2014/7/18  22:00

子規庵  散歩道
昨年は07月10日に猛暑がやってきた。今年も違わず11日に猛暑が来た。完全に梅雨明けなら多分、熱帯夜が日常となる。昨年はその夏を超えられないと思い、慌てて「短歌文庫」など製作したりした。その経緯は省いて、眩暈がするような猛暑の来ないのを見越して東京都台東区の「子規庵」に行って来た。子規庵の庭を撮影して移動、墨田区石原町にある中学時代の友人の喫茶店でアイスコーヒーを飲み、同行の友人とはJR錦糸町駅で別れた。

子規とは近代短歌・俳句の元祖・正岡子規のこと。1902年9月19日(満34歳)東京市下谷区上根岸にて死去。明治時代の巨人・石川啄木も滝廉太郎も肺結核で短命だった。子規は、俳句、短歌、小説、評論、随筆など多方面に亘る創作活動で、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした。この正岡子規の34年の生涯の詳説もここでは割愛。

1897年(明治30年)に俳句雑誌『ホトトギス』を創刊。短歌では「歌よみに与ふる書」で万葉集を高く評価。根岸短歌会を主催して短歌を革新。根岸短歌会は後に伊藤左千夫・長塚節により短歌結社『アララギ』へと発展する。病いに臥して『病牀六尺』を書く。以降は辞世の句、豆腐料理店の句碑は直筆。

 糸瓜(へちま)咲て痰のつまりし仏かな
 痰一斗糸瓜の水も間にあはず
 をとゝひのへちまの水も取らざりき

 水無月や根岸涼しき篠の雪
 蕣(あさがお)に朝商ひす篠の雪

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2014/7/15  22:33

道祖神02  散歩道
前回、上野弁天島のリンガ像(男根)を紹介したが、これは実際それほど珍しくはない。神奈川県、山梨県、長野県などは「金精型道祖神」と言い、あからさまな男根の道祖神があって、昔々子宝に恵まれない夫婦には大切な神様だった。男根の石像の先にはしめ縄なども張られた。殊に長野、山梨、神奈川県に多いのは“双体道祖神”だ。それが何故なのかは今、何冊もの石仏・道祖神関係の著書をひもといている。

ひとつ云えることは道祖神が“双体”であること。これは筆者が幼いときから馴染んでいた。「相生坂」なる短歌文庫の書名は当初は「道祖神のある町」だった。これのあとがきには経緯を記した。

≪当初、歌集名を「道祖神のある町」としたが、平塚市をとくに象徴するほどの存在でもなく、どうも漠然とした感じもする。だが私の住む神奈川県平塚市西北部には、この道祖神が多い。“どうそじん”“どうそしん”どちらでもよく神奈川県西部から山梨・長野県に広く分布する。稲作農耕の守り神、あるいは道しるべ、更には“この世とあの世”の境目の意味もあるらしい。用意した画像は捨てがたく、ページの境目のカットに使った。≫
http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/sekibutuhiratuka.html

 幼き日盆砂掘りし農道に道祖神は残る舗装されても 平成9年
 県境の月夜野橋を過ぎくれば道祖神馬頭観音畑中に見ゆ 平成12年

ざっくり言ってつい最近まで「村で生まれ稲作農耕の「村落共同体」の中で過ごし一生村から出ないで人生を終える」人々も決して少なくなかった。ゆりかごから墓場まで村長(むらおさ)を軸に相互扶助は暗黙の了解だった。だからこそ一生一度の「お伊勢参り」があり“代参”があり“土産”があった。司馬遼太郎の言う「若衆宿」は地方では今でも現存する。村落共同体の儀式である。

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2014/7/11  22:31

道祖神01  散歩道
先日訪れた台東区上野には博物館、美術館、動物園など見どころは一杯。公園口からほど近い所に「正岡子規記念球場」もある。むろん西郷隆盛銅像は超有名。不忍池の中央にあるのが弁天島。この小島は徳川幕府開設以前からあると言うが、ことの経緯は省くとして弁財天が祀られている。

この弁天島の一角に祀られているのが「リンガ像」、リンガとは所謂“男根”でこれは特に珍しくはない。鉄柵に囲まれて解らないが、向こう側から見ればこれは「髭地蔵」の容になっているらしい。つまり「男根」側から見れば道祖神、向こう側から見れば石仏で、云えることは神仏混交であること。道祖神、地蔵菩薩、弁財天と当てる視点でどのようにも追及できる。大きく云えば江戸庶民の子孫繁栄、健康祈願、家内安全だろう。

