首刑を免れて昭和20年より10年間、巣鴨拘置所で服役していて責任は重い。高級官僚の面従腹背は今も昔も変わらない。

日本の健軍以来の陸軍組織・機構と天皇に忠実な、戦術・戦闘しか知らない人物を“政略・戦略”を必要とする表舞台に東條英機という軍人を抜擢した。抜擢した木戸幸一と抜擢された東條英機が太平洋戦争という事態を招いた端緒だった。一般国民は過酷で悲惨な三年半を過ごした。行きたくもない戦争に駆り出されて戦死した人間は抗う術はないということ。以下あと5点を残す。

2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
2─2 ある陸軍上等兵の死
7 帝国陸軍は何故支持されたのか 昭和12年〜16年の世相
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳

添付画像は先日撮影した。アブラアダブラ。

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2020/11/8  23:27

戦争論推敲03  昭和史
どうやらアメリカ大統領は現職でなく新人の77歳のバイデンさんらしい。前回、多くが民主党のクリントン候補を肩入れして外れたが、NHK出身の木村太郎氏だけがトランプ大統領を予言した。類いまれな予想で木村氏は評判になったが、今回は外れを認めた。だが2016年はバラク・オバマが二期、民主党だったので今度は共和党だろうというだけの理由だったらしい。そうすると4年後の2024年は、バイデンは82歳。今度は共和党だろう。だが4年後は筆者は80歳、そこまで生きてはいない。

筆者の私の「天邪鬼の探索考」は先日「日本はなぜアメリカと戦争をしたのか─近衛文麿の計算」を推敲、完成した。だが何度も言うように学者の肩書で、多くの史料を蒐集できるわけもなく、味読、読解の後の探索・斟酌・抽出の個人的論文。さも自分の解釈のように振る舞うのは、素人の執筆でもよろしくない。多くの書を引用したが、その出所は記述している。

『3日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか─C日米間交渉 近衛文麿の計算』は、非軍人の責任ある人物に焦点。松岡洋右は外交官出身、近衛文麿は貴族院議員、木戸幸一は官僚出身。病死の松岡、服毒自殺の近衛文麿、A級戦犯で昭和52年まで生きた木戸は、昭和天皇の内大臣で輔弼(ほひつ)・秘書だった。近衛と木戸は京都大学の同窓生。この短躯の典型的な戦前の官僚の責任を探索している。木戸は明治維新の桂小五郎の孫。上記二人と違い逃げ足は鋭い。論考はあと6点。

2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
2─2 ある陸軍上等兵の死
3 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのかD日米間衝突 木戸幸一の打算
7 帝国陸軍は何故支持されたのか 昭和12年〜16年の世相
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳

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2020/11/3  23:50

戦争論推敲02  昭和史
添付の新書の初出は2005・平成17年の文藝春秋の特集号「日本敗れたり─あの戦争になぜ負けたのか」。新書も初出も手元にあるが、昭和16年10月、近衛文麿が内閣を投げ出した?ことなど専門家が詳しく論じている。このときの専門家は、近衛文麿の経緯には詳しく単に貶してはいない。当時の50個師団、200万人を擁する帝国陸軍の横暴をこれは詳しく論じている。

筆者の拙い論考「天邪鬼の探索考」は非軍人の松岡洋右、近衛文麿、木戸幸一に詳しい著書を何冊も読解している。殊に昭和15年暮からの“日米交渉”は太平洋戦争・大東亜戦争の原因の重大な部分。前述の三人の政治家も陸海軍の軍人すらも「さあアメリカと戦争を始めましょう」などと言った人物は誰も居ない。むろん昭和天皇も米英との戦争などとんでもないとの立場だった。

今、その200万人をバックにした東條英機を排除できなかった近衛文麿の項目を10月下旬から推敲している。以下の6点は、専門家の論考も多彩。近現代史の素人も理解するのは難しく、筆者の私のいわゆる山場。終戦後、近衛文麿は責任を押し付けられ服毒自殺した。犯人は内大臣の木戸幸一。A級戦犯で10年間服役のあと釈放。その証拠に昭和52年まで生きた。木戸幸一、ナチスに取り込まれた大島浩、海軍大臣だった嶋田繁太郎は、東京裁判で5対6の評決で絞首刑を免れた。一切弁明をしなかった昭和11年の首相・広田弘毅は6対5で絞首刑になった。理由は軍人を跋扈させたというもの。これは多分に嘘くさい。

(1)日米諒解案 日本の民間人の日米交渉。松岡洋右が潰した。
(2)ハル四原則 アメリカの国務長官、コーデル・ハルの基本原則。
(3)日米首脳頂上会談 ルーズヴェルト・近衛の直接会談は拒否された。
(4)日本政府外務省甲案・乙案 外務大臣・東郷茂徳の試案提案。
(5)アメリカ暫定案 これが一番の難問。アメリカは本気で無かった?
(6)ハル・ノート手交 日本はこれを最後通告と認識した。

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2020/10/24  21:39

あと7点  昭和史
アメリカの大統領選挙が大詰めで日本のワイドショーがこれに便乗して大騒ぎだ。テレビは朝昼のニュースの他にはNHKのBS時代劇・BS映画を録画して、これを見ながら寝ることが多い。BSTBS1930の司会者は正義感溢れる人かも知れない。この大統領選挙の方法に疑問を呈して木村太郎からたしなめられている。どんな選挙だろうとそれはアメリカの選択だ。前回誰もがクリントンの勝利のとき、メディアの人間ではっきりトランプの勝利を予言したのが木村太郎。バイデンが有利らしいがどうも78歳でいささか貧相。やはりアメリカ国民はトランプを選ぶだろう。

アメリカを批判するなら中国・ロシア・北朝鮮の独裁強権政治が日本にとっては遙かに有害。テレビ朝日・TBS系列のキャスターは反権力を気取ることが正義だと思っている。権力批判、政権批判は結構だが行き着く先は、反日本になる。そんなに日本が悪い国なら中国や韓国にでも行ったら!と思う。

小生の「戦争の昭和史」は18項目。「A日米開戦への道─ポイントオブノーリターン」が完成。あと7項目頑張りたい。昭和の軍人の中で政略・戦略のある石原莞爾の挫折に触れた。日本が日米開戦のときの陸海軍軍人は、年功序列の人事で東條英機に代表されるように勉強はできるが、世界情勢を知らぬバカばかりだった。ヒトラー、スターリン、ルーズベルト政略に長けた軍事先進国のリーダーに敵うわけは無かった。この論考のあとがきの主張は決まっている。日本の悲劇は“地理的隔絶性”がすべてを支配した。

目次・はじめに
1 短歌反論の反論
2 一市民への徴兵 独立歩兵第8旅団 肝3322部隊
2-2 ある陸軍上等兵の死

3 日本とアメリカはなぜ戦争をしたのか
 @日米対立の芽 大正時代の分岐点
 A日米開戦への道─ポイントオブノーリターン
 B日米間対立 松岡洋右の誤算
 C日米間交渉 近衛文麿の計算
 D日米間衝突 木戸幸一の打算

4 日米開戦に反対した人はいたのか
5 「昭和天皇独白録」にみる日米開戦の責任者達
6 帝国陸軍は何をしたのか
 @インパール作戦の現実
 A東條英機という軍人首相
 B東條英機の人間周囲
7 帝国陸軍は何故支持されたのか
  昭和12年〜16年の世相

8 敗戦の決断は何故遅れたのか
9 昭和天皇に戦争責任はあるのか
10 あとがき エリート軍人の頭脳>


太字が推敲中で未完成。

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