弁財天は七福神の一人で“紅一点”でもある。筆者が理解するのは、悟りを開いた如来を護る守護神の存在の天部、有名なのが四天王、帝釈天など。不動明王、愛染明王など明王も如来の守り神。いずれもインドのヒンドゥー教から来ているように思う。

男根に視点を当てれば長野県安曇野の道祖神はもっとも知られる。更にリアルな女陰すらあって驚くにはあたらない。昔、20代後半、京都郊外の岩船寺付近の野仏に感動してから石仏、道祖神関連の単行本は、今調べたら山のようにあった。道祖神は長野、山梨、神奈川県に多い。石仏は日本列島隅々に行き渡る。石仏は大分県国東半島が有名。以下は国東で詠んだ歌。

 遠き世の名も無き民を思ひみる野の花 野の神 野の仏達 平成10年

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2013/6/6  11:30

更新112 春の薔薇  散歩道
「春のバラ・百合」のページにしたが、またまた「花菜ガーデン」に行ってきた。何とかの一つ覚えになる。開園以来三年間で47回目、厳冬期を除けば、何かしら花が咲いていて見どころは多い。NHKのニュース、関東ローカルニュースでも何度か取り上げられているらしく“春のバラ”の季節は、知られるところになった。06月03日は、月曜日なのに駐車場は、ほぼ満車。500台くらいは駐車可能。土・日は、最近は一般道まではみ出し、駐車場待ちになる。どうやら「花菜ガーデン」はかなり知られることになった。06月下旬以降は百合、ヘメロカリスが満開になる。

 筆者の住む平塚市は多分、財政豊か?だろう。北部には東海大学・神奈川大学があり、中心地に近いところには日産車体・パイロット・横浜ゴム・古河電池など大企業も多い。「湘南平塚七夕祭り」は今や全国区だが、このガーデンもかなり有名になって“売り”も増えたことになる。臨時バスも出るらしい。

 園内には展示場、イベント・スクール会場、植物図書館、園の脇には土産物店、レストランがある。この近辺で収穫されたものを食材にしたメニューもある。更には、園の西側には「産直売り場」があり、ここは年中にぎわっている。これらの関連施設には感心する。それまではこの広大な敷地は、農業試験場だった。財政破綻状態の「神奈川県」にしては少ない成功例か!

花の名に疎い筆者にはプレートが必ずあって有り難い。行く度に初めて聞く“バラ” “百合”がある。製作者の名が冠してあるのか。歩いても行ける距離は有り難い。添付は、百合「ジラド」。

http://www1.odn.ne.jp/~ceg94520/homepage/index.html

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2013/4/5  14:09

春の花  散歩道
昨日、今年初めて近所の「花菜ガーデン」へ行って来た。平成22年03月開園以来、ほぼひと月に一回のペースだったが、昨年06月下旬に“腰椎圧迫骨折”以来二度目だった。計46回。

加齢につき腰椎はなかなか治らないが、ほぼ一時間以内の散歩・歩行は可能。友人に京都・奈良の旅行など誘われているが、行きたいのはやまやま。京都・奈良の寺社で転倒・骨折では迷惑をかけるばかりである。気温上昇と共に、乾燥肌か?手指の細りとかすれが改善、キーボードを打つのも手袋着用をしなくてよくなった。推理サスペンスドラマの見すぎか?白い薄手の手袋着用も苦にはならなかったが…。

桜のシーズンは去っているが、園内はシデコブシ、木蓮、ネモフィラ、ガザニアなど春の花が満開。木蓮・マグノリアにもいろいろ花のかたちと色があるらしい。近々『花菜ガーデン・春の花』のページを作成したい。ページ更新は、昨年の「花菜ガーデン・百合」以来になる。

カメラはオリンパスSP-590UZ、平成22年02月購入。もともと緩くなお破損したキャップが届いたので早速これを使用。1GBのXDカードだが使い勝手は抜群。SP-600UZはSDカード仕様でこれは8GBあり標準で1000枚撮影可能。

木蓮・マグノリアだがここはプレートがなかった。我が家の紫木蓮と少し花の形が違うようだ。

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2010/5/21  19:55

「花菜ガーデンブログ」  散歩道
昨日3つ目のブログ「花菜ガーデン」を立ち上げた。
「日日耗日」は「teacup」
「暇人旅行記」は「seesaa」
「花菜ガーデン」はgoo http://blog.goo.ne.jp/gardenkana

年金生活者の悲しい知恵でもある。花菜ガーデンの花はすでに撮影したものは数百枚に及ぶ。小出しに出していくが、なるべく早くリアルタイムの花をお届けしようと思う。

「花菜ガーデン」ブログの花画像は、無断使用は固くお断りしません。自由にお使いください。地元の人間として是非、御来園下さい。

添付は「ネモフィラスノーストーム」。

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2010/4/6  22:40

又、花菜ガーデン  散歩道
定年生活になって、相変わらず貧乏なのに働く気のない筆者には、エンゲル係数を引き下げることと趣味はお金のかからないことが要求される。

昨日は、春の雨が一日しょぼしょぼと止まぬ嫌な陽気だった。録画しておいたNHKの「無縁社会」と「大仏開眼」をみた。今週土曜日に「続・大仏開眼」があるが、BS3ではもう放送されたので観た。内容は大仏開眼の経緯ではなく、吉備真備と藤原仲麻呂の戦いだった。吉岡秀隆は「寅さん映画」の子役、「北の国から」の印象が強いがいい俳優になっている。ただし性格だろうが、悪い怖い役には向いていない。

てなわけで年間パスポートのある「花菜ガーデン」へまた行ってきた。もう6回目である。我が家にもあるが紫木蓮・ポピーが盛りだった。

画像はガーデンの前庭と駐車場、画像の左側に広大なフラワーパークと、その入り口がある。今日はサボテン展があった。今週中にまた行きたい。

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2010/4/4  19:46

桜まつり  散歩道
今日のニュースで都内はどこも「桜の満開」を知らせていた。「ソメイヨシノ」は東京駒込の旧染井地区が発祥の地と科学的に分析・断定されたようで駒込は鼻高々である。とはいっても徳川家康の江戸の町、興隆のために全国から強引に集められた植木職人の努力による。

拙宅の近くの金目観音と金目川土手は桜の名所なので「桜祭り」だった。だが午後は小雨模様で境内の「琴演奏」は堂宇の回廊に変更されていた。演奏は見事なものである。

江戸時代中期の僧侶・良寛の辞世の句。

 散る桜 残る桜も 散る桜

美しい桜も必ず散る、という意味だそうだが、太平洋戦争(大東亜戦争)期に、神風特攻隊の心情になぞらえた歌である。五七五の中に「」のフレーズが三つもある。俳句としては通常は禁じ手である。

特攻隊員の心情はこうにでも自分に言い聞かせないと納得できなかっただろう。軍からは菊の御紋入りのチョコレートを与えられた。中身はヒロポンが混入されていた。むろん特攻隊員はこのことを知らない。これを作ったのは今も著名な菓子メーカーと聞く。

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2010/3/31  16:50

夕焼け小焼け  散歩道
筆者の住む地域は、夕方になると児童へのお知らせか、市の広報スピーカーから「夕焼け小焼け」が放送される。毎年10月01日から今日までは16時半、明日から09月31日までは17時半である。そのスピーカーは小学校の屋上に設置されている。

筆者宅はその小学校の眼の前である。筆者は長年の印刷会社勤務だったので近眼で眼は悪い。その分耳はいいので、この毎日の放送がうるさくて仕方ない。「夕焼け小焼け」は飽きたので他の曲はないのか。

最近のTV番組では見ないが、昔、面白い漫談があった。アフロヘアの「松鶴家千とせ」という漫談家である。彼のナンセンスなギャグは文句なく面白かった。又聞いてみたいものだ。

「俺が昔、夕焼けだった頃、弟は小焼けだった。父さんが胸やけで、母さんが霜やけだった。わっかるかなァ〜? わっかんねぇだろうなァ〜…」

添付は散歩道のハナモモ。

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2010/3/23  21:07

白木蓮2  散歩道
20・21日は春のお彼岸でよく晴れた。昨日も好天気だったので三脚と筆者の高級カメラ持参で白木蓮を撮影した。だが露出の絞りを設定して写しても大木の撮影は見事に失敗した。白の花弁がぼけてしまった。やはり中途半端なカメラとあとは腕の問題。今日・明日は雨模様。今年はもう駄目だろう。

同じ短歌会で東京のど真ん中に住む御婦人から電話があり、ワードの文書とメールの送受信を伝授した。ところが筆者もたいしたことはない。ブログの拍手のコメントを今まで読んだことがなかった。全文を読んだ。有難いことである。しかしこの「拍手」のコメントは管理者が読むだけで表示されない。画像の下のコメントは有効である。

画像は失敗した全体写真。「拍手」に「字を大きくせよ」があったので大きくしてみる。


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